クワババの日記

いろいろな事に興味深々

見たくない光景

2009年07月10日 | Weblog

こんな風に日の丸の旗を沢山飾り、晴れがましく勇ましく次兄は出征して行ったのです。
長兄の出征時私は母の胸に抱かれていましたが、次兄の時は母の前に立っています。
戦場へ息子を送り出す親の気持ちを考えるとき…自分だったらどうするだろう。旗の波に切ない気持を隠して、お国のために耐えたのでしょうか。
幸い二人の兄は無事に帰還して天寿を全うし、今は左に居る姉二人と私の三人になってしまいました。
息子や孫たちを戦場へ送ることの無い平和が永遠に続くことを祈っています。

梅雨時の花々

2009年07月08日 | Weblog
画像クリック5枚スライドショー

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<ペンタス>

今日は1日中雨が降り続きました、スライドショーの花々は朝ちょっと雨がやんだ時に撮りました。

思い立って昔の写真を出して仕分けを始めました、戦前のものから独身時代・子育て時代・親戚の人達・北陸・仙台・福岡での生活、子供の学生時代の写真などなど。

何より大変なのが主人独身時代の写真、この仕分けは大変です。
殆どアルバムに貼って無いのです、今日は大まかな仕分けしか出来ませんでした。
これは根気よく整理しないとなりません、昔の大切な写真は(フィルム写真)やはりスキャンして保存しておこうと思います。
雨降りの1日、写真の整理をしながら過去にタイムスリップしていました。

セピア色の思い出

2009年07月07日 | Weblog

この写真は73年ほど昔の写真です。
先日童謡♪絵日傘♪を聞いてから無性に見たくなり、古いアルバムから探し出してスキャンしました。

夏だというのに白足袋を穿いています、後に私が姉たちの年齢になった時、この写真の着物3着をお下がりで着せてもらいました。

問題の絵日傘はそれ以前に、浅草の寄席で見た「太神楽の傘廻し」を真似てボロボロにしてしまった記憶が残っています。


母が亡くなって45年になります、丸髷姿の写真もスキャンして残しておこうかと思います。

姑さんが「今に写真が動いて喋るようになるよ」と若い母に向って言ったそうです。
その通り、いやそれ以上の時代になりましたね。

忘れないうちに復習

2009年07月06日 | Weblog

以前教えて頂いた複数画像のグループ化の仕方を忘れてしまいました。
XPではツールが使い易かったのですが、vistaになってからツールを探しだせなくて…とうとうsakura先生に   しました。

お蔭でやっと「絵日傘」の合成画像を作ることが出来ました。今度こそ忘れないように、芦ノ湖の観光船写真にクリップアートのボートと飛行船を入れてグループ化の復習をしてみました。
組み合わせる画像に無理があるので不自然な合成写真になりましたが、グループ化の復習です。


♪絵日傘♪

2009年07月05日 | Weblog
<    絵  日  傘
作詞:大村主計 作曲:豊田義一(PD)

♪ さくら  ひらひら   絵日がさに
ちょうちょも   ひらひら  来てとまる
うばのお里は   花の道
すみれの花も   たんぽぽも

♪ まわす  絵日がさ   花ふぶき
ひばりも   ピーチク  来てあそぶ
うばのお里は   春がすみ
絵日がさ  くるくる   とおりゃんせ

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早朝テレビをつけると昔懐かしい童謡「絵日傘」が聞こえてきました。

セピア色の写真には母と3人の姉たちが絽の着物を着て、紗の絵日傘を持って写っていました。(当時私はまだこの世に存在していません)
聞くところによると海水浴に行った時の写真だそうです、3人目の姉は15歳で結核により短い生涯を終えてしまいました。

今は二人の姉と私の三姉妹、長姉(85歳)は今年骨折して入院生活が長くになるに従って物忘れが酷くなってきました。6月に見舞った時は歩くことは出来ませんが、楽しく談笑して別れを惜しんで帰ってきました。

今日姪の電話では「だんだんひどくなってきて、叔母さん達が来てくれたことも覚えていないのよ」と言う。時々「つねちゃ~ん・ちえこ」って呼んだりしているそうです。(ちえこ は私の身内での幼名)
どこまでが分かっているのか?はたまた何も分からないのか?「まるでおちょくられているみたい」と姪は苦笑していました。

童謡「絵日傘」を聞いたら、姉たちに可愛がってもらっていた幼い頃を懐かしく想い出しました。

嬉しい贈り物

2009年07月04日 | Weblog
クリック&ダブルクリックでご覧ください

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思いがけない嬉しい贈り物が届きました、昨年お世話になった沖縄の同級生Hさんから「マンゴー」です。

去る6/14川崎で開かれた同期会でお目にかかりましたが、短時間の為あまりお話も出来ずに、元気でいたらまた会えると言ってお帰りになりました。

Hさんが沖縄にいらっしゃるお蔭で「古希の沖縄旅行」を楽しむことが出来ました。あの時のどのシーンもコバルトブルーの海の色も未だに目に焼き付いて残っています。

中学生の頃は将来このようなお付き合いが出来るなんて考えもせず、無邪気なクラスメイトでした。
戦後の大変な時代を必死に生きてきた思いが共通しているから、いまが一層幸せに感じるのでしょうね。

億良が詠んだ七夕の歌

2009年07月01日 | Weblog
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<  彦星は 織女とたなばたつめ
  天地のあまつち 別れし時ゆ
  いなむしろ 川に向き立ち
  思ふそら 安けなくに
  嘆くそら 安けなくに
  青波に 望みは絶えぬ
  白雲に 涙は尽きぬ
  かくのみや 息づき居らむ
  かくのみや 恋ひつつあらむ
  さ丹塗にぬりの 小舟もがも
  玉巻きの ま櫂もがも
  朝なぎに いかき渡り
  夕潮に い漕ぎ渡り
  ひさかたの 天の川原に
  天飛ぶや 領布片敷きひれかたし
  ま玉手の 玉手さし
  あまた夜も ねてしかも
  秋にあらずとも

        山上 憶良やまのえうの おくら

  
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窓のイラストは風と樹と空のフリー素材さんからお借りしました