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その頃 私はよく動物園を訪れた
豹や縞馬やペンギンを見て
魂が安らぐというわけではない
ほかに彷徨う場所を持たなかったのだ
エミューは 長い頸を自在に操って
私を足の先から頭のてっぺんまで調べ上げた
顔を覗き込む
伸ばしたエミューの頸は
私よりも上にあった
そこから
怒ったとも興奮したともつかぬ
目付きで睨み据えた
エミューの前には
もっと多くの人がいたが
彼女が見るのは私だけだった
次に訪れたときは
まだ離れているうちから
私を見つけて囲いの中を接近して来た
そして前と同じ
調べ上げる動きをした
これはエミュー特有の親愛の
仕草だったかもしれない
一体このエミューは
私を何と思っていたのか
遠い豪州の地に別れてきた同胞と
勘違いしたというのか
しかし私は
彼女のようなスマートな足も
頸も持ってはいない
そして少なくはない見物客の中から
私を選び出したというのが解せなかった
餌をやるでもなかった
私は懐手に陰欝な顔をして
立っているだけだった
三度目もエミューは
激しく頸を振る動きをして私を迎えた
二年の時を挟んで
私はエミューの前に立っていた
この間に私の心は大きく変っていた
人生の無惨を知り尽くし
その深い谷底から
万物の原点ともいうべき
創造の神を知るように変えられていた
私はもう鬱々とはしていず
したがってあたたかな心で
エミューに与えるパンを手にしていた
けれどもどうしてか
彼女は私をまったく無視して
というより眼中にもおかず
囲いに嘴をつけるようにして
目紛るしく歩き回り
別の相手を物色していた
目は血走り
エミューの孤独はますます研ぎ
澄まされて
動物園の雑踏のなかに
彼女と同質の孤独の寂しい
病んだ魂を探して歩き回っていた
了