ZANMAI BLOG(新アドレス)

遊べや遊べ。
素晴らしいトラウトとの出逢いを綴ります。
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モンゴル紀行~その8(IMAGINE)

2007年10月12日 | モンゴル紀行(2007年9月~)

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・峠などでよく見かける。オボー、という。

ここモンゴルでは古くから天、空を信仰する古代宗教のような風習がありその象徴なのだそうだ。通りがかると石をひとつ積み上げ、右回りに3回周り祈る。日本で言う道祖神のようなものか。

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・モンゴルタイムがゆったりと流れる。

釣りをしている脇をヤクが行き過ぎる、どこを切り取ってもおおよそこんな、ここではありふれた風景である。ヤクに見つめられながら釣りをするというのも何だか変な気分だ。

 

9/22~25

昨日の歓喜がいまだ体の奥底で熱を帯びているのがわかる。事実は小説より奇なり、を地でいってしまった。昨晩はゲルに戻って皆で乾杯、思うような釣果には恵まれなかった今回の釣行だが、それでも皆、我が事のように祝福して下さった。遠い異国の地でも何とか最後に出会うことが出来たのも、皆のサポートがあってのこと。そういう意味では釣らせて頂いた一匹と言えよう。

2週間なんてあっという間だ。今日はチョロートを後にしてウランバートルへと戻らなくてはならない。来年か、何年後なのかは分からぬが、必ずまたここへ戻ってくる事があるだろう。そんな気がするし、そうも誓う。

しかし、どうにも離れがたい。

相性なのか。おかしなものだ。もちろん人も良いし、大自然も素晴らしい。良い魚も棲む。だがそれだけでは無い、もっと言葉に出来ない何かに惹き付けられているのか。遺伝子は知っているのだろうか、我々の遥かなる祖先の一部が出でたかも知れぬ、この大地を。知覚やら記憶やらのもっと深い所で、この大地を懐かしがっているのかもわからぬ。そう考えておくのも何やら大陸的に雄大で、悪くない。

それにしても、風呂に入りたい。もう4,5日はシャワーすら浴びていない。そこへ連日ウェーダーを履いての出撃である、我ながら相当なものだ。

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・地リスが辺りの様子を伺う。

地リスも草原に穴を掘って暮らすが、面白い事に気が付いた。 彼らの巣穴はそこらじゅうにあるが、それぞれが一本の道ですべて繋がっているのだ。幾通りもの通路があって良さそうなものなのに、必ず一本なのである。

彼らはその決められた通路を辿って、隣近所にお邪魔するらしい。そしてモンゴルには鷹をはじめ猛禽類も多く生息するから、これらに襲われた際には緊急避難ルートともなるのであろう。この道を辿る方が彼らにとっても歩きやすいのであろうが、それにしてもこれだけの大草原なのだ。もっと自由に、好きな所を通れば良いものを。我々人間と同じく、ある種の規律と不自由さを甘受しているようにも思え、なんだかおかしい。

話は変わるが、ゲルにはトイレが無い。皆、外でいたすのである。もよおしたらゲルから出、トコトコと好きなところへと歩く。小ならまあ近場でも良いが、大なら少し遠出が一応のルールであろうか。

そもそもこの大草原には牛だの馬だのの糞がそこらじゅうに溢れているので、人のも家畜のも紛れて区別も付かぬ。そしてモンゴルの大草原ではこれを踏まずにはどこにも辿りつけないのである。これは誇張でも何でもなく、事実そうなのだ。ヤクのそれなどは凄い分量で当初はびくびくしたものだが、慣れてしまえばどうっていう事は無い。踏んだり蹴ったり、そんなものである。

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・2日をかけて、ウランバートル市内に戻ってくる。見慣れた車の列に、クラクションの音。人、人、人。発展途上の街だ。交通ルールも何も無い、カオスのど真ん中にいきなり放り込まれる。

馬も羊もヤクもいない。もちろん糞など踏まずにどこへでも行ける。何も無い大草原、何でも揃う都会。だが何も無い大草原に何かが満ち満ち、この都会はひどく薄っぺらで嘘臭い。僕は決して都会の喧噪も嫌いでは無いが、あの大地で過ごした日々を思うと、そう思えて仕方がない。

 

草原を満たす香草の匂いがしないのだ。それを運び、高原を渡る清涼な風もここまでは届かない。トルを呼ぶ少年の声も、馬の駆ける音も聞こえぬ。

人はなぜ固まって生活したがるものなのか。そして何が豊かで、何が貧しいのであろうか。

資本主義経済の下、この国はこれから様々な問題に直面することであろう。この国始まって以来の、大問題かも知れぬ。それを問うてしまうのは、結局は旅人でしか無い我々の驕りであろうか。

誇り高き遊牧民たちよ・・・!

いつまでも己の眼で大地を見渡し、馬上豊かに草原を駆けて欲しいのだ。そう願うのである。

                     ・

                     ・

ホテルに一泊した翌日、空港へと向かう。エルカがラジオのスイッチを入れる。そうか、ここではラジオが聴けるんだ。旅もそろそろ終わりを告げようとしている。そのせいか、どこかぼんやりした車中に聴き慣れた歌声が流れた。

 

‘IMAGINE‘

Imagine there‘s no heaven                                      It`s easy if you try  

Imagine all the people                                      Living for today

Imagine there`s no countries                               It isn‘t hard to do ・・・・・・                                    

 

天国なんて無いんだと、想像してみよう、簡単な事さ。

想像してみよう、すべての人々が今日を生きていることを。

想像してみよう、国境なんて無いって事を。難しくないはずだ・・・・ 

                 ・

                 ・

くどいが、モンゴルの魅力を一言でまとめるのは大変に苦労する。そこを敢えて言うのならば、その包容力、にあるのではないだろうかと最後に無理を承知でまとめてみたい。

きっと、飲み込まれてしまうのが良い。委ねてしまうのだ。当初は広大さゆえの居場所の無さに不安すら覚えるが、永遠のモラトリアムとも呼べそうな悠久の時が体内に満ち満ちたとき、ワタシとは一体何者であるのかと、ようやくほんの僅かだが理解出来そうなのである。頭では無く、たぶん体の奥底で。                   

出来過ぎの、旅であった。

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・あのポイントを背に、最後の一枚。

中央のエルカ。無口だが気が良く、黙々と良く働いてくれた。我慢強く優しく、かつ繊細な心の持主だと思う。2児の父である。その体格、骨格、顔つきの特徴などはひとつの典型的なモンゴル人なのではないか。

最右のガンナ。釣りとハンティングを案内してその歴29年にもなるベテランガイド。とにかくタフ・ガイである。ガイドをし、一日中運転をし、夜もナイターに出掛けるのだ。そして僕のあの一匹を小躍りして一緒に喜んでくれた。

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・ナランが料理する。いつも分量たっぷり、食べきるのに苦労するほど。野外やゲルなど条件の整わない中で、最後まで温かい料理で我々を励ましてくれた。

モンゴル語で太陽の事をナラァ(ローマ綴りだとnar)というらしいが、ナランという名の由来もそこから来ているのか。その昔、モンゴルの一部では日本の事をナランと呼んでいたことがあったそうだ。

現在では日本をヤポンと呼ぶが、ナランの方が響きが良くて素敵だな、と思う。ナランから来た旅人である、我々。

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・通訳で同行してくれた、アムガラン。アムガランとは平和を意味するのだと、教えてくれた。モンゴル国立大学で日本語を専攻する、やはり無口だがとても芯の強そうな子。笑うとなかなか可愛い。彼女のように若く有能な女性が日本語を勉強していることを嬉しく思う。

ちなみにモンゴルでの日本語習得の人気はなかなかのものだそうで、留学希望も後を絶たないらしい。 海の無い、モンゴル。日本で海を見てみたいそうだ。

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・あらあら、またなの?

今回の旅では2台で計3度目のパンク。パンクならまだ良い。彼らはよくよく慎重にドライブし、車も良く走ってくれるのだが、なにせこの悪路。草原とは決して平坦では無く、相当に起伏が激しいのだ。他にサスペンションが壊れたり、クランクシャフトが折れたり、これには彼らも苦労する。モンゴルでは舗装道路がいまだに貴重だ。現在、あちらこちらで工事しているのを見かけるので数年後には便利になるかも知れぬ。良いような、悪いような。便利とは複雑なものだ。

ところで、彼らモンゴル人はパリ・ダカなどのダート、オフロードのレースに出場すれば強いんじゃないかと思う。何と言っても遥か昔から馬でこの大草原を走り抜けて来たのだ。歴史が違う、ちょっと練習すれば結構良い所まで行くんじゃないかと思うのだが。

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・ウランバートル市内、山肌に描かれたチンギス・ハーンが街を見下ろす。この民族的英雄の復権が現在著しい。社会主義時代はタブーとされ、大きな声で語るのは、はばかられていたのだ。

モンゴルの諸部族を初めてまとめ上げ、モンゴル帝国の基礎を築く。ただ、彼らにとっては英雄であっても、周囲の蹂躙された国々にとってはただの侵略者でしかないのである。しかし、そのスケールの大きさには確かに圧倒させられる。

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その後、彼から3代にわたってアジアの各国のみならず、ロシア、中東、ヨーロッパにまでその世界帝国の領土は拡大・膨張してゆくのである。そうは多くない当時の人口をもってして連戦連勝、ヨーロッパの半ばまで攻め入った時など、被害者であるヨーロッパ人は戦々恐々としたことであろうが、そこに偶然、チンギスハンの息子オゴタイが崩御したためそれ以上の侵攻はなされなかった。

この崩御が仮に無かったら、そして我が国でもあの2度に及ぶ台風の襲来が無かったとしたら。今、世界史はどのように語られるのであろうか。

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・モンゴル帝国の旧都、カラコルムのエルデニ・ゾー寺院。世界遺産。

カラコルムは1235年、チンギスハーンの息子、オゴタイ・ハーンによって建設された首都であり、当時の世界の中心地であったらしい。ただし当時の面影はほとんど無く、この寺院が僅かに残る程度である。社会主義時代のモンゴルでは宗教は禁じられ、過去の歴史の封印と共にたくさんの貴重な歴史遺産が焼き払われたと、聞く。

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・エルデニゾー寺院の空を、ツルの群れが飛ぶ。越冬への旅立ちか。見えている仏塔は108あり、この寺院を囲む。煩悩の数と同じだけ、永遠にそこに立つ。

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・ラクダの群れが道をふさぐのに出くわす。ふたコブラクダらしい、これだけの数のラクダを初めて見たが、なかなかの迫力だ。このラクダの数に、ラクダ飼いはたった一人であった。収拾が付かないのか、それでついつい、道路に溢れるのか。

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・モンゴルを跳んでみた!

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・大きな仕事をしてくれた、11,5cmMD、サビヤマメ。タイメンの歯は大変鋭く、歯形がしっかりと付いていた。ルアーにとって、こんな幸せな事は無い。勲章である。今回のモンゴル遠征でのタイメンは、皆で大小合わせても計5匹という想像以上の難しさであった。だが結果的に5匹のうち、4匹までもがZANMAIのルアー達での釣果であったことは、きっと今後の糧となってくれるであろう。特別に優先して使って頂いた訳ではもちろん無い。皆、あの手この手でタックルボックスをひっくり返しての結果である。

 

********************************

 

過去にも色々と釣りの旅をしてきましたが、ここモンゴルの風景は世界中でも特異な存在であるのにどこか懐かしく、体に馴染む不思議な土地でした。

相性が良いのかも知れません。

これからもブログで、写真を拾ってモンゴルの何かをご紹介することはあるかと思いますが、まとまったモンゴル紀行としてはこれでFin!とさせて頂きます。

長文、駄文にここまでお付き合い下さり、最後まで読んで下さった皆様にはこの場を借りて御礼申し上げます。

当ブログ内、カテゴリーに‘モンゴル紀行‘としてまとめて置きますので、仕事に疲れた時、思うように釣りに行けない時などに再読下さり、少しでも慰みになれば冥利に尽きます。

これからも折を見て国内、国外を問わず旅を続けるのだと思います。またご紹介できる事がありますように!

有難うございました。

ZANMAI小平

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モンゴル紀行~その7(モンゴルに抱かれて)

2007年10月08日 | モンゴル紀行(2007年9月~)

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・これは、ヤクの子か?ヤギの群れを追いかけていた時の一枚だが、ヤギにしては太り過ぎか。顔つきも牛やヤクに見える。それにしても可愛い。

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・どうにか巨大タイメンを釣らせたいガンナは最終日、僕にグレイリングを使った餌釣りを勧める。

グレイリングをわざわざどこかで釣って来てくれるのだ。その心使いに感謝しつつも、丁重にお断りする。無論、自分の釣りでは無いからである。ガンナは理解し、自ら餌釣りに精を出すのだが、残念、釣果には至らなかった。

見ているとラインを口からエラに通し、それにフックを取り付ける。ヒラヒラと小魚が舞うようにロッドで操作し、誘う様はルアーと似たようなものだが決定的に違うのは匂いだよと、ガンナが言う。ルアーに食わないタイメンも、これなら食うのだと、彼は言うのだが。

 

9/21

高原の強い日差しは容赦無く肌を射し、乾燥し切った空気がそれに拍車をかける。いつからか唇はひび割れ、食事の度にわずかだが、痛む。

今朝は早くから、ソモン川とチョロート川の出会い付近を釣る。ソモン川は例のパイクが棲むテル湖から流れ出て、チョロートと出会う一大支流だ。支流というよりはどちらが本流か区別がつかぬ。

今日で実質的に釣りは最後なのだが、なぜか不思議と、そう焦りは無い。今日まで毎日、一日中流れに立ち、夜は夜でガンナのマウスを投げ倒してきたのだ。いまさら焦ったところで何も変わらない。ここにきて変に腹が据わった感がある。

ただ、昨日までのここ数日間を振り返るとどうも集中力に欠けていたのかも知れぬと、思い当たる節がある。モンゴリアン・ブルーと呼ばれる抜けるような青空は今日も青く、川は足元をとうとうと流れ続ける。大草原は永遠で果てが見えぬ。モンゴルの雄大な大自然は昨日も、今日も、何ら変わることが無く我々を包み込み続ける。

いつのまにやら、飲み込まれてしまったのではないか。

その挙句、思うように釣れぬ現状にも慣れてしまってはいまいか。日本の箱庭的な、こじんまりしていながらも複雑な風景に目が慣れている我々にとって、この雄大さはあまりにとりとめが無い。何事にもメリ、ハリの取っ掛かりが無いのだ。モンゴルタイムは心地良いが、緩んだ僕を飲み込んでいく。

あの痛恨のバラシも、この空間に慣れてしまったどこか散漫な心がもたらした必然であったのかもと、今一度気持ちを引き締める。

そして昨晩、これまでの釣りを振り返って思ったことがある。もしかすると、少し釣りが速いのかも知れぬ。気を付けていても、思うような釣果が無いと焦りから自然と釣りが速くなる。このわずかなテンポのズレが、厳しいコンディションの中では致命的になることが多々あるはずだ。

釣れないから、速くなる。速くなれば余計に釣れなくなる。気が付かぬうちに、この悪循環に陥ってはいないだろうか。例えば本来であるならダウンでスローに釣るべき絶好のポイントでも、崖から下るアプローチの悪さを言い訳にし、釣りやすい場所からアップでの速い釣りに終始したこともあったと、思い起こされる。

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・ソモン川に当たりは無い。チョロートを釣り下るも、同じである。そうこうするうちに日は高く昇り、すでに巨大タイメンにとって決して良いとは言えない時間である。

ルアーについて、ひとつだけ面白い情報がある。カラーについて、だ。ガンナと、今年で3年連続してモンゴルを釣っている岡田さんが口を揃えてこんなことを言う。ここチョロートのタイメンはパーマークに食ってくる、と。当初からずっとそう言い続けているのだ。なるほど、ここまでを見ていてもパーマークのあるルアーへのバイトが抜きん出て多い事は紛れもない事実である。タイメンも、レノックも、そうなのである。これはここのタイメンがレノックを捕食し、このレノックのパーマークを記憶しているからであろう。魚食性の強い魚は一説によると、東西を問わずパーマークを記憶し、狙うのだと聞くし、ここモンゴルの巨大タイメンがそのような傾向を強く持っていたとしても何ら不思議はない。

 

pm4:00。そろそろ夕マズメ。再びタイメンが動き出す時間だ。モンゴルで最後の今日、やれるのもあと一ヶ所か、せいぜい二か所だろう。

ラスト勝負はいずこでか。よし、昨日のあのポイントに再度チャレンジしよう。大きく賭けてみよう。

昨日下りた、この崖を今日もまた下る。タイメンは縄張り意識を持つ魚だ。よってあそこに魚が居る事はほぼ間違い無いであろう。しかし昨日フックにかけ、バラシた魚が今日、すでに捕食をするものなのだろうか。ただしタイメンはペアで行動することが多いとも聞く。もう一つ、居るのだろうか。そう、我々が知る限り、このチョロートで現在のところ最も可能性があると思われるのが、ここなのである。ここしか、残っていないのである。

そんなことを考えながら崖を下り、あの一点に向かって真っ直ぐに歩く。

着いた。

冷静なようで、体の何所かがひどく緊張しているようにも思える。無理もない、昨日ここで痛恨のバラシを演じたばかりなのである。

流れを眺め、立ち位置を考える。慌てて投げれば、失敗を招く。ミスは絶対に許されない、一投目で勝負は決まるのである。昨日分かったことは、足元から近い所にブレイクがあり、居るとすればそこの底付近で餌を待ち伏せているであろうということだ。

結局、昨日とまったく同じ立ち位置に決める。心臓がトクトクと音を立てる。意を決し、昨日と変わらずそこにある岩の向こうに、これも昨日と変わらぬ11,5cmMDを投げ込む。なにか高所から飛び降りる時の、あの緊張感にも似ている。

岩の裏からは流れに乗せ、送り込む。反転させてからが勝負だ。丁寧に、出来るだけスローに誘う、・・・・時間を止めてしまうほどに・・・・

・・ッ!・・・ゴゴンッ!

来た。やはり、居た!

何かを叫んだ。

 

どのくらいの時間かはわからぬ、暫くしてから相手が動き出す。グン、グン、ギュンギュン!まるで川そのものがルアーを飲み込んだかのように、体ごと引っ張り込まれる。姿は見えないが、凄いトルクだ。このトルクからすると、昨日の相手よりも大きいかも知れぬ。そう思うとまた心臓の鼓動が速まる。

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・川が応えた。全身の細胞が沸き立つ。

昨日からの一連の事情を承知し、後ろで一部始終を見守っていてくれた岡田さんの叫び声が聞こえる。‘カメラ、カメラ!カメラは何処だ?!‘

テンションとラインの角度には細心の注意を払う、ラインがズルズルと引き出されるが、左手でスプールを抑え込み微調整する余裕は十分にある。不都合を察した相手にうまく流れを利用されないよう、相手の呼吸にあわせ、こちらから先に少しずつ下流へと誘導する。先手を取らぬと、またやられるかもわからないからだ。

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・下流へ、浅瀬へと誘導する。

ドババババァ!

2度3度と水面に半身を晒し、全力で首を振り、この不快な状況から何とか脱却しようと、もがく。

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・魚が大きい場合、自らが後ろに下がって陸に魚を引きずり上げるのが常套であるが、今回は簡単では無かった。案外に傾斜があるのと、下が泥場なので魚が暴れると埋もれていくのである。細谷(弟)さんが、手にグリップを持って駆け付けてくれる。2人がかりで、ようやく、なんとか取り込む。

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・やった、ついにやった。それにしても重い。とても長く持ってはいられない。1m10cm、推定体重は15kg以上。20年近くは生きたであろうか。それほど生き伸びないと、モンゴルではここまで大きくならないのだと聞いた。

タイメンは1mを超えると太さ、迫力、顔つきなど全く変わると聞いていたが、これほどとは予想外であった。ヒレは大きく、体は厚く、うっすらと赤銅色を帯びた完璧なコンディション。魚品が良い、という言葉を使いたくなる。

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・この頭の大きさ!口も大きい、くるぶしがすっぽりと入ってしまうほどである。

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・モンゴルを抱く。その重みをしっかりと、全身で受け止める。

彼なのか、彼女なのかはわからぬ。ようやく少しずつ笑顔が出てくる、緊張に支配されていたようだ。

釣りの神様は、ようやく、土壇場で微笑みかけてくれた。ずっと見守ってくれていたのか、それとも最後にふと僕の存在を思い出して、イタズラをする気にでもなったのか。

解き放たれる。溶けて、満ちて、溢れる。ようやく一体になれた。

すべてはこの一瞬のためだけに。

ALL FOR MEMORIAL ONE。

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・何者かに向かって叫ぶ。

11,5cmMD、サビヤマメをがっぷりと咥えている、これならば。407

・両手で魚体を支え、エラに新鮮な水を送り込んでやる。魚が体力を取り戻し、自分の力で泳ぎ始めるまで、じっと待つ。しばらく経って、深みへと泳ぎ始める。この川で産まれ、育ち、20年ほども生き抜いたのだ。その川へと、再び帰って行く。まだまだ大きくなって欲しい、無事な様子に安堵する。

モンゴルにはこれより大きなタイメンも生息している事は承知している。ただ突き詰めると、釣りとはその一匹とどうやって出会い、接し、そして別れたのか。そんなプロセスにあるのではないか。言い換えると、自分自身と向き合うことなのではないか。常々そう考えてきたし、そう実践もしてきたつもりだ。その点、今回は十分に満足のいくものであった。だからこそ、サイズも素直に喜べた。待望のメーターオーバーに出会えたのだ、と。

 

ロスタイム。9回裏2アウト。いずれにせよ土壇場での出来事であった。

最初から最後までモンゴルに抱かれていたのだと、ようやくわかった。 

 

この日の釣果。

小平 タイメン110cm (ZANMAI 11.5cmMD)                                               

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モンゴル紀行~その6(Get Your Gun!)

2007年10月05日 | モンゴル紀行(2007年9月~)

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・羊、ヤギの群れが水を飲むために大挙して崖を下る。

9/19~20

今朝の朝駆けにもフラれた。ガイドが凍結する冷え込みの中、坂本さん、細谷(弟)さんと粘るが結果は出せなかった。モンゴルで釣りが出来るのも残すところあと3日、やれることはすべてやる決意である。

皆で相談の結果この支流もここが限界と判断、チョロート川へ戻ってラスト勝負に賭けることとする。チョーロートの様子がここ数日間で好転していることを祈るばかりである。

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・いつか来た道。いつか行く道。

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・途中、我が2号車のサスペンションが壊れる。ガンナとエルカがすぐに原因を調べ、対処し、その場で直してしまう。モンゴルで車を運転するということは、即ちプロ並みのメカニック知識をも要求されるのである。

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・2号車の雄姿。橋など滅多に無いため、浅瀬を選んで川を渡る。

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・少し深い川を渡る時は排気管からの浸水を防ぐため、この様に管の接続部分を外す。この作業を、川を渡る度にやらねばならぬ。やらないと、、、例のトラックのような憂き目にあうのだ。

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・チョロート川を見下ろす。大きく蛇行しながら、先日と変わらず結構な水量、水速で流れ落ちる。瀬とトロ場が連続して現れるのが良くお分かり頂けると思う。

戻って来てみるとかなり水色も良くなり、川が落ち着きを取り戻しつつあるのがわかる。これなら勝負になるかも知れぬ。

と、小さいながらさっそく岡田さんにヒット。強い流れの中に潜む大岩の影の淀みから飛び出してきたらしい。57cmのタイメンである。ZANMAI11,5cmMDを連続してヒラを打たせ、食わせたとのこと。

次いで細谷(弟)さんにも当たる。こちらの方がサイズ的には良かったようだが、残念ながらフックアウト、、捕食のあまり上手でないタイメンとは言え、まだ少し食いが浅いようだ、とは細谷さんの弁。

それでもやはり、状況は好転の兆しを見せていると誰しもが確信する。

我慢を強いられてきた分、ここから一気に取り戻したい。僕にタイメンは当たらなかったが、今まで全く見られなかったベイトが浅瀬で跳ねるのも確認する。これがレノックのライズに繋がれば、ビッグタイメンも動き出すように思えるのだが、、、

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・チョーロートの場合、川へ辿り着くまでにこれほど急な崖を下らねばならない。

一見どこも素晴らしいポイントに見えるが、実際にタイメンが付くポイントはぐっと限られる。慣れてくるとそれが見えてくるのだが、今回は大変なタフコンディションだったため、その点に苦労する。魚のチェイスが少な過ぎて絞り切れないのだ。すべて川通しで押し切れる訳では無く、ひとつ、ふたつのポイントをシェアした後、次のポイントへ移動するためにはまたこの崖を登らなくてはならない。これを繰り返すのである、これはキツイ。釣れていない我々には輪をかけてキツイ。

それでも体力の続く限り下り、各々ココと思う場所でキャストを繰り返し、手応え無くうちのめされ、うなだれながら再び崖を登るのである。竿を杖に変えて、登るのである。

僕の父親と同じほどの年齢である皆さんの体力には驚かされる。めぼしいポイントすべて下りて行くのは無理としても、眼を見張る体力気力である。どうあっても今回の旅でメータータイメンに出会いたい、という気概の表れであろう。まったく恐れ入る。

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・チョロート初日に泊まったゲルに再び戻ってくる。ここのゲルの奥さんがチャイを沸かしてくれる。ヤギや牛の乳と共に、茶葉、塩を一緒に入れて煮立てる。しょっぱいミルクティーといった感じであり、砂糖は入れぬ。これがモンゴル遊牧民伝統の味なのだ。

見ていると、モンゴルの女性は本当に良く働く。特にここの奥さんに限ったことでは無いようだ。朝一番の家畜の世話から始まり、夜遅くまで何かと仕事がある。勤勉さに感心する、こうでないと自給自足ではやって行けないのであろう。

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・ツーリスト用で無い本物のゲルの中は住居であるのと同時に食物貯蔵庫でもある。もちろん乳製品が目を引く。乳の発酵途中に表層に張る油脂膜などは別々に取り分けていく。これをジャムと一緒にパンに塗ると、大変にうまい。クリームの風味だ、砂糖などは全く入っていないのだが、それでも十分にうまい。

正直に告白する。ここに初めて来た時、このゲルに入ってまずその匂いに驚いた。乳製品が発酵していく匂いは慣れない者にとってかなり強烈である。ここにこれから何泊かするのかと思うといくらか困惑したが、人間の順応力には我ながら恐れ入る。すぐに慣れ、今ではすっかりマイ スウィート ホームであり、やたら居心地がよろしい。モンゴリアン化しつつあるのか?だとすると、これぞ先祖帰りと言うべきか。

ただ、このゲルは6人が寝泊まりするには狭い。ベットは3つ、残る3人は地べたに寝袋にくるまって、寝る。言うまでも無くもっとも年下の僕は地べた寝袋部隊である。ゲルは地面との境目に多少の隙間があり、ここから明け方の冷たい風が直に吹き込んでくる。寝袋を二枚重ねにしてこの寒さをしのぐ。それでも例年ほどの冷え込みでは無かったそうで、まあ助かる。 

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・岡田さんが手にしているのは、馬乳酒(アイラグ)。馬の乳を牛の皮などで作った袋に入れ、とにかくひたすら攪拌する。3日ほどで、出来る。独特の乳臭さは相当なものだが、飲みなれるとそれなりに飲めるようになる。ちなみにお馴染みのカルピスは、この馬乳酒をヒントに商品開発されたと言われている。馬乳酒を蒸留したアルヒという無色透明の、いわばモンゴル版ウォッカもあるが、これには更に強烈な風味がある。オシッコ臭いと言ったら、叱られるだろうか。ペットボトルになど入れておくと、ミネラルウォーターと間違えて一気に飲み干そうとしかねない。実際にその被害者第一号が僕であった。

ところで、日本が誇るMr・ハンターこと木内さんなどはあまりの釣れなさに釣りは断念、遊牧民たちとハンティングに出掛ける。ヤポンvsモンゴルのハンター対決である。お互いに地リスを仕留め、この勝負は引き分けであったらしい。

明日こそは・・・!ギリギリまで決して諦めないとしか、今は言えぬ。

 

20日。

前日の好転を受け、誰しもが期待を込めて竿を振り続ける。やる気のあるタイメンは、特に止水で無く河川の場合、そのポイントでの一投目でほとんど勝負が決まると言っても過言では無い。譲歩しても数投以内に食わせないと、完全に見切ってしまうと私的には考えている。

されど今日もなかなか良い魚は出てこない。ガンナが勧めるポイントは涎が出るほど素晴らしいのだが、魚は出ない。出せない。たとえ食わせられなくとも、タイメンにやる気さえあれば何らかの反応が確認出来るのはヤマメやイワナなどと同じであるからして、やはり決して良い状況とは言えないようである。

何かの理由で、巨大タイメンはルアーを追おうとはしないのである。状況が好転する時、普通は大型から先に動き出すものなのだと思うのだが、その割に昨日のタイメンはどうも小さい。

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・残りは実質2日。チョロートにすべてを賭ける。水色はかなり戻ってきている、水中に隠れる岩の在りかも判別できるまでに回復しているのだが・・・

リュックを背負い、ウェーダーを履き、10fのロッドを1日中振り続ける。修行であるか。そんな中、細谷(兄)さんに待望のタイメンが出る。60cmとサイズ的には少々不満ではあるが嬉しい一匹であろう、ここまで粘り抜いている気力に畏敬の念も込め、おめでとうございますと深く、低く申し上げる。

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・今朝、彼らから羊を一頭買う。¥6,000ほどである、破格と思われる。これを料理するのである。ヒツジ一頭と思うなかれ、かなりのボリュームがある。10人でも一度ではとても食べ切れない。

ホルホグ、という料理を作る。

圧力なべの中に解体した羊、野菜、バーナーで十分に熱した適当な大きさの石を幾つか交互に積み重ねるように入れる。そこに水、調味料を加えしばらく蒸す。のち、火にかけて出来上がり。

羊肉でも良いし、タルバガンでも良い。これがうまい!肉も、スープも隅々まで深い旨みがあって最高なのだ。大草原の旨みがここに凝縮されているかのようである。ホルホグと聞くとモンゴル人も嬉しそうな顔をする。彼らにとってもこれは年に何度も食べられない御馳走なのだ。これほど羊に囲まれて生活していても、そうなのだそうだ。羊は屠って食べてしまうよりも、生かしておいて乳を飲んだり乳製品にしたりする方が利用価値が高いという事か。乳は、肉にも勝るのである。

 

pm2:00頃。とあるポイントに出る。

ここはチョロートの中でも一層崖が高く、険しい。下りながら川を見定める。と、とある一点に目が留まる。瀬が蛇行しつつ岸壁にぶつかり、察するに深さ、流れ、共に巨大タイメンが身を潜めつつ流れてくる餌を捕食するのに絶好のポイントである。流れの中に大岩も存在し、言う事無しの第一級ポイントに思える。

これまでも同じように素晴らしいポイントを幾つも攻め、のち、うなだれて崖を上るのが常であったため正直そう期待してもいないのだが、崖を下るのと同時に迷わず真っ直ぐにその一点へと向かう。

先述の理由から、第一投目にすべての神経を集中する。大岩の向こうに11、5cmMDを放り込み、裏の淀みへと送り込む。ここ、というピンポイントでは、どこかで見ているであろうタイメンの気を引こうとロッドアクションを入れて誘う。流れの中央付近でルアーが向きを変え、今度はダウン気味に、スローにトレースする。すでにルアーは手前2~3m、この流しはダメであったかと思った途端。

 

ドン!ときた。

リールを巻く手が止まる。いや、止められたのだ。

 

ドン、ときてそのまま動かないでいるのは、良いサイズのタイメンに共通する当たりである。過去に何度か経験があるので、そうわかる。やった、ついに来た。次の瞬間、絞り込むように走られた。ギュン、ギュン、ギュン!ドラグが鳴る。トルクフルな走りに一瞬思考を奪われる。

と、・・・

フッ・・・

あれほど張りつめていたテンションが抜ける。・・・?!・・・バラシたのだ。

下半身から力が抜けていくのがわかる。ここ一番で、なんという事だ。フックはキンキン、多少はノサれたものの、出来るだけのアワセはくれてやったはずだ。なのに、何故、、、

姿を見せぬまま、ヤツはまんまと逃げおおせた。今頃はすでにあの深みの底に身を潜め、大きな眼をギョロつかせながら息を整えているところであろうか。逃がした魚は常に大きく、取り返しもつかぬ。

 

千載一遇のチャンスであった。それなのに、オレは逃した。

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・夕日が落ち、チョロートに再び夜がやって来る。来た頃は新月に近かった月が、今ではかなり円みを帯びてきている。

実質的に釣りが出来るのは明日がラストである。夕飯の最中、どうにもならないここまでの釣果について意見が飛び交う。

ガンナがこんな事を言う。トラウトには寄生虫が付くことがあり、何かのはずみでそれが大発生したのではないか。この寄生虫が脳内に入ると寄生された魚は活力を失い、ルアーなど追わなくなるのだと。これはタイメンにも付くし、レノックにも付くらしい。言われてみると決して難しく無いレノックが、ここ数日ほとんど釣れないのはおかしい。

話の信憑性はともかくとしても昨年、一昨年に比較してはるかに貧果であることは相違無い。メーターは出ずも、80cmクラスはそれなりに釣れるはずなのだ。だからこそ、目標をメーターオーバーに設定してあるのだ。なのに今年はこれまでにタイメン4匹、最大が65cmなのである。モンゴルは少しタイミングが狂うと、なかなか難しいとは聞いていたが、、、

何とか巨大タイメンの存在を我々に伝えたいガンナは昨日からフライでタイメンの好物、グレイリングを釣り、餌釣りにチャレンジしているのだが、これにも当たりは無い。今晩も彼にナイターを誘われたが、初めてお断りする。最後の晩、しっかりと睡眠を取るのも釣りのうちだと考えたのだ。

 

2週間伸ばしていた無精ヒゲを剃る。ゲン担ぎである。笑われても良い、とにかく出来る事はなんでもやろう。

タイムリミットのカウントダウンが聞こえてくる。聞こえぬフリをしたいが、そうもいかぬ。

銃を取るのだ、己の銃を。そして自らの不甲斐無さを撃ち砕くことだ。Get Your Gun!

 

 

チョロートへ戻って2日間の釣果。

小平 レノック40cm(ZANMAI85ファットtype2、アワビ)

岡田さん タイメン32cm(ZANMAI7cmファットMD)、タイメン57cm(ZANMAI11,5cmMD)

細谷(兄)さん タイメン60cm(FLT・ジルバ)

        

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モンゴル紀行~その5(羊はナイトマウスの夢を見るか)

2007年10月04日 | モンゴル紀行(2007年9月~)

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・モンゴルは北をロシアに、南を中国に挟まれた内陸国。我々が釣りをしているチョロート川(現地の発音を聞いているとチュルート、とも聞こえる)はウランバートルからおおよそ西へ約400km~のあたりを流れる。数々の支流を集め北上、セレンゲ川と名を変え、ロシア領に入りバイカル湖へと注ぐ。

9/17~18

昨晩もナイターに出撃したが、まるで当たらない。釣れないナイターは体に堪える。何度も書くが、本来は夜行性の強いタイメン。特にここモンゴルでは同じく夜行性のネズミ類を多く捕食するため、その傾向は俄然強くなるとガンナに聞く。

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・ガイドのガンナお手製のネズミルアー達。

良い作りだと思う。馬の毛を巻いてある。匂いを嗅いでごらん、と言うので嗅いでみるとこれが強烈!。馬の、野生動物のすさまじい匂いがする。ガンナが笑う、この匂いにビッグタイメンは寄ってくるんだよ、と。フム。ルアーとして考えると反則ギリギリのような気がするが、いかがなものであろうか。

ビッグタイメン、ナイト、マウス、イート!と、事あるごとに片言の英語で繰り返すガンナ。ナイト、マウス、ナイト、マウス、ナイト、、、まるで呪文のようである。

出来る限り夜は遠慮したいのだが、それでも彼の熱意に応えたいのと、もしかすると、今晩あたり凄いのが一発・・・!との思いも捨て切れず、またしても夕飯後にゲルを後にするのである。

夜釣りを敬遠しているのにはハッキリと幾つかの理由がある。まず危険であるし、寒過ぎる。私的に写真も重要なミッションなのでその点もNGだ。それに夜、いくら大物を釣っても、フェアでないような、あまり心から喜べない気がしてならない。トラウトを夜に釣るというのはどうもピンと来ないのだ。最後にこれが決定的、夜は楽しくないのである。風景を楽しめない、流れを楽しめない。ただただ機械と化し、投げて巻くだけなのである。

釣った、と釣れた、では天と地ほどの違いがあるのだ。

  

17~18日はこの川のポイントを叩きつつ車で釣り下ることに決まる。岡田さんや細谷さんはこの川で昨年も釣りをしているので情報は比較的豊富である。

寝不足だが、今日も良い天気である。低気圧は前日に遠ざかり、しばらくは晴天が続きそうだ。本命であったチョロートの回復待ちである今、この2日間で何とか型モノの顔を見れないものだろうか。

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・朝一番、レノックが挨拶に来てくれる。少し小さい、40cmぐらいか。85ファットMDが絶好調。

この川も、下へ下れば下るほど流れが濁ってくる。支流のいくつかに、かなり強い濁りを含んだ流れがあるようだ。これはマズイ。ヤマメやイワナを釣るのであればこの水量、濁りはかえって大歓迎だが、しかし相手はタイメン。濁りが入ると途端に当たりも無くなるところから察して彼ら彼女らは体の大きさに似ず、どうやらひどく神経質で臆病なところがあるらしい。僅かな濁りでもそれを嫌うと隠れ場から動かず、餌も摂らなくなるように思える。

丸二日、この川を行ったり来たりするが、僕はまったくノーチャンスであった。悔やまれるのは、岡田さん。なかなかのサイズと思われる当たりがあったようだが痛恨のバラシ。結果、後々まで尾を引くバラシとなってしまった。

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・チョロートと比べると、高低差の無い平川なのがお分り頂けると思う。ただし実際は相当に押しが強く、少しでも深くなると渉河は無理である。手を、水中にしばし浸けてみる、正確に計ってはいないが8~10度ぐらいに感じる。

 

釣り人を見て?気と思うのは、きっと釣りを知らぬ人であろう。流れを見つめ、考える。あの手を試す。この手では、どうだ。やつが食らいつく瞬間を今か今かと待ち続ける。その一瞬の積み重ねが瞬く間に半日となり、一日となる。

周囲はゆったりとモンゴル・タイムが流れているのだが、釣れない釣り人の心の中は様々に葛藤が渦巻く。あたかも異なる時間・空間が流れているかのように。

時折ふと、我に返って周囲に目をやる。どこか嘘のような青い空、乾燥した肌をさらけ出す丘陵、川から続く草原、その草を食む馬や牛。ヤギ、ヤギ、ヤギ。羊、羊、羊。

本当にモンゴルと一体となれるのは、どうやらまだ先のようである。

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・ちょうどこの季節、遊牧民たちは夏場の遊牧地から秋~冬のそれへと移動を開始するようである。時々、このようなゲルや僅かな家財道具一式を積み込んで移動途中のトラックを見かける。おおよそ一年に3~4回、その季節に応じて都合の良い遊牧地を転々とするのだそうだ。

ところがこのトラック、勢いよく川を渡り始めたのは良いが途中で動かなくなってしまった。スタックし、エンジンに水でも入ったのだろうか。ちょうど川の真ん中付近。行くに行けず、戻るに戻れず。次の日もここを通ったがやはりトラックは1mたりとも動けず、このままであった。

 

それにしても、釣れぬ。タイメンの当たりはおろか、チェイスすら無い。モンゴルを経験している皆さんは口を揃えて仰る。何かが変だ、と。その何か、を考えなければならない。なにせレノックの当たりすら日に日に遠ざかるのだ。ガンナも悩み始める。

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・近くの唯一の村、そこの雑貨屋で食料や水を買い足す。中から子供たちが飛び出してくる。すこぶる元気。

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・雑貨屋の目の前に、学校がある。我々に興味津々である。コチラから近づくと大声を出しながらクモの巣を散らすように逃げる。少し引くとまた寄ってくる、の繰り返し。日本の子供もその昔はこうだったのであろう。彼らを見、モンゴルの未来を思う。ちなみにモンゴル遊牧民の子らはそのほとんどが学童年齢に達すると寄宿舎生活を送るのだそうだ。休みの間だけ、大草原に戻ってくるのである。

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・アヤメの仲間か。モンゴルで花の季節と言うと6月なのだそうだ。しばしば、季節を間違えたのか、このように咲いているのを見かける。

18日、少々遺憾ながら、今晩もナイターに出撃せねばならぬ。日程もすでに半ばに近づいているというのに、目標とするメーターオーバーにはまったく近づいていない。一昨日、65cmを釣って以来タイメンは誰にも、まったく姿を見せぬ。

だが、今晩も釣れなかった。気配が日に日に薄くなっていくように感じる。ただ、釣れなくともモンゴルを五感で感じているためか考えるほど疲労はない。その日に使ったエネルギーはしっかりとその日のうちに充電出来ているからであろう。

明日はAM4:00に起き、有志で早朝を狙う事と決まる。

ガンナ、エルカ、アムガラン、ナラン。同行の皆は本当に熱心にやってくれる。文句ひとつ言わず黙々と自分の仕事をこなす。

彼らの釣らせたい、という熱意にも何とか応えたいものだ。

3時間ほど眠れそうだ。ナイトマウスが夢に出てきそうである。夢でなら巨大タイメンにも出会えるであろうか。

 

この2日間の釣果。 無論、夜討ち朝駆けを含んで。

小平 40~45cmレノックx2(ZANMAI85ファットMD)

坂本さん 45cmレノックx1

細谷(弟)さん 50cmレノックx1

細谷(兄)さん 60cmレノックx1

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モンゴル紀行~その4(少年が連れて来たトル)

2007年10月02日 | モンゴル紀行(2007年9月~)

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・テル湖に初雪が降る。天候が急変した。

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昨晩は道理で冷え込むはずである。ゲルを叩くその音から雨かと思っていたが、周囲の山々はすっかり雪で薄化粧。

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・川を変えるために移動。峠を抜ける、標高2,200mほどだそう。モンゴルの木々はそのほとんどが北側斜面に生える。面白い光景だ。われわれの感覚からすると南斜面では、と言いたくなるが、北側斜面で相違無い。これは、冬の強い北風が雪や雨を北側斜面に集中してもたらし、乾燥しているモンゴルでも比較的保水力があるためだという。モンゴルの森林は主にカラマツで構成され、申し訳ない程度にシラカバなどが混じるようだ。

それでも、モンゴルには森林が少ない森林は雨水を保水し、窒素やリン、鉄分など水中の生物にとって必要不可欠な養分を作り出してくれる母なる存在であるからして、これは河川にとって致命的なことである。

保水力の無い大地では雨水がそのまま一気に河川に流れ込む結果、川は荒れる。泥が堆積する。良い流れが埋まる。水草は上手く育たない。小魚は少なく、甲殻類も日本の河川に比べると遙かに少ない。というよりエビ、カニの類は結局最後まで一匹たりとも見つけることが出来なかった。

これは今に始まった事では無く、遥か古来からきっとそうなのであろう。それでも釣り人目線から見るとモンゴルの川はその規模、水量から比較して貧しいと言わざるを得ない。この辺りの事情が森林に恵まれたロシアとは決定的に違うところである。

モンゴル独特の風景を作り出す主な要因はここにあるが、故に我々釣り人はそこで生き延びた巨大タイメンに夢を見、このロケーションでの一匹に価値を見出すのである。モンゴル好きは、皆そうなんだと、確かに聞く。

モンゴルの河川、湖沼における食物連鎖では頂点に君臨するタイメンも、これらの理由から捕食の対象はネズミの類が相当を占める。この、モンゴルの大草原にひどく普遍的に遍在するネズミ類のお陰で巨大タイメンも生きながらえることが出来るのである。

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・目的の川に着く。同じチョロート水系でもこちらは見たところ水色も良く、これなら釣りになりそうである。先ほどの峠のように、上流に多少の森林を持つか持たないかの違いである。

昼食の準備中、早速竿を出す。ガンナが言う、この上流に良いポイントがあると。行ってみると確かに大きく蛇行した川が向こう岸で岸壁にぶつかり、適当な流れを保ったまま、深くえぐれている。

12cmファットをセット、流れに乗せつつ、トゥイッチを軽くかけて誘う。

しばらく続けると、向こうの流れでルアーをひったくるものがある。ティップが絞られ、赤みを帯びた魚体が川面で身をくねらすのが確認できる。これがレノック(コクチマス)である。タイメン以外にモンゴルを代表するサケ科の魚である。

この魚はなかなかに興味深い。

日本には生息しないので、釣り上げるのは初めてだが体側は茶色ベースに黒い斑点が散る様はまるでブラウン。赤い連続する大きな斑点はレインボーのレッドバンドのようでもあり、ヤマメなどのパーマークのようでもある。

面白いのは口元、コイ科の魚のように小さめの口が下を向いて付いている。この口で川の底付近で動くものを吸い取るように捕食しているのであろうか。ウグイを彷彿とさせるではないか。

そして、ヒレに白い縁取りがある。これはイワナ属の特徴だがレノックがイワナの仲間だとは聞いたことが無い。案の定、調べてみるとそうではなかった。

この魚、タイメンの外道とはいえ専門に狙ってもなかなかに面白いだろう。なにしろアベレージが40~50cm後半なのである。機嫌が良ければ大きめのミノーにがっぷりと食ってくるが、数を狙うのなら小さめのミノーやスピナーが良い。ファイトは初めのひとノシだけ、という点を差し引いてもここモンゴルでは欠かせない相手である。

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・二匹目はルアーを変えてすぐに来た。85ファットMDに、である。やる気のあるタイメンがいればレノックよりも先に食ってくると思われるので、ここではお留守であろうか。

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・遊牧民と家畜が川を渉る。魔法のようだが、彼らが何かを叫ぶたびに家畜たちはちゃんと渉河を始めたり、やめたりするのである。

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・これでは釣りにならない。仕方ない、彼らの土地なのだ。

昼食には昨日のパイクがスープになって出てきた。白身で淡白、話で聞いていた通りなかなかうまい魚だと思うが、淡水魚独特の癖が少々残っているのは残念。やはり魚を捌かせれば我々日本人に一日の長があるようだ。しかも何でも揚げてしまう。これはこれでうまいのだが・・

のちの時間は下流に遊ぶこととする。

中州を挟んで瀬がぶつかり合う、なかなかに良い場所に出る。日本の本流で言えばちょっと良いヤマメを期待したくなる、そんな場所である。

ルアーは先ほどレノックを釣ったまま、85ファットMDである。少しアップ気味から流れに乗せ、瀬のぶつかりの少し下、水勢がおとなしくなった辺りは水深も比較的ありそうで期待が持てる。

 

背後に人の気配を感じて振り返ると、岸辺で遊牧民の少年2人が馬から飛び降りるところであった。

釣り竿を持って川を下る僕を見つけて興味津々、我慢出来ずに馬を駆って追い掛けてきたようだ。

僕の方から挨拶をする、片手を上げて、ヤァ!、と。繰り返すがなにしろ彼らの土地で遊ばせてもらっているのは僕の方なのである。すると一気に彼らの顔から緊張が消え、満面に笑みが広がる。素直で、分りやすいのだ。

 

どうやら釣りに興味があるようだ。

いくらか流れを探った後、ふと振り返る。と、そのタイミングを待っていたかのように少年のうちの一人が川を指さして叫ぶ。

‘トル!‘

トルとはモンゴル語でタイメンのこと、僕も川に浸かったまま流れを指さして応える。トル!

この川にはトルがいるよ、そう言いたいのだろう。

ルアーを狙うポイントまで十分に送り込んでから、ロッドティップを目線付近まで上げ、なるべく移動距離を抑えつつ軽く、優しく2度、3度連続してヒラ打ちし誘うと、何かが当たる。重量感がロッドを通してしっかりと伝わってくる。

それなりに、大きいようだ。下流に動けるだけは動き、慎重にやり取りする。大きめのレノックか?それでもバラシたくはないな、、

少し寄せてみる。最後まで抵抗を止めないところを見るとレノックでは無い、どうやらタイメンだ。

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・タイメン(Hucho Timen)、65cm。ちょっと小さいが顔を見れて少々安堵する。銀ピカボディーににうっすらと射すブルーが何とも鮮やかだ。

なるほど、イトウとはちょっと雰囲気が違う。頭が扁平で小さく、イトウよりも黒点の数が少ない分その一つ一つが大きく、ハッキリとしているようだ。同じイトウ属であっても、日本の北海道、ロシアの沿海州やサハリンに生息するものはHucho Perryiと呼ばれる。モンゴルにいるこのHucho Timenはこの国以外、ロシア内陸部におもに生息し、諸説あるようだが、学術的には分類分けがなされている。

253_2

・アップ。85ファットMDは、タイメン用ヘビータックルで飛距離が欲しいのと、流れの下、河底を出来るだけきちんとトレースしたいのとで、お腹にウェイトを貼り付けるチューニングを施してある。これだけでも大分変わる。

ちなみにタックルはシーバス用10fにリールは4000番程度、PE2,5号にリーダー40lbである。ルアーのフックはソルト用太軸に交換済み。

                         ・

                         ・ 

少年が魚を指さして、嬉しそうにまた叫ぶ。トル!僕も応える、トル、トル!

その声は、‘さっき言ったでしょう、ここにはトルがいるって‘と言っているようにも聞こえる。年のころは12,3歳ほどか、頬が見事に赤い。

懐から大事そうに何かの包みを取り出し、広げて見せる。中には厚紙に巻かれたよれよれのラインと、フックの錆びたスピナーがひとつ。宝物なのであろう。

少年たちは釣りを教えて欲しいらしい、自分たちの釣りを見て欲しいらしい。

261_2

・少年らが、自分たちのやり方でキャストする。

ラインを持って頭上でクルクルと回転させ、その勢いでひゅん、とスピナーを放り投げる。投げ縄と同じである。だが、飛ばない。数メートルのところにポチャンと、落ちる。

竿を持たない彼ら、キャストは教えようもないが、10分ほどスピナーの引き方を身振り手振りで教えてみる。

僕のタックルボックスを食い入るように見つめている彼らにスプーンとスピナーを進呈する。タイメン用のフックも添えて。細い眼がさらに細くなり、一層輝いたように見えた。

握手して、別れる。

川を変えて望んだ初日、悪くないスタートだと思う。

モンゴルでの初めてのタイメンは、少年たちの叫び声が連れて来てくれた。

 

トル!

その声は大草原を駆け抜け、丘を越え、何時までも僕の胸の中で響き続けるのである。

 

本日の釣果

小平 レノック45cm~54cm x3匹(ZANMAI12cmファット、85ファットMDx2)

    タイメン65cm(ZANMAI85ファットMD)

細谷(兄)さん レノック50cm x1(ミノー 詳細不明、調べておきます)

岡田さん レノック40cm x1(ミノー)、グレイリング x1(スピナー)

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モンゴル紀行~その3(バイク&パイク)

2007年09月30日 | モンゴル紀行(2007年9月~)

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今日もモンゴル晴れ。形容しがたい鮮やかなブルーである。

チョロートの様子が良くないので緊急に協議する。もう数日は望み薄と、ガンナも含めて皆の総意となる。水色が回復するまで、同じ水系の別の川へ移動す ることと決める。 

同じ水系と言ってもゆうに200kmは移動せねばならない。移動も半日がかりである。移動途中になかなかの規模の湖があり、北方のもうひとつの王者、パイクが棲むという。ついでと言ってはなんだが、これをぜひ狙ってみたい。

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・裏手の丘に登ってみる。朝食前に、早朝の散歩。家畜に囲まれて生活しているのがよくわかる。

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・さらに登る。OOと煙は高い所が好きなのだ。(画像を左クリックしてご覧下さい。裏手のちょっとした丘からでもこのスケール)

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・ヤク。ウシの仲間だが、ご覧の通り牛よりずっと毛が多く長い。より高所で遊牧生活を営む人々に重宝がられている。その乳も肉も、荷物を引く際の労働力としても。

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・現代の遊牧民に大流行、バイク。ロシア製で一家に一台。現代の鉄鋼騎馬隊といったところ。

21世紀の遊牧民たちに欠かせないのがバイク、パラボラアンテナ、ソーラーパネル3種の神器と言っても差支えないほど。

バイクはわかる。馬ももちろん現役だが、大草原においてバイクは本当に便利。

次いでパラボラアンテナ、これがあればゲルの中でもTVが見れる。彼ら最大の娯楽でもあろう。

最後のソーラーパネルには驚かされた。電源が無いためだが、いきなりソーラーとは!電柱も自家発電機も飛び越え、ソーラーの登場である。四方八方、見渡す限りの大草原に、である。世の最先端は細部に、極所にこそハッキリと宿るのであると、痛感させられる。考えてみればこの3つが3つとも、人里離れて生活する彼らこそが最も切実に必要としているモノばかりであろうと、ようやく理解できる。

 

昨晩、特に明け方のこと。牧羊犬が一斉に、さかんに吠えるのをうつらうつらしながら聞いてたのだが、朝になって聞くとオオカミが出たとのこと。朝一番でさっそうとバイクにまたがりオオカミを探しに出かける。

上手く見つけられなかったようだが、どうやら羊がオオカミにさらわれたらしい。モンゴルの丘陵地帯には今でもオオカミが珍しくない頻度で出没する。遊牧民にとってその被害は深刻であろう。

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・パイクの棲む湖、テルヒーンツァガーン湖。

チョロートのベース地から車で半日。パイクも大きく育つがタイメンも生息するとのこと。ここのツーリストキャンプに一泊し、ボートとおかっぱりでパイクを狙う。

ボートの持主がガイドも兼ねて操船してくれる。15fほどの小さなアルミボート。3馬力ほどのロシア製と思われる船外機が付いているのは予想外の上出来ぶりだが、ボートそのものが全くいただけない。アルミボートと言っても普段我々が日本で乗っているアルミとは訳が違う。まず、アルミそのものがぺナぺナ。薄すぎる。いざ乗り込んでみると床板なんて波の衝撃でべコベコ音を立てるし、岩にでも擦ろうものなら足裏に岩の感触がハッキリと伝わるほどである。

この湖は琵琶湖の1/3ほどはあるらしい。当然強風も吹く。大草原の吹き下ろしである。それなのに、Vハルでなく平底のジョンボートときた。大丈夫なのだろうか?

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・北方の湖の勇、パイクが食らいつく。いきなり、ゴゴンとくる。特に走り回るわけではないが重量感はなかなかのもの、中にはジャンプとまではいかずともヘッドシェイクを見せるやつもいた。84cm、この一匹はZANMAIファット12cmのトゥイッチに食ってきた。

水温が比較的暖かいこの時期、どうやらパイクは浅瀬の藻場で盛んにベイトを捕食しているようである。このパイクというのは通常の魚の常識が当てはまらない部分があり、朝夕のマズメ時や風が吹いて湖面がさざ波立つと食いが悪くなるのだそうだ。ベストはなんといっても良く晴れた真昼間、ベタ凪なんだそうな。

とにかく当初は釣り方が分からない。北国の勇は目の前を通り過ぎる生き物には何でも食らいつくなどど、何かで読んだ記憶があるが、とんでもない。なかなかに神経質な魚であるようだ。各々スプーン、ミノー、トップなどを試行錯誤する。

そんな中、僕が投げていた12cmファットを舟べりでピックアップしようと水中から抜き上げた途端、でかいパイクが水中からグワーッと踊り出、空中でルアーに襲いかかった。目の前50cmでの出来事である、上手くフッキングしなかったがこれには驚いた。

どうやらパイクという魚はルアーを潜らせてもよいが、もっと良いのは水面を大きなルアーで波紋をだしながらデロデロとゆっくり引いてやるのが効果的なのだと、この時わかった。

浅瀬の藻場に身を潜めながら目だけは常に上方、水面付近を凝視しているらしい。しばらく追尾したあと、タイミングを見て一気にのしかかるように襲う、というのが彼らのやり口であるようだ。

パイクには代表的なものとしてノーザンパイクとアムールパイクがいるが、これがどちらなのかは不明。モンゴルはアムールが主と聞いていたが、アムールはアムール川水系にしか棲まないとも聞く。この湖はアムール水系では無い。

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・写真でわかりますか?パイクは大変歯が鋭く、とても手で持てる魚では無い。ラインだって20~30ポンドナイロンなら簡単に切ってしまうであろうほど。よって必ず通常のリーダーの先にもう一つ、金属のワイヤーリーダーを付けること。これで例えルアーをのまれても安心。

基本的にすべてリリースが主義であるが、この一匹はキープさせてもらう。スープにすると大変美味と聞いていたからである。明日にでも、ナランにそのように料理してもらうとしよう。

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・2匹目はタイメン用に作っていった15cmジョイントに来た。水深1mも無いようなドシャローで80cmオーバーのパイクがルアーに襲いかかる。

このボートでは少しでも風が吹くととても怖くて立ってのやり取りが出来ない。ライジャケも無いのだ、無理は禁物。

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・パイクが寄ってくる。なかなかの男前。

結局、この日は3時間ほどボートで釣りをしたが強風のせいもあり、パイクは計3匹。僕が2匹、坂本さんが1匹。どれも計ったように85cmぐらい。これがこの湖のパイクのレギュラーサイズなのだろうか?そう仮定するならば、この湖のポテンシャルは察してしかるべきである。

一回、凄い当たりと共にラインを引き出し、止まったと思った瞬間にポロッとフックが外れてしまった魚がいた。パイクはメーターまで育つという。もしかすると・・

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・捌くまでの間、パイクをゲルの玄関にぶら下げておく。パイクと、空腹のネコの図。

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・今日パイクが食ってきたのは12cmファット、15cmベンド、15cmジョイント。

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・すっかり暗くなった湖岸でパイクを捌く。

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・なんと・・!胃袋から出てきたのは、半分消化されたパイクの子。

子と言っても30cmはある。自然の厳しさがここに凝縮されているとは言えないだろうか。本当の親子で無いと、誰が断言できようか。

 

 

本日の釣果

小平 パイク x2 84cm、85cm(ZANMAI 12cmファット・15cmジョイント)

坂本さん パイク 85cm(イマカツ・ハスキーハスジーだったと記憶。調べておきます)

おかっぱりは釣果無し 以上。

 

 

とにもかくにも、モンゴルで初めて魚が釣れた。なにせパイクは釣りを試みた事も初めて、もちろん釣ったのも初めて。実はなかなかに嬉しい。独特の水面に身をくねらせる、強烈なバイトはもっとたくさんあるのだが口の形状と、食い方がスマートで無いのとでなかなかフッキングしない。そんな不器用なところも気に入った。

北方の湖の勇者に、感謝。

日が落ちると同時の冷え込みが強烈だ。雲行きも怪しい。低気圧の接近で、どうやら今晩は荒れそうだ。

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モンゴル紀行~その2(沈黙の達人と、沈黙する川と)

2007年09月29日 | モンゴル紀行(2007年9月~)

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・am6:00、モンゴルの大地に朝日が昇る。大地から立ち上る煙のようなものは温泉。

9/14

早朝に目覚める。この時期、モンゴルの朝方はかなり冷え込むのでストーブの薪くべが欠かせない。

今日は釣りの目的地、チョロート川まで走破の予定だ。

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・チョロートへひた走る。道しるべは轍(わだち)だけである。無論のこと標識も何も無く、目立つランドマークも無い、彼らは何を目印に目的地まで走っているのか、我々にはまったく見当もつかない。

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・到着、これがチョロート ゴル(チョロート川、石の川という意味)。

永遠かと思われた大地に何の前触れもなく裂け目が走る、結構な水量で流れ落ちているのが、70~80mはあろうかという崖の上からでも良く見てとれる。凄い川だ。日本ではちょっとお目にかかれないダイナミックさ。70mの崖というのは眼前で見ると相当の迫力である。

しかし・・・!

日本で聞いていたとおり、増水に濁りがかなりキツイようだ・・水量はまだしも、この濁りにはガイドの顔も曇る。予想されてはいたが・・

早速支度をし、崖を下り、はやる気持ちを抑えつつキャストを繰り返すが、まったく反応が無い。誰にも、無い。間近で見ると濁りはさらに醜く、タイメンには厳しい状況であることがハッキリとしてくる。

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・我らは兄弟、モンゴロイド!

 

チョロートでは川の傍で遊牧をしている遊牧民に彼らのゲルを借り、寝泊まりさせてもらう。

後列、向って最左がドライバー、エルカ。後列中央、黒いダウンは細谷(弟)さん。数年前、サハリンでもご一緒させて頂いた。その右となりの女性がコックのナラン。

前列、向って左から。迷彩ルックも眩しいのは利根川の漁師兼ハンターの木内さん、細谷(兄)さんはやはり以前にサハリンをご一緒させて頂いた。そして今回のリーダー、岡田さん。豊富な海外経験は何よりも頼もしい。坂本さんはタイメン初挑戦!なんとか一本。

その右隣は、ガイドのガンナと通訳のアムガラン。同行してくれる彼らについてはまた、いずれどこかで詳しく。

その他の遊牧民伝統の民族衣装で固めているのはここのゲルの家族たち。ここにはゲルを4つほど立て、夫婦や兄弟で分かれて生活をしているそう。前列一番右が、彼らのお母さん。

 

彼らは我々から見ると本当に無口である。彼らを‘沈黙の達人‘と呼ぶと何かで読んだが、まさに的を得た表現だ。無駄口はあまり叩かない。一見無愛想だが、実はかなりの照れ屋さん、しばらく一緒にいると良いハートを持っているのがちゃんと伝わる。

モンゴルの人々は同じモンゴロイドとして日本人にも確かな親しみを持っているように思え、共に過ごしてもホッと出来る、というか苦が無い。長旅には大変な大事である。

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・ひとりが馬で出かける。彼らの銃でタルバガン(プレーリー・ドッグ)を獲ってきた。これの肉は本当に美味い!モンゴルで食べた最高の御馳走。

銃は素人から見てもお粗末。これで草原の斜面に穴を掘って住処としているタルバガンを狙う。タルバガンが穴から立ち上がって周りの様子を伺う、この瞬間を逃さずに撃つ。立ち上がる瞬間を捉えんがために、彼らは何時間も草原に寝そべり銃を構え続ける。

 

うらやましい自給自足が大原則の遊牧生活、そのシンプルさ!すべてが己に帰着する見事なまでの完結さに、1人の男として憧れさえ抱く。

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・タイメンは本来夜行性である。極力、昼間の釣りで勝負したいが様子が悪いのでナイターでの出撃を決める。準備は怠りなく!フックは研いだか?ラインシステムは完璧か?目指すはメーターオーバーだ、止水でなく、流れの中で食わすのだから、なおさらだ。

                    ・

                    ・

意気込んでナイターに出撃するも、ノーチェイス、ノーバイト。全員で、である。それにしてもモンゴルの夜は暗い。真っ暗なのだ。月明かりの無い夜は、僕らの知っている黒色以外にも真っ暗闇という色があるんじゃないか、と思うぐらいに暗い。

ナイターはTOPで攻める。

何も分からないまま、ギュン!と投げる。向こうの方でドボン!と着水音がする。とにかくグリグリ巻く。流れが強いのは、良くわかる。しばらくして、魚っ気が無いのもわかってくる。

釣り初日。モンゴルで初めて竿を出してみた。

夕マズメとナイターはカスリもしない。相手はタイメン、まだ焦りは無い。そんな簡単に釣れるようでは、‘幻の魚‘の名が廃るってもんだ。

 

見上げると恐ろしいほどの星の数。吸い込まれそうだ。

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モンゴル紀行~その1(チンギス・ハーンの国へ)

2007年09月27日 | モンゴル紀行(2007年9月~)

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・チンギス・ハーン国際空港にはpm11:30着。

9/12日

成田を当初のフライト予定から大幅に遅れて飛び立つ。

モンゴルの首都、ウランバートルのチンギス・ハーン国際空港へはおおよそ4時間半の航程。直行便は成田から週に3フライトほどだそうで、モンゴル国営であるモンゴル航空のエアバス機は日本人、モンゴル人含めてなかなかの盛況ぶりである。

PM11:30、肌寒いモンゴルの地に降り立つ。はるばる来たぜ、モンゴル。

空港でガイド兼ドライバーのガンナ、通訳のアムガランが出迎えてくれる。

9/13日

ウランバートル市内のホテルで一泊する。

時差がほとんど無いため、朝早くからでも十分に動くことが出来るのは大変助かる。

今回の旅程で旅を共にする、もう一人のドライバー、エルカとコックのナランともここで初めて顔を合わせる。

モンゴルの地をそれなりに長く旅するに欠かせないのが現地のガイドとドライバー、コックに、通訳。

ガイドはガンナ。我々外国人がこの国で釣りをするにあたって、地元のガイドを付けるのは義務に近いものであり、よってこのガイドの優秀さ、熱心さがそのまま釣果を左右しかねない。ガンナ、釣果の責任の半分は貴方にかかっているのだよ、と声に出さずもしっかりと眼で訴えておくのが肝心である。

コックはナラン。現地の大草原や山中には商店など無いに等しく、ウランバートルや地方都市で食料を買い込みながら現地の乏しい火力で2週間の長きにわたり、計10名に飽きの来ない料理を作り続け、予想される厳しい釣行に耐えられるだけの体力を維持するためにはコックの存在も絶対不可欠なのである。

 

通訳はアムガラン。言うまでもなく、通訳抜きではほとんど何も前に進まない。英語が通じるのはほんの一握りの人々だけ、モンゴル語と日本語の直通訳の必要性は語るまでも無いだろう。釣りの専門用語が飛び交うだけに、かなり大変でしんどい作業を強いられることと思われる。

ドライバー。ガンナともう一人はエルカ。広大なモンゴル、釣りの目的地まで4輪駆動車でほぼ丸二日、途中で一泊を要する長距離ドライブなのである。加え、モンゴルの大草原を駆るにそのほとんどが全くのオフロード。この悪路はなかなかのものと聞いていたが、のちに実際にそれを体験し、優秀なドライバーの必要性をこれもまた痛く実感するのであった。なにせ運転のテクニックだけでなく整備士並みのメカニック知識も要求されるのだから・・・

多少無愛想であるが、これはどうやら多くのモンゴル人に共通する彼ら独特の照れが多分に含まれているらしいと、後でわかる。

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・朝のウランバートル市街。この街のカオスについては後述することとする。

人口はなんと130万人。計算上、モンゴルの人口の半分がこの都市に集中していることになる。ただし見渡す限り、どこに130万人もの人々が住んでいるのか判別しかねる。規模としてもそれほど大きな都市では無いと思うのだが。

旅を共にするメンバーとの挨拶もそこそこに、三菱のデリカ x2台に荷物を積み込みいざ、モンゴルの大草原に出発だ。

車で30分も走ると建物、雑多な看板、忙しく歩き回る人々、カオス状態の車の列、途切れないクラクションの音などすっかりどこへやら。

目の前にはただただ無限に広がると思われる大草原。

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・モンゴルの大草原。首都から車で2時間でこの光景。中央にポツンと白く見えるのが、モンゴル遊牧民の移動式住居、ゲル。

丘の上から四方を見渡す限り、東京都でもすっぽりと入ってしまいそうな広大な土地にこのゲルがポツンと一つ。人の住処らしきものは、たったそれだけ。

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・雲が地上に影を落とす。流れ行くそのままに、こう映る。

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・道端のガソリンスタンド。給油しつつ、先を急ぐ。給油タンク車はロシア製。

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・夜になって、ゲルの立ち並ぶツーリストキャンプに到着する。他にテント泊以外、宿泊施設の無いモンゴルの草原地帯においてこのツーリストキャンプは有難い以外、何物でもない。

今日は10時間ほどかけて400kmは走っただろうか。なにせ悪路、プロのドライバーをもってしてもこれが精一杯なのだろう。

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・ゲルの内部はこんな風。組み立て式の木枠の上からフェルト生地を被せる。隅にベッドを置き、中央には薪ストーブ。煙突はそのままゲルの天井から突き出る格好だ。

床がフローリングなのはツーリストキャンプだから。本物は大地の上に薄いシートを引いただけ。草もむき出しなのだ。

ストーブの燃料も、ここでは薪であるのは彼らの心使いの表れである。

本来、遊牧民たちは自分たちの飼っている馬だか牛のフンの、よく乾燥したものを選んで集め燃料としている。新鮮な草しか食べていないため、特に匂いも無く慣れてしまえば一向に不潔感は無い。乾燥してしまえばほとんど草の塊りのため、よく燃える。しかも薪よりはるかに長持ちする。大変に経済的で、かつ自然にもやさしい。

ここのツーリストキャンプは温泉が売り。モンゴルは温泉があちこちで湧いていると聞いていたが、早速入れるとは嬉しい。入浴は出来る時に済ませておかないと、何日間も入れないのだと、これも後で実感することとなる。

 

とにもかくにも、思えば遠くまで来たものだ。

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モンゴル紀行~前書き

2007年09月25日 | モンゴル紀行(2007年9月~)

近年まで社会主義国だったせいもあり、近くて遠い国の一つだったモンゴル。

モンゴルと聞けば、誰しもが真っ先に思い描くであろうは大草原。

その国土は日本の4倍ほどと広大であるにもかかわらず、人口は僅か260万人ほど。

古来より遊牧を生活の拠り所とし、一説では人口の10倍もの家畜がいると言われ馬、ヤギ、羊、牛、ヤク、ラクダが主に人々と生活を共にしている。

資本主義経済へと移行した現代モンゴルにおいても、多くの人々が基本的にその歴史そのままの生活を送り、ウランバートルなど都会に住む人々も大草原での生活を完全に忘れ去ることは決して無いと聞く。

過去には大騎馬軍隊をもって隣国に押し入りその土地を占領、チンギス・ハーンの‘元‘のようにかつて世界に例の無い巨大帝国を築き上げた歴史は良く知られているところ。

この大草原の国、モンゴルにも北方を中心に大きな河川がとうとうと流れ、そこには我が国では幻と言われて久しいイトウ(ロシア語でタイメン)が生息、モンゴル人は魚をとって食べる習慣が無いためか、現代でも巨大なサイズのタイメンが狙える世界でも有数の土地だということは実はあまり知られていない。

わずかに故・開高 健の名著、‘オーパ!モンゴル編‘でかの巨匠がこの地の巨大タイメンにチャレンジしたことが一部釣り人に認知されている程度であろうか。

 

遡ること今年の春。

僕の親父の学生時代の釣り部仲間の皆さんから声をかけて頂き、今回遠征メンバーの一員に加えて頂いたのが話の始まり。ベテランの皆さんに交じって若輩者が一人、という訳である。

計6人で巨大タイメンを狙う。ひたすらそれが目的ではあるが、日程の許す限りモンゴルの生活をよくよく見、体験することが望ましい。

うち3人は去年も一昨年も同じくモンゴルで巨大タイメンを狙って遠征しているが未だその基準となるメーターオーバーは、ゼロ。

さらに言うとこの2年、延べ人数20人ほどで毎年10日間ほど攻めに攻めたのだがメーターオーバーはゼロだった、とのこと。

さらにさらに言うのならば、このメンバーのかなりの人数が過去にサハリンなどでも巨大タイメンを追い求めたがメーターオーバーは残念ながら皆無なのである。

自分自身、北海道、サハリンなどで過去10年越しでこの魚を狙ってきたが未だメーター越えは果たせずにいるのがいつわらざる現状だ。

それほど、どこの国でも巨大タイメンは難しい。モンゴルもまたしかり。話を聞けば聞くほどに、釣行を重ねれば重ねるほどに、そこまでの道のりは長く、困難なのが理解できてくる。

それでも、小学生の頃から愛読していた‘オーパ!‘のあの国、あの川に行ける。そして釣りが出来る!

行くと決まった以上、出来るだけデカイやつを狙ってみたい。

タイメン以外にもやはり巨大に育つ事が知られるパイク、日本には生息しないレノックなども良いターゲットになることであろう。

日程は9/12~、2週間と決まる。

限られた日数の中、果たして自分にやれるのか?!

旅人の夢は、今回もまた夢のままに終わるのであろうか。

釣りの神様が、チラリとでもこちらを振り返ってくれるのならば・・・自分自身に賭けてみようじゃないか。

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