善戦者不怒ブログ

日常・趣味に関するブログです。
将棋、彫刻、フットボール、音楽、読書。

ビル・ブラッフォード

2009-01-28 23:17:58 | 音楽
イエス、キング・クリムゾンなどの活動で知られるドラマー、ビル・ブラッフォードが、ライブ活動(public performance)からの引退を表明。

最近はきちんと追っかけていたわけではないが、iPodに「Live in Asbury Park」を入れてヘヴィ・ローテーションしている身としては、気になったニュース。

これを知ったのが「めおと」さんのブログだというのが、最近の立ち位置ということでしょうか。ボズ・バレルの訃報もここで知りました。

来日で何度か観ているが、印象に残っているのは

井上鑑:1986年ごろ? に新宿でのライブ。山木秀夫とのツイン・ドラム。
モラーツ&ブラッフォード:やはり1986年ごろ? に確か原宿でのライブ。この音源って、再発盤に入っているのだろうか?

「ドラム・マガジン2008年7月号」のインタビューによると、「今まで後悔したことは一度もない。最高の40年間だった」と。アーティストとしてのビルらしいコメントだと思う。

彫刻ボランティア・定例会 遠藤利克さん

2009-01-25 22:13:21 | 彫刻ボランティア
彫刻ボランティア定例研修会、今回は狭山在住の作家、遠藤利克さんを招いて、アーティスト・トーク。



埼玉県立近代美術館には、「泉」というタイトルの作品が所蔵されている。なかなか展示されることがない作品。
木材を使った9つのパーツによる作品。それぞれのパーツは、内部をくりぬかれた円筒で、表面は炭化し黒い炭状のテクスチャーとなっている。
さて、これがなぜ「泉」なのか?

作家の出発点は「水」だという。“彫刻”の素材としてもっとも遠いところからスタートしたい、ということから水を選んだ作家は、初期作品として“桶”を使ったインスタレーションを開始。そのスタートから、桶の底を抜いた形→円環→円筒、とつながっていく。“桶”という閉じた空間を開放した円筒は、外部からのエナジーを取り込む機能を果たし、“泉”たる機関へと変貌する。

「水」からスタートした作家は、その対極の「火」もモチーフ&手法として重視する。桶の底を抜いたフォルムから、さまざまにRを工夫した円筒…それに火をつける行為は、円筒の内部、すなわち聖なる空間を侵犯する行為として強烈なエロティシズムにつながる。

モダニズムがアートを先鋭化する過程で失われていった“人間性”の根源へと回帰する、作家はこの点を重視している。「水」と「火」を出発点とした作家にとって、それは当然の結論なのだろう。

火をつける行為としての“供犠”、円環&円筒から導かれるプリミティブな根源性、「火」と「水」の手法によるインスタレーション(流動的)と結果となる立体(固定的)。どこからが創作で、何が作品なのか。作家の思惑だけでは完結しないアートワーク、それは「水」と「火」からスタートした時点からの当然の帰結かもしれない。

遠藤さんのこれからの活動にも目が離せない。

プーランク

2009-01-21 22:51:51 | 音楽
クラシックはほとんど知識がないのだが、村上春樹「意味がなければスイングはない」を読んだ直後に、バーゲンのコーナーを漁っていて、4枚組CDを見つけたので即買い。

タッキーノによるピアノ曲、メニューインほか演奏による室内楽。まだピアノ曲のCD1枚しか聴いていないが、はまりそうです。

永井、相馬、フィンケ

2009-01-13 22:02:42 | フットボール
浦和レッズ、12日の始動はいい感じだったらしい。今年は大原にもっと行きたい。

戦力については、岡野、内舘の契約終了、永井、相馬の退団、どれも大きなロスではあるけど、現時点でのフィンケ体制におけるスタンスとしては、クラブとしての危機ではないと思う(思いたい)。

初日の練習をネットでチェックした段階では、昨年度のような体たらくはない、と考えられる。前期の疲労をひきずる? 期中の合宿でもそれを回避できない? そんな昨年度の二の舞は考えたくはないが、普通にトレーニングしていけばいいのですよ、うちは。コンディションを整えて、きちんとパフォーマンスできれば、大阪にも鹿島にも負けない陣容でしょ?

アレックスが左サイドでスタメンに定着すれば、高原の得点が増える。エジがシェイプアップできたらしいし、達也の残留でFWのレベルアップは期待できる。

中盤。そこにつきる。
フィンケが梅崎を使うかどうかわからないが、梅崎、ポンテ、阿部(たぶん監督は中盤で使うだろう)、細貝、(復帰の)赤星、山田直…このあたりでセントラルMFはまかなえる。補強もあるのだろう。
啓太、暢久はぎりぎりのところだと思う。応援はしているが、監督が変わればチームは変わる。とにかく、中盤がしっかりすれば、サイドやFWは(極端に言えば)誰でも大丈夫。

永井の退団はチームにマイナスだと思う。これは退団に追い込んだフロント(明らかに起用を間違った監督含め)の問題。永井のクロスからヨンセンのヘッドとかで埼スタで決められたくないですよ、ほんと。

相馬は好きな選手だったので残念。今の経済状況では決断が困難だと思うけど、いい結果になってほしい。

3連休最終日

2009-01-12 17:23:38 | 日常
連休初日は出社して仕事、2日目はフットサル、
この程度でくたびれているのではどうにもならないけど、
3日目の今日はほぼ終日、家で片付け物など。

古い雑誌を整理しつつ、サッカー高校選手権決勝を時折ながめ、
片付けついでに掘り出したスティーリー・ダンのボックスセットを聴く。
いつかちゃんとコピーしようと思っていた「グラマー・プロフェッション」をリピートして、ちょっとベースも弾いてみるけど、何度聴いてもややこしい。

以前と比べてずいぶん買う量は減ったけど、雑誌はどんどん溜まってしまう。サッカー雑誌、将棋雑誌の類を少し処分。


フットサル 蹴り初め

2009-01-11 23:07:09 | フットボール
南与野ジョモニスタにて、今年の初蹴り。

2002年W杯ボランティアの仲間内で始まったフットサルが、ここまで続いている。
1998フランスW杯のときに知り合ったサッカー仲間とサルを始めたのがそもそもの蹴り始めで、2002年日韓W杯のボランティア仲間とは、ここまで続けている。

まさに性別年齢関係なくやれるのが、フットサルのいいところ。今日も、下は幼稚園児から上は50代まで、気持ちよく汗をかけました。…寒かったけどね。


彫刻ボランティア(その2)

2009-01-07 22:09:48 | 彫刻ボランティア
北浦和公園に入ると、すぐに埼玉県立近代美術館がある。

美術館へのエントリーの入り口に立つブロンズの女性立像は、エミリオ・グレコの「ゆあみ」。すっきりとした裸像で、入園者を迎えるにはぴったりだと思う。
そこを過ぎると、美術館の玄関前左手に、やはりブロンズの女性裸像、こちらはフェルナンド・ボテロの「横たわる人物」。こちらはグレコと対照的に、ボテロらしい豊満なマッスを強調したユーモラスなフォルム。こちらは美術館に来館するお客様をなごませるのにうってつけだろう。かつては館内に設置されていたが、今では美術館が建つ前からこの地でのんびりと寝そべっているかのように、この場所に溶け込んでいる。

ブロンズ作品は、水洗によって汚れを落とし、ブロンズの表面をコーティングするためのワックスがけを行う。ただし、ワックスがけは作品の色調などにも影響をおよぼすので、配慮が必要である。また、設置の状況によって洗浄の方法に限界もあることを考慮せざるをえない。
埼玉県立近代美術館では、グレコ「ゆあみ」については水洗、ボテロ「横たわる人物」については水洗+ワックスがけを基本に、メインテナンスを行っている。

ドナルド・E・ウェストレイク

2009-01-03 23:59:40 | 読書
昨年暮れに、メキシコで亡くなったとのこと。75歳。

とにかくプロフェッショナルな作家、というイメージなのだが、脚本家としても活躍していたという一面がそのイメージを増幅しているのだろうか? 「悪党パーカー」はシリーズ化するつもりはなかったらしいが、駄作でもそこそこの水準を保っている。「ドートマンダー」ものも、お決まりのネタがときに鼻につくこともあれ、際立ったキャラクター造形がストーリーを引っ張っていく。キャラクター造り、ストーリーのひねり、いずれにも才能を発揮できた器用さがあったのだろうが、それだけにとどまらない読み応えをもたらしたのは、どれほど乾いた場面でも滲み出たユーモアのセンスがあったからだと思う。

「殺し合い」「憐れみはあとに」「斧」が好みのベスト3。

彫刻ボランティア(その1)

2009-01-01 20:22:36 | 彫刻ボランティア
「彫刻ボランティア」という活動を行っている。

美術作品としての「彫刻」、というものがある。彫刻とはなにか?ということをつきつめるととてもややこしくなるので、またそれは別の機会に、ということになるが、ここで言う「彫刻」とは、ブロンズや石、強化プラスティックなどによる立体作品、と考えていただけるとわかりやすい。

彫刻の持つひとつの特異性、それは野外に展示されうるという点である。絵画などの平面作品は、通常、美術館(の所蔵であれば)の館内に展示される。館内にある限り、作品の保存状態は基本的に担保される(指定管理者がどうなるか、はさておき。それはまた別の議論でしょうか…)。しかし、彫刻は、さまざまな理由において野外に展示される可能性がある。そもそもの設置条件が野外である場合、あるいは作家の意図として野外展示が望まれる場合、そして作家の意図を超えて、野外に展示される場合、おおまかにはこの3条件と分類できそうだ。

いずれの条件においても、作品は野外という状況に曝される。屋内というある程度均質の条件と異なり、野外では、

●天候
●設置環境
●管理環境

といった、さまざまな変動要因が作品をとりまくこととなる。

現在、わたしの行っているのは、埼玉県立近代美術館所蔵の野外彫刻メインテナンスに携わるボランティアである。かつては美術館の学芸員によってすべてのメインテナンスが行われていたが、とある事件による野外設置作品の破損を契機に、「彫刻ボランティア」の募集が実施され、活動を開始した。

活動の主な内容は、作品の洗浄、状況観察、作家との交流、作品保存に関わる学習など。また、年1回のワークショップを通じて、一般の方々との交流・啓蒙、さらに「出前洗浄」と称して、美術館以外の作品洗浄なども実施している。

まずは「彫刻ボランティア」活動紹介の第1回目。次回は作品洗浄の具体的内容に触れたい。