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あげちうのブロマガ

あげちうの日々の色々な事

令和と言う時代の暗雲

2019-04-30 15:26:55 | インポート

令和が始まる際に対して、懸念はある。

果たして皇后陛下は、「ガンダム」その認証を認めるのか?だ。

ぶっちゃけ、民主主義的な感覚では「意味が解りません」その辺が返答な気はする。
ただ、そこは皇室である。”彼ら”が何らかの形であろうと理解してない、筈がない、とは思う、何せ自身を護る為の防壁でさえあるわけで。

ともかく思うに、「マスコミ」それは、ガンダムで言う「最後の神判者」を制御せん、そう言うパワーの事、だ。
右か左か?を問われた際に、その声を無視出来ない状態であれば、”それ”は無責任に、しかし強力な権力を保持形成できる、訳だ。

平成の時だって、それは大きな問題には成ってきた。
そしてそれは、「大賀さん」その発生により、大分、弱体化はしたのだけど。

天皇陛下が変わった。
平成皇后陛下は、良くも悪くも古いタイプの日本人女性ではあり。だから、天皇陛下が決めた事に逆らうタイプではなく、異論もあまり見せない、気はする。理解は出来なくても、だ。

しかし、令和天皇陛下と、皇后陛下は、どうか。

良くも悪くも、特に皇后陛下に関しては、かなり民間人の感覚が有って…つまり、「天皇相手だろうと逆らう」感覚、”それ”がちょっと、ある。当人なりの正義が、しかし皇室での”常識”から批判される時、そこには重いストレスと共に、逆に不満、否定、そう言うのが膨らむ、可能性は多々、ある。

民主主義的に言えば、それは間違っている。
それを、平成皇后陛下は、容認出来るのか?だ。
その時、それは平成天皇陛下の「認識」にも、重い影を落とす訳だが。


天皇陛下は、日本の「市場管理者」である。

自分の理解では、天皇家が世襲で有る限りは、「機動戦士ガンダム」そのモビルスーツの”造形”がそれほど大きく変わる、事は無い、筈だが。それでも?「ガンダムUCのモビルスーツより、08小隊のその方が好みだ」的な、そう言う意向を見せる時、市場には何らかの影響が発生は、する。

この「個人的感覚」が、”市場に存在していい物”を制御し始める訳だ。それが「市場管理者」と言う立場であり、これがその国の「お国柄」を形成する。そしてつまり?この決定に関し、皇后のポジションは最も重大な決定権を握っている、訳だ。

”そこ”をコントロール出来れば、市場全体さえ?
この時、皇后陛下には何かの重大な危機が発生し始める訳だが。

理解としてはあの、ホクトのCM「どっちのキノコ?」”あれ”では、ある。今までは、”これ”がそれほど問題には成らなかった、何故なら”ガンダムが有るから”だ。しかし?問題に成らなかったのは、平成皇后陛下が、平成天皇にある意味で、依存してたからではあり、最終的な決定に口をはさむ事は恐らくしなかったから、だが。令和皇后陛下は、そこに或いは、疑問がある。

民主主義の方が、上なのだ。
日本は太平洋戦争で負けたのだ。
正義とは、どっちか?

「面倒だから」で、「ガンダムは認証機関である」そこに廻してしまえば良い、が。

「ガンダム」それは天皇陛下に変わり、不特定多数の「認証」をしかし、民主主義的に受け持つ無形の機関である。”これ”が無いと、天皇陛下は数多の側室を持たねばならなくなるが、それは時代として許されない。その造形での売れ行きによって”標的”の市場範囲は変わる、天皇陛下はただ、「そう言う事は、”それ”に一任する」と理解して貰えれば、後は”機械”が上手くやる。

と言う納得が得られれば良いのだけど。
民主主義的に、疑問がある。
何だか、懸念がある。

大丈夫だろう、とは思うのだけど。それでも、バンクシーの絵を、マスコミが妙に持て囃したりする、そこには何かの危機感、「マスコミはまだ諦めてない」そんな、悪夢は不意に感じる訳で。

今はもう、「令和になった」のだ。決定した、もう覆らない。

それでも、それは「まだ何とかなる」何か、するつもりなのか。

説明し切れないのは、果たして。




とある憤りの果てに

2019-04-29 12:45:26 | インポート

マスコミは、中華思想の皇帝を支持した。

しかしそれは、結論で皇帝創作により五歳児を焼き殺し、次のそれもまた、自分の娘を嬲り殺す、と言う大きすぎる過失を起こし、破綻した。

マスコミは、”それ”を支持したのだ。
彼らが皇帝を支持しなかったら、皇帝は破綻しなかった、かもしれない。
だから。

”その”マスコミを容認する、認める、それはもう、有り得ない。

今更、”マスコミ”は、道祖神その存在には、戻れないのだ。
自身の妻にさえ相当する存在を、結局は殴り殺してしまった訳で。

世間はもう、”それ”に対して必要性を認めない。
”そこ”には、価値がもう発生しない訳だが。


この辺の執着?に関して、どうしても出てくるのが「対魔忍ユキカゼ」このキャラ、ではある。

平成特有の感覚で嬲り殺す様な絵を描いた結果か、”ここ”には何だか、永劫の穴が開いてしまった。
主観的には、”ここ”に有るのが、その道祖神ではあって。それを彼らは、ためらいなく破壊してしまった、訳だ。

”それ”が何か、解らないまま?

ともかく、結果は結果ではある。この過失はもう、結果が出てしまった。

自分の娘を殺した栗原容疑者が、或いは反省の弁を述べた所で、世間か或いは司法は、それに温情を向け、もしくは社会復帰、或いは映画監督、そう言うポジションを、許容するだろうか?
その不可能に、今のマスコミは挑まねばならなくなった訳だが。主観としても、それは有り得ない、しかし。

”ここ”に実は、アメリカの原爆投下も「有る」のだ。
だから、何かの切実さを持って、彼らは何かの、強力な支援と共に有る。

ただ、それは何を言い出すか?と言うと、要するに「イスラム国」だ。
イスラム教本来の主義主張を無視し、勝手な解釈と共に、核兵器こそ正義!結局意味的には、”それ”を剣呑に主張し始めて。

良くも悪くも、世間の”何か”は、彼らを強力にバックアップもしてしまった。

もちろん、「勝てはしなかった」のだけど。
ともかく「対魔忍ユキカゼ」の様に、世間へ取り返しのつかない悲痛を与える事には”成功”した。

この辺に関し、アインシュタインの「正義」が”負ける”時、大きな崩落はある…とは思うのだけど。
そもそもアインシュタインの主張を世間が聞いたか?と言うと、結局は権威性を盾にしていた、に過ぎない、気はする。
本人の想定を離れた所で、それは極論化して行ったに過ぎない。何も考えずただ、「これさえ有れば!」それを妄信してる人々も大勢いる、可能性の方が高い。

「夢オチ」にする時、ユキカゼの話なら、例の恋人?それは「居なかった」と言う事にするのが一つの解決ではある、が。

そう言う問題だろうか、そこは謎だ。

今更、恋人を私欲の為に殺した様な男に、社会復帰、或いは権威を認めろと?

都合のいい事を考えている、気はする。


公私共に忙しい、のに。

妙な動画を一日創ってる自分は、一体。



とある過失の後の結論

2019-04-28 11:57:22 | インポート

「マスコミが悪い」

そう言い切る時、状況も変化もあるが、何かの感覚にも、変化が有る。
「権利が発生した」可能性はある。ともかくマスコミは、アインシュタインの思想?に依存した結果、混沌に飲み込まれ、或いは伴侶でさえある道祖神、それを蹴り倒した。

その果ての過失、だ。


それは、提言の様な物でしか、無い。

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人間には、レベルが有ります。

格とか、徳とか言われるそれです。
人間のレベルは、人間のレベルとして、有ります。
それは本人が獲得したモノであって、差別には当たりません。

換金は出来ないが、交渉に置いて、重要な要素ではあります。
「給料への換金」は確約出来ませんが、それは査定に関し、無視も出来ません。

それは「”労働”に従事する事で」経験とそのレベルアップで上がっていきます。
実績を出す、と言うのはその際の成果、レベルアップのファンファーレの様な物です。
あくまでも、それは結果で有って、それは蓄積の果てに有るモノでしかありません。
結果だけを求める事は出来ません。

レベルの高い相手に対して、低い存在が文句を言うのは、リスクが有ります。
また、仕事しないから、そのレベルが下がる、と言う事は有りませんが、何かの過失は、そのレベルを下げる事が有ります。
もちろん、”核兵器の使用”その容認は、そのレベルを安直に下げます。

明言はさけますが、核反応を利用したパワーは、使用に関しては過失に成ります。
核分裂反応の問題は、核融合とは違い、「他の分子まで反応を起こす」と言う点にあって、通常の核融合よりも、はるかに過失が重いです。

その証拠に、放射性廃棄物は「どうにもならない物」として、付いて回る負債です。
そう言う物を発生させる時、それは重い過失と成り、本人のレベルを下げます。

「仕事」とは、必ずしも換金に相当する物ではありません。
それでの成果もまた、必ずしも換金性に基づく物とは言えません。
家庭の家事であろうと、従事し続け、成果を出し続ける事でレベルは上がります。


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不足は有るかもしれないが、この辺が、アインシュタインの道理、そこに欠けたか不足していた部分ではある。
働けなくなった人も、働いてる人も、稼いでない人も。ともかく家庭内不和こそが戦争の火種だった、とするなら、しかし。「そこはプライバシーだ」と言う大前提の上で有っても、一応の指針は求められるのかもしれない。

密かなる領域、それは必ずしも、問題を隠してる場所、でもない訳だ。

「働く」と言う、その意味について、重い。


「太平洋戦争はマスコミが引き起こした」時、それは失う物がある。

単純に「生活を維持する」と言う目的だけだが、そこには重い道理と反発の壁。


加速する憤怒と奈落

2019-04-28 08:55:04 | インポート

その先はブラックホールの向こう、だ。

存在しない。

インターネットが有る時、報道機関の必要性、それは良く考える。

不意に思いつくに、本来は「道祖神」だ。お地蔵さま。

その場に居て、そこを通る人々の有様を、自身の”神”に伝えるだけの存在。
その「神の視線の中」に居る事で、何らかの安心と庇護を得よう、そう言う。

しかし今、”この”意識は何処かに有るか?と言うと、それ以前に「資格」が無い。
寧ろ、その監視下に有る事で危険にさらされる位だ、逆にその道は通らない方が良い。

それを考え始めると、色々と憤怒さえ感じる。

そもそも、マスコミの仕事って何か?

「国民の知る権利を守る為だ」

お前らは物理学者か何かなのか?何で学も良識も無いマスコミに”そんな事”を要求する必要がある。
それは大学の先生か民間の研究者辺りがやる事だ、僭越が過ぎる。政府の通達なら政府広報が存在する。また、「CM」ってのは、報道なのか?

「権力を監視する」前に、自身らが権力を持った事実を、彼らは何故自覚しないか。

不意に気づくのは、この時、彼らはアインシュタインの方向性?そう言うのに寄生した、事だ。

知る権利、知りたいと言う探求。

結局、アインシュタインは何故、生活が破綻したか?と言う時、つまり「不倫が問題に成った」それが報道の危機に遭遇する結果で、家庭内不和が発生し、それが結論で破綻に繋がったから、では。この結果はでも、やがて太平洋戦争、その発生にまで繋がっていく訳だが。

実際に不倫だったか否かは疑問さえある。しかし、報道がそう報道してしまえばそれが事実に成ってしまう様な世相の中で、それは奇妙な程の懸念に成った。問題は、マスコミだった訳だ。そして、それはアインシュタインのベクトル、”そこ”に寄生されて、その結果として。

「知りたいと言う人々の要求に対して、働いている」

太平洋戦争を引き起こしたのは、だったら、マスコミじゃないか。

責任とれコラ。

インターネットは、そんなマスコミへのカウンターとして発生したのかもしれない。その存在意義を奪う為だ。アインシュタインにとっての悪夢を、打開する為に。結論で、それは今、かなり上手く行っている。報道機関は妙な、まるでコンビニ定員が「我々は地域の警察である」とまで言いかねない位の、そんな破綻した意識の中に有る訳だが。

余計な事言ってないで仕事しろよちゃんと!

それを言う時、彼らの「仕事」とは何だろう?それが、不意に無い。

そう言う意味では、アインシュタインの苦悩、”そう言うの”は、消えたのかもしれないのだけど。ブラックホールの中へ消えてしまった”それ”は、「消えた」と言う結果だけをそこに残すが。

「見れば解る」事を、わざわざ言う必要はない訳だが。

余計、そう言えばそれは皇帝創作での「定番な失点」だ。

理不尽だろうか。




始まらなかった夢の終わり

2019-04-26 23:02:42 | インポート

それはちょっと、面白い想定、だ。

「新世紀エヴァンゲリオン」それは、何故ああなったのか?だ。


自身の主張で言うなら、この作品は「黄昏の狩人」それを土台にして誕生した作品で、”そこ”には「王の権威」その歴史、そう言うのが有る、訳だ。

気づく事が有る、「死海文書」など、そう、それは”ユダヤ教”のイメージだ。
アルバート・アインシュタインは、ドイツ系ではありつつも、ユダヤ人である。

そして、今の理解では昭和天皇の”前”に「王の権威」だった、イメージで言えば「神様」その立場だった、存在だ。

”アダム”とは、何だったか。

その辺から、アルバート・アインシュタインの諸情報を絡めて、少し考察する。

アインシュタインは、幼馴染の妻と別れている、らしい。良くも悪くも結構モテたと言う話で、その後に何回か結婚しているらしいが、実際問題、彼らには、何かの”しこり”は残り続けたのかもしれない。と言う理解で、自分の「エヴァンゲリオン謎解き」それを読むに、ちょっと記述が、面白い。

まず、アダムとリリスは最初、一つだった。
やがて二つに別れ、そして仲違いし、リリスは眠りに付いた。
アダムはリリスを失った寂しさを紛らわす為にエヴァを創るが、リリスの代わりには成らなかった。
アダムもまた、リリスとの子である「リリン」人類を残し、眠りに付く。

”これ”が、アインシュタインとその妻との関係では無い、とは、今の想定では言いにくい。
我々は、実際にはかなり彼らの創った物を土台にして昭和を、平成を生きてきたのだ。

と言う時、エヴァンゲリオンのエンディング、である。
アダムは、リリスの元に戻った。
結果、「最初の一つ」ファーストリリスが再臨し、人類に選択を求めた。
その時、シンジ君はでも、「今のままで」続ける事を望んで。
そうして、ファーストリリスは、消えた。

この時、アダムやリリスの視点では何が起きたか?と言うと、「と言うオチは無しで」と言われてしまった、のかもしれない。全てを最初からやり直す、と言う選択を、シンジ君はしなかった訳だが。と言う事は?つまり、この二人の関係もまた、修復(の為のやり直し)は、後回しに成ってしまった、のだろうか。

その理解で言えば、アダムやリリスはまだ、救われてない、と言う事には成る?

オチとしては、「アダムはリリスの元に戻る」それで良い、しかし。
何故、シンジ君は、それを良しとしなかったか、だ。

理解として、人間の感覚では、人類の積み上げた歴史を全て否定して安直にリセット、それは良くない、と言うのは正論ではある。その為に、或いはリリスやアダムが我慢せねばならない、それもまた、何かの道理ではある。しかし、何時までも、と言う訳にも行かない訳だ…それはそれで、人の意識を持つ訳だから。

では、どうなれば良かったか。


しかし、「男から死ねと(別れてくれと)言われた」女性の救済法?ではあって。

一部の感情論としては「だったらあなたを殺しますから」それはスッキリしたオチ。

しかし、一応ここまで考察した感覚で言うと、話の向こうに有るアインシュタインの妻、の場合、何だかやっぱり、気持ちが切れてない、感覚が有る。しかし、「殺された」と言う事実は事実としてあって、それは看過し得ない。

日本に対してもそうだ、原爆で、日本は死んだ訳ではないにしろ。「殺意を見せた」アメリカは日本を殺すつもりだった、それは事実だ。日本はともかく、これ以上の戦争は避ける、事を選択し、世界を刺激しない方向を選んだが。道理はそうも行かず、残る。

自分を殺そうとした相手を、許すべき、だろうか。
ともかく漫画で描いたように「ただいま」「オカエリナサイ」と言う訳には行かない、感じ。

今の「ヱヴァンゲリヲン」が、どうにもぐちゃぐちゃなのは、この辺の混沌に踏み込んだから、そう言うのは、一理あっても良い。対案なく「何てヘタクソだ!」それは特に創作者としても正しい姿勢ではなく。何か、良い結末、そう言うのは提言できないと、結局は同じ話ではあるのだが。

「エヴァンゲリオン」あの映画のラストは、個人的には「あれで良い」気はする。ただ、理解の問題だ。アダムとリリスは、”神を辞めた”のだ。人類は、神が居なくなった世界で生きていかねばならなくなった、荒涼とした廃墟、アレはそう言うオチである、と。

「相対性理論は若干の間違いがある」それを言う時、それはつまり「アメリカは太平洋戦争で、原爆を使った事で反則負けになった」そう言う話に、成る。

…問題はまあ、”ここ”には無い。

何処に有るか。


性懲りもなく


果たして、壮大な痴話喧嘩の行方は。
巻き込まれた様な人々のその後は(;_;)。