紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

17 椰子の木とパラソル

2021-09-05 08:14:08 | 夢幻(イワタロコ)


「どこへ行くかって、南の国だ。オートバイで海岸を走るんだ。そりゃあ水に限らず、生ものは控えることにするよ。だけど果物は最高だねぇ。え? 言葉はちょっと英語が話せれば、あとは身振り手振りで通じるんだ」
 そう言って叔父は会計事務所の鍵を掛けた。
「さ、一ヶ月に一、二回風を通してくれよ。期間はどのくらいになるか、行ってみなくちゃ分からん。これと一緒だからさ」
 小指を立てて見せてから、同じ屋敷にある事務所と自宅の鍵を俺の掌に載せた。

「頼んだよ」
 叔父は還暦を迎えると同時に家業を閉じた。別れた妻も嫁いだ娘も自分を必要としていないと言っていたが、いつの間にか女がいた。
 一度叔父から、椰子の木とパラソル、スイカ、太陽の笑顔を前身頃に刺繍した白いTシャツが送られてきた。あまりにも子供っぽいシャツなので仕舞ったままだ。確か三年前だ。持ち出した金は足りているのか。それとも銀行に送金でもさせているのか、物価の安い国だと聞いたが、音沙汰がない。叔父の家に行くのがだんだん間延びしていった。

「まったく、守男はどこへ行ったのかね」
 祖母は新聞を広げたままで言った。巨大地震の後の大津波。瓦礫の山が写し出されている。身元確認が出来ていない遺体が多数だという。祖母が写真の中に、三兄弟の末息子の姿を見つけ出そうと、天眼鏡をかざした。

 晴れた日曜日の朝、一ヶ月半ぶりに風通しに行った。
 赤ん坊の泣き声がする。玄関から庭に回ると、洗濯物が干してある。みそ汁の匂いがしてきた。窓から赤子を抱いた叔父と、エプロンをした若い女が見えた。
 俺は思わず今来た方向へ走り出していた。

著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。


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