歴史は人生の教師

高3、人生に悩み休学。あったじゃないか。歴史に輝く人生を送っている人が。歴史は人生の教師。人生の活殺はここにある。

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人間の実相を語る歴史人(親鸞聖人の日野左衛門の済度)

2011年07月31日 | 人間の実相を語る歴史人
人間の実相を語る歴史人(親鸞聖人の日野左衛門の済度)

親鸞聖人が日野左衛門を
済度される場面は有名だ。

囲炉裏に薪がくべられ、
部屋には暖かい空気が満ちてくる。
火を囲んで、聖人は
日野左衛門に尋ねられた。

「日野左衛門殿。
 こんなことを尋ねては失礼だが、
 夕べ、『坊主は大嫌いだ』と
 言われていたようだが……」

「いや、つまり……、あれはだな。
 葬式や法事で、
 訳の分からんお経を読んだり、
 たまに説教すりゃ、
 地獄だの極楽だのと、
 死んでからのことばっかり言って、
 金を持っていく。
 そんな者、おれは、大嫌いでなぁ。
 だって、そうじゃねえか。
 やつらのやってることは、
 墓番と、葬式だ。
 死んだ人間の、後始末ばかりだ。
 どうして生きてる人間に、
 どう生きるかを教えねえんだ。
 それが、坊主の役目だろう。
 おれたちゃあ、毎日どう生きるかで、
 朝から晩まで一生懸命なんだ。
 その、どう生きるかを、
 少しも教えねえで、
 汗水流して稼いだ物を、
 持っていきやがる」
 
親鸞聖人も、さも、もっともだと、
うなずいて聞いておられる。

「ところで、日野左衛門殿。
 どう生きるかも大切だが、
 なぜ生きるか、は、
 もっと大事だとは、
 思われませんか。
 どう歩くか、よりも、
 なぜ歩くか、が、
 もっと大事ではありますまいか」
 
日野左衛門は、ハッとして、
親鸞聖人の方を向く。

「なぜ生きる……」

「さよう。皆、
 どう生きるかには一生懸命だが、
 なぜ生きるか、を知りませぬ。
 のお、日野左衛門殿。
 それだけ皆、一生懸命、
 生きるのはなぜか。
 それこそ、最も大事ではなかろうか」

「うーん……。なぜ歩くか、
 が分からねば、歩く苦労は、
 無駄か……。
 なぜ生きるか、が分からねば、
 生きる苦労も、また無駄か……。
 そう言われれば、そうだ。
 おれは、一生懸命生きることが、
 一番いいことだと思っていたが……、
 なぜ生きるかの一大事を、
 おれは忘れていたのか……」

「それをハッキリ、教えられたのが、
 仏法を説かれた釈尊なんですよ」

「エエッ!そんな教えが仏法?」

「そうです。お釈迦さまは仰せです。
 大宇宙には、数多くの仏さまがおられる。
 それらの仏が本師本仏と仰がれるのが、
 阿弥陀如来です。
 絶対の幸福になることこそが、
 なぜ生きるかの答えなのです」

「絶対の幸福、
 それはいつなれるのだ」

「この身、今生、ただいまのことです」

「ただいま、この世で助かる?」

「そうです。今、救われずして、
 救われる時はありません」

「しかしなぁ。殺生ばかりしている
 おれなんか、どうせ縁なき衆生さ」
 
首を左右に振って、
自嘲する日野左衛門。

「日野左衛門殿。
 あなたが殺生されるのは、
 肉を好んで食べる人が
 いるからでござろう」

「そうだが……」

「たとえ、自分が殺さずとも、
 肉を食べれば、
 同じ殺生罪と教えられているのが、
 仏法です」

「えっ?それじゃ、みんな、
 殺生していることになるじゃないか」

「いかにも。殺生せずしては、
 生きていけない。
 私たちの、どうにもならぬ
 恐ろしい業なのです」
 
さらに前に身を乗り出す日野左衛門。

「そのとおりだ」

「すべての人が、どうにもならぬ
 極悪人だからこそ、
 阿弥陀如来は、我を信じよ、
 必ず、救い摂ると
 誓っておられるのです」

「そ、それは、本当か」

「この親鸞が、生き証人でござる。
 欲や怒り、愚痴の塊の、
 助かる縁の尽きた親鸞が、
 もったいなくも、
 阿弥陀如来のお目当てじゃった」
 
合掌、瞑目されて、
静かに称名念仏される聖人。

「あなたは、違う、どっか違う。
 親鸞さま。もっと詳しく
 聞かせてくだせえ」

「お聞きください。
 詳しくお話ししましょう」
 
それから、親鸞聖人は、
熱心に話し込まれるのであった。

大慈大悲の阿弥陀仏のご本願を
知らされた日野左衛門は、
聖人のお弟子となり、
入西房と名を改めた。

寺伝には、

「たちどころに他力摂生の
 信心を獲得しけり」

と記されている。

ご恩をしのぶ日野左衛門

入西房は、自宅を聞法道場とし
枕石寺と名づけた。
寺の名前がそのまま聖人の
ご苦労を表している。
 
この寺には
「雪中枕石之御真影」
といわれる聖人像がある。
入西房の作である。

ちょうど1年後の11月27日も
吹雪であった。入西房は、

「罪業深く、地獄行きの私が、
 弥陀の浄土間違いない身に
 救われたのは、親鸞聖人が、
 わが家の門前で
 ご苦労してくだされたからであった。
 計り知れないご恩を受けながら、
 ややもすると忘れがちになるとは、
 なんとあさましいことか」

と、懺悔せずにおれなかった。

そこで、末代の人々が、
阿弥陀仏に救われる縁と
なるようにと、
石を枕、雪を褥のお姿をご彫刻し、
ご恩をしのんだのであった。
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