伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

イラク戦争は民主主義をもたらしたのか

2014-08-16 09:13:49 | 人文・社会科学系
 米軍侵攻・占領後米軍撤退まで(2003年~2011年)のイラクの状勢、特に民間人死者数の推移と軍事・政治部門でのプレイヤーたちの動向から、「破綻国家」「独裁国家」への人道的介入と国家再建というドクトリンの下行われたイラク戦争についての評価を検討する本。
 著者は結論的に「この介入と国家再建のドクトリンによって、イラクではいったい何を達成できたのだろう。米軍側の死者は、イラク撤退の時点で四四八七人に達している。戦争とその後の暴力によって死亡した民間人は、イラク・ボディ・カウントの控えめな推計値によれば、二〇一二年一一月現在で一一万一一〇人から一二万二九三人の間である。戦後の復興のためにアメリカとイラクの国庫から投じられた資金は、一二年九月までの時点で二一二〇億ドルにのぼる。」「何万人もの民間人が命を落とし何十億ドルもの金が費やされたにもかかわらず、市井の人々の生活は、国家との関係および経済という点についていえば、体制転換以前の状況と何ら変わらないのである。」「外部国家が他国に介入し、経済と政治に持続可能な変化をもたらすなどということが、そもそも可能なのだろうか。イラクでの経験は根本的な問いを投げかけている。」(182~184ページ)としています。
 私が最も興味を引かれた指摘は、イラクの新政府がバアス党とスンナ派を追放し、シーア派とクルド人を中心に構成され、警察が公然とバグダードなどでスンナ派住民を攻撃し追い出しスンナ派が暴動を起こすという情勢の下で、米軍がイラク中西部のアンバール県でのメソポタミアのアルカイーダとスンナ派住民の民兵組織の対立を利用してアルカイーダと対抗したことをモデルに各地の民兵組織と契約して資金提供することになったが、その際写真、指紋などの生体認証情報が登録され、その大半がスンナ派の民兵であり、マリキ政権が米軍からその指紋などの政体確認情報の引き渡しを受けその情報を駆使して民兵組織の幹部を逮捕していったという点です(71~86ページ)。イラクの権力をめぐる抗争の中でのマリキのしたたかさとアメリカ政府・米軍の場当たり的対応という面もありますが、アメリカ政府・米軍を信用するとどうなるかという好例だと思います。一貫性や誠実性がない政府は、別にアメリカだけに限ったものではないと思いますが。
 テクノクラートを追放したために機能しない行政の下で市民が政府に期待を持てない状況、それを尻目に政権エリートは政権内での権力抗争に明け暮れ、その中ではマリキがしたたかに独裁体制を固めていく様子、アメリカ政府との関係では占領下のイラクが日本政府とは違って属国の屈辱を跳ね返して米軍の撤退を勝ち取った経過など、報道ではなかなかわからない事情が読み取れます。マリキの術策とそれに対するアメリカの反発などの事情を読んだところで、タイミングよくマリキの退陣表明(2014.8.14)の報に接しましたが、感慨深いものがありました。
 冒頭で、イラクの状勢が「内戦状態」にあることを、イラク・ボディ・カウント発表の死者数を根拠に論じるなど、いかにも学者が現地と無関係に机上でデータだけで分析しているという感じがしますが、報道ではあまり知ることができないその後のイラクについてイメージするのによい本かなと思いました。


原題:IRAQ:From War to a New Authoritarianism
トビー・ドッジ 訳:山岡由美
みすず書房 2014年7月9日発行 (原書は2012年)
コメント
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