さっちゃん 空を飛ぶ

認知症で要介護5の妻との楽しい日常を 日記に書き留めたいと思います

僕の緑内障の状況はさほど悪くはないようです。前回言われた手術名を確認して来ました

2022-01-31 22:46:49 | 僕の病気や体調
昨晩、3種類の目薬の内のひとつがなくなったので、今日の午後病院へ行って来ました。
こんな感じでほぼ月に1回ペースで病院へ行っています。

今日の眼圧は左右ともに12。
前回が右眼14、左眼11でしたから、まずまずでしょうね。
矯正視力は左右ともに1.2でした。
右眼は以前からその値ですが、左眼の1.2というのは驚きです。
最近はずっと0.5でしたから、
今日、視力を計ってくれた方がかなりしつこく長くねばって待ってくれたので、その影響かと思います。
僕もその期待に応えるように、頑張りましたから。
でも、30秒間視力検査の一部欠けたあの輪っかを探しても、見えるのはほんの一瞬、0.1秒とかです。
それだって、クリアには見えず、半分くらいしか見えません。
1分、2分ねばって探して、数回見えた断片を繋ぎ合わせて、上と左は繋がっていたよなぁ、右か下だよなぁ、と予想するわけです。
後は賭けですね。
多分、今日はそのギャンブルが多く的中していたのでしょう。
個人的には、最近目が疲れているので心配していましたから、意外な結果でした。

検査の後、先生に診察してもらいました。
僕は前回言われた手術の正式名を確認しました。
前回は適当に聞いていて、ネットで調べれば緑内障の手術ということで、手術名もすぐ分かるだろうと甘く考えていたのです。
ところが、僕はその手術名の最初の言葉さえすぐに忘れてしまっていましたから、調べてもさっぱり分からなかったのです。
今回は、聞いてからすぐにメモしておきました。
それは、繊維柱帯切開術(トラベクロトミー)です。
似た内容、名称の繊維柱帯切除術(トラベクレクトミー)というのもあるので、メモしておいて良かったです。
メモがなければ、帰宅後ネットで調べても、どちらなのか判断付きませんでした。

繊維柱帯切開術について、ほんの少しは理解が進みましたけれど、今行なった方がいいのかどうかは分からないままです。
現在診てもらっている眼科の先生の紹介で、手術をする大病院(多分)に行くことになるのでしょう。
その大病院で診察や検査をして、手術予定日が決まるまでどれくらいかかるのか?
手術をすると、その後入院を1週間前後しなければならないようです。
ですから、手術を受けることを決断して、明日先生にその旨連絡し、とんとん拍子に進んでも、素人考えですが、退院するまでに1ヶ月はかかるでしょう。
もっとかかるのが普通のような気がします。
となると、さっちゃんの退院とどちらが先か微妙な状況になってしまいますよね。

というっ訳で、僕の現段階での結論はこうです。
さっちゃんの退院後の状況がはっきりするまでは無理だ、ということでしょうね。
さっちゃんの退院後のショ-トステイとの関係。
さっちゃんがショートステイで安心して過ごせるかどうか?
僕が1週間入院しても、その間心配なく居ることが出来るかどうか?

緑内障とは死ぬまで付き合わなければならない病気でしょうから、それほど慌てる必要はないと思います。
今後いつか、手術を受ける好機が必ず訪れることがあるでしょう。
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僕の緑内障の状況は変わりありませんでしたけれど、医師から初めて手術のことを提案されました

2021-12-10 22:04:35 | 僕の病気や体調
今日視野検査のある日で、先月には予約が入っていました。
その視野ですが、前回とさほど変化はないとのこと。
矯正視力も最近はずっと同じ値で、右眼が1.2、左眼が0.5。
眼圧は毎回少しずつ違っていますが、大体10台前半ですね。
今日は左眼が11、右眼が14でした。

ひと通りの検査を終えて、お医者さんの話があります。
その中で、お医者さんからこれまでになかった初めての話が出て来ました。
「手術をしてみませんか?」と言うのです。
「眼圧がもう少し下がった方がいいんだよな」
「この手術で眼圧がひと桁に下がれば、目薬も差さなくてよくなるし」
と言います。
「今の眼圧を維持するのでは駄目なんですか?」と僕が聞くと、
「駄目という訳じゃないんだけど、年齢のこともあるし、毎年徐々にダメージが蓄積されていくからね」と。
眼圧10台前半というのは正常値ですし、僕にはその手術の必要性があまり理解できませんでした。

手術の内容も説明してくれました。
手術名も教えてくれ、図でも説明してくれたんですが、手術名は忘れてしまいました。
日帰りで片眼ずつ手術できるようです。
さらに驚いたことに、ついでに白内障の手術もやってしまうとのこと。
お医者さんがボソッとおっしゃったことなので、正確ではないかもしれませんけれど、
この手術によって白内障が誘発されることもあるので、先んじて白内障手術もやるんだとか。
僕ぐらいの年齢になると、80%くらいの人が白内障になっているというデータもあるようです。
どうせ白内障にもじきになるのなら、同時に手術しておくのもありかもしれません。

さっちゃんのこと、我が家が老々介護であることを初めてこのお医者さんにも告げました。
大腿骨骨折で入院したばかりであることも。
なので、さっちゃんの今後の入院期間のことや退院後の自宅介護の状況等で、僕自身のことも影響を受けざるを得ないんだと告げました。
まあ、1年や2年待ってからでも、全然問題はないとはおっしゃってくださいましたから、ゆっくりと考えてみたいと思います。
さっちゃんの入院中にやってしまうというのもひとつの手ですし、退院後にショートステイと調整して、日程を決めるのもありです。
もちろん、その前提として、手術への知識を増やすこと、そのメリットとデメリットを知ることが重要ですけどね。
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梅雨になって、この冬に痛くなった右肘が再度痛み始めました。で今日、病院へ行って来ました

2021-07-27 23:57:42 | 僕の病気や体調
僕の右肘が痛むのは岩登りが主な原因だと思います。
去年の12月頃に初めて痛みを感じて、いったんは痛みが消えましたけれど、再び痛み始めたんです。
梅雨入りした6月頃からまた痛み始めました。
もっとハードに岩登りをしていた頃にはこんなことはありませんでしたから、原因は単純に岩登りをしていることだけではないようですね。

まず考えられる原因のひとつは、加齢です。
加齢によって筋肉が弱って来ていること、筋肉ばかりでなく腱や骨も弱っているのかもしれません。
加齢とも関係がありますが、長年の負荷の蓄積が今になって現われたのかもしれません。
体全体を使ってバランスを取る、つまり腕の力に頼り過ぎない登り方をしていれば、肘に綻びが出ずに済んだのかもしれませんね。

まあ、原因の究明は兎も角として、現実にある痛みを改善せねばなりません。
前回2月4日に行った整形外科へ再度今日行って来ました。
台風接近中の関東地方でしたから、ナウキャストを見ながら、雨の合間を見て自転車で行って来ました。

症状等は前回とまったく同じですから、以前書いたブログを参考にしてください。

12月ころから僕は右肘が時折痛むようになりました。それで今日、整形外科で診てもらいました

今日は午前中に行き、レントゲンは撮りませんでした。
お医者さんは炎症を起こしている箇所をピンポイントで押さえるんです。
「よく場所が分かりますね」と僕が言うと、「だってここ腫れてるでしょ」と言うんです。
専門のお医者さんだから分かるんでしょうが、全然腫れてるようには見えませんけどね。
「注射打ちますか?」と聞くので、「注射で痛みが消えたんですよね。今日も打ってください」と返事しました。

お医者さんは肘のストレッチを日常的に行なうように繰り返しアドバイスしてくれました。
普段の生活の中でもですが、とりわけ風呂上りはいいそうです。
もちろん、肘に負荷がかかる運動(僕の場合岩登りですか)をする場合、運動をする前と最中と後にストレッチするよう言われました。
そんなに出来るかな~ぁ?
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水曜日午後からの激しい歯茎痛、その後の頭痛や気怠さ。今日から何とか普通に暮らせそうです

2021-04-11 23:59:53 | 僕の病気や体調
何年前だったでしょうか?
激しい歯痛(歯茎痛?)で僕は近所の歯医者さんに通い始めました。
治療をしてくれながら、僕の歯の状況やその治療の理由などを丁寧に説明してくれる先生でした。
その時の治療を終えても、その先生の勧めで僕は定期的に歯の状況をチェックしてもらうことになったのです。
1ヶ月おきだったり、2ヶ月おき、状態が凄く改善された際には半年おきとかになります。
途中で歯痛(歯茎痛)を起こして別に通うこともありました。
定期的な検診は今週の金曜日だったのですが、一昨日の金曜日にその歯医者さんに行くことになってしまったのです。


先週の水曜日のことでした。
午前中に脳神経内科の検診がありました。
言語リハビリはありません。
というのも、さっちゃんが長い時間病院に留まることが精神的に難しいので、STのT田先生が行なわないことにしてくれたのです。
そのまま早めに帰宅し、食べないで出かけましたから、その日初めての食事を摂りました。

その後、何時ころからだったかは忘れましたが、病院帰りの疲労感からか、僕は布団の中。
何時頃から痛み始めたのかもよく覚えてはいません。
ただ、夕方にはかなり強い歯茎痛に襲われていて、僕は痛み止めの薬を探し始めたんです。
まず目に止まったのはエミリーEV。
でも、使用期限を見ると、2010年12月でした。
いくらなんでも10年以上前ではね~え!
さらに探すと、ロキソニンSがありました。
これまた使用期限は2016年4月。
でもまだ、5年しか過ぎていません。
さっそく飲みました。

記憶は薄らいでいて確かではありませんが、その晩はさっちゃんにいつも通り夕食を出したと思います。
僕もその後で食べたと思います。
7日(水)の晩はブログも書きあげていますし、さっちゃんの翌日のデイサービスの準備や僕の岩トレの準備もした記憶があります。
ロキソニンが早く凄く効いたようで、このまま翌朝には直っているかもと思っていた部分はありますね。
ところが、夜中が過ぎて、眠りに就くころになると、ロキソニンの薬効が薄らいできたようで、歯茎痛と頭痛が少し戻って来ました。

翌朝目が覚めると、歯茎が凄く痛い!
空腹時には飲めませんから、キウイ1個とヨーグルト1カップ(75g)を放り込んでから、ロキソニンを服用。
これはすぐに薬効が現われますね。
その後、肉まんをレンチンして食べ、僕の朝食は終了。
さっちゃんをいつもよりは少し早めに起こし、朝食を食べてもらいました。
さっちゃんはデイサービスへ、僕は天覧山へ向かいます。

この頃はまだ気が張っていたせいなのか、体や心の怠さはなくて、ロキソニンも見事に効いていて、元気でしたね。
ただ、体力、筋力をそれなりに使うクライミングはほどほどで留めました。
帰るころになると、薬効が薄らいで来て、送ったくれた車中でも会話をする気分ではありませんでしたね。

帰宅して、シャワーを浴びる元気は残っていました。
昼食として買っていた塩くるみパンは歯茎痛のせいで噛むことが出来ず、ほとんど残っていました。
家でも食べてみようとしましたが、昼よりももっと無理でしたね。

歯茎痛は薬効の薄れとともに激しくなって来ます。
ロキソニンがそれなりに効いているのは5、6時間後くらいまでで、それ以降は歯茎痛は徐々に増してくることが分かっています。
夕食時にはいちばん効いていて、床に就くころもまだあまり痛くないためには、夕方6時ころに飲むのがいいと僕は判断していました。
それまでは激しい歯茎痛も我慢しなければなりません。
ロキソニンは1日2回までとなっていますから、6時間おきに日に3回飲むわけにはいかないんです。

デイサービスから帰って来たさっちゃんを迎え、散歩には当然出かけずに、家に帰って来ると、僕は布団の中。
6時ころ、ロキソニンを飲んで、やっぱり布団の中。
この頃は歯茎痛も最盛期だったでしょうね。
徐々に効いて来て、何時ころだったでしょうか、布団の横にいたさっちゃんが僕の体を叩き始めたんです。
何やら文句を言っているような雰囲気、僕に「起きて〇〇をしろ」と言っているような雰囲気です。
さっちゃんがいくら叩いても、ちっとも痛くはありません。
顔を叩かれるのはちょっと勘弁なので顔だけは叩かれないようにしますけれど、さっちゃんにしては初めての僕を叩くパターンでした。
僕はさっちゃんが「早く夕食の準備をしろ!」と催促して怒っているように最初は感じたのですが、小食のさっちゃんがこんな催促をするとは思えません。
ですから、今もってさっちゃんが何を訴えていたのか分からないのです。

木曜日の晩は僕も眠り続けていました。
途中目が覚めて、何かお腹に入れました。
肉まんだったでしょうか?
さっちゃんが目覚めたら、食べさせてあげる夕食は準備していました。
でも、さっちゃんは起き出して来ません。
結局、さっちゃんの夕食は抜きになってしまいました。

金曜日の朝、僕は何を食べたんだろう?
覚えていません。
肉まんがまだあったのかな~ぁ?
でも、さっちゃんにはいつもの朝食をしっかりと食べてもらいました。
バナナ入りのオートミールとヨーグルト(75g)です。
薬もしっかりと飲んでもらえました。
いつも通り、デイサービスに送り出すことが出来ました。

その日の朝の僕ですが、ロキソニンを服用するほどの痛みはありません。
歯医者さんに行こうと思っていましたから、飲まずに済むならその方がいいだろうと思っていましたし。
開業する10分前に電話を掛けてみました。
電話は繋がり、その日の12時15分から診てもらえることになりました。
この歯医者さんは前日の木曜日は定休日だったんです。
歯医者さんに行くまで僕はやっぱり布団の中。

歯医者さんは右奥の歯茎をつついたり、歯をカンカンと叩いたりして、痛いかどうかを僕に聞きます。
それは僕がどこが痛いのか分からなかったせいなんですが、右の奥全体が痛くてどこが痛いのか判別できなかったんですよね。
結局、右上の7番目の歯の根元の歯茎が腫れていることが分かりました。
(ちなみに右上の親知らずが僕は健在なんです)
あとはいつも通りの治療です。
その部位のレントゲン写真を撮ったり、麻酔(多分)を打ったりした後で、患部を治療しました。
抗菌薬と痛み止めの薬をもらって終了。
痛み止めの薬は念のためのもので、これまででも僕は飲んだことはありません。

少しの頭痛と気怠さは残っていますが、2時半ころになって僕は買い物に出かけました。
水曜日の脳神経内科の先生に出してもらったさっちゃん用の処方箋もありましたから薬局へも。
夕食を作るのも大変そうなので、お惣菜を買っておこうとも思っていました。
お総菜は黒胡椒ベーコンチーズのポテサラ、豆乳入りしっとり卯の花、北海道産じゃがいものホクホク男爵コロッケの3つ。
でも、やっぱり頭が回っていなかったんでしょうね。
3つとも消費期限が翌日の午前1時と3時だったんです。
買う際に消費期限を確認しながら買ったはずなんですけどね。
まだ噛みしめることが出来ない僕用にプリンと玉子豆腐も買いました。

さっちゃんがデイサービスから帰って来ました。
お昼ご飯やおやつはしっかり食べたそうですが、水分摂取は400ccに留まったようです。
最近では一番少ない水分摂取量ですね。
家で摂る(摂らせる)量も減っていたことが影響していたのかもしれません。
おしっこも1度も出なかったとか。

金曜日の夕方から夜にかけても僕は前の晩と同じような調子でした。
寝てばかりいました。
さっちゃんもそんな僕の横で寝ていました。
僕は途中で目が覚めて、せっかく買ってきた惣菜ですから、さっちゃんの分を残して食べました。
玉子豆腐も食べました。
他にも何か食べたかもしれません。

僕は寝てばかりもおれませんから、PCチェックをしたり、テレビを観たりして過ごします。
さっちゃんが起き出して来たら食べてもらおうとは思っていましたが、起こしてまで食べさせようとは考えていませんでした。
結局、さっちゃんは起きて来ませんでした。
二晩続けて、さっちゃんは夕食抜きになってしまいました。
僕もいつもよりはずっと早く床に就きました。

そして、土曜日。
11時くらいだったのでしょうか?
僕は目を覚まし、昨晩さっちゃんに食べてもらおうと残していた惣菜を食べました。
さっちゃんはなかなか起き出して来ません。
普通ならいくら遅くてもお昼前には僕が起こすんですが、僕がこの状態ですから、さっちゃんには寝ていてもらった方が楽なんです。

それでも1時過ぎには起き出して来ました。
さっちゃんの遅い朝食。
バナナ入りオートミールとヨーグルト、しっかりと食べてくれました。
昨日のデイサービスでのおやつ以来何も食べていないのですから、空腹だったんだと思います。

この日も僕は寝てることが多かったですから、さっちゃんも僕の横で寝ることがほとんどでしたね。
散歩にも当然行きませんしね。
夜も前の晩と同様でした。
僕は消費期限が1日近く切れたコロッケと肉まんとかを食べたんだと思います。
さっちゃんはこの日の晩も起き出しては来ませんでした。
3晩続けて夕食を食べさせてあげられませんでした。
さっちゃんが小食で、少々食べなくても気にしないようなので、問題にはならないのですが、大いなる僕の責任です。
さっちゃんが何も言わなくても、これはさっちゃんの体の栄養状態、さっちゃんの健康に直結する問題ですから。
こんな時のために調理不要のレトルト食品とかも準備しておかなくてはと思いました。

さてさて、今日の日曜日です。
このブログはから書き始めました。
そのことからも分かるように、今日はだいぶん元気です。
午前中には溜まっていた食器を洗いました。
水曜日の晩の分から洗っていなかったんです。
食事自体も少なかったので、洗った食器はさほど多くなかったんですけどね。
コーヒーは淹れましたけれど、いつもの朝食は作りませんでした。
イギリスパンを噛むとまだ歯茎が痛いからです。
これで4日連続でいつもの朝食を僕は食べていません。
肉まんをレンチンして食べました。

今、3時です。
さっちゃんは寝続けています。
いくら何でも寝過ぎですよね。
そろそろ起こして、食事をしてもらって、散歩にでも出かけようかと思います。

今、夜の7時過ぎです。
直前の文章のように、さっちゃんを起こして、いつもの朝ご飯を食べてもらいました。
さっちゃんはペロリと食べましたから、お腹は空いていたんだと思います。

そして、4時過ぎたころ、散歩へ出かけました。
基本の周回散歩コースにプラスアルファした10分ほど長いコースです。
散歩に出かけるのも5日ぶりだと思います。
しばらく出かけなかった期間に多摩川土手の自然の姿は劇的に変化していました。
命溢れる新緑が輝いていたんです!

さっちゃんに上方を指差して見てもらうと、さっちゃんも「綺麗だね」と言ってくれました。


▲16:33。すでに淡い新緑の時季は通り過ぎて、輝く新緑の時季になっていました。澄みきった青空と午後の斜光に照らされて、新緑はなおさら鮮やかでした。一枚一枚の葉も輝いていますから、それが千も万も集合すると、その輝きは爆発的です。まさに生命の狂喜乱舞のよう。正直言うと、僕は紅葉よりも新緑の方がずっとずっと好きです。部分を見ても全体を見ても美しく、毎年当たり外れなく必ず美しいから。

さっちゃんも僕と同感のようで、その後、別の樹で何度も見上げてもらいましたが、毎回「綺麗だね」と言ってくれました。


▲16:34。芝生の広場もこんな感じに。桜も完全に葉桜になっています。


▲16:39。散歩コースの周辺は緑、緑、緑です。


▲16:49。多摩川河川敷の高い樹も低い木も新緑の色や芽吹きの遅速はあれども、もう冬枯れの樹はありません。生命を謳歌しています。

1時間ほど歩いて戻って来ました。
さっちゃんは最初、階段を下る際にいつもより慎重でしたが、それ以外では問題ありませんでした。
ただ、僕の方が問題がありましたね。
やっぱりこれだけ歩いて運動すると、体が疲労して熱っぽい感じがしました。
今この瞬間(7時40分)はすでに大丈夫ですけれど、まだ今日は回復初日なんですね。

今、10時20分です。
あれから(7時40分)すぐに、さっちゃんの夕食の準備をしました。
3時台に食事したばかりですし、あまり食べないかもしれませんから、以下の3品を用意しました。
玉子豆腐、冷凍していた肉炒り玉子、アボカドとキウイとバナナのサラダ。
サラダはマヨネーズで和えて、それにヨーグルトをかけました。


さっちゃんにとっては4日ぶりの夕食です。
ところが、やっぱりお腹が空いていないせいなのか、さっちゃんはほとんど食べてくれませんでした。
何かしら怒っていて、席を立ってしまいます。
僕も仕方なく夕食は諦めました。
洗面所に連れて行きましたが、口を漱いでもくれません。
それも諦めて、寝室へ。
寝巻きには4日ぶりだか5日ぶりだかで着替えてもらうことが出来ました。
それ以降、さっちゃんは起き出しては来ていません。

僕も夕食を食べました。
さっちゃんの残りとバナナの残り半分、アボカドの残り半分です。
僕もこれでお腹いっぱいになってしまいました。
まだまだ軟らかい食事ですが、歯茎を気にしながらも食べることが出来ました。
今現在は疲労感はありますけれど、頭痛や気怠さは消えています。
歯茎の具合はともかく、明日からは普通に戻れると思います。

10時半ころ、さっちゃんは一度起き出して来ました。
布団には戻ってくれていますが、隣りの寝室からはさっちゃんがぶつぶつと喋る声が聞こえ続けています。
もう一度11時ころに起き出して来ました。
それ以降は静かですから、もう起き出しては来ないでしょう。
いま夜中、12時です。
ブログを書くのに根を詰めると、やっぱり熱っぽくなりますね。
ゆっくり寝たいと思います。
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金曜日から喉が痛くて、体調が悪い状態が続いています

2021-03-20 23:45:13 | 僕の病気や体調
誰にでもあるものですが、僕にも肉体的弱点が幾つかあります。
そのひとつが喉。
厳密に言えば扁桃腺なんです。
小学生の頃は毎月のように発症して、高熱を出していました。
子供というのは凄いもので、その高熱にも次第に慣れて行ってしまったんですよ。
38度くらいなら普段と変わらない生活を送っていました。
39度を超えていた日も、母親が「大丈夫?」と聞くものですから、「大丈夫だよ」と答えて学校に行ってました。
さすがにその日は授業中もフラフラしていて、担任の先生から「大丈夫か?」と聞かれる始末。
でも、最後までいました。

両親もこのままではまずいと思ったようで、5年生の時だったでしょうか、扁桃腺の切除手術をしました。
当時の扁桃腺切除手術は残酷なもので、簡単に表現すればギロチンとそっくりな方法でした。
ほぼ成功はしたものの、わずかに残った扁桃腺が、今でも時々腫れるんです。


昨日の金曜日、このコロナ禍では初めて、扁桃腺が腫れました。
熱はなく(今計ってみたんですが36.3度)、腫れているというよりも荒れているといった感じ。
その痛みも唾を飲み込むと痛いではなくて、声を出すと痛いといったもの。
はっきりとした頭痛ではありませんが、何となくフラフラクラクラする感じなんですね。

さっちゃんがデイサービスに行っていますから、買い物に行き、昼食後はお風呂に入りました。
入浴するか否か迷いましたが、お湯に浸かるだけにして、体を休めました。
さっちゃんがデイサービスから戻って、一緒に散歩はしました。
暖かくて風もない日でしたから、ゆっくり歩くことはむしろ良さそうに思ったからです。

散歩から戻って来ると、食器を洗ったり、お味噌汁を作ったり、そんなことをする気力は起きませんでした。
6時過ぎくらいから、さっちゃんの横で僕も横になってしまいました。
晩ご飯も食べませんでした。
その後も何かの用でちょっと起きたことはあったかと思いますが、ずっと寝続けてしまいました。

さっちゃんも僕も翌朝にトイレでは起きましたけれど、ちゃんと起床したのは12時ころ。
さっちゃんには薬を飲んでもらわなければなりませんから、いつものオートミールとヨーグルトを食べてもらいます。
薬も全部飲んでくれました。
僕は昨日買っておいた肉まん1個を食べました。
ヨーグルトも食べ、コーヒーは淹れませんでしたが、一人分のドリップコーヒーを淹れました。

昨晩、駆風解毒湯を飲みましたから、喉のガサガサした痛みは取れていましたが、その他は同じ。
食事前にも駆風解毒湯を飲んでおきました。
食事後はひと通りのPCチェックを済ますと、再び布団の中へ。
さっちゃんも付いて来ます。

さっちゃんの前では僕はわざと大袈裟にフラフラして見せますから、さっちゃんも僕のことを心配してくれました。
珍しいことです。
寝ている僕の体を手で擦ってくれます。
この擦りの効果は皆無なんですが、さっちゃんの気持ちが嬉しいですね。
あまり横になってばかりでは逆に腰が痛くなったりしますから、時々起きてはまた寝ていました。

6時過ぎてから、本格的に起き出して、まずは一昨日の晩からの溜まっていた食器を洗いました。
そして、さっちゃんの夕食を準備します。
玉子かけご飯、昨日買って昨日食べるはずだった10%引きの惣菜「菜の花と春キャベツのサラダ」、冷凍焼売3個。
お味噌汁もなく、少し少なめだからかもしれませんが、さっちゃんは完食してくれました。
カロリーの高いさっちゃん用飲み物(経腸栄養剤+甘酒+牛乳)も飲んでもらっていますし、おやつも食べました。
僕はその後で夕食、白飯、さっちゃんと同じサラダの残り、納豆。
これだけでは足りなかったので、再び肉まんを食べました。
食欲は戻って来たようですね。

さっちゃんは布団に入っていますが、僕の夕食中も、今こうやってブログを書いている時も、何度も起きて来ます。
そのたびに僕はさっちゃんを布団の中に戻すのですが、さっちゃんはこのことがさらに僕を疲れさせているとは、理解できません。
わざとフラフラとよろけて見せたりすると「どうしたの」と僕の体を支えてくれようとするのですが、しばらくするとまた起き出して来るんです。
おそらく僕がさっちゃんの横で寝るまで繰り返されるんでしょうね。
ちなみに今は夜の10時半です。

その後、僕は昨日の朝食の食器を洗いました。
さっちゃんはもう起きて来なくなっていました。
このブログを完成させ、明日の朝のために古新聞や雑誌をひと括りにしてこれから玄関先に出します。

まあ、このブログを書けているのですから、昨晩よりはずっと回復しています。
明日になると、いつもの調子に戻っているでしょう。
ほんのちょっとでも体調が悪いと、すごく悪いように振る舞ってみたい僕なんです。
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12月ころから僕は右肘が時折痛むようになりました。それで今日、整形外科で診てもらいました

2021-02-04 23:56:24 | 僕の病気や体調
12月頃からだったと思いますが、僕は右肘が時々痛むようになりました。
右腕を曲げたり、上に挙げたり、物を掴んで捩じったり、そんな動作をすると右肘が痛くなるのです。
朝起きた時などは特に酷くて、肘を中心に右腕全体が痛重く感じられるのです。
まあ、この感じはしばらくすると消えてしまいますけどね。
鼻をかもうとしたり、帽子の着脱や眼鏡の掛け外しなど、生活の中で普通に行なう動作が辛くなっていました。
もちろん、いつもそうだという訳ではなくて、痛みを感じない時間帯の方が多いですね。
天覧山で岩トレをしたりする際は、肘用のサポーターをすると大丈夫でした。

1月になっても痛みが消えないので、ネットで原因や病院を調べてみました。
それで、今日になって行ってみたのです。
市役所のそばのH村病院。
家から比較的近いというのもありますが、さっちゃんがデイサービスに行っている日に行きやすいことが条件です。
その日には整形外科の先生がいなかったり、午後の診療開始時間が遅かったりと、こちらの都合に合わない病院もありました。

H村病院は午後は3時からですが、受付開始は2時45分からです。
僕は自転車で2時40分に着いたのですが、病院の入り口前にはすでに3人の方が並んでいました。
2時45分に入口が開き、病院内に入りました。

名前を呼ばれ、先生の診察が始まります。
右肘周辺を親指で押しながら、「ここはどう? 痛い?」と聞かれるのですが、どこもさほど痛くはありません。
今日の僕の右肘は調子がいいのです。
他の場所に比べると、若干痛い感じがするところがありますし、痛く感じている時のことを説明したりもしました。
上腕骨外側上顆炎(テニス肘)との診断でした。
自分がネットで調べた結果と同じですね。

またしばらく待合室で過ごし、今度はレントゲン撮影です。
まっすぐ伸ばした肘と直角に曲げた肘の2枚を撮りました。

待合室で待っていると、3度目の名前を呼ばれました。
レントゲン写真を見ながら、骨に接続している腱の炎症部分を示してくれます。
酷くなると石灰化(と言っていたような)してしまうそうですが、そんなにはなっていなかったようです。
そして、ストレッチの方法を1種類教えてくれました。
炎症を起こしている腱を伸ばすストレッチのようです。
1回30秒で10回行なってくださいとのこと。

また待合室で待つことになりましたが、時刻はすでに3時50分です。
僕はデイサービスに電話することにしました。
いつもの時間にさっちゃんを自宅で出迎えられそうになかったからです。
事情を説明し、病院を出る時に僕から電話をすることになりました。

次は注射です。
再び待合室で待っていましたが、名前を呼ばれると、診察室の隣りの部屋に連れて行かれ、そこで待つことに。
しばらく待っていると、お医者さんが来て注射。
診察費用明細書には腱鞘内注射とありました。
最初のチクッとする痛みは同じですが、液を注入する時間が長くて、少し痛く感じました。
これで今日の診療はすべて終了です。

会計は思ったより早く呼ばれました。
病院を出てデイサービスへ電話、4時21分でした。
4時45分ごろに到着すると思います」とのこと。
自転車を10分ほど漕いで家に到着。
4時42分ころに家を出ると、さっちゃんがこちらに歩いて来る姿が目に飛び込んできます。

このまま散歩へ行きました。
夕食は全部食べてくれました。

10時半くらいからだったでしょうか?
さっちゃんが何度も何度も布団から起き出して来るようになったのです。
起き出して来たさっちゃんを僕はハグして、再び布団に戻します。
布団に寝かせつける一連の動作をこなして、僕はこのブログを書きに戻るんです。
12時くらいまでに、さっちゃんは何度起き出して来たでしょうか?
数えてはいませんが、10回は軽く超えています。
20回には届いていないかな?
そんな繰り返しに、忍耐し続け、腹を立てないように我慢し続けるんです。
以前なら爆発していたでしょうが、今日の僕は大丈夫でした。
さっちゃんが不穏な様子だったり、僕への文句も喋り続けていたりすると、僕も我慢できなかったかもしれませんが、今日のさっちゃんは穏やかでした。
穏やかな表情を浮かべながら、何度も何度も起き出して来ることを繰り返しました。
夜中の12時を過ぎてからは起き出して来ていません。
ようやく寝てくれたみたいですね。
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僕の点眼液のひとつがデタントールに変更されました

2020-09-15 23:51:42 | 僕の病気や体調
今日のブログは僕の目の病気、緑内障の最新報告のようなものです。
ですから、ごくごく簡潔に。

3種類の点眼液を差すようになってから、僕の目の周りは酷いことになってしまっていました。
目やにが多く出るようになって、それが乾いて固まって、目が開けづらくなったりしました。
目の周りがカサカサな肌荒れ状態にもなりました。
そのために朝晩2回はお湯で目を洗い、寝る前には眼軟膏を塗っていました。

眼科に行く前には眼を洗って綺麗にして行きますから、気付いてはもらえませんでしたし、
僕自身もこれくらいは甘受しないといけないんだろうな、と思っていたんです。
9月4日の金曜日、眼圧を計ってくれる女性(お医者さん? 看護師さん? 技師さん?)が気付いてくれたんです。
そして、普段の状態を聞いてくれました。

その結果、眼圧を下げる薬のアイファガンがデタントールに変更されました。
デタントールの方が弱めの薬なんだそうです。
何がどう弱めなのかは聞いていませんが・・・・
アイファガンの点眼を止めて、その日からデタントールを使用しました。
すると、徐々に目やにや肌荒れが改善されていきました。
肌荒れで出来た小さなかさぶたのようなものが、目の縁にあったりして、それが視界に入っていて見づらくなるようなこともなくなりました。

そして今日、視野検査の予約が入っていた日なので、眼科へ。
視野は変わらず、眼圧は15に少し高く(前回は13、14)なっていました。
眼周辺の肌荒れ状態も改善され、充血していた状態もだいぶん良くなったようです。


緑内障は日本人の失明原因では第1位なんだそうですが、それは緑内障になる人が圧倒的に多いからです。
40歳代で5%、60歳代や70歳代では10%だそうですから、僕くらいの年齢では10人に1人は緑内障です。
手遅れになる前に緑内障であることを知り、点眼薬での地道な治療(?)を継続すれば、失明にまで至ることはほぼないでしょう。
僕はそんな風に楽観しています。

さっちゃんには「僕はもうじき目が見えなくなるんだからね」と脅すんですが、
まったく理解できていないようですね。
万が一理解できたとしても、そのことが僕にとってどうなのか、さっちゃんにとってどう影響するのか、関連づけて考えることは出来ないのでしょう。
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喉や扁桃腺の腫れ、そして頭痛。僕は夕食も作らず、朝食も作らず、ずうっと布団暮らし

2020-06-13 23:59:06 | 僕の病気や体調
先週の金曜日、右奥下の歯茎の治療で麻酔をして以降、喉の腫れに悩まされていた僕。
もちろん、たいして熱も出ませんし、普通に家事もこなせていたのですが、水曜日の言語リハビリから帰って来てからが大変でした。
いつもいつも、理由はよく分からないのですが、僕は病院から帰って来ると異常に疲労感が残ります。

水曜日も、僕は駅前の総菜屋さんでとんかつ1枚とオクラの味噌和えを晩ご飯用に買いました。
ここのお総菜屋さんも2ヶ月ぶりなので、懐かしく挨拶を交わしました。
(病院帰りに寄っていることや、コロナの影響で病院に行かなくなったことなど伝えているのです)
お弁当もひとつ買ったので、それをさっちゃんと分けてお昼にしました。

昼食を食べ終わると、僕の体や心に疲労感が溜まり始めます。
僕は布団に横たわり、休むことにしました。
さっちゃんも隣りで横になります。
いつもは1時間ほどで目が覚めるのですが、この日は目が覚めると外はすでに薄暮。

この日の朝はいつもより早く、朝食も食べずに出て来ましたから、前の晩の食器洗いからしなくてはなりません。
その後、夕食の準備になるのですが、それではいつもよりも随分遅い夕食になってしまいます。
総菜屋さんでとんかつを買っておいたのはかつ丼を作るためだったのです。
疲れているので、時短で出来るメニューを昼から考えていたのです
でも、その時の僕には簡単メニューも作る気力がありませんでした。
かつ丼とオクラの味噌和え、その晩ご飯は翌日にスライドすることになりました。

僕は歯を磨いたりして、再び布団に戻り、そのまま翌朝まで眠りに就きました。
さっちゃんはずうっと寝息を立てていました。

翌日の木曜日、この日は何も予定がありませんから、目が覚めても僕はずっと布団の中。
昨日までの喉や扁桃腺の痛みは続いていますが、前の晩からあった頭痛がずっと酷くなっています。
さっちゃんが目を覚まし、時々布団から出たりすると、僕ものんびりとは出来ません。
さっちゃんの行動を耳を澄ませて、時には体を起こして目で見たりして把握しておかねばなりません。
頃合いを見計らって、さっちゃんをトイレに連れて行き、念のために座らせると、おしっこをしてくれました。
ここのところ朝起きて割とすぐにおしっこをするケースが多かったからです。
おしっこをしてくれると、その後のさっちゃんの行動把握は気楽になりますね。
少しくらい手抜きをしても大丈夫。

この日は朝食を作りませんでした。
お昼過ぎに、ヨーグルトを食べたり、バナナを食べたり、甘酒や牛乳を飲んだりしただけ。
それ以外はずっと布団の上で横になっていました。
時々さっちゃんは僕のことを叱ってくるんです。
寝てばっかりいて、だらしない生活をしている僕をちゃんとさせようとしているのでしょう。
起こそうとしたり、叱る口調もどこか説教調です。

僕は日が暮れてからやっと起き出して、台所にたまった食器洗いから始めました。
そして、かつ丼を作ります。
つゆの素、水、日本酒、みりん、砂糖のベースにタマネギを入れて煮込みます。
前の日に買ったとんかつ1枚を切って(さっちゃんのはより細く)、さらに煮込みます。
最後に玉子2個のとき玉子を流し入れて、かたまり切らないうちに火を止めます。
ちょっとつゆの素が多かったようで、味が少し濃かったですが、まずまずの出来。

布団でじっとしているとジンジンと頭痛も酷く感じますが、こうやって家事で動いていると、少しは頭痛も紛れるようですね。
でも、さっちゃんと向き合って食べ始めると、頭痛もぶり返して来ます。
さっちゃんはあまり食欲がないようでした。
かつ丼は普通の一人前の4分の1くらいなんですが、上に載ったカツの卵とじの部分だけ食べて、ご飯は残してしまいました。
オクラも食べてくれませんでした。
いつもならそれくらい僕が残飯整理をしてしまうのですが、この日はそんな元気はありません。

頭痛が酷いので、頭痛薬を飲むことにしました。
エミリーEVとロキソニンSがあったのですが、それぞれ使用期限を10年と4年超過していました。
薬の使用期限の意味合いがよく分かりませんから、とりあえずロキソニンSを飲んでおきました。

翌日の金曜日頭痛薬が効いたせいか頭痛もなく、喉の腫れも引いているようでした。
普段通りに朝食を作り、さっちゃんをデイサービスに送り出しました。
そうそう、前日にケアマネさんから電話が入って、僕の体調のことを知らせておいたのですが、
デイサービスのスタッフさんも僕のことを心配して声を掛けてくださいました。
ケアマネさんも「大変なら買い物とか代わりにするので言ってくださいね」と言ってくれていました。

そして、この日は先週に引き続いての歯医者さん。
前回からの状況を報告すると、「麻酔を打つと周辺に麻酔液が広がるので、それと同時に悪いものも広がる可能性がある。
いちばん奥に麻酔を打ったわけだから、そこから喉はごく近くなので影響が出たのかもしれない」
とのことでした。
1週間後に右下の親知らずを抜歯することになりました。
これまで時々化膿していた右下奥の歯茎ですが、原因がこの親知らずにもあるようなのです。
ただ、この最奥の親知らずですが、その手前の奥歯より一段低く引っ込んでいて、かなり見えにくいとのこと。
それに加えて、僕が大きく口を開けられない性質(たち)なので、上手く器具が操作できないらしいのです。
普通の人は自分の人差し指と中指と薬指の3本が口の中に入るそうなのですが、僕は2本しか入りません。
その2本もギリギリなんです。
ここの歯医者さんで出来ない場合は口腔外科に頼むしかないとも言っていました。
予防線を張られたみたいですね。
念のために今回は化膿止めの抗菌薬と痛み止め(これは痛くなった時だけ服用)も出してもらいましたから、今は快調です。
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今日の僕は僅かな頭痛と眠気とだるさで、一日中ほぼ寝てました。夕食もバターロール2つと牛乳だけ

2020-05-10 23:52:17 | 僕の病気や体調
今日、日曜日も何もない日。
8時ころ自然に目が覚め、洗濯物が少しあるので洗濯しようかなぁと思いましたが、何となくだるくて、明日でいいや、と。
朝食は普通に作って食べました。
さっちゃんもおかずをかなり残しましたが、食パンもヨーグルトも食べてくれました。

PCチェックを終え、晴れ間も出ていましたから洗濯しようと再度考えましたが、やっぱり面倒くさくて、明日でいいや、と。
そのうち眼の奥が重く感じ出し、何故だか眠気も襲ってきます。
さっちゃんは昼間でもしょっちゅう布団で寝ていますから、僕も時折布団で横になることはあるんですが、それは眠くてではありません。
ちょっと疲れた、僕は腰痛持ちですから、特に腰が疲れたりして横になることがほとんどです。
それが今日は眠気が襲ってきて布団で横になりました。
真昼間ですから、そんなにぐっすりと眠ることはありませんでしたが、瞬間的に僅かな時間眠りに落ちることがしばしば。

さっちゃんはそんな僕を起こそうとします。
いつもなら僕と一緒に布団の中に入って、それを嬉しがるはずなのに。
毛布やタオルケットを剥がそうとしたり、僕の腕を掴んで引っ張ったり、腰や肩など体の横を押したり引っ張ったり。

さっちゃんは午前中にトイレへ行って久し振りに漏らさずに普通におしっこが出来ました。
ですから、その後はトイレに行く用はないと思うんですが、それでもやっぱり僕は気になります。
寝ていても、さっちゃんの家の中を歩き回る音を敏感に聞き耳を立てているんです。
そろそろ排便があってもいい頃合いに入って来ていますし。
僕は2、3度布団から出てはさっちゃんをトイレまで連れて行きました。
トイレに用があるように感じたからなんですが、さっちゃんはトイレには入りません。
同じ布団の中に居てくれた方が僕は安心して眠れるんですが、こんな時に限ってさっちゃんは家中をうろうろ歩き回るだけ。
それでも、短い時間でしょうが、さっちゃんの立てる物音が遠ざかる時もありました。

さっちゃんの意味性認知症の特徴のひとつに「共感性の欠如」があります。
いつもと違う僕のことを「どこかが悪いのかな?」とか思いをはせることが出来なくなるんです。
そんなこともあって、さっちゃんは僕を押したり引っ張ったり小突いたり、・・・・。

今日は雨も降っていないのに、買い物にも散歩にも出かけませんでした。
滅多にないことですね、ほぼ毎日小1時間は歩いていますから。

夕方が近づいて来て、さっちゃんの僕への態度が変化し始めました。
さすがに僕の様子がおかしいと感じ始めたんでしょうか?
僕の体をさすってくれたりします。
さっちゃん自身も布団の中へ入って来ることが多くなりました。
僕への言葉も柔らかい雰囲気に変わって来ました。

夜8時が近づいて来て、僕はお腹もほとんど空いていなかったんですが、さっちゃんには食べてもらいたいですから。
こんな時はさっちゃんが小食なんで助かりますね。
それで、冷凍してあったロールパンをひとり2個ずつチンしました。
そして牛乳。
僕は今晩はアルコール抜きです。

今日も薬は1種類しか飲んでくれませんでした。
歯磨きもしてくれませんでした。
寝巻きに着替えるのも、文句を言われながらやっと上着のシャツ、ズボン、靴下までは脱いでもらうことが出来ました。
今晩も寝巻きは着れず、です。

でも、今日も一日平穏でしたね。
僕もほんの少しの頭痛でしたから、普通に起きて家事などをしていたら、直っていたはずです。
夕方近くなって、僕自身も散歩に行けば気分も体調も良くなるだろうな、とも考えました。
でも、そうしませんでした。
今日は一日、自分の勝手でやってみよう、さっちゃんに振り回されずにやってみよう、と思ったからです。
なんか、意地と言うか、「こんな一日があったっていいよな」と思ったりしたもんですからね。
さっちゃんも予想よりはずう~っと反発せずに、怒らずに、文句も言わずにいてくれました。
夕方近くなると、僕に対する優しささえ感じさせてくれるような態度、行動をとってくれました。
嬉しかったです。

僕の体調自体は、まだ眼の奥が重い感じは残っていますけれど、明日からは大丈夫でしょう。
明日から再びさっちゃんと僕の夫婦の暮らしを楽しく続けて行きたいと思います。
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僕の緑内障は少しずつ進行しているのでしょうか?

2020-03-09 21:27:56 | 僕の病気や体調
先週の金曜日、さっちゃんが半日デイサービスでいない時間に僕は眼科病院へ行ってきました。
この日は視野検査を行うことになっていたのです。

結論から言うと、左目の視野が少しだけ(と言っていいかどうかは知りませんが)狭くなっていました。
つまり、前回は見えていた部分で見えなくなってしまった部分があったということです。
眼圧や視力はさほど変わりなかったようです。

目薬を差すようになって、その副作用なんでしょう。
目の周辺が肌荒れし、少し痒くなり、目やになんだか涙なんだか何かしらが固まったりもします。
日に数回、ぬるま湯で目を洗って、肌荒れ用の塗り薬を塗ったりしています。

以前と比べて、細かい字が見にくくなったことは確かですね。
それに、見ている世界は全体的に霞んできたような気がします。
この原因は眼球自体にあるのか、それとも目の周辺が荒れていることによるものなのかはよく分かりません。
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