森前会長の失言問題と後任人事ばかりが報じられる1週間になっておりますが、もっと大事なテーマを議論すべき時期にあると思います。
一部のアスリートからは「開催よりも、人命が大事」とのメッセージが出ており、これは絶対的な真理であります。人命のリスクを放置したまま、東京オリンピック・パラリンピックを開催することは、絶対に有り得ません。
現実的には、今の世界の感染状況からすると、観客を世界から入国させることは殆ど不可能であり、場合によっては、日本人の観客すら難しいかもしれません。その場合は無観客が前提となります。また、同じく今の世界の感染状況からすると、選手にしても、前回並みの参加国数は無理であり、場合によっては、20世紀初頭のオリンピック並の参加国数にもなりかねません。
自分の主張は、それでも、「無観客」でも、「参加国数が1/3」に減ったとしても、このスポーツの祭典は平和の祭典であり、「開催することに意義がある」と信じています。
マスクや手洗いを小まめに守る日本人だからこそ、この状況下でも、感染を広げないと同時に、平和の祭典を中止せずに繋ぐことができると確信しています。これを繋ぐことができれば、2022年の冬季北京も、同じように、無観客でも規模が小さくても、必ずこのタスキを繋いでくれるはず。そして、条件が最も厳しい欧州大陸における、2024年のパリだって、どんな形であれ、この平和の祭典を繋いでくれると思います。(ちなみに、東京2020を中止にした場合でも、北京2022は、同様の趣旨で、どんな形でも、必ずやり遂げる選択をすると思います。その場合は、東京2020だけが歴史の闇として消えていくことになります‥)
ショボい大会になっても、無観客ばかりの大会になっても、世界中の人々は電波を通じて応援してくれると思います。50年後、100年後の未来において、あの状況下でも、開催をやり切った「東京2020」を、必ずや歴史は再評価してくれると思います。
そろそろ、国民レベルでこの議論をキッチリ行う時期になっていると思いますが、いかがでしょうか?