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─光る波の間─

現在ほぼツイッターまとめ投稿。アート(名和晃平、奈良美智他)映画・音楽・食べ物(日々のご飯)・雑貨etc...

まいったまいった

2005-01-30 22:46:44 | 弘前
大雪につき、東北自動車道十和田 - 西根間通行止め。
下道で奥羽山脈越えですわ。
高速から全部車が降りるわけで、大渋滞(××)
仙台まで7時間かかっちゃいました。タハハ
あぁ、音楽があって良かった。
寝るにも限界があるもの。
一番大変なのは運転手さんよね。

今回の帰省は、父の四十九日のため。
お寺でお経を上げてもらうだけでしたが、この日からもう
仏壇用のお膳も作らなくて良いようになり、つまり
家を出て仏国に行ってしまいましたということなわけで。
無事に忌が明けました。

*




というわけで、夜はまた家族全員で外食です。
車で30分かけて、焼き鳥を食べに。
兄の知り合いの店で、父の葬儀にも来て頂いてたのです。
ここの焼き鳥丼がおいしい♪
丼といっても量は少ないので、丼も食べてふつうの焼き鳥も
バンバン食べられる。
黒石市にあります。つくねもイケます。
『わらしべ』といいます、よろしく。

*





さっっむいわ!

2005-01-09 20:44:02 | 弘前
10日も家を空けてると冷えきっちゃって
なかなか部屋が温まりません。。

年越しといっても喪中なので、ぼーっとしたもんです。
「気分だけでも出すか」などと、年越しそばだの雑煮だの、
作って食べてたけどね。
「明けましておめでとう」と言えないし、
初詣もできないわけなんで、なんだか間抜けな正月です。
初詣なんて、行かない年は行かないんだけど、“行かない”
んじゃなく、“行けない”となるとなぜか残念な気持ちになるものですわ。

写真のハンバーグうまそーでしょ(^^)
小さい頃から家族で通っていた洋食レストランに、母と出かけて撮った。
おいしーんですよ!ここは。
しっかりした味付けで、グラタンもオムライスもおいしーんですがね、
今回はハンバーグです♪
ポタージュスープ、ハンバーグにライス、〆にクリームソーダかレモンスカッシュ。
というのがちびっこの私のフルコースだったのでした(^0^)




ずーーっと夫婦2人でやっているお店です。
ご主人の入退院などで長くお休みすることも時々あるみたい。
それでも、開店すれば人は途絶えない。
私の記憶では、内装もほとんど変わってない。
ビニール製のテーブルクロスが新しくなっているくらいかな。
懐かしい形のソース入れ。よく磨かれた鏡。
ハンバーグの乗った鉄のプレートも昔からずっと使っているもの。

たとえば人参のキャロットなんか、面取りして綺麗に形を
整えているわけでもなく、ざくざく切っているんだけど、
臭みが消えていてとってもおいしい。
何度も通っているからといってやたらと話しかけてくるわけでもなく、
客との距離を保っているかんじがいい。

私らより早く席をたった客が申し訳なさそうに「おいしくって全部食べたかったんですけど、
どうしてもお腹がいっぱいになってしまって‥。また来ますから」
「いえいえ気にしないで‥、どうぞまたいらして下さい」と奥さん。
お腹も心もいっぱいになるような洋食やさんですよ。
ずっとずっとずっと、やってて欲しいです。

*



食べっぱなし

2004-12-27 00:51:36 | 弘前
またまた実家に帰っていました。
お逮夜で和尚を呼んでお経を上げてもらったあと、食事。
私が生まれる前からある割烹の「中三」
‥‥は、敷き居が高すぎるのでそこのもうちょっと
カジュアルなお店で頂く。うまいぃぃ!

和尚が時々する、“お山での修行時代”の話は面白い。
宿坊つって、一般人でもお寺に泊まることができたりなんか
するんだけど、素材だけの味を活かして作るごく薄味の
料理は「まずい」と言われてしまうんだそうだ。
で、化学調味料をどっかんと入れると「おいしい」と言われるんだと
苦笑していました。

うなぎの蒲焼きについてきた、肝吸い。
甥っこの上の方は見た目がグロいと言って食べない。
鱈のきくも同じ理由で「人間の食べるもんじゃない」と言いやがる。
「へぇーあたしなんか脳みそのホルマリン漬け標本見て“鱈きく食べたい”って
思っちゃうもんね!」と言ってやったら眉間に皺よせていた(笑)
その後看護師している義姉が、最新の脳の検査機器は3Dですごいよ!
なんて話をしてくれました。
あ、そういえば、昔外科医の叔父さんちに遊びに行くと、夕食時の話題が
“検死”だったりしたなぁ(爆)

翌日は午前にお寺に行ってお経を上げてもらって、これで忌明け。
そのあとお昼は「たけや」というお蕎麦やさんで。
ここでは“かも汁”を頂きました!熱い鴨汁に冷たい蕎麦をさっとつけて食べる
つけ麺みたいなやつで、これもうまいぃぃ!

そして夜は焼肉!小さいころから焼肉と言ったら家の近くの「老松」
今2代目だけど、タレの味は変わらない。なにより安いし。
カルビ、レバー、タン、みそチゲ、鶏の首肉、コムタンスープ‥etc.
母親は「明けたばっかりでお父さんに悪いなぁ」と言いながらも
石焼きビビンバなどをしっかり食べておりました。
父は肉は得意じゃなかったけど、ここの焼肉だけはよく食べた。
なので、お店からも香典を頂戴してしまいましたよ。

写真は、バスターミナルで売ってたおにぎり。
“鮭”でなく“ます”っていうのが、なんかいいなと思って買った。
おいしかったよ。

*




山伏がふつうに歩いていた。

2004-12-03 17:24:35 | 弘前
今日のほぼ日の『坊さん』で、ミッセイさんが“うさんくさいっ!”
お話のタネにしていたのは、子供の時見た山伏さんのことでした。

山伏‥修験者‥、このへんだと出羽三山かな?
お山近くならまだしも、そう簡単にそこいらで見られる類いの人々ではないよね。
仙台も街んなかに住んでると、せいぜい托鉢くらいですわ。遭遇するのは。
でも‥私見てたんですよー!子供の頃!弘前の町のまんなかでね。

だって法螺貝吹いてふつうに歩いてましたもの。

うちの近くに割に大きなお寺と神社が一緒になってるところがあって、
そこは毎日の遊び場で、お墓の側でも遊んでたくらいで、
山伏さんはどうやら、そこのお寺もチェックポイントだったらしいのですな。
たいがい1人でしたんで、歩いていろんなとこ旅して修行してたんだね♪

でもあのお寺何宗だったんだろぅ? 檀家じゃないから意識したことない。。。
う----- あっ 弘法大師さんの像があったぞ?
弘法大師→空海→真言宗→高野山→修行→山伏・・・繋がったか?
間違ってたら誰か訂正してね^^;

あーそうして山伏さんが法螺貝吹いてる横をゾロゾロゾロと外国人ツアー客が歩いててさ
(今全然来ないんだよていうか何がよくて来たんだよ当時は)
幼稚園にも上がる前のちびっこで、浴衣着て走り回る(こともあった)私は
「Oh!」とか「Hey!」とか、写真撮られまくり(笑)
あれからン十年、どっかの国のどっかの家庭で
「昔日本に行ったときに撮ったのさ」なんて眺められてるかもしれないと思うと
腹抱えて笑っちゃうよ!!

なんか‥なかなかヘンなとこに住んでたよね‥おいら。

*




疲れましたわ

2004-11-11 20:59:19 | 弘前
入院している父親の具合が悪くなったという連絡がきて
実家に帰っておりました。

行ってみたら、かなり回復してたらしく、
点滴だけしか受けてないので腹が減ったとぶーたれていた。

弘前はあったかかったー。
もう紅葉はほとんど終わってたけど。
病院の向かいにレンガ造りの建物がある。
お酒だか醤油だか味噌だか忘れたが、醸造してたところで、
取り壊されそうになったのをなんとか残した。
たまに展覧会などの催し物をしてるそうだ。




幸福の木に花が咲いていた。
花、咲くんだねぇ。

留守にしてる間に気になってたのは、
履歴書送ったとこから、連絡きてたらどうしようかなってこと。
行き違っちゃったら、しょうがないなとは思ってたけどね。
で、アパートに戻ってみたら手紙来てて、
タッチの差で採用が決まってたとのことだった。

こればっかりはしょーがないやね!
縁、タイミングってものがあるからさ。
次行ってみよー。

*



お盆はお盆らしく

2004-08-17 20:42:11 | 弘前
実家に帰省しておりました。
在宅してるやつは例外なく、お墓参りでございます。
免許取り立ての義姉の運転に内心ビビりつつ。(笑)

禅林街と呼ばれる寺町の前の花屋でいくつか花を買い、
「いってらっしゃい」と花屋のおばちゃんに見送られて
カンカン照りのお墓に向かった。
風は涼しいけど、日向はまだまだ暑いです。
樺を燃やして、線香を立てる。
いつも荷物を置かせてもらってる、向かい側のお墓や隣のお墓にも
線香をあげて「いつもお世話さまです」と。

となりのお墓には札が立て掛けてあった。
‘台帳作成のため持ち主を探しています。
 縁の方は御面倒ですが、寺事務所までお出でください。’
たしかに掃除のあともないし、随分長いこと祀られてないみたいだったな‥。

寺内の仏壇にも線香を立てて、昔話をしました。
私と兄の子供のころの武勇伝なんぞを少々。祖父も祖母も楽しんでくれたと思います。
夜には玄関の前で火を焚く。
仙台ではまったく見たことないけど、やるのかしら?
仏壇にはきゅうりや茄子に脚をつけた、仏様の乗り物も飾ってありました。




ところで、帰省2日目からはいっきなり気温が下がってびっくりよ!
Tシャツしか持って行かなかったから、家んなかでバスタオルはおってた。
母親が着るもの貸してくれようとするんだけど、‥あまりに‥趣味が違い‥
かたくなに断りつづけた私だったのでした(^_^;

毎日食べて寝てオリンピック見て、入院中の父親にはっぱかけに行き、
あっという間に休みは終わった。。。
岩手山SAで‘東北限定!雲丹味プリッツ’をGET!
帰ってからさっそく食べてみた。生ウニじゃなく、瓶詰めになったウニの味がした。

*



おばあちゃん

2004-07-23 19:53:17 | 弘前
共稼ぎだったから、小さいころはおばあちゃん子でした。
明治生まれで、いつも着物と割烹着。
小さな薄紫の石のついたかんざしをさしてました。

こたつでうたた寝。
三味線で「ドレミの歌」
花札で七並べ?(笑)
幼稚園のお迎え。
お昼のインスタントラーメン。

小さい私にはわからなかったけど、そのころにはもう
おばあちゃんはお酒に頼って生きていました。タンスの奥に隠して。
強い痛み止めも乱用していました。
明治生まれの我慢強さが災いしてか、体を壊して痛みがあっても「痛い」と言わず、
辛いことがあっても「辛い」と言わなかった。

だから、痴呆の症状が現れてからも「痛い、辛い」と言わずに
「死にたい」と言うのでした。

思い起こせばおばあちゃんは、傍で遊んでいる私に、
それは穏やかな顔で「早ぐ、おじちゃ迎えに来ねがな」と
よく言っていたものです。
私はただぼんやりと聴いていて、自分の遊びに夢中。
ただそこに居て、聴いているだけの私だったから言いやすかったのかな。

こんなことを言ったこともありました。
「おじちゃが死んだとき、病院でりんごの皮を剥いてたら、
おじちゃが‘おばちゃ・・・’って言ったから、‘なんだ?’って聴いたら、
もう返事ねがった。‘おばちゃ’って言ったの、最期であったの」

おばあちゃんが亡くなって、少しして、父にこの話をしました。
父は目を伏せたまま、「その話は初めて聴いた‥」とつぶやきました。

入院しても、いつも「家に帰りたい」と言っていたというおばあちゃん。
もう、私の顔を見てもたいした反応もしなくなっていました。
そして結局、病院で亡くなりました。
どういう病状だったのか、私はほとんど知らされていず、
「おばあちゃん死んだから、すぐ病院に来なさい」と言われても、
何が起こったのかよく理解できなくて、ぼんやりとしていた記憶があります。

病院に着いて、「おばあちゃんの顔、見なさい」と病室に連れていかれるときに
急に体全体が拒否して足を踏ん張り、背中を押すおばさんに抵抗しました。

“見てしまったら本当になる!”だから見たくなかったのに!

‥‥一晩中絶やさないろうそくの火。
昔のろうそくはたくさん蝋が流れて、様々な形をつくり出しました。
空を飛ぶ天女のような形や、2枚の蓮の葉の上に人が座っているような形。
「きっとおばあちゃんは極楽に行って、おじいちゃんに会ったんだね」と
親族中で眺めていました。

週末が、おばあちゃんの命日です。。。



霊験あらたか

2004-05-20 19:11:29 | 弘前
台風接近で雨ですねぇ。
週末、いつを狙って海に行こうかとサーファー諸君は仕事が手につくまい(笑)

この雨でふっと思い出したんだけど、私の故郷弘前では
昔‘雨乞い’してたんだよねー、マジで。
弘前には実はけっこうな数の幽霊画が存在する。
ほとんどがお寺の所有物だったと記憶している。
その中に、出すと雨が降るっていうのがあった。
普段はしまいこまれてるんだけど、

「渇水で、もうどうしようもないの!
キモチでいいからとにかく雨降らしてもらって、民を安心さしてちょーだいっ。」
ってときに厳かに取り出されるわけですよ。

いや実際降るんだってば!十分にとまでいかなくても。
一度、雨乞いしたら今度は豪雨になっちゃったことがあってね(爆)
そんなときどうするか?ご心配なく。
なんと‘晴乞い’のための幽霊画もあります!
このときはこれで無事おさまったのであります。

とは言ってもねぇ、私が小学生のときに洪水ありましたからね(爆)
人間、見るべきときには痛い目見とけよってことなんでしょうか。




帰省

2004-05-05 21:55:47 | 弘前
ソメイヨシノは完全に終わってしまっていた。
それなら観光客も少なかろうし、まだ咲いてる品種もあるからと
母親と2人で公園に行った。
あったかくて穏やかな日、東門の緋桜や本丸のしだれ桜山桜が
きれいだったし、これから咲く品種もあった。

5時を過ぎれば入場料はタダ。だいたい市民はそれから出かける。
たらりたらりと公園を1周するとあらためて「ここは豊かな公園だなぁ」と感じた。

翌日は日帰り温泉。お弁当付き。
露天にも浸かり、お腹いっぱいになって帰ってきたら
眠くて眠くて寝てしまった。「○○ー!出かけるよー!」
の声で目覚めると今度は家族全員で夕食に。
両親、兄、義姉、甥2人、私 の総勢7人でちょっと郊外の焼き鳥屋へ。
兄貴の馴染みの店だった。だいたいこの人、元料亭の営業運営を
やってただけあって、おいしい店はやたらに知ってる。
私が住んでる仙台についても、私よりはるかによく知ってるのだ。
それにしても食べて寝て食べた1日だった。。。

そして次の日。朝ご飯食べたのが10時ころだったにもかかわらず再び
「出かけるよー!」「ど、どこに?」
「あんた昨日おいしいラーメン屋がどうのって言ってたでしょ?」
今度は父親ぬきだけど、またしても家族総出。
うちってどっちかってーと、各々マイペースな方なんだけど
みんなで食事ってのはよくやる。
甥っこたちももう10代後半なんだけど、よくつきあうよなぁ。

最終日。今日は晴れた。
母親が庭の草むしりを始めた。昔はお花だらけだったけど、
周りに家が建ち、日当たりが悪くなって木を増やした。
木の下にはゼニゴケだのスギゴケだの。
母はなにやらおしゃべりしながらせっせとむしる。
私は手伝うような手伝わないような、たまにちり取り差し出すくらいで
木の下にぼーーっとしゃがんだりして。
ニシキギとかモミジとかの下で上を見上げると、きらきらと
陽射しが降ってくる。 木漏れ陽って幸福のギフトだよなぁ。。

私は帰省してもほぼなんもしない。
今回はちょっと夕飯おかず作ったくらいだ。
いっぱい食べていっぱい寝る。
いつまでたっても家族の一番下っ端(笑)
まあいいか。そういう役割なんだから。