伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

ピレネーの城

2013-04-11 19:49:16 | 小説
 30年前に学生時代の5年間をオスロで同棲して過ごしたスタインとソルルンが、あるできごとを機に別れ、それぞれに結婚して子どもも生まれた後、想い出のホテルで再会し、電子メールで過去を振り返りつつ現在の思いを募らせるミステリー仕立ての恋愛小説。
 30年前の別れの原因となったできごとを前半では封印して、現在の考えと今に至る経緯を電子メールでやりとりする形式の中で、科学史や宇宙論が延々と冗長に展開され続けます。これは小説ではなかったのかと放り投げたくなるほど独演会が続いた後で、質問に対して答えていないとか逃げだという非難か、場違いに見える賞賛の応答があり、ようやくこれが「会話」だったのだと思い出すということが繰り返されます。電子メールというものが、いかに相手を無視した独りよがりの書き物になり得るのかということを反省するいい材料と言えるかもしれません。
 問題のできごと以来唯心論者でキリスト者だというソルルンに対して、唯物論者と位置づけられるスタインが延々と語るという構図は、「カラマーゾフの兄弟」の大審問官を意図したものかとも見えますが、議論がぶつ切れで一定の結末を意識しそこへと向けた「論」になっておらず、ただ知識をひけらかしただけという印象です。唯心論の立ち位置のソルルンが量子力学から量子の絡み合い、さらにはニュートリノを論じだすのも何だかなぁと思います。互いの批判が、「論」の構成・展開を分析検討したものではなく、また互いに未練・思いを残した元恋人の甘い評価で追及が打ち切られあまつさえ賞賛されたりするので、議論として読みにくく思います。
 30年前のできごとの中身をめぐる部分がミステリーとなっているのですが、後半になってもったいぶって語られたそれは、現実に自分の身に起これば確かに大きなできごとだとは思いますが、前半で哲学・宇宙論的な大風呂敷を拡げた挙げ句に読まされると、あれだけ引っ張ってこれですかとしらけてしまいます。衒学趣味的な科学史・宇宙論的大言壮語をばっさり切り落として、30年ぶりに再会した男女の思いの乱れと恋の駆け引きに徹した方がいい作品になったのではないかと思います。


原題:Slottet i Pyreneene
ヨースタイン・ゴルデル 訳:畑澤裕子
NHK出版 2013年3月10日発行 (原書は2008年)

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