阿賀野市ブログ応援隊

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新潟ロシア村の記録 18(1992-2)

2016年03月23日 | 新潟ロシア村の記録

       

 1992年(平成4年)1月22日の新聞(何新聞か記録していません)。

新潟ロシア村開園1年半前の記事です。 笹神村議会は21日、臨時会・全員協議会(20人の村議全員)を開催、 「新潟ロシア村」構想に協力する「建設促進対策協議会」を設置する方針をきめたそうです。

構想主体の「ロシアホテル」が1月26日、建設予定地の9集落地権者を対象に地元説明会を開く予定。本格的な用地交渉を前に、村を挙げての支援体制が固まり、構想推進に弾みがついたと書かれています。

協議会では「笹神村が過疎からの脱却には これ以外の方策はない」などの促進派の意見が大勢を占める一方、 「自然破壊が心配」「(リゾートマンション急増で諸問題を抱える)湯沢町と同じ結果になっては困る」などの慎重派の意見も続出。・・・。過疎の脱却、マンション乱立などを考えていたんですね。

それにしても翌年の秋には「マーロイホテル」や「スズダリー寺院」が完成し開園したのに、この時点でまだ用地買収が終わっていなかったんですね。急ピッチで建設工事が完成したんですね。 この時点での予定では、総工費12億円を投じホテル(20室)と寺院と水族館に温泉施設などをこの年の11月に完成予定で、翌年の3月に開園・・とあります。 テーマパーク部分を第三セクター方式で開発するため、県側の対応も問う意見も出たそうです。

新聞には、県企画調整部長の話も載っています(経済交流に加えて、ロシアとの文化交流を進める先進的な事業と評価している・・などと載っています)

経済交流と文化交流、そして過疎脱却・・・効果はあったのでしょうか。  次回に続きます。  管理人

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長岡市、 宝徳稲荷

2016年03月23日 | 史跡など

 長岡市・宝徳稲荷 本宮

2016年3月21日 知人に長岡市の宝徳山稲荷大社(ほうとくさんいなりたいしゃ)のお参りは、奥宮の小さい祠をお参りしなければいけないと教えられ、行ってきました。捜したのは、下の写真の祠だと思います(稲荷社のパンフレットには場所が書いていないので)。

鳥居の奥、階段の上にあるのが祠。 宝徳稲荷の歴史は、遠く縄文時代までさかのぼるそうです。持統天皇の時代に社殿を造営し、「越後総鎮守一ノ宮」格式を賜ったそうです。

後白河天皇の時代に日の宮を中之岳へ遷宮。文政年間に再び現奥宮に遷座。 その場所がここだと思います。 祠は古く、小さいです。

 奥宮の この建物の奥に、上の写真の祠が有ります。 鳥居への参道は、この建物と反対側にあります。

宝徳稲荷は、昭和28年に奥宮から現中の宮に遷座。 昭和49年に内宮が建立。昭和54年に本宮が建立。 平成5年に朱塗りの奥宮大聖堂が完成したそうです。 管理人

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