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高齢者になっても、ヒマ・ひま・暇やはり暇

高齢者「さいら」ブログ。リタイヤーから、晴れて高齢者の仲間入り。店名をマイナーチェンジ。内容は以前と同様雑他。

*みそ造り*再掲

2008年08月30日 | 今日の話題
お断り:この記事は2008年7月から8月にシリーズものとして書いたものを一つに纏めて再掲したものです。

みそ造り(1)(2008年7月28日)
 みそ造りの方法は別途WEBなどを見てもらうことにして、妻の実家の「みそ造り」の様子を少し記事にして見よう。これが良い方法かどうかは知る由もない。
「さいら」は都会育ちであるから、みそは「みそ屋」で買うものであって、決して「自家製味噌」を作るものではない。妻の実家では「みそ造り」は毎年の行事だそうだ。と言うことは妻にとってはみそは買うものではなくて、贈って貰うものだ。今年は、みそ造りに参加し、手伝った実績を残して次年以降もその権益を確保しておこうと言うのが妻の魂胆に違いない。
 結構皆さんに人気があって、今回の量の多さは初めてに近いということだ。みそ造りの司令官は敬意を表して、そして長年の経験から当然妻の母親。何でも自分でしなければならない年代だから何でも知っている。母親からみると子供はいくら歳をとっても「子供」でしかない。今回の「みそ造り」を垣間見て改めて実感した。
作業員は妻の弟の奥様、妻の妹さん、そして妻の3名である。妻の弟の奥様は、長年手伝っていたようで、一番若いのであるが、副司令官的な立場である。
 お天気は本当に夏そのものではるか洋上には夏雲が見える。

 大体こんな感じでみそ造りは始まった。

味噌造り(2)
 朝、5時頃和歌山を出発、9時前に串本に到着した。車から降りると既に一つ目の作業は終わっていた。
 みそ造りに必要な買い物は別にして、最初の工程は「蒸す」。「蒸す」のはまる麦。と言うことは、ここのみそは「大豆」と「まる麦」が主材料と言うことになる。
 大豆はみそ作りには欠かせないだろうが、もう一つの材料「まる麦」にはバリエーションが有りそうで各家庭特有の固有の味のもとになる。
 この家の燃料は「薪」である。と言っても全てが薪ではない。プロパン・電気が全てでないと言うことだ。ガスや電気に慣れている都会育ちの私にはどこか違和感があるのは確かだ。確かに「薪」は近くで集めれば良いので金はかからない。しかし、「薪」として使えるようにするには大変な労力が必要である。年老いた妻の母親には息子夫婦が手助けするにしても大変である。
 ということで、まる麦を蒸した蒸篭やざるは既にきれいに洗われて、干されていた。

 妻は、みそ造りで重要な麹の元となる麦を蒸す作業を見落としたことは、残念なことであったと思う。一応今回の妻の意気込みに敬意を表して言っておこう。
 蛇足であるが、妻の実家は「水」は水道ではない。薪と違って生活用水全てが谷川の水である。雨水は防火水槽に溜めておく。一度ブログで紹介したことがある。
水シリーズ

みそ造り(3)
 みそ造りで驚いたのは「レシピ」がないことである。もっぱら妻の母親の「かん」と「経験」である。良く言えば、老舗と同様の「口伝」悪く言えば、「行き当たりバッタリ」生き物である麹を使うにしてはアバウトなものだ。
 蒸した小麦の次の工程は、「もろぶた」に蒸した小麦を小分けして、少し乾かすと共に麹の種を撒くことである。

 何といっても味噌の出来具合は塩の質・量と麹の出来栄えである。蒸した麦を何枚もの「もろぶた」に薄く分けて入れる。そこへ?麹の種?を適当に振りかける。
みそ造りシリーズが遅れたのはこの「もろぶた」を思い出せなかったからである。
何でも物知りで通っている「さいら」としては、聞くわけにはいかない。今もそれが正しいかどうか不安である。
 今回は量が多いので、その「もろぶた」も一部ご近所からの借りものも混じっている。裏の底に購入した年月日と購入者名が書かれている。昔はそう言う調度品はそのようにしたことを思い出す。
 それを何段にも積んで、毛布などで保温する。妻の実家で夏にみそ作りをするのはこの麹が速くできるためである様だ。

 言わば「インスタント麹」の手法である。

みそ造り(4)
 同時並行的に行われるのが、みそのベースになる大豆を煮る作業である。これは別にむずかしい作業ではないようだ。適当な柔らかさになるまで煮る。これも、何しろ作る量が多いので、大釜を必要とする。
 五右衛門風呂とまでは言わないが、最近の家庭では見ることが出来ない大釜である。

 この大釜が二つあったのかどうかは定かではない。
その煮汁の一部分は大切に取り敢えず取っておかなければならない。後ほど必要になる恐れがある。また、豆乳として、飲むこともある。味見をしたが、元々、豆嫌いの「さいら」には美味しいものではなかった。調味されている市販の豆乳であっても、おいしいと思わない「さいら」が比較することは失礼であろう。

みそ造り(5)
 前回の大豆を煮る前の工程を書き忘れた。作業は前日から必要となる。前日に、水洗いをして、一晩、水に漬けて、ふやかしてから煮る必要がある。いずれにしてもみそ造りは色々と前工程が必要なようだ。
 大豆を煮た後、意外と面倒なのが、その大豆を潰す作業である。この家のみそ造りは殆ど道具を使わないで行われるのであるが、大豆を潰す時には驚く道具があった。肉類をミンチにする時に使うものだ。

 今ならば、フードプロセッサーを使うところであるが、そう言うしゃれたもので大きいものはここにはない。それも回すのは人力である。一人は、そこへ大豆を入れる役もう一人は、その道具のハンドルを廻す役。どちらに力が要って、どちらに繊細さが必要かによって、その作業の分担は決まるようだ。本当は2回ほどするとよいのだが、何もしない私にはそうも言えない。
潰した大豆は必要な塩を混ぜて大玉にして、翌日の作業まで保存する。

注:この味噌造りで、どこで塩を入れるのか分からなかったのであるが、若奥さまのコメントにあるとおり、この段階で入れるらしい。



みそ造り(6)
 翌日、朝、保温して寝かせておいた麹のよい香りが漂ってくる。少し毛布を開けて出来具合を見る。ところどころ、白くなってきている。しかし、司令官は未だOKを出さない。ここだけは司令官の指示を仰がなければならない。昨夜は大雨が降って気温も相当下がったので、少し遅いようだ。
 段々とそのよい香りも漂ってくる。何回かその出来具合を確認して、やっと司令官のOKが出た。確か、昼食後のことだと思う。

 麹の出来具合を見て、なかなか今年は素晴らしい。と司令官はおっしゃる。中には少し、出来すぎたのか、相当湿っているのもあるがそれは1,2である。本当に良い麹を作るには温度が一定になるように重ねた「もろぶた」を時々重ねがえしなければならないそうだ。
 出来たての麹は熱を持っている。次の工程に移る前に、冷ます必要がある。ここで出てくるのは第二の兵器と言うほどでもないが、「扇風機」である。写真の下の方に扇風機が見える。扇風機は実は他にもあった。


みそ造り(7)
 麹が冷めると昨夜煮て崩した大豆と麹を混ぜて終わりである。その混ぜ合わせの作業は大変であった。3人が掛かりで、山を崩して山を作りまた山を崩す。この力作業は司令官を除いた作業員がメインになる。出来るだけ均一に混ざるようにしなければならない。という指示が司令官から出る。そのためには、麹と大豆の山を底の方から掘り起こしながら混ぜる。また、出来るだけ均一の混ざるように大豆か麹が玉になっているのを解して小さくしなければならない。そのために、揉みほぐしたり、玉を崩したり。との司令官の指示もある。
少し硬すぎたと感じるときは昨夜の豆乳を少しずつ加減を見ながら入れていく。これは決して入れ過ぎないことが肝要だそうだ。勿論そのさじ加減は司令官の重要な業務である。

この作業を見ていて、スコップが必要では?と思う。「やってみますか?」と声をかけられるが、それは3人にお任せ。「それは」でなくて
「それも」である。

みそ造り(最終章)(2008年8月21日)
 味噌造りそのものは、二日間で終わったのあるが、ブログの記事はちんたらちんたらで、漸く今日が最終章である。その内に取りまとめて再掲することになろう。
漸く豆と麹が十分に混じったようで、それぞれの家へ持ち帰るために、ナイロン袋に詰める。

ここは空気を入れないようにするのが肝要だ。空気が入ると雑菌繁殖の元になる。母屋は早速ナイロン袋ではなくて、壺に入れる。つぼに入れると何となく味噌らしくしかも手作りらしくなるのも不思議と言えば不思議である。

寝起きの顔よりも薄化粧した顔の方が良いのか?馬子にも衣装と言うところか?
みその上に塩をまぶせる。これは雑菌繁殖防止の意味があり、十分納得できる。

結果は来年になる。とは言え、偶さかには壺の点検が必要である。雑菌繁殖の有無を見なければならない。特に今回は素人目に塩加減が甘すぎるように思う。
皆さんは、今年は麹の出来が良くてご満足の様子であったが、さあ、結果はいかに?

注1:「さいら」宅では毎年前年の在庫があるので、食べられるのは翌年かと思っていたが、若奥さまのコメント通り、一か月もすれば良い味になるそうである。


注2:使用する材料で、大きな間違いがあった。若奥さまのコメント通り、麦は小麦ではなくて、丸麦である。ここは本文を訂正したが、訂正漏れがあるかもしれない。




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