「これ、あんたにやるから。
ときちゃんがね、どうしても私にくれるって言うの。
自分のほうが年上だからって、思うんだろうね」
母が私に、四つに畳まれた千円札をよこした。
ときさん というのは、母のいとこ。
私が会うのは初めてのことだった。
「・・・ どちらさん?」
「娘。私の娘よ、ときちゃん」
「ああ・・ むすめさんなの」
母に聞いた話では、ときさんは早くに親を亡くして孤児になり、
おばあちゃんを慕ってよく遊びに来ていたんだそうだ。
そのおばあちゃんの13回忌に、どうしてもどうしても出たいと言うので、
老人ホームまで叔父さんが迎えに行って、連れてきていたのだった。
頼りにしていたお兄さんが亡くなり、お兄さんの奥さんが世話をしていて、
その後さらにその娘さんが面倒をみていた。
脳卒中のために体が不自由で、呂律もまわらないけれど、記憶はしっかりしていて、
背中がすっかり丸くって、車椅子にちょこんと座った、小さなおばあさんという感じで、そして、
私がいうのもおかしいかもしれないけれど、“かわいらしい人”だった。
ときさんはたくさんたくさんお喋りをした。
一生懸命、まわらない舌で、
相手がたぶん、言ってることを半分も解ってくれてないかもしれないと
きっと知っていただろうけれど。
法事のあと、みんなで食事をした。
となりに叔母さんが座って世話をしていたけど、ときさんはだいたい自力で食べていた。
ゆっくり自分のペースで、煮魚でも刺身でも、焼いたホタテでも、なんでもよく食べた。
私ももりもり食べていて、ときさんと目が合ったときに“にかっ”と笑いかけると、
ときさんも顔をくしゃっとさせて、笑顔を返してくれた。
笑うと子どものよう。 大きな大きな笑顔。
“美味しいですね♪” “美味しいねぇ” と、会話していたような気がするよ。
いとこのお嫁さんが、6ヶ月の末の子をときさんに見せたら、
ときさんは、嬉しそうに「だかせて ちょうだい」と手を伸ばす。
お嫁さんが、「ありがとうございます」とときさんに子どもを渡したら、
赤ちゃんはにこにこと笑って、ときさんもくしゃくしゃに笑って、
「2人ともおんなじ顔してるわ」 と、母も笑った。
食事が終わると、叔父さんの車に乗ってときさんは帰っていった。
戻ってきた叔父さんが、車中でのときさんの様子を話してくれた。
「しばらくは黙って乗ってたんだけども、ぽつっぽつっと、
“きょうは よかった” ってよ。
“あったこと ないひとにあった きょうは よかった”
って、何回何回も言ってたよ。」
そんな ときさんの千円札。
きっと大事に握り締めていた。
きっと大事にポケットに入れていた。
とてつもなく、いろんな思いが詰まっているような
そんな気配のする千円札。
なんとなく私は、部屋の小さな神棚に
この千円札をあげた。
“ときさんがずっと、あの笑顔でいられますように”
そう祈らずにはいられない気持ちだったから。
*
ときちゃんがね、どうしても私にくれるって言うの。
自分のほうが年上だからって、思うんだろうね」
母が私に、四つに畳まれた千円札をよこした。
ときさん というのは、母のいとこ。
私が会うのは初めてのことだった。
「・・・ どちらさん?」
「娘。私の娘よ、ときちゃん」
「ああ・・ むすめさんなの」
母に聞いた話では、ときさんは早くに親を亡くして孤児になり、
おばあちゃんを慕ってよく遊びに来ていたんだそうだ。
そのおばあちゃんの13回忌に、どうしてもどうしても出たいと言うので、
老人ホームまで叔父さんが迎えに行って、連れてきていたのだった。
頼りにしていたお兄さんが亡くなり、お兄さんの奥さんが世話をしていて、
その後さらにその娘さんが面倒をみていた。
脳卒中のために体が不自由で、呂律もまわらないけれど、記憶はしっかりしていて、
背中がすっかり丸くって、車椅子にちょこんと座った、小さなおばあさんという感じで、そして、
私がいうのもおかしいかもしれないけれど、“かわいらしい人”だった。
ときさんはたくさんたくさんお喋りをした。
一生懸命、まわらない舌で、
相手がたぶん、言ってることを半分も解ってくれてないかもしれないと
きっと知っていただろうけれど。
法事のあと、みんなで食事をした。
となりに叔母さんが座って世話をしていたけど、ときさんはだいたい自力で食べていた。
ゆっくり自分のペースで、煮魚でも刺身でも、焼いたホタテでも、なんでもよく食べた。
私ももりもり食べていて、ときさんと目が合ったときに“にかっ”と笑いかけると、
ときさんも顔をくしゃっとさせて、笑顔を返してくれた。
笑うと子どものよう。 大きな大きな笑顔。
“美味しいですね♪” “美味しいねぇ” と、会話していたような気がするよ。
いとこのお嫁さんが、6ヶ月の末の子をときさんに見せたら、
ときさんは、嬉しそうに「だかせて ちょうだい」と手を伸ばす。
お嫁さんが、「ありがとうございます」とときさんに子どもを渡したら、
赤ちゃんはにこにこと笑って、ときさんもくしゃくしゃに笑って、
「2人ともおんなじ顔してるわ」 と、母も笑った。
食事が終わると、叔父さんの車に乗ってときさんは帰っていった。
戻ってきた叔父さんが、車中でのときさんの様子を話してくれた。
「しばらくは黙って乗ってたんだけども、ぽつっぽつっと、
“きょうは よかった” ってよ。
“あったこと ないひとにあった きょうは よかった”
って、何回何回も言ってたよ。」
そんな ときさんの千円札。
きっと大事に握り締めていた。
きっと大事にポケットに入れていた。
とてつもなく、いろんな思いが詰まっているような
そんな気配のする千円札。
なんとなく私は、部屋の小さな神棚に
この千円札をあげた。
“ときさんがずっと、あの笑顔でいられますように”
そう祈らずにはいられない気持ちだったから。
*