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あげちうのブロマガ

偉人へ向いてた殺意と認識

「テレビで大ヒットだって言ってたでしょう?」

だから、その作品は面白いのだ、と言う理解への、”それ”は否定感ではある。

「反論がない」のと、「相手が聞く耳を持たない」のは、イコールではない。とは言え、後者の方にどうしても状況を動かすパワーがある?のも、或いは現実の一部、ではある。「個人的主観は聞いてない」とか、「プライバシーに関しては議題に成らない」とか、最低限のルールがそこに無ければ、それは単なる趣味の押し付け合いでしかないのに、それは戦争へ発展する。

この問題が意外と、エロ漫画の領域?に深刻さを見せている…のかもしれない。

良くも悪くも「萌え絵」その台頭だろうか、女性が、エロ漫画を描きやすくなった、と言う状況はある、気はする。何処までも要求を満たすしかし「解る」、人間ではない人形、”それ”としてそのキャラを用いれば、比較的安全に、それは望む情景は描ける、のだが。

描きやすくなった事で、逆に「余剰人員」要らない人、それが増えた…それもまた、深刻さを持ってある?「萌え絵」それを使う上では、ほぼ不文律に成る理解、それはでも、民主主義とは少し異なるそれである。そう言うのを持てない、同意しないまま、ただ「売れているから」でトレースする結果、大事な部分が欠落した…そんな歪んだ極論が、剣呑さを孕み始めている、感じ。


基本的には、エロ漫画、この領域の基本は「破壊系」である、「それは無い」それは起きない様に、その前にワクチンの様に、認識に否定を置く、その為の何か。ただ?破壊系は実際には「文学」そこまで沈降する現実も実はあり、「それは無い」それは、逆に「正義」正しい、それへの理解、それを必要とする。

そんな事を考えて、エロ漫画描きますか?だ。

結果、単純な「悪」を適用していく時、そこに混沌が口を開けている事に。

逆に、女性だからこそ解る、そう言う部分もある、「自分に起きて貰っては困る事」こそが、その題材に成るからだ、が。しかし?逆にもだ、それは「他の人にとっては、起きて貰っても構わない」その場合があり…”それ”に対して、その持ちうる技術?それを使用して「否定」を叩き込んでしまうと、相手はダメージに成る、場合がある訳で。

その最たる部分、それが「一夫多妻」既に”妻”に等しい存在が居る相手との、ではある。実際には渋沢栄一もそうだが、”その”状態で問題が無い?場合は低い確率でも、ある、現代においても…いや、現状ではむしろその確率は上がっている位。生活苦、その他でどうしても保護を必要とする時、「余裕」それはそう言う関係へ容易く誘って行く。妻がその関係を認めている時?そこに直接的には問題は無い、のだ。

”そこ”に対して、”それ”を全否定する様な作品を描く、それは正しいか?と。

独裁創作が否定される、その理由の無視出来ない一つ、でもある。個人的主観は多く、「嫌い」を否定すると言うより「殺す」のだ。それに罪が無くても、自分には嫌い、良くない、それだけで、それは存在を否定される。それが広がる時、社会の数パーセントは居場所を失い、或いは、今の様な氷河期世代、それを産む事に。

90%には要求出来ても、10%を「殺す」のは、作品としては、欠陥扱いに成る。

「萌え絵」は、そう言う部分にも許容は持つのだが…しかし。それの補正が追い付かない位に、何だか、憤慨?そう言うのがある、それはまあ、軋轢の中で育ってしまう部分はあるのかもしれない。

「解ってないね」と言われても、相手は解らないのだ。

そしてそう言う側も、説明は出来ない。

「売れなかった」批判された、物理的な結果だけでは、そこに有る混沌は死なない。


使用イメージ
https://seiga.nicovideo.jp/seiga/im8658259
https://publicdomainq.net/jean-leon-gerome-0022242/

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