初日、最後はヘッドライトの明かりを頼りに下山、閉店間際で風呂に飛び込んだ。足腰にいくらか張りを感じていたので温めの風呂に浸かって揉み、軽くストレッチ。
クーラーのビールはすでに温くツマミはあり合わせだったけど、満天の星の下でいい宴だった。筋肉消炎薬をふくらはぎや腰によくすり込んだのち、就寝した。ただいつものロキソニンは貼らずに寝てしまったことが、もしかするとのちの事態を引き起こしたのかもしれない。
二日目はいくらか残る疲労もあって朝イチ出発は避け、のんびりとベースをあとにした。笛木さんも合流し、輪をかけて楽しい釣行になること請け合いだ。前夜車を走らせてやって来た笛木さん、仮眠しかしていないのに元気元気。朝からずーっとしゃべってる。
初日とはまた別の谷に潜り込んだ。やはりブナなどの広葉樹に囲まれた谷はいいなと見渡していると、何だか上ばかり見ているねと笛木さんに声を掛けられた。
遅れて遠路やって来た笛木さんが先を歩く。橋本さんがしっかりフォローしてくれているので私は最後尾で拾い釣り。かなりの距離を開けのんびり後を追う。
ことイワナ釣りに限っては先行のアドバンテージなどほとんどなく、かえって後続への気使いゆえ自然と早い釣りとなってしまい苦戦することがままある。その点後続は竿抜けを狙ってじっくり釣れるから楽だ。このあたりイワナ釣りに造詣が深い釣り人ならよく知るところだろう。
ショートバイトには苦労したものの、イワナはよく釣れた。40MD黄土ヤマメ。ここもヤマト系の谷と聞いていたが、初日の谷に比べると交雑の比重が高いように思えた。
普段は控えめに小さな声で話す橋本さんが珍しく大声で何か言ってる。駆けつけるとアマゴがいた。ソリストシャッド50で流れ込みを探り出たアマゴ、この谷では貴重な住人とのこと。
休憩などで追いつき、話を聞くと笛木さんも順調に数を伸ばしているみたい。これで釣れてるよ、と笛木さんが見せてくれたのは昔懐かしい旧型の、丸いリップの40ストレート。たぶん15年ぐらい前に作ったものだろう、思わぬところで旧友にバッタリ会った気がした。貴重なミノーと知ってるはずだけど、ガンガン使ってくれる笛木さんが嬉しかったな。
ナイスキャッチ!
上も笛木さんの釣果、40MDタマムシウオやソリスト40DDイチゴヤマメなどで。
谷が一層深くなった辺りでふと、ベストのポケットが開いていることに気が付いた。デジカメがない、どこかで落としたらしい。橋本さんに声を掛けひとり探しに戻る。長年愛用してきたTG-2はもうさすがにくたびれつつあり、レンズが曇りやすくなっていたものの、やはり愛着がある。それに何よりも昨日からの仲間たちとの釣りを、写真データに過ぎないとはいえ失ってしまうのが寂しかった。
最後にカメラを取り出した記憶がある辺りまで戻り、歩みを辿った。再びいくつかを高巻き、岩を伝ったり浸かったりした渡渉ポイントを探した。もう見つからないだろうとほぼ諦めかけた時、浅い水中に赤く光るTG-2を見つけた。
嬉しくて、早く二人に報告しようといつも以上のハイペースで渓を上ったのがいけなかったのかもしれない。
二人に追いついたときにはすでに退渓予定の15時が迫っていた。良かったね、疲れたでしょ。最後の一匹をどうぞと先を譲ってくれた二人に甘えてポンポンと歩き始めてすぐ、高さ50cmほどのなんてことはない岩に右足を乗せ、次いで左足を引き上げたその時。左ふくらはぎに石を投げられたような衝撃が走った、バシッ。
あれ、周囲を見渡しても何も異変はない、ぶつけてもいない。不思議な気持でいると不意に痛みが走った。ここでわかった、たぶん肉離れだろう。肉離れは一度も経験がなかったけれど話に聞いていたとおりだ。すぐに二人が追いついてきたので症状を話すと間違いないだろうと言う。ちなみに笛木さんは昨秋に肉離れを経験したばかり。
幸いにもつま先立ちが出来るので重症ではなさそうだ、ここで少しだけ安堵した。けれどヘルメットやロープはリュックに入っているのに、体重を預けられる頑丈な登山用の杖は車に置いてきていた。杖は必要あらば適当な枝で代用出来るとは言え、慢心だな、なんてこった。下山に要する苦労を考えていると、橋本さんがスルスルと登山用かトレッキング用のストックを出してきて手渡してくれた。おお!
いつもの倍近く時間は掛かったけれど、歩き方にさえ慣れてしまえば単独でさほど問題なく下山できたのは自分でも驚きだった。出来るだけ固定しようとゲーターをふくらはぎ側に当ててみたのはよかった。軽症だったことと、橋本さんが抜かりなく登山用ストックを持ち歩いていてくれたことが幸いだったのは言うまでも無い。
橋本さんの杖は、そのときの私にとってまさに魔法の杖だった。
積み重なった筋肉疲労が肉離れを引き起こしたのだろう。ちなみにこの日まで10日間のスケジュールだが、東丹沢朝一番勝負→そのまま丹沢渓畔林調査に参加→翌日新潟へ発、魚野川夕まずめ→翌日から三日間奥只見でのイワナ釣り→帰宅後は静養を兼ね二日間工房仕事→東丹沢夕まずめ一発勝負、その足でヤマトの谷へ→ヤマトの谷を二日間
だった。山中ではこれまでもギックリ腰、岩から落ちての左肩完全脱臼、下山中の足首捻挫などがあったが肉離れは初めて。重ねて幸いにも軽症だったためさほど問題なく下山できたが、やはりストックがなかったらもっとしんどい下山を強いられたことは間違いない。
どうかこれを他山の石とせず、特に谷深く分け入る際には準備を怠りなく。脅すつもりなど毛頭ない、我々の趣味は最高だ。ただ危険と隣り合わせであることは忘れてはならない。
いろいろあったけれどこの日も全員がそれぞれ10本以上のイワナをキャッチ出来たし(サイズは出なかったが)、素晴らしい二日間だったのだ。山渓とイワナに、そして仲間に感謝しつつ少々痛いご報告を終えたいと思う。
ちなみに左足は気持ち引きずるようなところはあるものの、痛みもほぼ引いたので今シーズン残りを棒に振ることはなさそう。
Photo&Report by 小平