波乱の海をぶじ目的地へ

現世は激しく変動しています。何があるか判りませんが、どうあろうと、そんな日々を貧しい言葉でなりと綴っていけたらと思います

まきばの歌

2012-04-03 14:15:31 | 童話



[まきばの歌]



 まきばの上には、のんきそうに夏の雲が浮かんでいました。牛たちは、広々とした草の上で、あくびをしています。
 カケスの五郎は、山から飛んでくると、柵に留って歌いだしました。牛たちはカケスの五郎の歌を聴こうとして、寄って来ました。
 広いまきばの、あっちからもこっちからも集まってきたので、五郎の前は牛でいっぱいになりました。遠い牛は、歌なんか聴こえないのに、ほかの牛が寄って行くので、まねをして集まってくるのでした。

  もうもう牛さん のんきだね
  草を食べては 寝るばかり
  どこへ行っても 平気だよ
  柵の中なら 平気だよ
  山の熊さん 来ないから

 五郎がここまで歌うと、牛たちは調子を合わせて、
  もうもう 
 と鳴きました。中に調子の外れた声がありました。五郎は、何を言っているのかと、耳をすませました。すると、
「もう一度、歌ってよ」
 と言っているのでした。
「次は二番」
 と言って、五郎は歌を続けました。

  日が沈んだら サイロに帰る
  サイロは 牛のおうちだよ
  みんなならんで もうもうもう

 ここまでくると、牛たちも、
  もうもう
 と声を揃えて歌いました。でも、また調子の外れた声がしました。
「サイロは、わしらのおうちじゃないよ」
 と言っているのでした。
「それなら、牛さんのおうちはどれ?」
 と、五郎は聞きました。
「その隣の、低い屋根の家さ」
 と牛は言いました。サイロの隣には、なるほど低い家が建っていました。
「おいら、あれは鶏の家かと思っていた」
 と五郎は言いました。家の周りで遊んでいる鶏を、よく見るからです。
「鶏は、わしたちの家を間借りしてるだけさ」
 と、黒いところの多い牛が言いました。すると五郎は、歌いだしました。

  朝日がお山に のぞくころ
  一番どりが けけこっこー
  牛さんいやいや首を振り
  おいおい もっと寝かせろよ

 ここまで歌うと、また牛がもごもご言いました。五郎は耳をすませました。
「わしらは、そんな乱暴な口はきかないね。寝かせろよ、なんて」
 と、白いところの多い牛が言いました。
「それは、男の言葉だよ」
 と、別の牛が言いました。
 五郎は牛たちのおなかの下を見て、〈しまった〉と思いました。
みんな、大きなおっぱいをぶらぶらさせていたのです。
 五郎はあやまって、別の歌を歌いだしました。すると後ろにいた牛が、
「うもー」
 と鳴きました。五郎は歌うのをよして、
「何、そこの牛さん」
 と、聞きました。その牛は、ならんでいる牛の後ろから、頭だけ出して言いました。
「新しい歌じゃなく、さっきの歌を、初めからやってよ。わたし覚えたいから」
 五郎は、初めの歌が気に入られたと思うと、嬉しくなりました。
「じゃ、やるよ」
 と言って、ゆっくり歌いだしました。

  もうもう、牛さんのんきだね
  草を食べては 寝るばかり
  
 ここまで歌うと、牛たちは声を揃えて、

  もうもう もうさんのんけよね

 と歌いだしました。
「もうさんじゃなく、そこは牛さん」
 と、五郎は叫びました。
 このとき、向こうの柵で、ホオジロが、

  ちんちくりん ちゅんちゅん

 と歌いだしました。牛たちは、そちらに気をとられて、大きな耳をいっせいに向けました。でも、ホオジロは、歌をはじめたのではなく、子供たちを呼んでいるのでした。子供が三羽、親鳥の隣にやってくると、鳴き止んでしまいました。 
 五郎はまた、歌を教えにかかりましたが、牛たちは、どうしてか落着きがなくなりました。何頭かは、牛の家の方を向いて、
「うもー、うもー」
 と鳴くありさまです。
 そのうち、牛たちを呼ぶ鐘の音がしてきました。もう家に帰る時間になっていたのでした。お日さまも、すっかり傾いていました。
 牛たちは、
「もう、もう」
 と返事をしながら、続いて帰って行きました。クローバーやチモシーとは違う餌と、水を貰って、寝るだけなのです。

 五郎は、すっかり静かになったまきばの柵に留まって、ぼんやりしていました。山に帰ろうかと思いましたが、まだ少し早いようです。
 あちらこちら眺めていると、少し離れた柵の上に、ちょこんと、赤い麦わら帽子がかぶせてあるのに気がつきました。
 五郎はそこまで飛んで行きました。小さな、かわいらしい麦わら帽子です。きっと、遠足にきた女の子が、忘れていったものでしょう。
 五郎は、この帽子を柵にかけておくのは、もったいないと思いました。そうかといって、五郎がかぶるのには大きすぎます。狐にやっても、
「何だこんなもの、食えないじゃないか」
 と言って、破いてしまうでしょう。鳥にでもやれば、巣に敷いてしまうにちがいありません。
 いろいろ考えていると、いいことに思いつきました。五郎はさっそく、麦わら帽子をくわえて飛び立ちました。ちょうど風が出て、うまい具合に、帽子を運んでくれます。
 まきばの上を飛んで、サイロに来ると、屋根の上にとびのりました。そして、屋根のてっぺんに、帽子をかぶせてしまったのです。赤い屋根に、赤い麦わら帽子は、ぴったりでした。
 サイロを離れて見ると、丸い屋根に、帽子の頭が、ぴくりと飛び出ていて、牛のおっぱいにそっくりでした。
 そこで五郎は、こんな歌を歌いながら、山に帰ったのです。

  サイロが 帽子をかぶったら
  牛のおっぱい ぶーらぶら
  でも 乳首が一つでかわいそう
  もしも おいらが 子牛なら
  あれは おいらのおっぱいだ
           〈おわり〉





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