この高い塀を出たら、カタギになるんだと俺は思っていた。
春一番が足元から砂塵を巻き上げていった。太い縦縞のスーツの襟を立てる。今日はお天道様がやけにまぶしい。
「おい!」
守衛が直立不動のまま俺に声をかける。
「二度と戻ってくるんじゃないぞ」
俺は向き直って一礼した。
「兄貴!」
ここに入る前に俺の舎弟だった、相撲崩れのトメ、電卓のザキ、パシリのマツが犬っころの様に駆けてきた。
俺が入ってる長い間に、奴らも多少は貫禄を身に着けたようだが俺の前では今でも舎弟のままなのだ。
「おい、お前ら、控えねえか!」
「兄さんはお疲れなんだぞ」
一喝されて三人は下を向いてしゅんとなった。
黒塗りのセダンからゆっくり降りてきたのはアリーアメリカン風の三つ揃えスーツを着た男、軍用コルトのコバだ。彼は三人に高圧的な視線をくれながら、俺には愛想笑いをうかべ、いんぎん丁寧に、お勤め、ご苦労様です。と言った。
彼は懐から煙草を取り出し、軽く振って飛び出た一本をまず自分で咥え、それから俺に差し出した。
この長い間に、組織の中の地位は上がった様だが煙草の銘柄は変わっていなかった。
三人の舎弟が反射的にライターを取り出し、俺の煙草に三つのライターが集中した。
軍用コルトのコバが手を振ると、三人は慌ててライターを引っ込め、三歩さがった。
彼は自分で煙草に火を点けてから、俺に火のついたライターを差し出す。俺は彼のライターを両手で囲みながら火をもらう。
「早速なんですがね、やばい山があって、兄さんにやってもらいたい仕事があるんでさぁ」
軍用コルトのコバは煙草を斜め上に咥え、俺を見下ろしながら言った。
俺は煙を深く吸い込み、肺でニコチンを濾過しながら吐き出した。
「・・・・・娑婆の空気は旨いぜ」
以下 続く
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