瀬崎祐の本棚

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詩集「オリオンと猫たちへのオード」 川島洋 (2023/06) 土曜美術社出版販売

2023-10-03 17:39:15 | 詩集
第8詩集。113頁に30編を収める。

「海へ」。話者は、駅前から曲がりくねった通りを歩いて「初老にたどり」ついたのである。古い商店のガラス戸には「白髪まじりの/傾いたおとこが映って」いたのである。こんなところで、まさかそんな現実を突きつけられるとは話者も思ってもいなかったのだろう。しかし、それは通ることを避けることはできないせまい道なのだ。

   その先にたゆたう
   あおいもの たいらかな ひかるもの
   果てのように ま近く
   始まりのように 遠い
   何かしらおおらかなひろがり・・・・・・

話者はたどりつくところも見据えているわけだ。

私(瀬崎)よりは10歳余も若い作者だが、本詩集では長く生きてきたその先を意識している作品がいくつかある。「春日」では、道ばたでの二人の老媼の、日がながくなってきた、というとりとめのない会話を捉えている。

   ふたりの頬や 顎の下のしわを
   風がものうげにくすぐっていく
   ながく生きてきたひとがふたりしてそう言うので
   春の夕方は さらにもながくなるようだ

ふたりの立ち話はいつまでもつづき、その会話は時の流れを超越していたのだろう。

「見知らぬ町で」。夕暮れどきに自分の居場所を見失うことは、誰でも一度は経験したことがあるのではないだろうか。そして自分は何故この場所に来ているのだろうかと自問するわけだ。この作品の話者は、一日中取引先をまわっている内に「少しずつ言葉が通じなくなって」「自分がひとりの方言になって」しまったのだ。

   見知らぬ住宅街はゆっくり暮れ落ちながら たれこめる
   夕闇のどこかに このまま私を閉じ込めてしまうのでは
   ないか。出口は あの上の方 わずかにあかるんで 今
   ならまだ間に合う と思う。

必死におこなっていた事柄が話者を今までとは違う次元の町へ導いてしまっている。他者とすれちがう言葉を交わし続けていると、ついにはその言葉たちが自分をどこか別の言葉の世界に連れ去ってしまうのかもしれない。

「あとがき」で作者は、「猫は私の理解や期待のわきをすりぬけ、オリオン座は私の恣意や空想を吸いこむ」としている。自在な作品世界が展開されている詩集だった。
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1 コメント

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御礼 (川島 洋)
2023-10-18 21:46:16
瀬崎 祐 様
拙詩集『オリオンと猫たちへのオード』、貴ブログでお取り上げ下さり、誠にありがとうございました。丁寧にお読みいただき、私の書きたかったもの(力不足から表現しきれなかったもの……)を端的につかんでいただいたように感じ、とても嬉しく思いました。作者が言うのも変ですが、ピンポイントかつ適切なコメントに、自分の詩の抒情の「色」を教えられた思いがしました。寡作ですが、これからも地道に書き続けていくつもりです。そのことへのお励ましをいただきました。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
川島 洋

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