ストレスを感じたときに胃が痛むことはありがちだ。すぐに治まればよいが、胃の不調が続いて病院へ行くと「胃に問題はありません」といわれることがある。痛みを感じる脳と胃の不調は、どう結びついているのか。その一端が、今回、脳の状態を画像で映し出すPET(ポジトロン断層法)検査を用いた研究で明らかにされた。新たな治療法の可能性も見える。
【脳の中継地点の異変】
研究を行ったのは、大阪市立大学大学院医学研究科消化器内科学の富永和作(かずなり)准教授らのグループ。胃や十二指腸に異常はないのに半年以上も痛みなどの症状が続き、「機能性ディスペプシア」と診断された患者9人、健常者8人について、腹部症状などの問診を行うと同時に、PETで脳内を調べた。
ターゲットは、セロトニントランスポーター。この機能は鬱病で変化することが、すでに明らかにされている。検査の結果、機能性ディスペプシアの人は、脳の真ん中の下の方に位置する「中脳」と「視床」で、セロトニントランスポーターが変化していることがわかった。
「セロトニントランスポーターは、バケツリレーのように情報を伝達するものと考えてください。身体の痛みなどの感覚が脳に伝えられるときには、中脳と視床が中継地点になります。今回の研究で、中継地点のバケツリレーがうまくいかないために、痛みが過剰になっていると考えられるのです」(富永准教授)
一般的に、ストレスを感じると自律神経が興奮して心臓がドキドキし、胃もキューっと痛くなる。それは一過性の身体の仕組みだが、慢性的な胃の不調を抱える機能性ディスペプシアの人は、脳の中継地点に変化が現れていることが、関係しているかもしれない。
【目指すは脳へのアプローチ】
現在、機能性ディスペプシアに対する保険適用の薬はひとつ。しかし、胃に異変がなくても痛みなどを抱える機能性ディスペプシアの人は、全人口の15~25%くらいいると推計されている。薬を飲んで、改善できない人も少なくない。「体質だから」と諦めている人もいる。
「日々の診療の中で、胃腸薬を服用しても、慢性的な症状が治らないケースはあります。そのため患者さんは不安を感じることとなり、さらに腹痛などの症状がひどくなります。つまり増幅するわけです。このような状況を打開したいと思っています」
こう話す富永准教授は、日々の診療で疑問に思うことをテーマに、さまざまな研究を行っている。欧米では盛んに対策がおこなわれている機能性ディスペプシアだが、日本人に合った新たな治療法を探すべく奮闘中だ。
「強い痛みが継続すると不安やうつ状態も強くなります。脳の中継地点にアプローチする薬であれば、その負のスパイラルを断ち切ることができると考えられます。それを今後、明らかにしていきたいと思っています」と富永准教授は話す。ストレスや体質で片付けられがちな病気に、新たな扉の開く日は近いかもしれない。 (安達純子)