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あげちうのブロマガ

あげちうの日々の色々な事

喋るキャラクタと喋らない本人

2020-05-31 07:26:39 | インポート

魅力?と実在性には、相関関係はある。

”それ”がやっぱり存在する可能性…それが無いと?どうも興味も向かないのだ。

と言う結果、従来の創作では大概、キャラクタには「モデルの人」が発生する。もちろん?その声を拾ってる訳じゃないのだが、何かの結線は、この”声”にリアリティを持たせてくれる。

群体の声、と言うのが、やっぱり有る訳で。

”その”シンボルを「好ましい」と思う人々の中で、誰の意見が正しいか?と言う時、それはもちろん、時には”その当人”こそが一番発言力が有る、モデル本人の意見こそが、そのキャラとしては一番正しい訳で。すると?不意にキャラクターが、そのモデル本人と同化し始める、訳だ。それはあくまでも多数決の一票に過ぎないが、その意見は無視出来ない時?そのシンボルの声はどんどんと、本人とシンクロし始める、が。

本人じゃないのだ。

本人より影響力のある声、というのもその時、勿論あるのだ。
その時、「最善」或いは正しい、そう言うのは、やっぱり歪んでくる。

解っていても、どうも無視して良いやら悪いやら、無視しようにも頭の中で響く?そう言う場合も、ある。

最近か、マンガでわかる異世界冒険の書3巻と言う漫画の中でこの辺の話題が不意に出た事が有るので、自分だけの感覚じゃない、と言うのは多分ある。ある程度の確立したかの人気
が出る時、もしくはそう言う現象が発生する、訳だ。一つの作品かキャラクターに声が聞こえる位の無視出来ない量の意識が集まってる、訳で。そうなった状態で描かれる作品は逆に、現実へのフィードバック効果も勿論発生する訳だが。或いはここには意外と直ぐに到達しても、ここから対処出来なくて破綻する、のもここからではある。

幸運と不運は或いは、セットでやってくる訳だが。

理想を提示する結果が、必ずしも自身に理想を発生させる訳でもなく、逆に、隣の家でたわわに実る果実を見て、”それ”を得る為に頭を下げてその家にバイトに行くか、それとも?には、微妙な剣呑は発生する事には成る。

世界は今まで、後者を選択していたのだ。

正義とは、何か。





塔の上から国民の歓喜を眺める妄想

2020-05-30 07:04:07 | インポート

気持ち悪いと言えば、気持ち悪い。

日本には、「天皇家」と言う、歴々の市場管理者を擁立する家が有る。ともかくその支配と要求?に従う結果としての、日本の現状ではあり…国民の多くはそれに不満をあまり持たずに今日まで至る。結果、日本には或いは独特な?倫理がある。

血脈は重要だが、天皇家を超えてはいけない。

国民は総じて、天皇家よりも格下な存在でなければならないのだ。

ともかく日本人は、”まず”如何なる立場であろうと”これ”への反発?を基本的には捨てる事を求められる。野心の様に、それは姿として有るのだけど、それは邪悪なる反逆者だ、それを破壊してこそ日本においてその先はある、が。

アメリカは、”これ”に同意できないまま、結論では一度、日本を殺した事が有る。太平洋戦争での原爆投下、それはいかなる理由があっても許されない過失だった、結果で言えば。

その結果、アメリカは「王の権威」、ルールを創る権利、その資格を失ってしまった。
概念的には太平洋戦争に、反則行為の果てに「日本に負けた」訳だ。
理解としてはアメリカであっても、今は、日本の感覚を許容せねばならない、のだが。

戦勝国の価値観として、それは正しい事だろうか?
しかし今の日本かの様に、「戦争を起こさない」或いは疫病退散、その結果論としては、日本には今も、”正義”が有る。アメリカは残念ながら、成績で言えば酷い状態だ。彼らが戦争、或いは侵略を捨てる、それは難しい。プライドでさえ有る物こそが、多分、covid19の猛威を止められない原因に成ってしまっている。


天皇家が、そこまで信用出来る家だろうか?結論で言えば単に「同じ人間」でしかないのだ。そこには間違いもあるだろう、歴史的にも、神の如く完璧だった訳でも無い。もちろん”それ”を問う側が、問われて反論し得るそれである事はまず無いのだが。挑戦の様なモノは感情論として残る、彼らの代わりに、もっと相応しい、例えば。

朝日新聞の御家騒動、それは或いは、そう言う対立を含んでは居て、皮肉と言うべきか、血族派よりも改革派の方に、天皇家への従僕を容認する感覚がある、戦争は避けたい。相容れない対立の中にはある、そこに今も、何かの結論は…曖昧に有る。

「大賀さんの結果こそが神の意向です」

”アメリカが”それに納得する日は、果たして来るのだろうか。



角の有る無しで変わる強さの理由

2020-05-29 14:22:03 | インポート

非常に主観的な話。

ただ、気に成ると言えば、気に成る。

現状の「けものフレンズ3」では第7章、に成っているが。タスマニアデビルがホワイトタイガーに弟子入り?とか言う話の雰囲気は、ガンダムで言うとベアッガイさんにインパルスガンダムが弟子入り、位の違和感は、有る。

”その”理解としてはその程度、だが。

「ガンダムシードディスティニー」において、このインパルスガンダムの存在こそが、何かの歪みの始まりでさえ有る、そこを我慢出来ない人に、打開を目指しベアッガイさんに弟子入り?とか言うのは何というか…都合のいい話にしか見えない、そんなんで許されると思ってんのか。でもベアッガイさんが許されるなら!インパルスガンダムでも良いじゃないか!

駄目だ。

この時、ここに大いなる溝は発生する。肯定するか、否定するか。


どうでも良いが、もう5月も終わりである。


裏の事情としてか、ともかくガンダムSEEDの監督は、「戦争なんかファッションです」的な事を言った経緯もあり…”ここ”に全否定と言うのはかなり、ある。要するに、「大空魔竜ガイキング」とかのイメージをガンダムに持ち込んだ、訳だが。結果で3機が分離した状態で戦闘空域に飛んでくる、理由がほぼ無い。「ゼビウス」が、何かの全否定を受けた理由でもある、「墜落しても残機は有ります」無いのだ、現実としては。「遊びでやってるんじゃないんだよ!」度々使われる台詞だ、ガンプラと言うおもちゃを前に、大の大人らが衝突する様は果たして…それは常々語られる話。

今回のけものフレンズ3その物語も、雰囲気としては失態を犯した存在を擁護する、様なベクトルが色濃く出ていて、そこに耐え難い物を感じる向きは結構、有る。失敗したで済む問題じゃないのだ!当時の感覚にしろ。そしてその先に、あの新聞記者、売春婦を強姦して自殺させた?と言う話が出ても来る。その失態をも、この話?は擁護しかねない訳で。

作品の存在理由でもあるが、同時に常々破綻する、その原因でもある。けものは居てものけものは居ない、のだが、”それ”だけはのけものにせねば、社会規範が成り立たないのでは。そこに、メジャーとマイナーの、微妙な対立も孕んで、問題は多少面倒さを匂わす訳だが。

「と言う話です」と言うなら、”ここ”はその程度の問題でしかない。

作者らは、何処へ踏み込んでいるか、だ。その新聞記者を擁護するつもりなら、それは許し難い大罪を犯しつつある…そう言うのは有って。

けものフレンズ2でも、あれは冒頭にあった、些細な断層、それを軽視したが故の、その後の破綻、かもしれない。目指す利益、成功と、作品の目的それは、混沌とした対立と共に今も、何かを燻らせては居る訳だが。

解らないのでガンダムで例えてくれ。

便利ではある。


寿司くいねぇが流れる寿司屋

2020-05-29 11:01:31 | インポート

企画としては悪くない。

ただ、その先は有るのか?と言うのも、少し考える話だ。

ちょっと企画した「カラオケ寿司バー」には、もちろん懸念は有る。

でも、欲しいお寿司は頼めない。

これが果たしてどれだけ店の評価を下げるか?ではある。

今の形式は、色々とプラス範囲が大きい。まず仕入れが安定する。客に対しては「どれが提供されるか解らない」のだが、用意したカード内の寿司ネタ比率は一定である。なら?逆に「1ロットとして用意し得るネタが固定出来る」訳だ。鮪100切れ、イカ200切れ、とか1ロット単位で用意する時、「カードが売り切れました」その時は同時に、「用意したネタも売り切れている」のであって。

つまり、「廃棄分を殆ど考慮しなくて良い」事には成る。

無駄が無くなる時、それは仕入れ価格の抑止に繋がる。結果、値段に対しての(ネタとしての)クオリティは、むしろ上がる方向だ。その上で、場合によっては200円で普通なら500円は取られる寿司が時々食えたりする、それは美味しい(逆も、勿論あるが)。こういう感覚は、娯楽性と共に、何かの味覚的なプラスにもなるのではあるまいか。

そして、この形式がウケた時、或いはチェーン店的に同形式の店を増やす、場合も、「ネタの用意はロット単位で管理できる」事に成り…クオリティを下げずに効率化と単純化が可能になる。Aの店には2ロット、Bの店には3ロット、という単位で納品できる時、各種の面倒はかなり軽減される訳だが。

ただまあ、懸念はこの時、客の、”不意に引いたネタが美味しいので「これもう一つ」が出来ない”事だが。

これがどれだけ店の評価に影響を与えるか…少し不安要素はある。

対策は、色々と出来る。店の方で、先に幾つかのカードを開けてしまうとか、客同士のトレードを推奨する、とか。とは言え、微妙に思い通りに成らない部分は出てくる時、今まで通りを求めたお客の失望はそこに、もちろんある訳だけど。

「レアリティも味の一つなんですよ」

この返答で、果たしてこれは抑止出来るか否か、不安感は少しある。

こう言う感じが、今の方向性…ではある。以前なら、それはそれで、注文をむしろ取ってしまったかもしれない。すると廃棄ネタを考慮せざるを得なくなり、効率が下がって、と言うのは想像し得るのだが。

お客様は神様、か?



お金が免罪符だった頃の残り火

2020-05-28 16:44:14 | インポート

プレッシャー?の様なモノはある。

それは、「昔なら許された」のだ。

それは今は、もう許されない。
それを今、否定できるか否か。

立場の問題、だろうか。いわゆる脱衣ゲーム。

努力の末にか、女性はその労苦に比して脱いで、最後はモノに出来る。
「それは有り得ない」が、昔で無くても今も、ゲームとしては、定番でさえ有る。

リアリティを語る?なら、別に”その労苦を投入する必要は無い”のだ、対価だけ。
労苦を持ち込む限りは、”それ”は相手の気持ち?を変化させる上で重要なファクターだ、と言う意味には成る。

「スペースインベーダー」を、一般論?では「硫黄島の決戦」でも、実際にはこのゲーム、一機でインベーダーの大群を倒す事は可能であって、つまり、硫黄島の決戦を、当時の兵士らは頑張れば凌げたのだ、そんな意味さえ…不意に混ざってくる。

それは有り得ない。

と言う事は、認証に間違いが有った、そう言う意味ではある。認証通りにするなら、最後はUFOの大群か、或いは原爆的な爆弾でも落ちて、全て破壊されゲームオーバー、という感じだ。面白いか?と言うと、そこには疑問はある。

ゲームシステムに関して、「意味」それは結構、根深く問いを向けてはくる。


その時、このイメージは、でも昔だってそうだ、結論で”否定”されたのだ。

現状、covid19の問題も無視できない。”この”労苦を投入すれば相手を支配できる!かの様なそれは、そのままcovid19を活性化させる、それは間違いない。些細な話だ、”これ”は今、そのままでは通せない、そんな話だ。

こんな話に、ある種のアクロバティックな感覚を持ち込む労苦を投入するべきか。

謎は尽きない。


思い付かない訳でも無いのだけど。

「プリンセスデンジャー」

脱衣18禁アクション。貴方の姫君が魔物に浚われたので、助けに行かねばならない。
ステージクリア型、「貴方の姫君」として複数のイメージがあり、マップも違う。
持った剣による近接主体だが、昔懐かしの「ゾンビリベンジ」型の構成で、落ちてるアイテムでHPが増えたり一定時間パワフルな攻撃が使えたりする。
ステージクリア時に、イベントシーンが入る。浚われた姫君に危機が迫る!絵。
ただ、何故かクリアタイムによるポイント制でクリアポイントに達しないと脱がない。
逆にポイントが多いと、1面で二枚以上脱いだりする。全8面だが、逆に姫君が全部脱いじゃったら、その時点でラストステージに。
姫君が全部脱がされ魔物に襲われそう、と言う所で介入に成功、ラスボス戦へ。
ポイント制、なので極論では3面位で全部脱いでラスボス戦になったりする。
最後の敵を倒してオメ、その後、姫君とのエロシーンが。
しかし、クリアタイムが低いと、最後まで脱がない。倒しても良かったねオチ。

なんか、ダメ出しは出そう。