キャバレー「シャ・ノワール」、現在の様子
「陶酔のパリ・モンマルトル1880-1910」展のサブ・タイトルでもあるキャバレー「シャ・ノワール」。今回はその跡地について、写真と一緒にご紹介します。
「シャ・ノワール」跡地へ行くにはまず、地下鉄Blanche駅を降ります。目の前に開けて来るのは、モンマルトル夜のランドマーク、「ムーランルージュMoulin Rouge」。
昔ながらの風車に観光客が集まり、いかにもにぎやかな雰囲気を醸し出しています。
キャバレーやカフェ・コンセールで栄える以前は、モンマルトルは富裕層の別荘地であったため、風車はその時の名残りと言われています。
そのムーランルージュを背に少し進み、左に曲がってさらに進んで行くと、芸術家たちが毎晩通った道、「ヴィクトール・マッセ (旧ラヴァル)通り」が見えてきます。
かつて「シャ・ノワール」を移店する際には、ロドルフ・サリスが大勢の仮装行列を従えて、真夜中にこの「ヴィクトール・マッセ」通りを練り歩いたと言われています。その中には当時人気を誇っていた歌手のアリスティド・ブリュアンも交ざっていたのですから、大変な見ものだったのでしょう。
現在はギターやドラムなどの楽器屋が並んでいて、少し高円寺と似た雰囲気がしました。
そしていよいよ「シャ・ノワール」跡地。
気をつけないと素通りします。
現在は一般のアパートとして残っている「シャ・ノワール」ですが、玄関に掲げられたプレートのメッセージからは、当時の面影を偲ぶことが出来ました。
通行人よ、止まりなさい。
この建物はロドルフ・サリスにより、
ミューズと歓喜の女神に捧げられていた
ここに 有名なキャバレー「シャ・ノワール」が
1885年から1896年まで収容されていた
こうしてみると、外観こそ変わったものの、キャバレー「シャ・ノワール」で息づいたエネルギーが現在も街の角々でさりげなく受け継がれていることに、少し驚かされつつ街全体に懐かしさを覚えました。
当時は黒と黄色の看板が掲げられていて、メッセージの最後に「現代的であれ!」と強く書かれていたそうです。
旧態依然としたアカデミー芸術に背を向けて、ユーモアと歓楽の中に新しい芸術を見出した時代が、この看板にも隠されているのではないでしょうか。
陶酔のパリ・モンマルトル1880-1910展は、伊丹市立美術館で6月5日(日)まで開催されています。お見逃しなく!!
写真提供、弊社スタッフ木村はるか