さっちゃん 空を飛ぶ

認知症で要介護5の妻との楽しい日常を 日記に書き留めたいと思います

つづら岩での会山行をさっちゃんは無事にまっとうしました

2023-04-28 23:39:37 | さっちゃんの山日記 1988年

2023年1月23日(月)、部屋の片付けをしていると、さっちゃんの山日記が見つかりました。1988年のおよそ半年分です。さっちゃんが山行記録をメモ程度に書き残していたり、日記のように書いていたことがあることは知っていましたが、こうやって改めて見つかりましたから、元気だったころのさっちゃんを知ってもらうためにも、公開しようと思います。(青字は僕の書き加えた文章です。人名等は書き替えています)

 

1988年4月3日(日) つづら岩 会山行 晴れ

 

2月21日の膝の捻挫はまだ完治(当分かかるだろう)していないが、会山行には支障がないまでに回復し、ホッとした。

参加者も毎度の顔ぶれであり、主催者側の甘えは許されないが、ザイル1本持つことだけは許してもらう。O原氏(僕のお師匠さん。弟子の邪魔になると思うのか僕の主催会山行には参加しないのが通例)どういう訳か参加。しかし、人数も多いことだし、お目付け役として助かる。

天気も上々だし、それなりのメニューをこなす。終盤には5級クラスを短いがトップロープで遊ぶ。みな熱心で、なかなか空かない。足の痛いのを理由に見学としたが、登りたい気持ちは胸いっぱい。仕方がないが、我慢するのも辛いものであった。

まあ、何事もなく終了してよかった。

立川発7:08 五日市行

五日市~千足  タクシー 2470円 @500円

千足~五日市  バス 380円

千足8:10ー不動ノ滝8:45~8:55ーつづら岩東面9:30

トレーニング 9:50~15:20

下山 15:45-千足バス停 16:55

千足発 17:04

休日バスダイヤ 千足発 17:04 19:31 20:31

経費 5200円

 

以下、会の月報報告ですが、U野K子さんの文章です。日記に貼り付けてありました。

 

運痴に明日はない?        つづら岩 岩・沢初級

 なぜ? こんななんでもない所が登れないのだろう。恐くないのに立てない。立ちたい。立つのだと心が言っても、私の体が ‟よし” と言わない。何度も挑戦してみるけれど、やっぱり立てない。私は岩に向いていないんだ、運痴でバランスが悪くて、根性がなくて、岩登りなんて嫌い、もう止めた。でもどうして登れないのだろう。 ‟えい” フワッと体が浮く、やっぱり落ちたらしい。

 つづら岩までの一時間の急登に、しっかり汗をかいてあとはのんびり見物させてもらおうとなまけものの心で参加した。久し振りの会山行。他の参加者の充実した気力が伝わってくる。皆引き締まってたくましく見える。岩の基部に着くと、休む間もなく、リーダーから今日のメニューの指示が次々と出る。そして率先してザイルを固定してくれている。逡巡している私は、何だ? 「どこを登らせてくれるのだろう、今日はしっかり練習するぞ」と思ってしまった。

 明日はペンが持てるかな? 腕がパンパンになっている。今度来た時は、あそことあそこを登ろうと性懲りもなく思い、確保の仕方、ザイルの流れにも、おさおさおこたるまいぞと心に思う。しかし、今度は無い。今を根性入れてやるしかないはずなのです。    (U野K子)

(参加者)L○○(僕の姓)・SLさっちゃん・A立・U野・O原・K澄・K島・M田・Y井(計10名)

(コースタイム)千足8:10-不動の滝8:45~8:55-つづら岩東面9:30-トレーニング開始9:50-終了15:20-下山開始15:45-千足バス停16:55-五日市駅行バス17:04

 

以下の文章も月報ですが、僕が書いたものです。

☆今日のメニュー(ノルマ?)

・東面(Ⅲ)トップロープ     ・マッターホルン右リッジ(Ⅲ)トップロープ

・南面一般ルート(1PⅢ、2PⅣ、3PⅢ)フォロウ

・マッターホルン右リッジ(Ⅲ)リード&フォロウ     以上

☆今日のサブメニュー

・東面(Ⅳ+)トップロープ    ・南面左ルート下部(Ⅳ+)トップロープ

・オケラルート(1PⅢ+、2PⅡ+)

・南面左下フェース(Ⅴ~Ⅵ)

☆今日のオーダー

★南面一般ルート

◎トップさっちゃん、フォロウM田・A立

◎トップ○○(僕の姓)、フォロウA部・K島

◎トップ○○(僕の姓)、フォロウK澄・U野

★オケラルート

◎トップM田、フォロウK島・U野

☆今日のお手伝いさん

・O原(一本も攀らず)

・Y井(一本だけ攀る) ご苦労様でした。

※岩登りの練習の総仕上げにと、やりたいことはあまりにも多い。常に黙々と手伝って下さるM田さんにまたまたすがるしかないかと思っていた矢先、会の先輩方の思いやりに恵まれて、O原さんの突然の参加。有難いことである。Y井さんには申し込まれた時点から確保のみをお願いして、それでも参加して下さった。一昨年、我々L、SLコンビが初めての会山行をつづら岩西面でもった時、参加者に一日2~3本しか攀ってもらえなかったことを思うと、今日は延10本近く攀ってもらえて、その相違にただ驚くばかり。これもスタッフとして若輩Lの指示に快く従って手伝って下さる方々の協力と、初級者とはいえ、いつも熱心に参加して、ある程度は安心して見ていられるようになったことが理由にあげられるだろう。

 今回、一般ルートを3ピッチに区切って登ってもらって、ザイルワークの大切さに気付いてもらえたと思う。本番では、ザイルワークの不手際が思わぬ時間のロスを生み、事故の原因になる場合もある。手際の悪いザイルワークはリズミカルな登攀を生まず、パートナー間の信頼感をそぎ落とす。

 

さあ ――― 緑燃ゆる山に入ろう!

同じ頂に至るなら、より自然濃く、潤い満ちた沢を登路に!    (L)

 

2023.04.28 追記

僕が当時所属していた山岳会は大人数の山岳会で、ハイキング主体でした。でも、少数ではありますが、沢登りをする人たちもいて、そのための岩登りトレーニングも行なっていました。僕のお師匠さんのO原さんとO庭さんは会の中では唯一のアルパインクライマーで、僕を一ノ倉沢、幽ノ沢、滝谷などの岩登り本番や冬季の赤岳やGWの岳沢の岩稜登攀やアイスクライミングに連れて行ってくれました。

僕を会のリーダーに推薦したのもO原さんです。SLをさっちゃんかM田さんのどちらにするか、選ばなければならなかったのですが、沢登りの総合力ではM田さんが上だったものの、登攀能力に優れていたさっちゃんを僕は選びました。

1986年春に、リーダーとサブリーダーという立場でザイルを組むようになり、一緒に沢へ岩へ行くことが多くなりましたから、お互いをより知るようになったのです。好意も自然と芽生え始めました。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

3週間ぶりに、さっちゃんに面会して来ました

2023-04-26 14:50:41 | 面会

一昨日の4月24日(月)にT病院へ行き、さっちゃんに面会しに行って来ました。

ひと月にたった1回の面会です。

前の週に電話を入れ、予約をしての面会です。

僅かに15分間の面会です。

時短なのはコロナ禍ですから仕方ないのは理解できます。

でも、せめてひと月に2、3回は面会できるようにして欲しいですね。

病室から面会者のいるティールームのようなスペースにベッドを運んでくるだけのことですから。

 

さっちゃんは3週間ほど前に会った時よりはほんの少しは生気が増したような気がしました。

意味不明なも前よりは発していました。

でも、相変わらず以前よりは小声ですし、「あ~」とか「う~」とか「お~」とかの声が多かったですね。

3週間前にあった際には付いていた小さな計器はもう付いていません。

容態が安定しているからなのでしょう。

 

前回はまったく目を開けてくれませんでしたけれど、一昨日は時々薄目を開けてくれました。

目を開けてくれるたびに、「僕だよ~っ」と言って、マスクを外した僕の顔を見てもらいました。

さっちゃんは恐らく僕の顔を見ても、誰だかは分からないと思います。

分からなくてもいいのですが、何となく見覚えのある顔だな~っ、と感じてくれるだけでも嬉しいですね。

いったいどうなのかは神様にしか分かりませんけれどね。

 

「さっちゃ~ん」と何度も何度も呼びかけます。

合間合間に「早く家に帰ろうね~」とか「早く一緒に暮らそうね~」とか、語りかけます。

そんな言葉にもさっちゃんは一切反応しません。

意味を理解しているのかどうかも分かりません。

ただただ、僕の気持ちを投げかけるだけです。

 

さっちゃんの左手を僕はずっと触ったり握ったりし続けています。

指で手の平を撫ぜたり、手の甲を擦ったりし続けます。

僕にとってはこんなことが出来るだけで、面会することで心癒されます。

▲15:12。さっちゃんはいつもと同じように両手をお腹の前で交差させています。僕はさっちゃんの左手を掴んで撫ぜたり擦ったり。心が通じ合えるような気がします。

 

▲15:12。薄目が開いたのでカメラを向けました。「目を開けたさっちゃんが撮れた!」と思ったのですが、帰宅して見てみると、目は閉まっていました。残念・・・・

 

リハビリ担当の方が来て、リハビリテーション実施計画書の簡単な説明をし、それへのサインを求められました。

週に1回、腕や足の拘縮等が進まないようにリハビリをしてくれているようです。

詳細に目を通して見ると、座位保持の練習は実施していないようですね。

肺炎で入院した訳ですから、仕方ないこととは思いますけれど、このまま座位保持も出来なくなってしまうと、ちょっと悲しいですね。

入院した時に計ったのでしょうか? 身長は145cm、体重は24.7kgとなっていました。

小柄で痩せていたさっちゃんですが、筋肉は普通以上にありました。

二の腕に力を入れると、ポコッと盛り上がっていましたし、脹脛も凄くて、子持ちシシャモと呼ばれていたほどです。

もともと脂肪は少なかったさっちゃんですから、筋肉量が減ったのでしょうね。

 

15分経ったので面会終了を告げに来た事務の女性に尋ねてみました。

「ひと月に2回、面会することは無理なんですか?」と。

彼女にはそこまでのことは分からないようでした。

でも、杓子定規に絶対ダメ、と言う訳でもなさそうです。

5月中旬に1回面会してみて、下旬に再度希望してみようかな、と思います。

コロナ禍でなければ、毎日でも面会できるのに、月に1回なんて、そのギャップが大き過ぎますよね。

たった15分間だけなので、毎日でも会わせて欲しいと思うんですけれどね。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

城ヶ崎の2日目は昼から雨が降りました

2023-04-10 20:52:26 | さっちゃんの山日記 1988年

2023年1月23日(月)、部屋の片付けをしていると、さっちゃんの山日記が見つかりました。1988年のおよそ半年分です。さっちゃんが山行記録をメモ程度に書き残していたり、日記のように書いていたことがあることは知っていましたが、こうやって改めて見つかりましたから、元気だったころのさっちゃんを知ってもらうためにも、公開しようと思います。(青字は僕の書き加えた文章です。人名等は書き替えています)

 

1988年3月21日(祝) 城ヶ崎 2日目

 

城ヶ崎  I川、A立、さっちゃん、○○(僕の姓)

2日目

天気も午前中はもちそうなので、9時ごろの電車であかねの浜に向かう。

今日は3級or3級+(下記追記参照)くらいの少し長いルートにトップロープを張り、攀じる。見た目より難しく、身長差ですごく苦しい箇所あり。

ごろ、がポツポツ落ち出したので、終わりにする。

早めの電車で小田原へ(そろそろ混み始めていた)。

思いがけず、城ヶ崎へ行くことが出来た。また機会があれば、行ってみたいと思う。

新宿発7:01~550円~小田原8:30→8:51~620円~伊東9:50→10:09~440円~伊豆高原~300円~片瀬白田

宿泊 1泊2食6000円           経費 13310円

 

2023.04.10 追記

城ヶ崎はこの時が初めてだったと思う。僕たちにとっては少し難しい岩場だが、海が眺められて暖かいので気に入ってしまった。遠いのでなかなか通えない場所だが、その後何度か訪れることとなる。正月休みに宿に泊まって行ったことも2回ほどあったのではないだろうか。

3級~3級+云々、とあるが、そんな易しいルートがあっただろうか? さっちゃんなら身長のハンデがあっても苦しむはずはない。リードだって簡単なはず。おそらく、5.6~5.8ほどのルートではないかと思う。さっちゃんにはトップロープなら易しく感じられるはずだから。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

城ヶ崎で初めてのクライミング。さっちゃんが計画、立案しました

2023-04-09 15:39:43 | さっちゃんの山日記 1988年

2023年1月23日(月)、部屋の片付けをしていると、さっちゃんの山日記が見つかりました。1988年のおよそ半年分です。さっちゃんが山行記録をメモ程度に書き残していたり、日記のように書いていたことがあることは知っていましたが、こうやって改めて見つかりましたから、元気だったころのさっちゃんを知ってもらうためにも、公開しようと思います。(青字は僕の書き加えた文章です。人名等は書き替えています)

 

1988年3月20日(日) 城ヶ崎 1日目

 

城ヶ崎  I川、A立、さっちゃん、○○(僕の姓)

1日目

足(ヒザ)もまだ完治しないし、雪山は無理。かと言って、テントしょって重荷の縦走も無理。ではゲレンデということで、前から行ってみようと思っていた城ヶ崎の岩場に行くことになった。民宿は1週間と言うことで、とれないのではないかと心配したが、温泉民宿をみつけた。魚屋兼業という「かねみ荘」。きっと魚の美味しいのが出て来るのを期待して申込む。場所は岩場のある城ヶ崎伊豆高原駅より少し先の片瀬白田駅にて下車、歩いて2~3分である。熱川温泉の領域らしく、伊豆白田温泉。民宿のお風呂はAM7:00~PM11:00まで入れる。料理も良いし、なかなか雰囲気も良かった。

新宿(小田急)を7:00近くの電車に乗り、小田原JRのりかえ、伊東のりかえ。それでも、伊豆高原には10:00少し過ぎに着く。岩場まで歩いて30分くらい。(あかね浜エリア)

我々が選んだ「あかね浜エリア」は初心者や静かなクライミングをしたい人、要するに混まないという点と初めてなので易しい岩場を選んだのである。もちろん5.10などもあるが、およびでない。

ルート図を見ても、よくわからず、トップロープでとりあえず手前から挑戦。長くはないが、結構こまかいホールド、スタンスを要した。そのあたりで3本くらい。他のクライマー(よく通ってるらしい)にルート図ではどれか聞いてみたが、そこは新しいところで、本には出ていないとのこと。

つい、足の痛いのを忘れてしまう。

岩はとてもフリクションが効く。運動靴でもよいくらいだ。

高曇りだが、寒くなく、久し振りに見る海は気持ちが良い。

帰りに人気のファミリークラックエリアに回ってみた。歩いて40分はかかっただろうか。夕方なので人は少なく、檜谷さん(檜谷清:かつての日本のトップクライマー)が客を連れて来ていた。あかねの浜の方が良いように思えた。

伊豆高原駅に戻り、電車で民宿に向かう。一日、気分が良かった。快い筋肉の疲れを温泉でとる。

 

2023.04.09 追記

この日の日記には何枚もの紙がホッチキスで留めてありました。泊まった民宿の領収書(平成1年の暮れに泊まった際の領収書もありました)、城ヶ崎の計画書も宿泊場所や電車時刻など事細かく記されています。計画書のタイトルは「ジャミングに挑戦しよう!」となっていますね。城ヶ崎の各岩場エリアの地図、城ヶ崎の観光パンフレットなどもあります。最後の1枚はどの民宿に泊まるかを決めた際のたくさんの民宿の名前、電話番号、料金や駅からかかる時間などがメモしてありました。この計画の詳細をさっちゃんが決めたのですね。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

療養病棟の担当医師から説明を受けました。そして、・・・・

2023-04-06 23:46:16 | 肺炎

一昨日のこと、さっちゃんが入院している病院から電話がありました。

一般病棟から療養病棟に移ったことと担当医師との面談の場を持つ予定だということでした。

面談の予定日を3日、候補として上げてくれました。

そして今朝、再び電話があって、「今日の4時からいかがでしょう?」と。

 

4時前には病院へ行き、受付に入院申込書兼誓約書を提出、さらに療養病棟へ入る許可を受けました。

療養病棟のナースステーションへ行き、すぐに医師との面談が始まりました。

医師からの説明は、先日相談員さんから聞いた説明とさほど大差はありませんでした。

でも、1点だけは大きな違いがありました。

それは痰の吸引に関してです。

相談員さんからは2~3時間おきと聞いていましたが、今では1日に3、4回に減って来ているようです。

熱も、時には37度を超えることもあるようですが、普段は落ち着いている様子。

ただ、便秘に関しては相変わらずで、4日間出なかったこともあるようですが、薬や浣腸等しているようです。

 

あと、胃瘻の交換についても聞きました。

僕の知っている経緯も話しました。

すると、入院中に胃瘻交換を行なった方がいいと言っていただけました。

そうなると、いいなと思います。

 

さらにさらに、驚いたことに、「さっちゃんと面会できますよ」と言うんです!

「抗原検査とかするんですか?」と聞くと、「15分ほどなので必要ないですよ」とのこと。

医師との面談が終わり、必要書類へのサイン等が終わると、ベッドごと僕がいた場所まで運ばれて来ました。

 

さっちゃんは寝ているようです。

「さっちゃ~ん、さっちゃ~ん、目を開けてごらん」と僕は呼びかけます。

何度も、何度も。

でも、さっちゃんは目を開けてくれません。

寝ているのでしょうか?

でも、さっちゃんは何やら小声で喋り始めました。

起きてはいるようですね。

「さっちゃ~ん、さっちゃ~ん、僕だよ~、目を開けてね」と繰り返し呼びかけます。

さっちゃんは何やらブツブツと小声は発しますけれど、目は全く開きません。

▲入院した時に会って以来、およそ一ヶ月ぶりのさっちゃんとの再会です。

 

15分間(くらいなのかな?)ほどの面会時間の中で、一瞬だけ薄眼が開きました。

僕の顔は見えたのかな~ぁ?

次に目が開いたら、マスクを外して僕の顔をちゃんと見てもらおうと気構えていましたが、目は開きませんでした。

さっちゃんのベッドサイドには点滴の袋が吊るされていました。

さっちゃんのすぐ横には小さな計器があって、そこから数本の細い線が出ていました。

さっちゃんの指先にも何やら付いていましたから、血圧や脈拍数やSpO₂などを計測しているのでしょうね。

僕はさっちゃんの手をずっと握っていました。

さっちゃんは握り返したりはしませんが、ほんの少しでも心が通じるような気がします。

自己満足かもしれませんが・・・・

さっちゃんは以前よりも顔の肌が乾燥している感じがしました。

3月1日のショートステイ出発前のさっちゃんに比べると、どうしても生気に欠けるように思えます。

それは誤嚥性肺炎を発症した訳ですから仕方がないことなんでしょうね。

ただ、実際に会うことが出来て、少しはホッとした気持ちになれました。

月に1回面会が出来るんだそうです。

今日の面会は特別なのでカウントはされないそうです。

「今月末に面会するのがいいと思いますよ」と、看護師さんは言ってました。

 

医師との面談の中で、僕は聞き忘れたことが幾つかありました。

聞くべきことをメモして臨むべきだったと反省しきり。

さっちゃんの療養病棟入院がどれくらいの期間になりそうか? とか、肺腺癌についてとか、聞くのを忘れてしまってました。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする