伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

冤罪を生む構造 アメリカ雪冤事件の実証的研究

2016-04-28 21:33:54 | 人文・社会科学系
 アメリカで殺人、強姦等の事件で有罪が確定した後に1980年代後半以降DNA鑑定によって無実と判明した250人の刑事事件記録を検討分析した本。
 「犯人でなければ知り得ない」事実を自白していた被告人たち、目撃証人(被害者等)に犯人だと指摘された被告人たち、「専門家」の鑑定意見で犯人である可能性が高い(ほぼ間違いない)と指摘された被告人たち、同房者等から犯行を打ち明けられたという「証言」をされた被告人たちが、それも相当多数の被告人たちが、客観的科学的証拠により実は無実だったと証明されているわけです。客観的には犯人でないことが証明された被告人がなぜ「犯人でなければ知り得ない」事実を自白できたのでしょう。著者は確実な証拠はないとして断定を避けていますが、「犯人でなければ知り得ない」事実ではなく、犯人と警察だけが知っていた事実だったということと考えざるを得ないでしょう。客観的には犯人でないことが証明された被告人に対して、目撃証人が確信を持って、間違いない、忘れもしないなどと証言していたり、さらに驚くべきことには、著者の分析対象となった目撃証人によって同定されていた無実の被告人のうち36%が複数の目撃者に犯人と指摘されていたというのです。私たちは、目撃証言があり、しかもその目撃証人が確信を持って間違いないと証言したら、やはりそれは信用性が高い、むしろ決定的な証拠と評価してしまいがちです。推理小説やドラマ・映画ならそれだけで決まりというニュアンスです。ましてや複数の目撃証人が一致してこの人が犯人だと証言したら、もう動かしがたい事実のように思えます。それが、信用できないとしたら、いったい何を信用したらいいのかとさえ思ってしまいます。そういった事案を分析する中で著者は、目撃証人が、最初の識別では自信がなかったのに公判段階では確信を持って被告人を指さしているケースが相当数あることを指摘しています。ここでも捜査官の態度や被告人が起訴されたという事実による暗示・思い込みが影響していることが考えられます。過去の精度の悪い鑑定や歯形鑑定、毛髪(の形状による)鑑定など科学的に犯人を絞り込めない鑑定をあたかも客観的で有効であるかのように証言する「専門家」たちに裁判官も陪審員も騙されてきたということや、検察官から刑罰を軽くしてもらうために他人を陥れる虚偽の証言をする(繰り返す)同房者証人たちとそれを利用する検察官などの恥知らずな人々が刑事司法を貶め冤罪被害者を多数生み出してきたことが、繰り返し、指摘されています。
 DNA鑑定によって救済された人々は、多くの場合、イノセンス・プロジェクトの弁護士たちの努力でDNA鑑定にこぎ着けて無実が判明しても、すぐには釈放されず、検察官や裁判官が釈放に抵抗し、近年のDNAデータベースの拡大と検索能力の進歩によって別人のDNAデータがヒットし、要するに真犯人が判明して初めて無罪判決、釈放に至るということが少なくないということも指摘されています。DNA鑑定による有罪判決確定者の無実判明が続いたことで裁判官や検察官よりも政治が動いてDNA資料へのアクセスを定める立法が続いてそちらから制度改善が進んでいるそうです。それでも無実を主張すればDNA資料へのアクセスが認められるわけではなく、相当程度の無実の蓋然性を立証しなければならないなど、まだハードルは高いようです。もちろん、DNA資料へのアクセスが制度として全くなく現実にもほぼ認められない日本の状況とは比べものになりませんが。こういう活動をボランティアで続けてきたイノセンス・プロジェクトの弁護士たちには、ただただ頭が下がります。
 著者は収拾して分析対象にした事件記録のデータをインターネットで公開しているそうです。DNA資料へのアクセスについても、刑事記録の収拾についても、その公開についても、アメリカという国でのデータの公開と適正手続、フェアネスの考え方に、日本との大きな違いを感じます。日本では、「個人情報」保護に傾きすぎのきらいがあるというか、個人情報保護や(行政・国家)秘密の名の下に市民に有用な情報を知らせまいという傾向がどんどん強くなっていると思います。
 そういった様々なことを考える上でも、一般人にはなかなか馴染みにくい本ではありますが、多くの人に読んでもらいたいと思える本です。


原題:Convicting the Innocent
ブランドン・L・ギャレット 訳:笹倉香奈、豊崎七絵、本庄武、徳永光
日本評論社 2014年7月20日発行(原書は2011年)
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