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あみの3ブログ

阿尾城址@富山県氷見市 令和元年(2019)11月5日

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ラーメン食べ歩きの腹ごなしにお城を巡るというお城ファンにとって不埒な行為ですが、訪ねるとそれなりに深く知りたくなり知ると楽しくなります。
知識が全く無いので先ずは訪ねた先の資料を集め、今後の活動に活かせればいいなと思い日記代わりに記録しました。

北陸・富山に住む者として一番身近なお城は「富山城」
一番身近な大名は高岡開町の祖「前田利長」
その本家本元がお隣の石川県金沢市。兼六園を庭園として有する加賀百万石の「金沢城」であり、「加賀藩主前田氏」です。

今回は前田利家が攻め落とした地元(氷見)の城に思いを馳せてみたいと思います。

富山県指定史跡 氷見阿尾城址
地元の超有名な観光スポット。海に突き出た断崖絶壁が美しく、5月になると日の出の位置が断崖に近づくために絶好の撮影ポイントとなる。
風景に馴染みはあっても崖を登って城跡を見学する地元民はそんなに多くはないと思われます。

地形見取り図

【平面図】参考資料、、、富山県史跡阿尾城址→こちら




【側面写真】  2019年11月撮影


【断面図】  写真に合わせ縮尺を加工




写真で説明したいと思います。
麓には駐車場が整備されています。トイレや案内図も整備され石碑が立っています。


鳥居から登り坂が続きます。




登りきると狛犬がありそこからが三の丸跡地


三の丸には水飲み場と御輿倉庫が建っている


そのまま直進すると二の丸、右手には阿尾村鎮守、阿尾城守護神として祀られた『榊葉乎布神社』、左手には『白峰神社』がある。

『榊葉乎布神社』




『白峰神社』




二の丸方向


二の丸跡地に建つ休憩所


二の丸から見る氷見市街


二の丸から白峰神社を通って本丸方向へ


旧白峰神社本殿跡



細い馬の背、土橋を通って本丸へ


片側は崖なので危険


この辺りから見る海と氷見市街が一番美しい


本丸と展望台への道


展望台から氷見市街方向

展望台から能登方向

展望台から水平線

展望台からもと来た道を戻る方向


本丸広場最先端


本丸広場





阿尾城跡は市街地北側の、海に面した丘陵上に築かれた戦国時代の城跡で、ここは越中と能登をつなぐ、海沿いや山越えの街道をおさえるとともに、海上の交通も把握できる重要なポイントでした。
築城の時期は不明ですが、天正・文禄年間(1573から1592)の城主として、菊池氏の名前が史料にみえます。
菊池氏は上杉謙信に従った後、織田信長配下の佐々成政に属し、さらには成政と対立した前田利家へと寝返り、戦国の世を生き抜きました。
また、前田家に伝わる文書(末森記)によると、佐々成政との阿尾城攻防戦(天正12年)に勝った利家は、前田慶次郎らを入城させたとあります。
人気コミック『花の慶次』の主人公・慶次は、この前田慶次郎のことで、かぶき者として天下に知れわたる前は、前田家の侍大将として、氷見・能登方面に従軍していました。
発掘調査によって15世紀後半から16世紀末頃の遺物が出土する一方、近年の研究によって、城下に形成された町の様子も明らかになってきました。
城跡には、本丸・二の丸・三の丸と伝えられる地点があり、展望台からは氷見ならではの素晴らしい眺望を楽しむことが出来ます。
出典、、、きときとひみどっとこむ→こちら


【阿尾城】


名称(別名);あおじょう(青城)
所在地;富山県氷見市阿尾城ヶ崎
城地種類;連郭式平山城 (標高45.3m/比高40m)
築城年代;15世紀後半以前
廃城;戦国末期
築城者;不明
主な城主;菊池武勝 前田慶次郎
主な改修者;
文化財区分;県指定史跡
近年の主な復元等;石碑 案内板 トイレ 展望台
遺構;曲輪、土塁、空堀

※出典、、、越中中世城郭図面集Ⅲ
地図;
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