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路地で若い男女が羽根付きをはじめた。今は四月だし、時期からすればずれているが、まあいいだろうと、二階の窓から、見るともなく眺めていた男は思った。
彼とて、今頃ビュートルズをかけているのである。はやった頃、どうしてもそれほど好きになれず、時代に取り残されて、今頃になって聴き直しているのである。今ビュートルズの良さが新鮮に響いてくるようなら、彼は自分の青春を反省しなければならないのである。しかしそれも憂鬱なことだった。だから、蘇ることがないように、願う心も強くあった。
時々、羽根付きをする女の声が、甘やかなざわめきを運んでくるが、彼はできるだけとらわれないようにして、CDを聴いていた。
そのうち、女の打ち上げた羽根が、彼の上に飛んできて、顔をかすって、V首シャツの胸元に留まった。こうなると、関わらないではいられない。男は羽根を抜き取ると、女に向かって丁寧に投げ下ろしてやった。
「おじさんすいません。お休みのじゃましてしまって」
女は悪びれて二度、三度頭を下げた。
「おじさんじゃねえよ。お兄さんだよ」
そう言ってたしなめている相手の男は、どうやら弟のようだ。とすると、二人は弟と姉だったのだ。彼は少し見立てが狂ったが、それはあっさりクリアして、下の弟と姉に向かい合った。
「おじさんで結構。若い頃を反省して、今頃ビュートルズをかけているけど、ぼくはおぢさんさ。謝ることなんか、これっぽちもないさ」
彼はそう言い放って、さっぱりしていた。
姉と目され彼女は更に謝ってから二階の窓辺の彼に、言葉を投げてきた。
「ごめんなさい。私たちと羽根付きしませんか、おにいさん」
こうなると、彼も黙っているわけにいかなくなり、言葉を返した。
「仲間に入れてもらうのは、うれしいけど、僕が入ると、ちょっときびしいですよ。
去年は国体に出て、準優勝したくらいだから。今日も二時から、市民公園でその試合があるんですよ。見に来ませんか、試合はどうなるか分かりませんが」
彼がこう言うと、下の路地を、密かな静まりが覆った。その沈黙はしばらくとけていかなかった。姉の方が気詰まりな状況を破ろうとして、苦し紛れな言葉を連ねた。弟がそれを助ける語彙を単発している。
ちょっとも知らなかったわ。そんな方が同じ町内にいて下さるなんて。私ぜひ行きたいわ、二時からの試合を見に」
と姉が先程から続いている悪びれた口調に重ねて、明るい言葉を連ねた。
「僕も行きたいところですけど、今日これから仲間と、交通博物館に行くことになってますから」
と弟が言った。
というわけで、古びた民家の二階の窓辺にいた男は、一時に有名人になった。こうやって世は広がっていくものだと、教えられたようなものだった。
それならおふくろが、息子の顔を売り、そして嫁を探すために、悪戦苦闘する必要もないのである。
そのおふくろは今頃、町内会ほ広げた区会の婦人会に出て、息子の話をしているにちがいなかった。これから試合があるとなれば、売り込む最高のチャンスであるとも言えるのだった。そうとも知らないわけでない息子は、自らを打って出て、青空に白線をほどこした。そして憂鬱になった。言うべきでなかったと思った。
二年後、彼は路地で羽根付きをしていた女と結婚した。唐突になるが、そのように持ち運ばれたと思っている。そう受け取るのが自然だった。いつも底辺にいて彼を支えていたのは、彼女一人であったと、信じられたのである。
路地の花
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二匹は交番のストーブに当たらせてもらって、雨に濡れた毛を乾かした。
連休で息子がカレイを二十尾釣ってきてよ、その始末に困ってんだ。同僚には分けたが残りは多い。この調子では,明日も明後日も、カレーの唐揚げだ。お前たち少し手伝ってくれねえか」
警官は冷蔵庫からカレイを取り出してきた。
「すげえ、生のカレイじゃなく、奥様の手による愛のタマモノじゃんか」
とオイラは言った。
何がタマモノのもんか。ただのアゲモノだ。ところでお前たち、泊まるところはあるのか。なければ裏の納屋を貸してもいいんだが、……」
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おいらはそっと近づいて
自分が被るビニールカッパをずらして
入れてやる
一緒にかぶってやってちょう
てなぐあいに、三十分後、
二匹は駅前広場。
雨の中
交通整理のお巡りさんが、ギョロ目を光らせ
こう言った
「おっ、まだいたか」
だってさ。
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誰よりも
愛する人を失って
鳴きぬれている猫
雨の中の猫
そんな猫ならすぐ分る
雨より哀しみなめている
ほっておいたら
三日も四日も同じ木の下
雨の中
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