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歴史は人生の教師

高3、人生に悩み休学。あったじゃないか。歴史に輝く人生を送っている人が。歴史は人生の教師。人生の活殺はここにある。

一日一訓(19日 謗るまじたとえ咎ある人なりと)

2011年11月19日 | 一日一訓
一日一訓(19日 謗るまじたとえ咎ある人なりと)

「謗るまじたとえ咎ある人なりと
 我が過ちはそれに勝れり」

まだ、車の持てない時のことである。
活動にはバスや列車を利用していた。

どうしたことかその日のバスは、
極めて乗客が少なかった。

これ幸いと好きな座席を選んで私は、
ゆったりと腰を降ろした。
なにげなしに向う側の席を見ると、どうだろう。
五十位でもあろうか。
紳士のズボンの前ボタンが、
見事に殆どが外れている。

ファスナーが今日のように、
ふんだんに使用されていなかった頃のことである。
とっさに私は、その人の隣に席を移して、
小声で注意した。

異性なら、こんな無粋なことは許されないだろうが、
そこは年が違っても野郎同志のこと、
単刀直入遠慮はいらぬ。

とはいっても、中には気にさわるお方もあるだろうが、
さすが紳士というべきか。

ちょっと、その人は驚いたようではあったが、
苦笑しながら一礼して、読んでいた雑誌を前に、
コソコソとボタンかけ作業を終えられた。

ほっとして元の席にもどった私は、
両脚をふんばるようにしながら腕を組んで、
やれやれとあたりを見渡した。
ところがである。

間もなく彼の紳士、
フラフラと私の隣に来て座ったではないか。
なにごとかと緊張する私に、
彼も私のしたように耳元に口を寄せて囁いた。

「君のボタンもはずれているよ」
 
はっと気づいて股間へ手をあてると、
なんということか自分のこそ全開状態ではないか。
顔から火が出るとは、こんなことをいうのだろう。

照れかくしに私も、苦笑しながら軽く会釈した。

「人のふり見て、我ふり直せ」

よくぞ古人は言ったもの。
普段、分かり切っているつもりの格言でも、
毛頭おろそかにしてはならないぞと、
その時つくづく知らされたものである。


一日一訓(18日 負けている人を弱しと 思うなよ 忍ぶ心の強きゆえなり)

2011年11月18日 | 一日一訓
一日一訓(18日 負けている人を弱しと 思うなよ 忍ぶ心の強きゆえなり)

「負けている
   人を弱しと 思うなよ
      忍ぶ心の強きゆえなり」

アメリカが今日のように、
交通機関が発達していなかったときのことである。

夕闇迫る田舎道を、和気藹々の乗合馬車が走っていた。

ガス灯のゆれるウス暗い車中には、
立っている乗客はなかったが、ほぼ満席であった。
 
やがて馬車が、うっそうと生い茂った、
奥深い山道へとさしかかった頃、
何処からともなく、物騒な囁きが聞こえてきた。

「ここによく、ギャングが現われるそうだ」

「乗合馬車がよく襲われるそうだが、
 今日は大丈夫だろうか」

「そういえばギャングのでそうな、寂しい道だ」

すると一人の青年が、ワナワナと震えて、
隣席の紳士に相談を持ちかけた。

「今の話は本当でしょうか。
 私は今、汗と脂で貯めた
 三千ドルの大金を持っています。
 もし、これを奪われたら、
 私は死ぬよりありません。
 どうしたらよいのでしょうか」
 
紳士は、静かに頷き、

「私がよい方法を教えましょう。
 靴の中へ隠しなさい。
 足の下までは調べないでしょう」
 
青年は教えられた通りにした直後、
ギャングの一団が馬車を襲った。
車内に踏み込み、
シラミつぶしに乗客の金品を略奪し始める。

その時、ギャングに件の紳士が叫んだ。

「この男は、靴の中に大金を隠しているぞ」

ギャング達は、思わぬ大戦果に酔い、
後はろくに探そうともせずに雀躍と立ち去った。

乗合馬車は、何事もなかったかのように、
また走り続けたが、
乗客は異口同音に紳士を罵倒し、
ギャングの一味だと青年は激昂し殺気が漲る。

「済まない、済まない、
 今しばらく辛抱して下さい」
 
紳士は、穏やかに繰り返すばかりであった。

馬車は町へ着いた。
忍耐の限度を超えた青年は、
紳士につかみかかろうとする。

「済まなかった。
 実は私は、十万ドルの大金をもっていた。
 三千ドルも大金ですが、
 それで十万ドルが救われました。
 お礼に一万ドルを貴方に差し上げます。
 どうか、お許し下さい」

ことの真相を知った青年は深く反省し、
心からお詫びと謝礼を述べたという。

人生には、より大切なことを遂行する為に、
一時は相手を裏切り、罵られ、
迫害も覚悟しなければならぬことの
あることを知っておかなければならない。
 
日常は衝突の連続。

"詫びたら負け"

と意地になり、糧にならぬ無用な争いを
続けていないだろうか。
 
いろいろ行き違いがあっても、
己が非を認め、反省、向上に努める

"負けている人"が、真に強く、
賢明なのだとうたわれている。


一日一訓(17日 身を責めよ誰に怨みがあるものぞ)

2011年11月17日 | 一日一訓
一日一訓(17日 身を責めよ誰に怨みがあるものぞ)

「身を責めよ誰に怨みがあるものぞ」

三十すぎの婦人に、子供がしきりに質問している。

「お母さん、お母さん。電車はどうして動くの」

なんと答えるかと、聞き耳たてていると、

「動くから動くのや」

「ふーん。お母さん、お母さん。電車と自動車とどっちが速いの」

「速い方が速いわよ」

「ふーん。お母さん、お母さん。卵の中になぜ白身と黄身があるの」

「そんなこと、お母さん知るか」

「お母さん、お母さん」

「うるさい子やな。少しは黙っていなさい」

「お父さん、なにか面白い話してよ」

と、子供がせがむ。

「なんの話しようか」

「なんでもいい」

「じゃ、桃太郎の話してやろうか」

と始めると、子供が質問しだした。

「昔々というのは平安時代?それとも鎌倉時代?」

「そんなこと、父さん知るか」

「ある処というのは四国かね、北海道かね」

「黙ってきかんかい」

「お爺さん、お婆さんの名前はなんと言ったの。年はいくつだったの」

「そんなことはどうでもいい」

「人間が生まれるような桃は、どこに生えているの」

「話だから黙ってきけよ」

 こんな調子では親といっても、
なんにも知らんものだなあーと、
子供に馬鹿にされる因をまいているようなものである。

「いつでもよいから、昔々というのだよ」

「どこでもよいから、ある処と言うの」

「どこから生まれたと聞かれたら困るから、
 桃が流れてきたと言う」

「男でも女でも大切な智仁勇の三徳をサル、キジ、イヌ。
 成果をあげるに大事な団結を団子。
 青鬼赤鬼黒鬼は、貪欲、瞋恚、愚痴をあらわし、
 これを征伐すると幸福になれることを
 金銀財宝を持ち帰ったと言ったのである」
 
うんと勉強せねば本当の親にはなれない。
順わぬ子供を責めるだけでは無責任であろう。

昔は子供に字を教える時に「いろは歌」で教えた。
今は「あいうえ王様」で教えているそうだ。

昔々,あるところに,
あいうえ王という王様がおりました。
 
また,同じ国にかきくけ公という公爵と,
さしすせ僧というお坊さんがおりました。

ある日,かきくけ公とさしすせ僧は,
たちつて塔という塔のてっぺんで,
なにやら密談をしていました。

その相談と言うのは,なにぬね野という野原で,
はひふへ砲という鉄砲をぶっとばし,
あいうえ王を亡きものにしてしまおうと
いうものだったのです。

しかし,悪事千里を走るです。
まみむメモというクーデター計画のメモが,
どこからか,あいうえ王の手に渡ってしまったのです。

あいうえ王は,かきくけ公とさしすせ僧を城に呼び,

「お前たちは何がためにこんな事をしようというのだ。
 やい,ゆえよ」

と問いました。とうとう二人は,
らりるれ牢という牢屋に入れられてしまいました。

あいうえ王は,子供のわいうえ王子に,

「お前も,こんな事がないように,
 しっかり国を治めるのだよ。」

と話しかけました。

すると,まだ幼いわいうえ王子は言いました。

「ん」 完 







一日一訓(16日 子供叱るな来た道じゃ年寄笑うな行く道じゃ)

2011年11月16日 | 一日一訓
一日一訓(16日 子供叱るな来た道じゃ年寄笑うな行く道じゃ)

「子供叱るな来た道じゃ年寄笑うな行く道じゃ」

この言葉は

「子供叱るな来た道だもの、
 年寄り笑うな行く道だもの、
 来た道行く道二人旅、
 これから通る今日の道、
 通り直しのできぬ道」

という妙好人の歌から来ている。

昔、印度のバラナ国に悪法があった。
男が六十歳になると、
子供から一枚の敷物を貰って、
その家の門番にならねばならぬというのである。

その国に、女房に早く死に別れ、
極貧の中を男手一つで、
二人の子供を育てあげた男がいた。
もう彼も、六十歳である。

まるで独りで成長したように思っている長男は、

〝敷物を捜して父に与え、門番にせよ〟

と弟に言いつけた。
孝行な次男は途方にくれたが、
物置小屋から一枚の敷物を捜し出し、
それを二つに切った。

「お父さん。まことに申し訳ありませんが、
 兄さんの言いつけです。
 今日から家の門番になってもらわねばなりません」
 
溢るる涙を押さえながら、その一枚を父に与えた。

「お前はなぜ、その敷物全部を与えないのか」

兄は弟のやることが、どうも腑におちない。

「兄さん、家にはそんな沢山敷物はありません。
 たった一枚しかないものを、
 全部お父さんに使ったら、
 後で要るようになったら困るじゃありませんか」

「後で必要な時に困る?そんな物、誰が使うのかい」

兄は益々不審に思う。

「誰でも何時までも若いのではないのです。
 もう一枚は兄さんの分ですよ」

「なに!おれがそんなものを使うことがあるというのか」

「それは兄さんが六十になった時です。
 敷物がなかったら、
 兄さんの子供が困るじゃありませんか」

「ああ、おれも子供に門番にさせられることがあるのか」

愕然として非道に気づいた兄は、
弟と共に立ちあがり、
この悪法打破に成功したという。

「今日は他人の身、明日は我身」

と言われても、よもやよもやと自惚れて、
我々は確実な未来さえも、知ることが出来ないのである。



一日一訓(15日 なぜやめぬ怨み呪えば 身の破滅)

2011年11月15日 | 一日一訓
一日一訓(15日 なぜやめぬ怨み呪えば 身の破滅)

「なぜやめぬ怨み呪えば 身の破滅」

悪い運命に見舞われた時、どうだろう。

「オレがいつ、こんな悪いことをした。
 アイツのせいだ。コイツのせいだ」

と他人を恨む心は起きてこないか。

自因自果を否定し、
他人の行いのせいで、
自分に悪果が返ってきたように思っている。

「縄をうらむ泥棒」という諺がある。
 
昔、ある時、泥棒が御用となった。
縄に縛られ、自由にならぬ彼は、
浅はかな考えをめぐらす。

「オレを苦しめているのはこの縄だ。
 この縄さえなければオレは自由になれるのに」
 
縄に、身の自由を奪われているのは、
彼自身の行為に起因している。
それが分からず、
筋違いな恨みを起こす愚かさを表しているのだ。

善果が返ってきた時には、
因果の道理を信じられるが、
悪果が振りかかってくると、

「オレがいつ、こんな悪いことをした!」

と、宇宙の真理を疑い始める。
それでは論理一貫していない。

善いのも、悪いのもすべて、
私の過去にまいたタネまき、行為の結果なのだ。

『王舎城の悲劇』の中で、
ビンバシャラ王も、なぜ牢獄につながれ、
苦しまねばならぬか、
フルナに諭されるまで分からなかった。

ビンバシャラ王はフルナに
苦しみを訴える。

「因果の道理は、宇宙の真理と、
 よくよく聞いてはいたが、
 どうして私が、こんな報いを」

「ビンバシャラ王殿。
 よくよく思い起こしてくだされ。
 子供欲しさに、イダイケ夫人と
 修行者を殺害したのは、誰か。
 生まれてくる子供に恐れ、
 剣の林に、生み殺そうとしたのも、誰か」

「そ、それは……」

「ビンバシャラ王殿。まかぬタネは生えませぬ。
 今の地獄は、あなた自身が造られたもの。
 それ以外のものではありませぬ」

「ああ、そうだったのか。
 いつも、お釈迦さまから、
 お聞かせいただいていたことなのに、
 己のまいたタネを、忘れておりました」

ビンバシャラ王は 
自身の過去の悪業が知らされ、懺悔している。
厳正な、因果の理法を知らないで、
不平や愚痴を並べている者には、
身の破滅あるのみである。





一日一訓(14日 あれをみよ み山の桜 咲きにけり)

2011年11月14日 | 一日一訓
一日一訓(14日 あれをみよ み山の桜 咲きにけり)

「あれをみよ み山の桜 咲きにけり
    まごころつくせ 人知らずとも

ドイツのある王様が、
誰も見ていない夜中に、
市街の真ん中へ、
そっと大きな石を置いて帰城した。

 翌朝、酔っぱらいの軍人が、
その石につまずいて頭を打って倒れた。

「誰だい、こんな往来に石を置いた奴は。
 馬鹿野郎、気をつけろ」
 
散々、悪口を言って立ち去る。
暫くして、馬で駈けてきた紳士が、
間一髪で大石につき当ろうとして、
立ち止った。

「ああ危い。もう少しのところで
 この石にぶつかって死ぬところであった。
 悪戯するにもほどがある」
 
ブツブツ小言をいって去って行く。
また暫くすると、一人の農夫が、
荷車を引いて通りかかった。

「なんだい、こんな大きな石を置いて。
 危くて通れやしないじゃないか」
 
不平たらたら、石を蹴って通り過ぎた。
かくして、誰一人、
この石を取り除く者はいなかった。

一ヵ月後王様は、市民をその広場に集めて訓示した。

「実はこの石は、私が置いたのである。
 しかし今日まで誰一人として公益の為に
 取り除こうとする者はいなかった。
 これは私の治政の欠陥だろう。
 今日この石を私が取り除こう」

王様自ら、石を動かした。
するとその下に

『この石を片付けた者に与える』

と記した袋があった。
宝石と金貨二十枚が、その中に入っていたという。

「あれをみよ み山の桜 咲きにけり
    まごころつくせ 人知らずとも」




一日一訓(13日 怒りは無謀に始まり、後悔に終わるものだ)

2011年11月14日 | 一日一訓
一日一訓(13日 怒りは無謀に始まり、後悔に終わるものだ)

「怒りは無謀に始まり
 後悔に終わるものだ」

ある高僧のところへ、
短気で困っている男が相談にきた。

「私は生まれつき短気者で
 困っております。
 短気は損気と申しますが、
 まったく腹を立てた後は、
 自分も気分悪うございますし、
 他人の感情も害して悔やむのですが、
 後の祭り、どうにもなりません。
 なんとか私のこの短気を、
 治していただきたいと
 思って参上いたしました」
 
ニコニコ笑いながら
聞いていた高僧は、

「なるほど、聞けばそなたは、
 なかなかおもしろいものを
 持って生まれてきたものじゃ。
 治してしんぜるほどに、
 その短気とやらをひとつ、
 私に見せてもらいたい。
 今もお持ちかな」

「へえ、短気を今ここへ出して
 見せろと言われましても、
 ただ今は、べつに短気を
 おこすあてもありませんので。
 ただ今は、ございません」

「しかし先ほど、
 そなたの話では、
 生まれつき持っていると
 言ったでないか。
 持っていれば、
 身体のどこかに
 かくれているはずだ。
 遠慮することはない、
 おもいきって出してみなされ」

「いや、ただ今は身体中を探しても、
 どうも、その短気が見あたりません」

「しかしどこかにあるだろう、
 どこにあるのかな」

「そう言われると困りますが、
 今のところ、どこにもありません」

「そうじゃろう。
 ある道理がないのだ。
 そなたは、生まれながら
 短気じゃと言うが、
 元来、短気というものはないのだ。
 今後、ムラムラと
 カンシャク玉が破裂
 しそうになったら、
 この短気やろう、
 どこから出てくるのか
 出所を探してみるがよい。
 どうかしたおりに、
 そなた自身が出すのだ。
 自分が出さなければ、
 どうして短気が出るものか。
 己が出しておいて、
 生まれつきというのは勝手なことだ」

と諭したという。

「ならぬ堪忍、
  するが堪忍」

大切なのは心であり、
心の持ちようである。

「かんしゃくの
  くの字を捨てて
   ただ、かんしゃ」




一日一訓(12日 如何なる小事でも 全力を傾注してかかろう)

2011年11月12日 | 一日一訓
一日一訓(12日 如何なる小事でも 全力を傾注してかかろう)

「如何なる小事でも
 全力を傾注してかかろう」

「誰ぞ、あるか」

織田信長が書見しながら、次の間に声をかけた。

「はあ」

一人の小姓が、襖を開けて手を突いた。

「ああ、よかった、行け」

何か用かと思ったのに、信長は何も言いつけない。
しばらくしてから信長は、

「誰ぞ、あるか」

と、また呼んだ。

「はあ」

と答えて、別の小姓が現われた。
信長はその時も、何事もいいつけず、

「ああ、よしよし、さがれ」

といって去らせた。
またしばらくして、信長は、

「誰ぞ、あるか」

と、また呼ぶ。

「はあ」

と答えて別の小姓が現われる。
信長は、やはり前と同じように、

「ああ、よし、行け」

と、顎を上向きにしゃくった。
そのとき小姓は立ちがけに素早く座敷を見まわすと、
紙屑が一つ落ちていた。

小姓は目立たぬように拾って袂に入れ、
静かに襖を閉めた。

「待て」

信長の疳高い声が、その時とんだ。
小姓は襖を開けて畏まった。

「そちの所行しおらしく思うぞ。
 総じて武士たるものは、気の働きが肝要じゃ。
 気を働かせればなすべきことは山程ある。
 主人の言いつけたことだけが用ではない。
 主人の気のつかぬ用を見出すのが、
 武士たる者の機転である。
 何事にも、ただ今の心がけを忘れまいぞ」

と、信長は誉めたという。
一切のことに細心の配慮を払い
機転をきかさねば大成できないのは、
決して昔の武士だけのことではない。


一日一訓(11日 同じ石で二度つまずくものは馬鹿者である)

2011年11月11日 | 一日一訓
一日一訓(11日 同じ石で二度つまずくものは馬鹿者である)

「同じ石で二度つまずくものは馬鹿者である」

政治家、外交官、著述家、物理学者、
アメリカを独立へと導いたフランクリンは多才である。

ボストンの貧しいローソク屋に生れた彼は、
少年時代、笛が欲しくてたまらなかった。

ある日、思わぬお金を貰ったので、
雀躍りして玩具屋に飛びこんだ。

「笛を下さい。よく鳴る笛を」

嬉しそうな少年に、ずるそうな店頭の主人が問う。

「坊や、幾ら持ってる?」

「これだけ」

純真なフランクリンは、掌を開いて、すべてを見せる。

「よし。それだけあるなら、笛を一つあげよう」

夢みていた笛を吹きながら家に帰って、
得意になって一切を兄弟に話すとメソクソだ。

「なんてお前は馬鹿なんだ。
 それだけあれば、そんな笛は四本も買えるぞ」
 
嘲けられ、急に萎れてしまったフランクリンに、
父親はこう諭している。

「人間は何か欲しくなると、
 真価以上に高く買いすぎるものだ。
 よくよく気をつけねばならないよ」
 
父の言葉が胸に沁みこんだ彼は、
酒色に耽る人を見るとこう思った。

「あの人は、一時の楽しみの欲しさに、
 多くの犠牲を払っていることを知らない。
 やっぱり笛を高く買いすぎている人なのだ」
 
借金してまで着飾っている人には、

「あの人も、服装の値打ちを
 余りにも高く見ている。
 つまりは笛を高く買いすぎているんだ」
 
また、守銭奴には、

「あの人は金が欲しさに、
 金の価を買いかぶりすぎている。
 あれも笛を高く買いすぎている仲間だ」

と、一生の教訓としている。

ストーブや避雷針の発明、図書館の開設や道路舗装など、
実際生活の向上に貢献したのも肯ける。

〝仕事を追い、仕事に追われるな〟

彼の格言の一つである。





一日一訓(10日 沈んで屈するな 浮んで奢るな)

2011年11月10日 | 一日一訓
一日一訓(10日 沈んで屈するな 浮んで奢るな)

「沈んで屈するな 浮んで奢るな」

昔、中国に塞という国があった。
そこに大変、馬の好きな翁がいた。

ある晩、飼っていた馬が
小屋を破って行方不明になった。

とても可愛がっていた馬に逃げられた翁の愁傷ぶりは、
側の目にも哀れな程だった。

ところが何ヵ月かしてその馬が、
より見事な馬を連れて戻って来たのである。
翁は喜んだ。

あんまり良馬なので、嬉しさの余り、
息子に乗ってみろと命じた。

息子を乗せた駿馬は山野を疾風の如く駆け廻った。
余りの駿足に息子は調子を崩し落馬して、
遂に生涯の不具者になってしまった。
翁は深く悲運を嘆いた。

そのうちに隣国との戦争が始まった。
国中の若者が狩りたてられ、鎬をけずって戦った。
 
多くの若者達は傷つき、病死やら戦死した。
しかし翁の息子は不具であったが為に引き出されず、
悲惨な目に遇わずに済んだ。
翁は息子の不具を喜んだ。

これが塞翁が馬の故事である。

逃げた馬で困りぬいたが、
良馬という土産を持って帰って来た。
お土産を喜んで、いい気になっていたら
息子が不具者になった。

あんな馬さえ来なかったら、
こんなことにはならなかったのにと、
不具の息子を見る度に翁は後悔した。

しかし隣や向かいの若者が、
戦争に狩りたてられて
皆んな無惨な死に方をしたのをきいて、
これでよかったと喜んだ。

何が禍なのか福なのか。
禍は何時までも禍でなく、
福は何時までも福でないのが人生の実相である。

「沈んで屈するな
    浮んで奢るな」