今はネットという、便利なツールができて、いろいろな情報を
簡単に手に入れることができるようですね。←使いこなして
いない人(^_^;)(苦笑)
検索エンジンも、何かのキーワードがないと調べようは、
ないのですが、その言葉を知っているから調べられる。
それに、他人の日記やブログなどを読むことによって、
自分が知らなかった情報を知ることになるのですが、
師匠によると、『話し言葉』と『書き言葉』は違うもの
なんだそうです。
もともと、この二つは違うものとして、存在していたの
です。
ニュアンスというのでしょうか、感性や背景。
それこそ、目に見えないものがあるんです。
これも、感じる世界なんですが、特に師匠は演劇を
していたからなのか、言葉を大事にしています。
言葉をよく考えるきっかけになったのは、『脚本分析』と
いうものをするようになったからなのだそうです。
脚本は『話し言葉』で科白というものが書かれています。
人が話すことにはその人の背景。環境。時代。そして、性格。
で言葉の世界が成り立っています。
ところが、最近の『書き言葉』は今までとは様子が違っている。
何かが違う。
言葉がいろいろなことを含み、色がつけられている。
今まで知られていたことが、違う色になっている。
そうなれば、逆に、知らなくてもいいのかな、と思えることが、
増えてきます。
こうして、情報を伝えている自分がここにいるのですが、
フィルターレベルが違えば、伝わり方は全然違うものになる
のだな、と思うことがあります。
送り手と受け手が常に同じフィルターレベルにいるわけではない
のですから、それが当たり前なのかもしれませんが、今は、この
違いが、言葉に別な、新たなエネルギーをあたえている。
だからこそ、自分を守る選択が問われているのかもしれません。
臣でした。