1999年、私の中国山東省(2)車窓からの風景(1)
広い中国
9月3日の昼過ぎに、時差、一時間遅れの山東省、青島の飛行場に着いてから9日の早朝、北京へ向かう済南の飛行場までの7日間、その内、市内だけの移動を除くと正味5日間、山東省内は全て一つのマイクロバスで移動。その走行距離は総計約2100キロ、本当に中国は広い、それも山東省の中だけの行程です。
いつも、移動をしている状態です。ですから、車の中から見る風景も、断片的ですが、いくつか印象に残っています。まずこの車窓からの風景から、始まります。
マイクロバス
忘れてはいけないので、乗車したマイクロバスについてまず少し述べておきます。このマイクロバスは、和歌山県と山東省の友好協定締結15年を記念して、県が今年山東省にプレゼントしたものです。名付けて”と言います。今回で県交流団が乗車するのは2回目と言うことです。未だ新車の匂いがするトヨタの車です。
マイクロバスは中国でも生産されています。しかし、県が車そのものをプレゼントしたのではなく、その費用をプレゼントしたのです。この車は日本で生産されたものを山東省が輸入したそうです(しかし左ハンドルでしたが)。仕様にどれだけ違いがあるのか分かりませんが、このことは山東省のたっての希望だったと言うことです。
世話役件通訳の「張」さんがバスの中で我々に最初に話したことは、このマイクロバスの由来の話と、両国間に未だ国交がない頃から山東省との友好関係樹立のために尽力された「山崎先生から電話がありました。」とです。
そのような彼の律儀さは全行程中に、そこあそこで、見られました。それでは、我々のバスも“ゴー ヘイ”することとしましょう。
道路事情
中国では車は右側通行で、単に座って乗っているだけでも、最初の内は変な気分になります。想像していた通り、道路は本当に真っ直ぐで、道路の先端が、霞んで見えないこともあると言えばオーバーに聞こえますが、どちらかと言えば、霞みがかっている中国では、事実です。
道は非常に広く、一級国道、自動車専用道路、高速道路の幹線は片側三車線から一車線で、片側二車線から三車線の道路が大部分を占めます。その一車線の幅は日本よりも広く感じます。これらの幹線網はほぼ整備されていて、大きく移動する時や市から市へ移る時はこれらの道路を利用します。大体その幹線のみの移動で目的は達成されます。海のリゾート開発中の海岸べりをわざわざ通って頂いた時には、未舗装のかなりの凸凹道も通りましたが、それは例外です。
高速道路は、国際的な基準があるのかどうか知りませんが、案内板の表示等日本の高速道路と変わりません。高速道路は延長距離ではまだまだ短いのか、あっちこっちで、建設現場を見ます。橋脚が少し華奢なのが気にかかったりしますが、美しく仕上げられています。日本の高速道路ほど輻輳はしていません。
建設主体
そのような幹線道路も、他の一般的な施策と同じで、国は直接整備するのではなくて、その計画を作成し、各省の調整を図るだけだそうです。全て省が実際に必要な費用を捻出して、省の責任で建設する仕組みになっているとのことです。このことは、道路建設だけでなく全ての面に渡って言える様です。
漁業の分野でも、国の法律はごく簡単なもので、実際は各省でかなり自由に運用されます。ですから、国の指示が末端の省に反映されるには時間が掛かります。
このことは山東省で色々と見聞したことをそのまま中国全体に引き伸ばして考えることが出来ないと言うことになります。そして、規模の大きい、省間の、地域格差が生じる原因の一つとなります。と言う訳で、勿論、省の中にも有料道路の料金所はありますが、必ず省の入口と出口には料金所があるそうです。
中国の官公用車の登録番号は、日本でも昭和40年代頃まではあった(所謂「た」ナンバー)官公用車特有の番号であることと、このような建設主体が省であるとの事情もあって、有料道路では省等の車はフリーパスが原則と言うことになります。パトカー・軍など明らかな官公用車の通行が目立ちます。この点は、日本と少し異なっていて、有料道路の独立採算制の観点からは若干疑問が残ります。未だ未だ「官優先」が目に入ります。羨ましい限りです。
堂々と
高速道路ではほとんど見ませんが、自動車専用道路では、時々人が歩いていたり、自転車が走っていたりします。不思議な感じがします。
一般道路の場合の話です。その道路を走る方法ですが、速度に関係なく、大抵の車は最も中央よりの車線を走ります。と言ってもさすがに自転車はそうではありませんが。その車の速度はと言いますと、我々の感覚での話ですが、通常の速度で走る車もあります。しかし、車が古いのと余りにも沢山の積載荷物と、そして、農耕用の様に本来公道を走れない様な車等々、非常に低速で走る車も多くて、車の流れは車線の数の割には悪いと言わざるを得ません。その遅い車も堂々と最も中央よりの車線を走っていることが多いのです。この堂々振りは矢張り中国らしさを感じ取ります。
有料道路です。道路の作りも我が国とは違って、特に盛り土を高くするとか、陸橋が長く続いたりしません。(これは、後日、米国でも思ったことです。)農地とほぼ同じ平面にあり、柵もあることはありますが、そんなに大袈裟なものではありません。「どうぞ、自由にご利用下さい。」と言っている様に思えます。自動車専用道路も実態的には生活道路の一部分であるのです。高速道路の場合は別として、三車線の道路であっても中央分離帯がないこともあります。二車線の場合は市街地を除いて、中央分離帯はまずありません。各車線を明示している道路標示は非常に薄くて明瞭ではありません。
1999年、私の中国山東省(3)車窓からの風景(2)
追い越し
ですから、通常の速度の車はその広い道でも、頻繁に追い越しをせざるを得ない状況となります。その時には、まず、警笛を数回鳴らしますが、大概の車は歩道側の車線に避けようとはしません。ですから、やむを得ず追い越しをする度に、対向車線に出て追い越しをします。反対方向車線も全く同じ事情ですから、変な話ですが、最も中央よりの車線は、スピードを出した車が交互に両側一車線を走行するような状態となり、輻輳するどころの騒ぎではありません。このような走行を可能にするために、あえて中央分離帯が設置されていないのかと勘ぐるほどです。
又、道路工事の標識も日本ほどヒツコクありませんし、そのための誘導員も余りいません。突如として、最も中央よりの我々の車線に対向車が次から次へと走ってきます。我々は何事が起こったのかと思います。少し走ると対向車線が工事中と分かるのです。追越する時は、このような事情と右側通行に我々が慣れていないこともあって、一瞬も二瞬もドキリとするだけでなく、思わず身が固まってしまうことが往々にしてありました。
そのような走行ですが、思ったほど急ブレーキはかかりません。ドライバーは、余裕を持って、運転しているのです。追い越された車の運転手はこちらのマイクロバスをジロリと見ます。彼らにとっては、定員よりも少なくゆったりした、そして背広を着た我々がきっと生意気に見えたからでしょう。もう一つの要因、それは、エアコンが効いている車であったこともあります。中国では窓を開けて走るのが常です。更に言えば、省の車が“お上風を吹かして”と言うこともあるかもしれません。
このように、「段」ドライバーの努力のかいがあって、長時間の移動にもかかわらず、次の訪問先に遅れる事はありませんでした。彼も又、取りも直さず職務に忠実な公務員であったのです。
過積載等
速度の遅いのは、型式が古いこと、過積載であることが主な要因です。この過積載は本当に日本では信じられないほどの過積載です。積み過ぎて車軸が真中から折れてしまうのではないか?と思えるほどの積載、軽い荷物の場合には、荷物が車の幅よりも1メートルも出ているのではないかと思うほどです。又、中には、どうも車と言うよりは、今では殆ど日本では見られない発動機を積んだ、「走るもの」と言う感じの車も堂々と走っています。
マイクロバスタイプの長距離バスも相当走っていて、これらは我々の車と同様ハイスピードで走っています。これと並行して走行する時は、抜きつ抜かれつのデッドヒートになります。路線バスも、公用車である我々の車も大凡譲ることはしません。結局のところは、我々のバスが抜いていく結果となります。さすが新しくて、日本車です。
物と人の輸送には人や馬に頼るよりは、車が良い、質よりもとりあえず車が便利との状況です。
このような事情ですから事故が多いと想像したのですが、矢張り、私どもから見ると、いたる所で事故です。多分過積載が原因で、路肩から落ちている車が一日に5,6台見た日もあります。多いのです。でも、殆どが単独事故のように見えます。これは彼らにとっては、事故の内には入らないようです。只一度だけ、街の中で一度車と単車の接触事故を見ました。聞く所によると、そんな人身事故であっても直ちに救急車を呼ぶという訳には行かないそうです。救急車を呼んだ人がその後の面倒な諸事を引き受けることになるそうです。このことは今も聞き違いの様に思えますが。
横断の仕方
車窓からの風景から少し道草です。歩行者や自転車がこのような道路を、取分け車の通行量が多い市街地では、横断するには少しコツが必要です。たとえ、かなり広い道路であっても信号機があるかどうかや、横断歩道があるかどうかを考える必要は全くありません。一旦、「ここで横断する」と決めると、即ち、そこが横断歩道になります。横断を始めたならば、概ね一定速度で前へ進む必要があります。決して、途中で歩く速度をゆるめたり、立ち止まってはいけません。車の運転手は歩行者がいることは十分認識していて、その歩行者の速度に合わせて、ぎりぎりのところまで進んできます。時には威嚇の警笛を鳴らします。ギリギリのその瞬間に、体を少し停止して車をやり過ごします。それを怖がって、途中で立ち止まったりすると、逆に混乱の元となりますし、一生横断できない結果となります。
高速車と低速車との関係、人と車との関係、いずれも中国らしく、どちらも堂々としていて、自信に満ちています。
1999年、私の中国山東省(4)車窓からの風景(3)
市街地の風景
市街地に近づくと、建設中の工場、住宅等が、そして、市街地に入るとビックリするような大きな建物が目立ってきます。都会では、外延的発展が続いていることが良く理解できます。大きい市の市街地では、路線バスが走っています。所によっては、日本では見られないトロリーバスも走っています。路面電車は今回は見かけませんでした。タクシーは今では日常的な交通道具です。タクシーの運転席は日本よりもはるかに頑丈に乗客から守られる仕様になっています。(注:米国のタクシーもそうでした。)単車と自転車も市民の主な交通道具です。自転車は単車に取って代わられる運命であるそうですが、その単車への移行速度は市街地の地形上の高低差が関係しているとのことです。看板も賑やかになってきます。
看板
看板の字で、日本では使わないがよく見かける字があります。「森」という字の「木」が三個あるのと同じように、「金」と言う字が三個並んでいる字、「鑫」と言う字です。同じような字としては「羴」なんかも確か在ったと思います。(実は、ワープロでこのような文字が出て来たことに驚きながら今書いています。)同じ字を三個並べることで、例えば、「金」が増える或いは入る、たくさんあると言う意味になるそうです。もっぱら、商号や名前に使用される字です。
完全に世界の共通語となった、「カラオケ」もよく目に入ります。しかしそれは、中国の漢字とアルファベットで書かれています。(残念ながら、カラオケの“カ”と言う漢字はワープロでは出てきません。)日本や米国の企業の看板もあるのですが、中国語の音読みで書かれていると、理解するのに手助けが必要です。しかし、すぐに理解可能なものもあります。ケンタッキー、マクドナルドの看板です。
その中で、ハングル文字がよく目に入ります。意味は全く分かりません。街の中を歩いてもハングル文字の看板が掛かっている小さな店があります。確かに韓国との経済的、人的交流が非常に盛んであるように見えます。訪問先にも、韓国の企業との合弁会社もありました。山東省沿海部、特に渤海湾側は、日本よりも韓国に本当に近いのです。地理的に見ると完全に山東省は“韓国”のシェアの内です。日本が経済的な関係を持つならば、他の省へと変な愛国心か、対抗心が出てくるハングルの看板です。
ちょっと一服
そして、必ずしもいつも目を大きく開けて、車窓から風景を一生懸命に眺めていたわけではなくて、長いバスの移動の中では、時には、こっくりと寝てしまうこともあったのです。と言うことで、少し、話の筋から外れますが、情報関係という大義名分で、ホテルのテレビの話です。
あるホテルでは、日本のBS放送、英語、フランス語、ドイツ語、韓国語の放送が入ります。勿論中国語の放送は何局か見ることが出来ます。中国語放送の内我が国と同様にコマーシャルがあるのもあります。多分台湾の放送だと思います。しかし、これらが中国の一般家庭で通常見ることが出来る、ここで言っているのは制度上の話ですが、と言うことでは全くありません。ホテルと言う非日常的な、非中国的な場での話です。
1999年、私の中国山東省(5)車窓からの風景(4)
中央電視台
ホテルである局のテレビを見ていますと、確かに中国の放送局であるし、確かに中国語で聞こえて来るのですが、字幕スーパーが簡体字の中国語で時々表示される放送、多分「中央電視台」、があります。これはなんとも不思議な話です。色々とその理由を考えて見たのですが、よく分からず、次のようなことであると教わりました。
中国の全国放送は、勿論正規の・標準中国語で行なわれていますが、本当の辺鄙な地方では、今も非常に方言が強くて、その言葉を聴いているだけではストレートに意味が通じない地域・世代があるそうです。
物の本で読んだ所では戦前に中国の留学生がお互いに話す時は中国語ではなくて日本語・英語で話していたそうです。日本の方言のレベルではなく又、ヨーロッパ諸国の英語・ドイツ語・フランス語等々よりも違うそうです。そう言う時代はもう無くなっていたと思っていましたが・・・。そのために、少しでも理解出来るようにと、必要な時には、文字を併せて字幕表示をしていると言うことです。国が広いと私どもには信じられない話があるものです。
序でにホテルでは日本語のスーパーを入れてくれると大助かりです。
携帯電話
携帯電話の普及もかなりのものです。山が少ない中国では、携帯電話の基地局建設コストは日本ほどではないのかも知れません。張さんが次の予定地への到着時刻やその後の段取りなどを携帯電話で打ち合わせているのは、“車窓から”の光景ではありませんが、マイクロバスの“中では”頻繁に見られた光景です。名刺を見ても、必ずと言ってよいほど、職場の電話番号、自宅の電話番号そして携帯電話番号が記されています。人口が多いので当然ですが、通常の電話も、携帯電話も日本よりも一桁多い桁数です。
テレビの字幕と言い、電話の桁数と言い、国土は広いと言うことは本当に何事も大変です。
農村風景
さて、張さんの携帯で眼も覚めました。市街地を出て、郊外に出ると、のどかな農村風景です。しかし、車は相変らず、追い越しの連続です。追い越しに関して、言い忘れたようですが、中国では、前方の見通しは非常に良いのです。概ね、「直線」という形容が正にこの中国の道路にあるようです。アップダウンも余りありません。日本のような山はありません。ましてや、和歌山の海岸を走る時のような、右に海岸線を見て、左に山を見る。道路がその山と海の間を通っている風景は全くありません。なだらかな丘陵地帯です。ですから、たまには橋を渡ることはありますが、トンネルを通過することはまずありません。(注:このような道路事情は中国山東省に限っているようです。(雲南省などの山岳地帯では、日本の道路と同じ様に急傾斜・曲がりくねった道路でした。)
トウモロコシ畑
山東省のその丘陵地帯は最初から最後までトウモロコシ畑です。最初は、次は何か違う農作物をと期待するのですが、それは無駄な期待とすぐにわかります。しかしそのトウモロコシ畑も、今年の夏は、山東省全体に近年まれに見る旱魃が襲っていて、大きな被害が出ていると聞きました。そう言えば、長い道中に灌漑設備は見ませんでした。
水田は見かけません。と言うことで、“田園風景”とあえて言わなかったのですが。そのトウモロコシ畑の中のごく一部分に、野菜や果樹が植えられています。少し市街地に近い所では、果樹がトウモロコシに代わって目立ちます。この果樹は中国国民の生活が豊かになって年々増加しているようです。
時々、民家が見えます。日本では農村の民家は点在してどちらかと言うと、一軒一軒見えることもあるのですが、農家も小さな城壁に囲まれた集合住宅のイメージです。人は殆ど見かけません。それは人がいないのかトウモロコシ畑に隠れて見えないのかは定かではありません。
街路樹
そのような農村風景の道路には特有の風景があります。一般道路では、道路の両側にかなり大きな、太い街路樹が繋がっています。その街路樹は目元位からか3メートル程度まで、幹に白いペンキが塗られています。その風景も中々味わいがあるのですが、風景を楽しむためだけのものではありません。道路の端を示す役割があるのです。特に夜間にはガードレールの反射板と同様にライトに、はっきりとその白いペンキが浮き出て、事故防止に役立っていると言うことです。
大体夜間走行の自動車は対向車が有ればその時に合図代わりに点灯しますがそれ以外は余ほど暗くならない限り点灯しないようです。
広い中国
9月3日の昼過ぎに、時差、一時間遅れの山東省、青島の飛行場に着いてから9日の早朝、北京へ向かう済南の飛行場までの7日間、その内、市内だけの移動を除くと正味5日間、山東省内は全て一つのマイクロバスで移動。その走行距離は総計約2100キロ、本当に中国は広い、それも山東省の中だけの行程です。
いつも、移動をしている状態です。ですから、車の中から見る風景も、断片的ですが、いくつか印象に残っています。まずこの車窓からの風景から、始まります。
マイクロバス
忘れてはいけないので、乗車したマイクロバスについてまず少し述べておきます。このマイクロバスは、和歌山県と山東省の友好協定締結15年を記念して、県が今年山東省にプレゼントしたものです。名付けて”と言います。今回で県交流団が乗車するのは2回目と言うことです。未だ新車の匂いがするトヨタの車です。
マイクロバスは中国でも生産されています。しかし、県が車そのものをプレゼントしたのではなく、その費用をプレゼントしたのです。この車は日本で生産されたものを山東省が輸入したそうです(しかし左ハンドルでしたが)。仕様にどれだけ違いがあるのか分かりませんが、このことは山東省のたっての希望だったと言うことです。
世話役件通訳の「張」さんがバスの中で我々に最初に話したことは、このマイクロバスの由来の話と、両国間に未だ国交がない頃から山東省との友好関係樹立のために尽力された「山崎先生から電話がありました。」とです。
そのような彼の律儀さは全行程中に、そこあそこで、見られました。それでは、我々のバスも“ゴー ヘイ”することとしましょう。
道路事情
中国では車は右側通行で、単に座って乗っているだけでも、最初の内は変な気分になります。想像していた通り、道路は本当に真っ直ぐで、道路の先端が、霞んで見えないこともあると言えばオーバーに聞こえますが、どちらかと言えば、霞みがかっている中国では、事実です。
道は非常に広く、一級国道、自動車専用道路、高速道路の幹線は片側三車線から一車線で、片側二車線から三車線の道路が大部分を占めます。その一車線の幅は日本よりも広く感じます。これらの幹線網はほぼ整備されていて、大きく移動する時や市から市へ移る時はこれらの道路を利用します。大体その幹線のみの移動で目的は達成されます。海のリゾート開発中の海岸べりをわざわざ通って頂いた時には、未舗装のかなりの凸凹道も通りましたが、それは例外です。
高速道路は、国際的な基準があるのかどうか知りませんが、案内板の表示等日本の高速道路と変わりません。高速道路は延長距離ではまだまだ短いのか、あっちこっちで、建設現場を見ます。橋脚が少し華奢なのが気にかかったりしますが、美しく仕上げられています。日本の高速道路ほど輻輳はしていません。
建設主体
そのような幹線道路も、他の一般的な施策と同じで、国は直接整備するのではなくて、その計画を作成し、各省の調整を図るだけだそうです。全て省が実際に必要な費用を捻出して、省の責任で建設する仕組みになっているとのことです。このことは、道路建設だけでなく全ての面に渡って言える様です。
漁業の分野でも、国の法律はごく簡単なもので、実際は各省でかなり自由に運用されます。ですから、国の指示が末端の省に反映されるには時間が掛かります。
このことは山東省で色々と見聞したことをそのまま中国全体に引き伸ばして考えることが出来ないと言うことになります。そして、規模の大きい、省間の、地域格差が生じる原因の一つとなります。と言う訳で、勿論、省の中にも有料道路の料金所はありますが、必ず省の入口と出口には料金所があるそうです。
中国の官公用車の登録番号は、日本でも昭和40年代頃まではあった(所謂「た」ナンバー)官公用車特有の番号であることと、このような建設主体が省であるとの事情もあって、有料道路では省等の車はフリーパスが原則と言うことになります。パトカー・軍など明らかな官公用車の通行が目立ちます。この点は、日本と少し異なっていて、有料道路の独立採算制の観点からは若干疑問が残ります。未だ未だ「官優先」が目に入ります。羨ましい限りです。
堂々と
高速道路ではほとんど見ませんが、自動車専用道路では、時々人が歩いていたり、自転車が走っていたりします。不思議な感じがします。
一般道路の場合の話です。その道路を走る方法ですが、速度に関係なく、大抵の車は最も中央よりの車線を走ります。と言ってもさすがに自転車はそうではありませんが。その車の速度はと言いますと、我々の感覚での話ですが、通常の速度で走る車もあります。しかし、車が古いのと余りにも沢山の積載荷物と、そして、農耕用の様に本来公道を走れない様な車等々、非常に低速で走る車も多くて、車の流れは車線の数の割には悪いと言わざるを得ません。その遅い車も堂々と最も中央よりの車線を走っていることが多いのです。この堂々振りは矢張り中国らしさを感じ取ります。
有料道路です。道路の作りも我が国とは違って、特に盛り土を高くするとか、陸橋が長く続いたりしません。(これは、後日、米国でも思ったことです。)農地とほぼ同じ平面にあり、柵もあることはありますが、そんなに大袈裟なものではありません。「どうぞ、自由にご利用下さい。」と言っている様に思えます。自動車専用道路も実態的には生活道路の一部分であるのです。高速道路の場合は別として、三車線の道路であっても中央分離帯がないこともあります。二車線の場合は市街地を除いて、中央分離帯はまずありません。各車線を明示している道路標示は非常に薄くて明瞭ではありません。
1999年、私の中国山東省(3)車窓からの風景(2)
追い越し
ですから、通常の速度の車はその広い道でも、頻繁に追い越しをせざるを得ない状況となります。その時には、まず、警笛を数回鳴らしますが、大概の車は歩道側の車線に避けようとはしません。ですから、やむを得ず追い越しをする度に、対向車線に出て追い越しをします。反対方向車線も全く同じ事情ですから、変な話ですが、最も中央よりの車線は、スピードを出した車が交互に両側一車線を走行するような状態となり、輻輳するどころの騒ぎではありません。このような走行を可能にするために、あえて中央分離帯が設置されていないのかと勘ぐるほどです。
又、道路工事の標識も日本ほどヒツコクありませんし、そのための誘導員も余りいません。突如として、最も中央よりの我々の車線に対向車が次から次へと走ってきます。我々は何事が起こったのかと思います。少し走ると対向車線が工事中と分かるのです。追越する時は、このような事情と右側通行に我々が慣れていないこともあって、一瞬も二瞬もドキリとするだけでなく、思わず身が固まってしまうことが往々にしてありました。
そのような走行ですが、思ったほど急ブレーキはかかりません。ドライバーは、余裕を持って、運転しているのです。追い越された車の運転手はこちらのマイクロバスをジロリと見ます。彼らにとっては、定員よりも少なくゆったりした、そして背広を着た我々がきっと生意気に見えたからでしょう。もう一つの要因、それは、エアコンが効いている車であったこともあります。中国では窓を開けて走るのが常です。更に言えば、省の車が“お上風を吹かして”と言うこともあるかもしれません。
このように、「段」ドライバーの努力のかいがあって、長時間の移動にもかかわらず、次の訪問先に遅れる事はありませんでした。彼も又、取りも直さず職務に忠実な公務員であったのです。
過積載等
速度の遅いのは、型式が古いこと、過積載であることが主な要因です。この過積載は本当に日本では信じられないほどの過積載です。積み過ぎて車軸が真中から折れてしまうのではないか?と思えるほどの積載、軽い荷物の場合には、荷物が車の幅よりも1メートルも出ているのではないかと思うほどです。又、中には、どうも車と言うよりは、今では殆ど日本では見られない発動機を積んだ、「走るもの」と言う感じの車も堂々と走っています。
マイクロバスタイプの長距離バスも相当走っていて、これらは我々の車と同様ハイスピードで走っています。これと並行して走行する時は、抜きつ抜かれつのデッドヒートになります。路線バスも、公用車である我々の車も大凡譲ることはしません。結局のところは、我々のバスが抜いていく結果となります。さすが新しくて、日本車です。
物と人の輸送には人や馬に頼るよりは、車が良い、質よりもとりあえず車が便利との状況です。
このような事情ですから事故が多いと想像したのですが、矢張り、私どもから見ると、いたる所で事故です。多分過積載が原因で、路肩から落ちている車が一日に5,6台見た日もあります。多いのです。でも、殆どが単独事故のように見えます。これは彼らにとっては、事故の内には入らないようです。只一度だけ、街の中で一度車と単車の接触事故を見ました。聞く所によると、そんな人身事故であっても直ちに救急車を呼ぶという訳には行かないそうです。救急車を呼んだ人がその後の面倒な諸事を引き受けることになるそうです。このことは今も聞き違いの様に思えますが。
横断の仕方
車窓からの風景から少し道草です。歩行者や自転車がこのような道路を、取分け車の通行量が多い市街地では、横断するには少しコツが必要です。たとえ、かなり広い道路であっても信号機があるかどうかや、横断歩道があるかどうかを考える必要は全くありません。一旦、「ここで横断する」と決めると、即ち、そこが横断歩道になります。横断を始めたならば、概ね一定速度で前へ進む必要があります。決して、途中で歩く速度をゆるめたり、立ち止まってはいけません。車の運転手は歩行者がいることは十分認識していて、その歩行者の速度に合わせて、ぎりぎりのところまで進んできます。時には威嚇の警笛を鳴らします。ギリギリのその瞬間に、体を少し停止して車をやり過ごします。それを怖がって、途中で立ち止まったりすると、逆に混乱の元となりますし、一生横断できない結果となります。
高速車と低速車との関係、人と車との関係、いずれも中国らしく、どちらも堂々としていて、自信に満ちています。
1999年、私の中国山東省(4)車窓からの風景(3)
市街地の風景
市街地に近づくと、建設中の工場、住宅等が、そして、市街地に入るとビックリするような大きな建物が目立ってきます。都会では、外延的発展が続いていることが良く理解できます。大きい市の市街地では、路線バスが走っています。所によっては、日本では見られないトロリーバスも走っています。路面電車は今回は見かけませんでした。タクシーは今では日常的な交通道具です。タクシーの運転席は日本よりもはるかに頑丈に乗客から守られる仕様になっています。(注:米国のタクシーもそうでした。)単車と自転車も市民の主な交通道具です。自転車は単車に取って代わられる運命であるそうですが、その単車への移行速度は市街地の地形上の高低差が関係しているとのことです。看板も賑やかになってきます。
看板
看板の字で、日本では使わないがよく見かける字があります。「森」という字の「木」が三個あるのと同じように、「金」と言う字が三個並んでいる字、「鑫」と言う字です。同じような字としては「羴」なんかも確か在ったと思います。(実は、ワープロでこのような文字が出て来たことに驚きながら今書いています。)同じ字を三個並べることで、例えば、「金」が増える或いは入る、たくさんあると言う意味になるそうです。もっぱら、商号や名前に使用される字です。
完全に世界の共通語となった、「カラオケ」もよく目に入ります。しかしそれは、中国の漢字とアルファベットで書かれています。(残念ながら、カラオケの“カ”と言う漢字はワープロでは出てきません。)日本や米国の企業の看板もあるのですが、中国語の音読みで書かれていると、理解するのに手助けが必要です。しかし、すぐに理解可能なものもあります。ケンタッキー、マクドナルドの看板です。
その中で、ハングル文字がよく目に入ります。意味は全く分かりません。街の中を歩いてもハングル文字の看板が掛かっている小さな店があります。確かに韓国との経済的、人的交流が非常に盛んであるように見えます。訪問先にも、韓国の企業との合弁会社もありました。山東省沿海部、特に渤海湾側は、日本よりも韓国に本当に近いのです。地理的に見ると完全に山東省は“韓国”のシェアの内です。日本が経済的な関係を持つならば、他の省へと変な愛国心か、対抗心が出てくるハングルの看板です。
ちょっと一服
そして、必ずしもいつも目を大きく開けて、車窓から風景を一生懸命に眺めていたわけではなくて、長いバスの移動の中では、時には、こっくりと寝てしまうこともあったのです。と言うことで、少し、話の筋から外れますが、情報関係という大義名分で、ホテルのテレビの話です。
あるホテルでは、日本のBS放送、英語、フランス語、ドイツ語、韓国語の放送が入ります。勿論中国語の放送は何局か見ることが出来ます。中国語放送の内我が国と同様にコマーシャルがあるのもあります。多分台湾の放送だと思います。しかし、これらが中国の一般家庭で通常見ることが出来る、ここで言っているのは制度上の話ですが、と言うことでは全くありません。ホテルと言う非日常的な、非中国的な場での話です。
1999年、私の中国山東省(5)車窓からの風景(4)
中央電視台
ホテルである局のテレビを見ていますと、確かに中国の放送局であるし、確かに中国語で聞こえて来るのですが、字幕スーパーが簡体字の中国語で時々表示される放送、多分「中央電視台」、があります。これはなんとも不思議な話です。色々とその理由を考えて見たのですが、よく分からず、次のようなことであると教わりました。
中国の全国放送は、勿論正規の・標準中国語で行なわれていますが、本当の辺鄙な地方では、今も非常に方言が強くて、その言葉を聴いているだけではストレートに意味が通じない地域・世代があるそうです。
物の本で読んだ所では戦前に中国の留学生がお互いに話す時は中国語ではなくて日本語・英語で話していたそうです。日本の方言のレベルではなく又、ヨーロッパ諸国の英語・ドイツ語・フランス語等々よりも違うそうです。そう言う時代はもう無くなっていたと思っていましたが・・・。そのために、少しでも理解出来るようにと、必要な時には、文字を併せて字幕表示をしていると言うことです。国が広いと私どもには信じられない話があるものです。
序でにホテルでは日本語のスーパーを入れてくれると大助かりです。
携帯電話
携帯電話の普及もかなりのものです。山が少ない中国では、携帯電話の基地局建設コストは日本ほどではないのかも知れません。張さんが次の予定地への到着時刻やその後の段取りなどを携帯電話で打ち合わせているのは、“車窓から”の光景ではありませんが、マイクロバスの“中では”頻繁に見られた光景です。名刺を見ても、必ずと言ってよいほど、職場の電話番号、自宅の電話番号そして携帯電話番号が記されています。人口が多いので当然ですが、通常の電話も、携帯電話も日本よりも一桁多い桁数です。
テレビの字幕と言い、電話の桁数と言い、国土は広いと言うことは本当に何事も大変です。
農村風景
さて、張さんの携帯で眼も覚めました。市街地を出て、郊外に出ると、のどかな農村風景です。しかし、車は相変らず、追い越しの連続です。追い越しに関して、言い忘れたようですが、中国では、前方の見通しは非常に良いのです。概ね、「直線」という形容が正にこの中国の道路にあるようです。アップダウンも余りありません。日本のような山はありません。ましてや、和歌山の海岸を走る時のような、右に海岸線を見て、左に山を見る。道路がその山と海の間を通っている風景は全くありません。なだらかな丘陵地帯です。ですから、たまには橋を渡ることはありますが、トンネルを通過することはまずありません。(注:このような道路事情は中国山東省に限っているようです。(雲南省などの山岳地帯では、日本の道路と同じ様に急傾斜・曲がりくねった道路でした。)
トウモロコシ畑
山東省のその丘陵地帯は最初から最後までトウモロコシ畑です。最初は、次は何か違う農作物をと期待するのですが、それは無駄な期待とすぐにわかります。しかしそのトウモロコシ畑も、今年の夏は、山東省全体に近年まれに見る旱魃が襲っていて、大きな被害が出ていると聞きました。そう言えば、長い道中に灌漑設備は見ませんでした。
水田は見かけません。と言うことで、“田園風景”とあえて言わなかったのですが。そのトウモロコシ畑の中のごく一部分に、野菜や果樹が植えられています。少し市街地に近い所では、果樹がトウモロコシに代わって目立ちます。この果樹は中国国民の生活が豊かになって年々増加しているようです。
時々、民家が見えます。日本では農村の民家は点在してどちらかと言うと、一軒一軒見えることもあるのですが、農家も小さな城壁に囲まれた集合住宅のイメージです。人は殆ど見かけません。それは人がいないのかトウモロコシ畑に隠れて見えないのかは定かではありません。
街路樹
そのような農村風景の道路には特有の風景があります。一般道路では、道路の両側にかなり大きな、太い街路樹が繋がっています。その街路樹は目元位からか3メートル程度まで、幹に白いペンキが塗られています。その風景も中々味わいがあるのですが、風景を楽しむためだけのものではありません。道路の端を示す役割があるのです。特に夜間にはガードレールの反射板と同様にライトに、はっきりとその白いペンキが浮き出て、事故防止に役立っていると言うことです。
大体夜間走行の自動車は対向車が有ればその時に合図代わりに点灯しますがそれ以外は余ほど暗くならない限り点灯しないようです。