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そのうち羽音が頻繁になり、それが迫真するバイクの爆音とも重なり合って直子をかきむしり、雑草の繁茂する方へなだれ込んで行った。いくつもの羽音の中に、一つのバイクの音を捉えている気もしていた。
直子が草の茂みに飛び込むやいなや、一つのバイクの響きは、まぎれもなく彼女を捉えて強迫してきた。それを掻き消す雑駁な音も飛び込んできて、彼女は不当な攻撃を振り払うべく必死に叫んでいた。雀蜂が礫のように、彼女を襲ってきたのだ。直子は雑草の中に倒れこみ,頭を押さえて叫んだ。
「助けて、誰か来て!」
蜂の攻撃を逃れて、草の上を転げまわっている直子の耳に、明るく軽快な羽音を響かせてる確かな、しかしこれこそが本物であるというような手応えのようなものを感じ取っていた。
園部のバイクだ。直子は項に食らいついてくる蜂をもぎ取り払い除けながら、救いの色々を実感していた。しかし、その救いは迫ってくるにしては、夢のように遠かった。
ほどなくバイクの音は農道の傍らに来て止まり、彼女の上に一人の男が覆いかぶさってきた。それが一度として接したことも、言葉を交わしたこともない,園部透だったのだ。
園部は直子の腕や項に食らいついている雀蜂を握りつぶして殺した。なお迫って来る蜂を手で追いながら、直子を横抱きにすると、農道へと運び上げた。そのまま直子をバイクの後部座席に乗せると、
「ぼくにしっかりつかまっていなよ。うっかり手を放したら命がないよ」
園部透はそう言い放ってバイクをスタートさせた。
「市の大きな病院へ飛ばすか、近い村の病院に信頼して、近いほうを選ぶか」
透はそんな言葉を吐いてはいても、それは直子に訊くというより、彼自身への問いかけだった。
彼に救い出された安心によるのか、直子は意識がかすんでいき、背後から彼に捕まっている力の配分が全くわからなかった。園部透もそれを感じるらしく、
「力を緩めちゃダメだ。しっかり捕まるんだ。いのちだ。いのちだ。力を抜いたら,アスフアルトに頭をぶつけて、それでおしまいだ。命を大事にしな。俺のいのちじゃない、君のいのちだ」
それが園部透との全てだった。直子は早朝のこととて、開院準備中の村の診療所に運び込まれ、ベッドに寝かされると、意識も遠くなり眠ってしまった。すぐ注射がうたれ、眠り込みながら、雀蜂にさされた時の報告を、問われるままに伝えただけである。
園部透は、広くもない診療所内とか、前庭を歩き回っていたが、自分のするべきことも見つからず、病院を出て行った。彼のバイクの遠ざかる音を、直子は耳にしたような気がするが、定かではなかった。
未完 5
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