いやぁ
新聞の夕刊を見てびっくり、三浦光世さんが亡くなったとな
実際にお会いしたことはないので、悲しいという感情よりも悔しいというか、残念な気持ちというか、惜しいです
春に旭川を訪れた際にお会いしたかったものの不在だったのでまたの機会に延ばし、その後6月に再び札幌まで行きながら遠かった旭川
毎日元気に歩いているということも聞いていたので、何とも思ってなかったものの、90歳でしたか・・・
光世さんがいなければ、氷点も塩狩峠も母も海嶺も、この世に出なかったわけですから、三浦綾子以上にとは言えませんが、それほど三浦文学に重要な方でした
肺結核を患っていた堀田綾子のもとを足しげく訪れ、その回復を祈り待ち続けて結婚、自身も弱い体ながら、妻を支え、強くたくましく、そして優しく生き抜いた90年
お会いしたことは一度もありませんが、道ありきや光世さんの著書を読んでいると、大変な人生でしたねと言えば、いや幸せでしたよという答えが返ってくるのが容易に想像できるような、そんな優しい方でした
そういえば旭川でたまたま拾ったタクシーの運転手に、三浦綾子が好きで旭川に来たと告げたら、三浦さん乗せたこともありますよなんて
彼曰く、綾子さんは大酒のみで、光世さんはこれ以上ないくらい出来たお方ですよ だそうで、まあ大酒のみという辺り、かなり前の話だろうと推察しますが、偶然にも話が聞けてよかったことを思い出しました
内地の人間には大雪過ぎて、また雪のないときにゆっくり来ようなんて思ったのが失敗ですね
辛うじて、氷点の碑
ちなみに三浦文学について、氷点はドラマにもなり、塩狩峠は映画になってますね
三浦文学は、歴史小説、一般的な小説、エッセイの3種類に分けられると思ってます
歴史ものは塩狩峠ほど有名ではないものの、ほぼノンフィクションの歴史小説である母、海嶺(83年映画化)は心にグッと来ます
母は、プロレタリア文学者小林多喜二の母セキを書いたもので、海嶺は知多半島小野浦の漁民音吉たちがおそらく日本人として初めてアメリカから世界を回り・・・という、まあ読書感想文は苦手なので、内容が気になれば検索すればブックレビュー系のブログがたくさんヒットしますから、そちらで
幕府が出した勝海舟の咸臨丸こそ有名ですが、音吉こそ教科書に載せたいんですけどね、本当は
それ以外でも細川ガラシャ夫人、千利休とその妻たち、白洋舎創始者五十嵐健治を描いた夕あり朝ありなど、基本的にとにかく史実に基づいている(塩狩峠は若干ボカしてたりしますが)歴史小説ですので、史実を知るという点でも三浦文学は有益です
有名な氷点をはじめ、帰りこぬ風、病めるときもなどの小説もまた、軽く読めるのに深く考えさせられるのでいいですね
あとはエッセイ、自叙伝として、自らの人生を描いた道ありき、堀田綾子のその人生と人柄がわかっていいと思います
併せて光世さんの、綾子へ、死ぬという大切な仕事といった本も読むと、偉大なお二方ながら、どこか私たちと同じような人間くさい親しみやすさを感じたり、優しさやあたたかさを感じられます
三浦綾子が口述し、三浦光世が書き留めることで完成した塩狩峠、夏にも読んだけど、また読もうかな
読書の秋じゃないですが、何度読んでも考えさせられ、心に沁みる三浦文学の拙い紹介でした
いつまでも あると思うな 親と金 じゃありませんけど、会いたい人にはその時会っておくべきですね、これは一生後悔しそうです
死ぬことは神に召されることでありつまり祝福すべきことというキリスト教的になんと言えばいいのかわかりませんが、おつかれさまでした、安らかにお休みください
2014.03.07/北海道旭川市
新聞の夕刊を見てびっくり、三浦光世さんが亡くなったとな
実際にお会いしたことはないので、悲しいという感情よりも悔しいというか、残念な気持ちというか、惜しいです
春に旭川を訪れた際にお会いしたかったものの不在だったのでまたの機会に延ばし、その後6月に再び札幌まで行きながら遠かった旭川
毎日元気に歩いているということも聞いていたので、何とも思ってなかったものの、90歳でしたか・・・
光世さんがいなければ、氷点も塩狩峠も母も海嶺も、この世に出なかったわけですから、三浦綾子以上にとは言えませんが、それほど三浦文学に重要な方でした
肺結核を患っていた堀田綾子のもとを足しげく訪れ、その回復を祈り待ち続けて結婚、自身も弱い体ながら、妻を支え、強くたくましく、そして優しく生き抜いた90年
お会いしたことは一度もありませんが、道ありきや光世さんの著書を読んでいると、大変な人生でしたねと言えば、いや幸せでしたよという答えが返ってくるのが容易に想像できるような、そんな優しい方でした
そういえば旭川でたまたま拾ったタクシーの運転手に、三浦綾子が好きで旭川に来たと告げたら、三浦さん乗せたこともありますよなんて
彼曰く、綾子さんは大酒のみで、光世さんはこれ以上ないくらい出来たお方ですよ だそうで、まあ大酒のみという辺り、かなり前の話だろうと推察しますが、偶然にも話が聞けてよかったことを思い出しました
内地の人間には大雪過ぎて、また雪のないときにゆっくり来ようなんて思ったのが失敗ですね
辛うじて、氷点の碑
ちなみに三浦文学について、氷点はドラマにもなり、塩狩峠は映画になってますね
三浦文学は、歴史小説、一般的な小説、エッセイの3種類に分けられると思ってます
歴史ものは塩狩峠ほど有名ではないものの、ほぼノンフィクションの歴史小説である母、海嶺(83年映画化)は心にグッと来ます
母は、プロレタリア文学者小林多喜二の母セキを書いたもので、海嶺は知多半島小野浦の漁民音吉たちがおそらく日本人として初めてアメリカから世界を回り・・・という、まあ読書感想文は苦手なので、内容が気になれば検索すればブックレビュー系のブログがたくさんヒットしますから、そちらで
幕府が出した勝海舟の咸臨丸こそ有名ですが、音吉こそ教科書に載せたいんですけどね、本当は
それ以外でも細川ガラシャ夫人、千利休とその妻たち、白洋舎創始者五十嵐健治を描いた夕あり朝ありなど、基本的にとにかく史実に基づいている(塩狩峠は若干ボカしてたりしますが)歴史小説ですので、史実を知るという点でも三浦文学は有益です
有名な氷点をはじめ、帰りこぬ風、病めるときもなどの小説もまた、軽く読めるのに深く考えさせられるのでいいですね
あとはエッセイ、自叙伝として、自らの人生を描いた道ありき、堀田綾子のその人生と人柄がわかっていいと思います
併せて光世さんの、綾子へ、死ぬという大切な仕事といった本も読むと、偉大なお二方ながら、どこか私たちと同じような人間くさい親しみやすさを感じたり、優しさやあたたかさを感じられます
三浦綾子が口述し、三浦光世が書き留めることで完成した塩狩峠、夏にも読んだけど、また読もうかな
読書の秋じゃないですが、何度読んでも考えさせられ、心に沁みる三浦文学の拙い紹介でした
いつまでも あると思うな 親と金 じゃありませんけど、会いたい人にはその時会っておくべきですね、これは一生後悔しそうです
死ぬことは神に召されることでありつまり祝福すべきことというキリスト教的になんと言えばいいのかわかりませんが、おつかれさまでした、安らかにお休みください
2014.03.07/北海道旭川市