雀の手箱

日々の記録と墨彩画

突然の旅立ち

2018年01月15日 | できごと


 去る五日の朝、別れの言葉を交わすこともなく、突然夫が旅立ちました。
 正月を三人で祝い、二日の遅い便で帰京した娘を送った次の日、三日は、訪問リハビリの先生の初訪問を受け、介助されながら心地よい陽射の中を、散歩を愉しんでいました。四日から始まったデイサービスにいくと言って、珍しく迎えの車から手を振って出かけたのですが、そのままの行きっきりになりました。

 昼食の途中で様子がおかしくなり、意識をなくしたようです。搬送された救急病院に駆けつけたのですが,ICUから出ることなく、深夜便で駆け付けた孫娘の到着を待つようにして、五日朝、娘たちに手を握られたまま、本当に静かに、蝋燭の火がきえてゆくような穏やかな旅立ちでした。いまにも語り掛けそうな顔を見ながら、最愛の孫に手をにぎられながら、強く希望した在宅での生活を貫いて、苦しむこともなく旅立ったのをせめてもの幸いと思うことにしました。

 松の内の事でもあり、もともと近親者だけでの見送りでよいと言っていたので、翌日通夜をし、七日に葬儀を執り行いました。

 今は混乱していますし、片付けねばならない手続その他がありますので、しばらくの間ブログもお休みに致します。



         娘の希望で祭壇は白い花一色で埋めました。
コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

お年賀

2018年01月02日 | 日々好日


明けましておめでとうございます。


 昨年は、米寿を期に勝手ながらお年賀を遠慮する旨のご挨拶を差し上げました。ありがたいことに今年も多数のお年賀をいただきました。返礼に代えてブログでのご挨拶とさせていただくのをお許しください。

 皆様にとって、今年も健やかで、幸多い充実の年となりますように。




コメント (5)
この記事をはてなブックマークに追加

歳末の哀愁

2017年12月28日 | 塵界茫々


 茫漠とした日を過ごしてきた身も、さすがに数え日に入り慌ただしく過ごしています。
 毎年のことながら、齢を重ねると、時の過ぎる速さをしみじみ哀愁の思いにとらわれてかみしめることです。
 一年を振り返っても、さまざまな出来事も、ネガティオブことばかりが頭をよぎります。今年限りで愛車ともお別れです。変化を余儀なくされる暮らしにも不安がよぎりますが、結局は何とかなるだろうと思える暢気な性分に生まれたことを良しとしています。

 皆様に来る年が充足した安らかな日々でありますようにと祈念致します。
 この一年の、励ましと思いやりの篭るお言葉に感謝して今年最後のブログといたします。


コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

新しい家電

2017年12月14日 | できごと
 前から娘に強く勧められていたドラム式洗濯乾燥機が入りました。仕事をしていた折に購入して、自分が使っていてどれほど助かったか知れないから、洗濯のストレスだけでも解消してほしい、寒くなって外に干しに出ることもないし、朝起きたらふんわり乾いているのだから。と繰り返していました。
 今使っている洗濯機は7年になるけれど何も不具合はないし、一応乾燥も附いているから部屋干しすればいいのだし、第一高価だから。と言ってきましたが、余命を考慮すれば、少々の消費と引き換えで、少しでも楽になるならと、思い切ってと決断しました。
 近くの量販店でパナソニックフェアーをやっていたので、容量の小さいのを選びました。
 前とほとんどシステムは違わないのでスムースに切り替えできました。
 デイサービスまでに間に合うかと、厚い冬物の乾きに気を揉むこともなくなりました。ただ安いナイトの電力を使ってはいるものの、電気代が気がかりです。













 庭の枯れるものはみな枯れ、葉を落とし、紅葉の枝も寒風に震えています。枯れ芙蓉は枯れてなお綿毛に次の世代への種をくるみ、「老女とはかかる姿や」の風情です。好きな画題には気合が入ります。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

冬への足音

2017年12月05日 | すずめの百踊り


 秋の名残りを惜しむ間もなく季節は冬へと支度を整えています。
 桜紅葉の濃い臙脂色が地面を埋め、錦木もあらかた葉を落とし、とがった枝をあらわにしています。散り始めたいろはもみじに人生を重ねては、雪の便りが届き始めた季節の哀愁を、味わっています。
 雲間に時折顔を覗かせた今年最大という昨夜のスーパームーンも寒々としていました。

 以下は気晴らしの足跡です。











コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

今年の紅葉

2017年11月29日 | 日々好日


 海外の友人から、庭の紅葉が懐かしいとメールが入っていました。毎年この季節には訪日の日を思い出してくれるようです。
 今年のいろはもみじは色がくすみを持って今一つで、おまけに大きな枝が葉をちじらせ、枯れていたのを、先月の剪定の折に庭師が鋸で切っていました。庭木も年老いたようで、混みすぎて見苦しくなっています。遠出はままならぬので、せめての季節の移ろいと、秋の名残りを庭で惜しむ日々です。
 桜紅葉、錦木、満天星、令法と目を楽しませてくれています。ただ、落ち葉の始末は今では、負担になる作業になっています。グールモンの落葉の詩や、白楽天の漢詩の風流を愉しんだ日は、今は昔です。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

運転免許返上を思案

2017年11月20日 | 塵界茫々
 このところ長年の愛車が不具合で、同乗した娘が変な音がしていると言うし、ハンドルをいっぱいに切るとがくがくして重いので、お世話になっている自動車屋さんに来てもらいました。
 エンジンオイルも正常で、ベルトの弛みもないのだけど、部品の交換が望ましいと言われました。しばらく走るとハンドルの重さは解消されます。車も持ち主に合わせた老化現象のようです。
 娘は、帰省すると必ず、高齢者の引き起こす事故を聞くたび、心配になるし、以前と比べると運転にも不安に感じるときがある。と繰り返しています。

 車を前にもう止め時かと思案する私に「しばらく考えてみてください。決まりましたら部品を手配します」と言って帰られました。
 年を越せば16年となる経年劣化なら、一か所が故障し始めると次々の不具合でしょうから、長年の間、バッテリーとタイヤの交換以外は必要がなかった健康優良児の愛車にもお別れの時が来ているのは確かです。

 娘に、これを期に免許返上をしたほうがいいと強く言われ、自分でも88歳の年齢を考えると、かなり高額の部品交換は止めたとして、新しい車を購入しても、もう慣れる時間は残されていないのだしと、運転が好きでも、不便でも、やはり潮時が来ていると思案します。

 丘の上での暮らしで、最寄りの公共の交通機関を利用するには一番近いバス停まで歩いて10分、JRの駅までも昔は8分で歩けたものものが今は13分かかります。病院通いと買い物をどうするか、タクシーの契約、手配などのシュミレーションなど、やっておかねばならないことが山積です。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

移ろう季節

2017年11月19日 | すずめの百踊り
 彩りを愉しんでいた木々も急ぎ足で葉を落としはじめました。サルスベリはそそけだった枝を寒空に震わせています。
 暦はすでに立冬を過ぎているので、暖房を入れるこの朝夕の冷え込みも季節の自然でしょう。北国では雪の便りも届いているこのごろです。
 描きためた葉書絵の中から季節をお届けします


















 つわぶき にしきぎ しゅうかいどう 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

銀杏並木

2017年11月12日 | 塵界茫々
 朝夕の冷え込みで木々の紅葉も進んでいるようです。
 晴天が続くこの頃洗濯物を干したあと、庭を歩いてみるとサルスベリやニシキギ、ドウダンツツジが次第に色を変え、鮮やかに色づく姿に慰められます。
 病院の帰りに気に入りのコースを通ると、銀杏並木の黄葉が二十日でもう散り始めていました。
 連れ合いが手術で入院中、毎日通っていた道です。ある日には夕日を浴びて、晶子の歌さながらに「金色の小さき鳥の形して」舞う姿を、通りが少ないのをいいことにして車を停めて見とれていた日を思い出します。もう11年を経過しています。

 つい先日、この通りのすぐ傍のマンションで、自宅の部屋で飼い犬を猟銃で撃って自分も自殺した人がいました。
ストレスの多い現代、心を病む人も増えるようで、悲惨な恐ろしい事件が増えていくようです。






コメント
この記事をはてなブックマークに追加

気がすむまでの摸索

2017年11月04日 | 雀の足跡

 霜月に入り、カレンダーも薄くなってしまった日々をいとおしみながら過ごしています。

 今年は88歳、米寿の誕生月なので思いがけなく行政やその他の公的機関からもお祝金が届けられて驚いています。私の本音は「おめでとうございます」と記されていても、世にはばかって生きているようで、「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしています。」と心のうちで呟いています。「90歳何がめでたい」と開き直れる気力も持ち合わせず、多くの人手を借りて成り立っている今の暮しで、どこか居心地悪く、中途半端のめでたさです。

 一日の十三夜は、やっと晴天が戻ってきた日々で、先月の十五夜よりも美しいお月様を拝めて、今年は形見月にならずに済みました。文化の日や古典の日とやらも挟む教育文化週間のようですから、十三夜について調べてみました。
 中国伝来の十五夜と違って十三夜をめでる習慣は我が国独自のもののようです。お供えのススキも穂がまさに稲穂状ですし、(所によっては本物の稲穂をお供えするところもあるとか)団子の数も13個でいいようです。

 ところで琳派おたくの私は、今年も月を扇面に捉えようと四苦八苦しました。頭に去来していたのは漱石の句「張り交ぜの屏風に鳴くやきりぎりす」と蓼太の句「わが影の壁にしむ夜やきりぎりす」です。その摸索した足跡の楽屋裏を落款も押せないものも含めて何枚か選んで足跡を留めます。









コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加