●社説:視点・集団的自衛権…アベノミクス=福本容子
毎日新聞 2014年06月17日
◇成長戦略に逆行する
集団的自衛権の議論とアベノミクスは一見、別々のようで、実は密接に関わり合っている。
安倍晋三首相が記者会見で、集団的自衛権の行使容認に意欲を見せた翌日の先月16日、米ラスベガスで開かれていたヘッジファンド業界の会合では、こんな質問が飛びだした。「アジアで一番危険な人物は誰か」
答えを求められたのは著名投資家のジム・チャノス氏だ。中国の不動産バブルに長年警鐘を鳴らしてきた同氏だけに中国人指導者を挙げるかと思いきや、口にしたのは日本の指導者の名前、「アベ」。驚きをもって受け止められ、ロイター通信などが世界に発信した。
日中関係が険悪なところに、集団的自衛が可能になれば、東アジアで戦争が起きる危険が強まる。チャノス氏に限らず、安倍首相の安保政策をそう警戒視する海外投資家は少なくない。
戦争に至らなくても、近隣国との相互不信が「成長戦略」に逆風となる、との見方もある。
知日派として知られ、中国大使の経験もあるカナダのキャロン元駐日大使は、論文「アベ・ジレンマ」の中で、次のような主張を展開した。中国をはじめとするアジア諸国との経済統合を加速させてこそアベノミクスは意味を持つ。訪日外国人の倍増目標にせよ、農産物の輸出強化にせよ、カギを握るのは近隣国。だが、その安倍首相の外交・安保政策は彼らを刺激し、脅威となっている--。
アベノミクスを片方の腕で掲げながら、もう一方の腕で、その成功に不可欠な近隣のパートナーを排除しているところに、大いなる自己矛盾を見るのだ。
外交・安保問題が経済連携の足を引っ張り、それがさらに外交・安保に跳ね返る。この歯車を逆回転させねばならない。
「中国、日本、韓国は(3カ国間の)経済連携協定を目指すべきだ。経済統合を深めることは、軍事対立の歯止めに役立つ」--。日米中や東南アジアのジャーナリスト、学者が参加し今春、上海で開かれた会議(日本の国際交流基金が主催)で、中国人参加者が訴えた。経済面での連携強化だけで、紛争を回避することは困難だろうが、現状では経済統合に向けた政治の努力があまりにもなさ過ぎる。
安倍首相は、集団的自衛権を行使できるようにしておくことが抑止力となり、地域の安定につながると言う。だが、それでは軍備増強競争となり、相互不信と偶発衝突の危険性を強め、経済を疲弊させるだけだ。人口が急速に減少し、近隣国市場との一体化を急ぐべき日本が最も選んではならない道である。
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