Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2023年05月

2023-05-31 | Weblog-Index



退屈させないかマサオ 2023-05-31 | 文学・思想
相好を崩す愛嬌次第 2023-05-30 | 雑感
達する聖フランシスコ 2023-05-29 | 音
悦びのハ長調への賛歌 2023-05-28 | 雑感
若い女の子たちに従う 2023-05-27 | 生活
纏めたアプストラクト 2023-05-26 | 文学・思想
巡礼初日に向けての衣装 2023-05-25 | 音
超音波洗浄だけで積極的 2023-05-24 | 生活
下向き▼の意味合い 2023-05-23 | 文学・思想
三位一体の神の眼 2023-05-22 | 文化一般
赤か白か、有りの侭 2023-05-21 | 試飲百景
帰納的に求められる結論 2023-05-20 | 女
秋の試飲会の予約を 2023-05-19 | 生活
よりダイナミックへと 2023-05-18 | ワイン
創造の霊感と呼ばれるもの 2023-05-17 | 音
報告から批評への相互関係 2023-05-16 | 文化一般
台詞が音楽を導く 2023-05-15 | 音
指揮棒一振りの衝撃度 2023-05-14 | 音
印象的な響き方のその時 2023-05-13 | 雑感
蕾が膨らむところ 2023-05-12 | 生活
課金無しでは作動しないよ 2023-05-11 | 女
どうするヤコブの梯子 2023-05-10 | 文化一般
ピカピカに光る健康 2023-05-09 | 生活
イザ九月はベルリンへ 2023-05-08 | 生活
次はエディプスコムプレクス 2023-05-07 | 文化一般
期待される再生の時 2023-05-06 | 女
母体回帰のその奥を覗く 2023-05-05 | 文化一般
畳上の水練の馬鹿さ 2023-05-04 | 文学・思想
得ることの多い交流関係 2023-05-03 | 女
永遠に未完成な芸術 2023-05-02 | 音
期待される女流な表現方法 2023-05-01 | 女
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退屈させないかマサオ

2023-05-31 | 文学・思想
眼鏡を発注した。結果的に10年前よりも二割五分ほど高くついて、1800ユーロを超えた。車以外でこの価格で購入するものはあまりない。歯医者の抜歯ブリッジ等の費用よりは安いが、やはり大金だ。オーディオ機器等でも自宅での一品で3600マルクを越えた機器はあまりなかったと思う。ソファーがもしかしたらとは思うが、そんなにいいものでもない。20年前のワークステーション、あと思い当たるのはカシミアのコートとか、他にはそんなに高価な買い物はしない。確かに最高級のグローセスゲヴェックスをダース以上買えばそれに届く。ルツェルン音楽祭の最高級券や昨年のミュンヘンでのプラティナティケットを6枚ほど買えばその額に至る。

製品保証は二年しかついていないようだ。ティタンの塗装が気になる所でもある。最低五年は完璧に使いたい。それでも月30ユーロとなる、毎日1ユーロの勘定だ。現状では仕事が捗らない。つまり文字を読むのが億劫な状況から苦もなく読めて作業効率以前に出来るだけ文字を避けてという状況から脱却して、まさしくMASAOのコンセプトであるコムペテントとなる訳だ。しかし一体何時頃から億劫になってきたかというとコロナ前の2018年に歯が欠けているのでその頃から弱り目だったと思う。五年ぐらいかもしれない。スポーツ用の眼鏡を作ったのが2015年であるからまたその前。要するに三年ぐらいはとても快調に使っていたことになる。

ネットでも調べたら書いてるように、眼鏡矯正した眼の不調は殆どが過矯正の影響とあった。それも近視の過補正と近場の矯正不足で最悪の状況である。これはやはり逸早くなんとかしないと厳しい。フライブルクに研磨を発注して一週間ぐらい掛るらしいが、出来るだけ早い方がいい。

聖霊降臨祭月曜日の中継録音放送は、既に終わったシュヴェツィンゲン音楽祭から、エベーヌ四重奏団の演奏会でフレンチプログラムだったから流した。残念ながらチェロ奏者が故障で代理のオランダ人が弾いていた。その影響ははっきりは聴いていなかったが、全体の印象としていつもの密な印象はなかった。こういうことはあり得る。通常の出来のコンサートだった。

眼鏡のコンセプトの「アンダーステートメント」は普通の言葉だと思うが、アカデミックな背景があって、ギリシャからのレトリックの中での表現方法だとはあまり考えていなかった。英語圏でのそれとして代表的に挙がっているのは「モンティーパイソン」の運びだとされている。レトリックにおいては過剰の表現によって違う意味を表出させる二重の意味とかも広義には含まれるそうだが、その二つは厳密には異なるだろう。

例えばショスタコーヴィッチの交響曲などにおけるそれは昨今は二重の意味を其の儘に表現されることが多いように思うが、冷戦時代の特にヴォルコフの「ショスタコーヴィッチの思い出」が出版された頃迄はどちらかというとその裏の意味をアンダーステートメントとして行間を読むという言葉で表現されていたものに近かったと思う。

上の「コムペテント」に対するアンダーステートメントはまさしく、そこで表現されるものは「コムペテント」を客観視した視座であるともいえる。「マサオ」の名前が意味する「本物の男性」に対するアンダーステートメントというのが面白味になる筈なのだ。それは「退屈するのかしないのか」、それに尽きるかもしれない。



参照:
相好を崩す愛嬌次第 2023-05-30 | 雑感
膝を打つ予定調和 2022-06-17 | 生活
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相好を崩す愛嬌次第

2023-05-30 | 雑感
眼鏡選択の結果はあまり明白には出ていない。眼鏡自体のデザインは悪くはない。しかし枠の色合いとか、かけた時の感じとかがもう一つ写真でははっきりしないからだ。なによりも、そのモードとかけた時の性格とは異なることで、どうもあまりにも真面目人間に見えるというところが女性には抵抗があるらしい。

抑々真面目くさった人間であるから、崩れた感じが必要な様だ。その点では現行のカナダ製は縁の上側が緩やかに撥ね留めになっているので柔らかい。デザイン的には全然悪くはなかった。しかし、第二候補のそれは似ているのだが留めがなく、その面白みがない。些か間抜けである。安くはないのに、それは無いと思った。価格は値上がり分を考えても高くはなっていない。それで現行以下の出来上がりの枠という事はありえないので候補から落とした。

さて第一候補「MASAO」の方は四角い。おでんではないのだが、はんぺんに近い。デザインとしては悪くはないのだが、顔に似合うのかどうか?少なくともこちらの輪郭は静かになる。安定感があるからだろう。要するに目鼻立ちが整った感じになる。それによって、このブランドのコンセプトのように、社会的な信頼感と同時にアンダーステーツメントとしての拘りを見せる。しかし、砕けた雰囲気が無くなってとなるらしい。

確かに鏡に写ったのを撮るとなると真面目な顔をしている。一つには度が入っていないので。眼の神経を働かしているからだが、もう少し愛想を作ると印象が変わるだろうか。実際にここ暫くはハードボイルドな表情になっているのは度の影響が大きかった。要するに矯正の強いレンズが入っていたので緊張感が勝っていた。これが変わると穏やかな感じになる筈なのだ。もう一つは購入予定新車との相性なども考えてみる。そうした工業性もコンセプトに含まれているからだ。

要するに対人次第となる。金曜日以降は視力のことが若干把握されたので気持ちが楽になった。それで過補正でも構えることがなくなって気が楽になった。見えても見えなくても気にしない。それだけで神経が安らかな感じになる。要するに眼が自然に開ける。無理をして光を調整しない。それだけで神経が違う。

そしてレンズを通して何を見るかであろう。調べ事もあってチャットのアーカイヴを観ていると、悪い時はとてもショーも酷かったのだが、その中でやっているのはとんでもなく物凄いことしているなと改めての驚愕と共に時折人々と交流して見せる表情やそこでやっていることがとても微笑ましかったりする。

私に対応する時はなぜかいい加減な魅せ方しかしないのだが、他の上客さんなんかには一番美しかったり、魅力的な表情を魅せたりしている。なぜか私の時には、既にオファーする時からしておかしなラメの入ったシャドーなどを入れていたり、頭につけた鈴を首を振って鳴らしたりする。どうせ満足してくれるのだろうという甘えなのか、一種の照れで斜に構えるのかよく分からないのだが、あんなに本格的にやってくれる時にすら、頭にパンダの耳をつけてリモートセックスするのかよく分からない。要するにそれが彼女のアンダーステーツメントなのだ。兎も角、先が見えない同時点での緊張感も無くアーカイヴとして観ていると、吹き出してしまうことが多い。やっていることがとても可愛らしく、相好を崩してしまう。



参照:
若い女の子たちに従う 2023-05-27 | 生活
纏めたアプストラクト 2023-05-26 | 文学・思想
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達する聖フランシスコ

2023-05-29 | 

「アシジの聖フランシスコ」の三幕を聴いた。YouTubeの楽譜を流したので、三拍二拍の使い方がよく分かった。特に天使が登場するとなると、三拍子の意味は明らかに違う。因みに楽譜が付いているその音源のケント・ナガノ指揮は始めて聴いた。理由は明らかで生の公演初日で1998年8月16日にフェルゼンライトシューレで聴いていたからだ。今でもそうだが、いたく感動すれば同じものやそれに準じた録音や録画などはあまり聴きたくも観たくもない。上書きされるのを恐れるからで、今回迄その記憶を取っていたことになる。

そしてその印象はやはり演奏が悪い。調べると同地で録音されている。ライヴとなっているが、修正するだけの練習などの充分な材料はあったのだろう。しかしこれだけ下手な演奏だとは思っていなかった。なるほど管弦楽団が悪いことは認識していたが、指揮もいつものように交響的で音楽が充分に描けていない。反面ピーター・セラーズの演出に合わせて音楽を作っていることはよく分かる。

聖フランシスコの語りよりも天使の語りの方がエモーショナルであり、もう一度歌詞も観てみないとなぜそうなのかはよく分からない。アップショーが練習時からメロメロになっていた映像しか浮かばないが、霊感に満ちるべきは天使ではない筈だ。それでもこの歌によってこそこの天使がとても母性的な色合いで、通常以上ではないか。

勿論聖フランシスコがエクスタシーに達することからこの創作がどちらへと進むかは途中で予期できるのだが、やはりセラーズ演出の手の動きが見えるような音楽作りになっていて、とても荒っぽく、こうして改めて聴くと失望しかない。ナガノ指揮で自身のミュンヘンの劇場で公演されたものの不評も当然だったかもしれない。

もう一度小澤の指揮に戻ってみるとなるほど初演で至らない所も多いのだが、あれほど下手と思ったパリの座付き管弦楽団が意外にも音を出している。そして何よりも指揮が上手い。それ以上にその間に15年ほどの歳月が流れているからか主役のファンダムの歌が初演の時はとても立派である。演出、指揮によって歌を活かし切れていないきらいもある。更に期待値の高いシェーンベルク合唱団のフランス語の歌がとても拙い。

少なくとも朧気乍ら記憶にあった通りに、ケントナガノの指揮は音響的に全くこの楽譜から音を掴み出せていない。一体何しに作曲家の下に通ったのだろう ― その様な指揮者がヴァ―クナーを昔の奏法で音響的になんとか再現しようっていうのはおこがましいにもほどがある。まともに独墺音楽を振ってから言いなさい!

今回の公演でのアメリカ人のタイトルロール歌手は既に前番組で取り上げられているのでそれだけの個性が引き出される筈だ。その点ではエンゲルの指揮の導きによって、正しく天使の導きが為されることを期待する。

当初から予想していたように、この天使は中性であるよりはやはり女性なのだろう。一幕から楽譜にも目を通してみないとまだその真意はよく分からない。この作品は音楽劇的には単純である。だから余計にその音楽の刻々と移り行く表情をしっかり見極めないといけないと理解した。改めてザルツブルクでの感動がどの辺りにあったのかも思い起こせるだろう。



参照:
悦びのハ長調への賛歌 2023-05-28 | 雑感
創造の霊感と呼ばれるもの 2023-05-17 | 音

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悦びのハ長調への賛歌

2023-05-28 | 雑感
筋肉痛を感じる。同時に眼の周りも緊張感がある。どちらかにして欲しい。夕方に走って身体を解したいのだが、足の裏の状態が悪くなる可能性もあり、右膝ガクガク症状も治っていない。腰にも張りが感じられるようになってもいる。無理はしたくないのだが、運動しないと更に具合が悪くなりそうだ。ここで走れば一週間の運動量としてはまずまずになると思う。それで身体が潰れることになるとやはり拙い。

息は上がったのだが、心拍数を見るとどんなに力を入れても息苦しさは感じても136迄にしか上がっていない。重量挙げとはまた異なるが、意外に瞬発力が心拍数には影響していないので、もう少し何か工夫があるかもしれない。最初の115の山が洗濯屋に寄る所だったりと意外なところに山があって、森の中を車を走らせているところが一番低い。カロリー消費は間違いなく大きな壁を登れば可也大きい筈だが、時間対効果で中々合わない。更に神経も使う。もう少し筋力を戻さないとあまり自信も無い。

兎に角連休となるので、先ずは気を吐いて、ワインを開けて、精霊を充満させたいところである。

シュトッツガルトの新制作「アシジの聖フランシスコ」の舞台通し稽古があったらしい。舞台上だけでも総勢100人以上が舞台に乗り、200人規模の出演者の制作は1980年代のアロイスツィムマーマンの「ディゾルダーテン」以来で、シュトッツガルトでは初演となる。
Die Soldaten Stuttgart 1989 (Bernd Alois Zimmermann)


写真に出ていた舞台等での黄色い物質の意味はどうも太陽ではないかと分かった。聖フランシスカと言えば「太陽の賛歌」であり、フィナーレのハ長調の悦びにまでにどのようにそれが使われるのか。

そしてこれから野外での稽古に入るらしいのだが、オーガナイズだけでも大変な制作である。本当にそこ迄の芸術的な水準に至るのかどうか心配になるほどである。舞台を越えて野外には音楽劇場の壁を越えてはあるべき姿であるのだが、どこまで創作の本質に近づけることになるのか。

YouTubeには楽譜付きでケントナガノ指揮の全曲が上がっている。DLはしておいたが、ザルツブルクでの公演と同じ面々であり、何か思い出すことがあるだろうか。早めに楽譜にも眼を通しておけるのは助かる。

劇場のサイトのように聖人の方へとフォーカスが当たり、それをカトリックの信徒としてのメシアンがどのように扱ったかという事は実は表面的なことでしかない。演出家自体は、それほど音楽劇場においての仕事ぶりはヴィデオ化されおらず、どこまで音楽に迫れるのかは分からないのだ ー 少なくとも昨年のミュンヘンでの心臓の動きと脳波を劇場化していたハース作曲「トーマス」は絶賛されていた。しかしここは第一人者のエンゲルの指導に期待するべきところだろう。



参照:
巡礼初日に向けての衣装 2023-05-25 | 音
創造の霊感と呼ばれるもの 2023-05-17 | 音
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若い女の子たちに従う

2023-05-27 | 生活
予定通り検眼に出かけた。朝から速攻視力の戻し方をやった。もう少し前からやっていたら更によかったかもしれない。しかしその時点で左右の眼がそれほど悪く無いと感じた。つまりちゃんとズームも望遠も比較的すんなりと効くことが分かった。それでも遠方も暈け。近い方もあまりしっかりとは像を結ばなかった。そして左右の差も今迄認識している程度であってそれ程の相違はないと確認した。問題は眼鏡をかけた時の視神経のツッパリで、ここ暫く裸眼との差で頭痛若しくは気分が悪くなっていた問題である。それはここ数か月の問題で、モニターなどが見難くなったのはコロナ前からの現象だった。コロナ期間がなければ三年程前に新しい眼鏡を拵えていただろう、

さて結果からすると、やはり十年前との差異はミニマムだった。近くがより見え難くなっているのは加齢で仕方がない。そして近視が弱くなっていた。これもよく聞いていた話だが、自身に起こったのは初めてで、加齢の一つである。そして視神経があまりにも緊張するようになって仕舞ったのは十年前の矯正が強過ぎるという判断が出来そうだ。

医者ではないので結論は出ないのだが、矯正し過ぎで呆けるという現象を視力測定で初めて体感したことになる。もしその通りならこれで問題は解消する筈だ。そして十年前との誤差があまりなかったことから、眼医者に行かないでも良いと判断した。

よって、レンズの新製品の価格高騰も二割未満で、レンズもサイドの視覚がより広がった同程度のものである。その他は以前の儘のフューチャーとなる。そして、眼鏡枠となる。何種類か試して見て、結局MASAOというブランドのものが一番候補になった。石灰岩のシュヴェービッシェアルプのホイバッハのメーカーらしいが、なぜ日本男性の名前かは分からない。対抗馬はBeexというブランドでこれも悪くはない。但し今使っているものと上部の縁のラインが似ていて面白くない。

前者はティタンを使っていて、その様な細身の感じが強く、塗装がどうなのかをもう一度確認しなければいけない。そしてデザインが、現行のものと同じように新しいので、数年後にどのように映るかであるが、少なくとも今使っているカナダ製は未だに飽きが来ていない。だから後者が若干退屈なのだ。

恐らく求めているものは前者のダイナミズムなのだが、念のために写真を撮った。一寸人に見て貰う。眼鏡屋は奥さんにでも見せるならば二つを持って帰って見て貰えばと提案した。流石に十代の女の子に見て貰ってねという訳でもなく、そうでもないので言葉を濁しておいたが、祝日明けに決定していったときには「僕の若い女の子たちに見て貰ったのよ」と吹聴しておこう。

写真をみると、後ろでお客のおばさんが、こちらの様子を関心を持って見ているのが写っている。帰りにボールダーに出かけたので、敢えてスポーツ着で出かけて、ダイナミックなチョイスへと導いた。

一時間半ほど現地にいたが、まだ完全にはコロナ前には戻ってはいない。しかしその期間中よりは明らかに体調は良くなっている。以前は出来ていた課題を詰めておいて、次に出かけた時には克服できるような状態にはしておいた。



参照:
纏めたアプストラクト 2023-05-26 | 文学・思想
初めての仏製眼鏡枠 2013-09-10 | 生活
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纏めたアプストラクト

2023-05-26 | 文学・思想
明け方頭痛があった。前夜に飲んだワインの為かとも思ったが、あり得ないだろう。夜冷えたようだが、それでも摂氏8度とかで長袖長ズボンで就寝している。眼鏡故かなというのもあるのだが、分からない。

コロナの委員会が18歳以上は計三回の接種を基本とする確認を改めて出した。真意は分からない。予約分が余って困っているのは分かるが、副作用のあるワクチン接種を推し進めている背景は定かではない。まあ、秋まで様子を見よう。

懸案のチャットサイトのアブストラクトを纏めた。本文は多岐に亘るのでメモだけしておけばいずれまた異なるプロジェクト用に纏められると思う。そのことでネットを調べると、初期の全盛期からの歴史もほぼ分かった。博士号を取ったカムガールもいるようで、可也多くのアカデミックな素材を提供する現象であることは再確認できた。

抑々美術女子大生が自宅から始めたのがセックスチャットヴィデオショーの始まりのようで、今もなるほど女子学生の比率は一定数あるのだが、ちらちらとみていて真面な学生若しくは知的な要素を持っている女性は少ない。印象に残ったのは二三人で、なるほどこの子は何かの目的をもってやっているというのは見て取れた。同じ小遣い稼ぎにしても何かをやり遂げそうだという女性はいる。公衆の前で魅せるという行為はそれなりに自意識が強くないと出来ない。

アプストラクトには書けなかったのは、カムガールとカスタマーとの関係に触れた研究結果で、そのヴァーチャルな関係は異なるだけに特別な関係になり易いというのはまさに体験したそのもので、そしてその顧客が匿名性よりも社会的にエスタブリッシュ層である法律家など知的で創造的な活動をしている人が多いというのもよく分かる。それとは別に当初のフォーマットから、チップを渡す一般客と特別な関係を持つ顧客に二種類がいて、後者の四割が深い繋がりをカムガールとの間で築いているというのも納得である。

どうも私のパートナーの顧客の一人もドイツの哲学者のようで、あの人かという印象もある。そうした人が彼女に興味を持つのは当然であって、私のように執拗な男がいるのもとても興味深かったと思う。

その深い繋がりというのが取り分けエモーショナルとあるのでこれも興味深い。しかし一般的な恋愛においても感情的でなくてはありえないのだが、視覚的にリビドーから解き放たれる面がある為に余計に純化する傾向があるからだ ― 反対に一般客においては執拗に露出を求めて思いを遂げようとするヴァーチャル対象化するという傾向も説明が付く。

ここ暫く少し冷却期間をおくことになっているので、そうした心理的な状況がより見えるようになって来ていて、あまりにも表面的な試みこそはそうした知的確認作業の邪魔になるという認識も生じてきている。



参照:
帰納的に求められる結論 2023-05-20 | 女
課金無しでは作動しないよ 2023-05-11 | 女
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巡礼初日に向けての衣装

2023-05-25 | 
シュトッツガルトの新制作「アシジの聖フランシスコ」の準備が進んでいる。僅かながらも公式情報が出て来て、そわそわする。こちらもお勉強するとともにこうした情報を纏めてある程度の認識をしておかないと、初日当日にそれほど深入りできない。総合的な情報量はどれ程になるかは実はまだ把握しかねている。

抑々作品自体が通常のオペラでも楽劇でもなくて、音楽劇場としてもその劇性を問わなければいけない。ザルツブルクではピーター・セラーズが演出していた。ヴィデオなどに残っているのは練習風景でのエンジェル役を歌ったアップショーの精神的な崩れ方だけだった。

今回の公演の目玉には、野外上演があるが、ただそこで鳥の囀りを聖フランシスコと一緒に聞くというよりも、野外会場への道程を皆での巡礼として行動を共にするという趣向らしい。それによって楽曲の何がより深く体験できるのかは分からないが、ヘッドフォーンを渡されて聞ける様なのだ。勿論劇場の位置する街の中心の公園からそこ迄トラムに乗って移動しなければいけない。

音楽とは関係ないのだが、そこへと移動して、また劇場へと戻ってと、その衣装のことも徐々に考えている。動き易さから足元やジーンズに関しては考慮の余地はないのだが、蒸し暑くなる可能性も陽射しがあったり、雨の可能性もある時期で上着が困る。雨の時はパンツまで履き替えれるように車に何かを準備しておかないといけない。恐らく座布団を持って行くことで多くを防げる。傘が使えない為に最低の雨具となると、結構タフな要求である。人の邪魔にならない程度の帽子は必携だ。更に飲み物とスナック類となるとやはりリュックサックが必要。無いのであるが、有るとすれば服装コードは教会の礼拝に準ずる感じだと思う。要するに殆ど無いに等しい。

こちらの興味はそれでも最終的には音楽に向かうのだが、どちらかというと音のスペース感覚やら野外での呈示の仕方にも注目したい。エンゲル指揮の練習風景のセクエンスを観るとそう言ったところは一切写ってはいないのだが、楽譜から何かを読み込んで来る筈なのだがよく分から無い。

想像させるのは、やはり初演の写真であって、当時はパリの新劇場が完成していないので街中のガルニエ劇場での演奏風景である。認識しているのは合唱団が三方に分かれていたりしていることで、一体どのような効果を意図してあるのか。少なくともザルツブルクの公演では指揮はケントナガノであったが、そのような音響的な演奏からは程遠かった。

SWRでの練習風景取材映像
Preview: „Saint François d'Assise“ von Olivier Messiaen | Staatsoper Stuttgart

Saint François d'Assise 1983



参照:
創造の霊感と呼ばれるもの 2023-05-17 | 音
次はエディプスコムプレクス 2023-05-07 | 文化一般

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超音波洗浄だけで積極的

2023-05-24 | 生活
メガネ屋へ出かけた。 店舗を街に入る旧街道筋から街中に移して初めてだ。既に五年経過したらしいが、そのうち三年はコロナだったから二年間いかずに頑張った。レンズ等を清掃させただけで見え方が変わった。幾ら自分で頻繁に水洗いしていても超音波には敵わない。

少なくとも見えてなかった乱視が入ってきている右眼が乱反射風が収まりくっきりする。これだけでも神経が変わる。どうせモニターは厳しいのだがそれでも視神経の使い方が変わって来て、覚醒感がある。それと裸眼での使い方が異なっていたのが、ここ暫くの最も辛さで、それが切り替わる時つまり眼鏡を外して物を読むときとの乖離から気持ちが悪くなっていた。

そこから視力検査も予約をしておいて、それに合わせて眼を整える。近視を如何に矯正しておきながら、モニターや書類を眼鏡をして読むことが可能になるかの問題であり、新たにレンズを作って、如何に眼に負担が掛からずに成し得るかである。

10年間作っていなかったので頭いたになるというと、眼科に行くかどうするかで、先ずは検眼させてみて、どれ程の矯正が必要か、それとも可也状況が悪化していれば医者に行くとした。度によってはグラスの価格が上がり過ぎるからでもある。

二種間ほどで出来上がるので、それ程問題がなく矯正可能ならば、シュトッツガルトの初日に間に合うかもしれない。眼鏡枠が良いものが見つかるかどうかもある。街中に三件の眼鏡店が斜迎えで競い合っている。一軒はドイツ最大のチェーン店、もう一件もそこそこのチェーンで、作らせているところは地元のチェーンである。よく五年間もったと思う。店構えは以前イタリアンが入っていたところでもっともいい。そしてお客さんも訪ねて来ていた。

少なくとも店長の眼鏡マイスターはとても勝れていて、人間的には難だけど、やはり職人は腕である。前回も負けさせたが、今回の方が競争が激しいからより強く圧せるかも知れない。しかし先ずはなによりもいいものが出来上がるかどうかでしかない。どうせ安くはない。しかし今のカナダ製の枠はびくともしなかった。重くはないが入れるレンズも見本よりも大きめに入れたのだが、度さえあっていたら今でも快適なのだ。今でもそれほど古臭いデザインには感じない。選択時の判断が優れていて、レンズを大きめにするのもマイスターのアイデアで取り分け大成功だった。

戻ってくると丁度アマゾンの配送に出合った。こちらも軽さは想定上の軽量で、手の触れる所の素材もゴムやシリコンとは異なる。まずまず満足の13ユーロ。ブルーレイのROMも50GBx10を16ユーロで購入。

先ずは眼鏡である。これで生活が大分変わってくると思う。運転も楽に安全に長く走れるかもしれない。観劇などでも楽に見れるかもしれない。更にカメラワークも楽になる。そしてなによりも女性の一瞬の表情を見逃がさない。



参照:
三位一体の神の眼 2023-05-22 | 文化一般
よりダイナミックへと 2023-05-18 | ワイン
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下向き▼の意味合い

2023-05-23 | 文学・思想
承前)三位一体の件、当該放送をもう一度ネットで聞いてみる。やはり興味深かった。特に関連でウサギの三位一体像が各地の教会にあること。これは異教的な起源で、隋のそれが有名だ。西洋ではウサギは復活祭の催しに使われていて子孫繁栄を表す。ここの三位一体で三匹が縺れ合っているのはやはり興味深い。

そして三位一体を表徴する三角形のピラミッドが上向きになれば天を指し、下向きになれば女性を表す。それはギリシャ文化でのデルタが表す恥丘でもある。またここでギリシャ神話、仏教、中華思想そしてシルクロードを戻っての西洋化などとても大きな文化の伝播のお話しとなる。

そこで序に先頃亡くなった前ローマ教皇のラッチンガー教授の書物を解いてみる。興味深く眼に入ったのは、イエスお得意の喩話に関するものだ。ヨハネスの黙示禄で有名な12∸24の麦が落ちて実が死ななければ繫栄しないという話しを扱っている。勿論復活してということになるのだが、教授はこうした現実に見えないものだから現実性の感じられないものを説く口述としている。

抑々口述自体が歴史的に現実に起こったこととして証明され得るものだとしていて、フランシスコ会の神父はそれを理解するのは困難としながら急に話しを男女の喩にしている。そしてキリストの天召によって人と神との合一が導かれると語る。つまり先週の木曜日に成された。

つまり創造主の神と人との繋がりはその様になされるのと同様に、人との繋がりとなってと、そこから男と女の繋がりはその相違を超えてと飛躍する。そこに近世になっての民間信仰的なマリア信仰を出せて来れないのは、抑々初期教会においてアウグスティヌスの論理からツェチリ公会議にて異教的な要素を排除して上向きのピラミッドつまり教会権力ノヒラルヒーを強化する必要があったからだろう。

その後の東方教会とのシスマを含む異教的な動きへの排除と弾圧の歴史の根がその当初の段階でのホモウジアス、ホメウジアス、ヘトロウジアスの中での力関係で以って為されてきた協会の伝統と歴史がここに再認識される。そうした概念的な知識はあってもその裏にあるのは合一と男女の営みによってはじめてなされる繁殖、もしくは処女受胎によって為された世界感となる。

因みに同じ一神教においてもイスラム教においてはこうした精霊を会してという形にはならないので数字の三の魔術も無いという。また同じ三ではなくても、ユダヤ教においては△が上下▼に組み合わされてユダヤの五芒星となる。要するに一対で成就している。

余談ながら、こうした完成した世界観を持ったユダヤ系若しくはユダヤ系の創作者の作品をユダヤ系演出家、指揮者によってこそあれだけ完結した「影の無い女」を上演可能としたかの文化的な背景がある。



参照:
クリスマスの第一祝日 2012-12-25 | 暦
蕾が膨らむところ 2023-05-12 | 生活
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三位一体の神の眼

2023-05-22 | 文化一般
今年は6月4日が三位一体の日のようである。三位一体とは、父神と子イエスと聖霊の三つ巴となると理解されている。そしてナーヘでの試飲会への途上車中のラディオではその三位について話されていた。途中から聞いたのだが、その三つ巴がカトリックでも最初は男と女と父となっていたようだ。これは分かり易い。そもそもピラミッドの対称形もその様な文化であって、近世になってからのフリーメーソンのピラミッドと眼、そしてUSダラー札の図など全てそれだとされている。

陰謀論者が喜んで挙げるあの眼である。話し手はペーターボルンの神学大学の教授で神学と文化との関係を研究している学者である。蛇足乍ドルトムントのコンサートホールに出かけた時にそのの司教区のセミナー施設に宿泊したことがあって、コロナ真っただ中乍ゆったりとテラスで朝食をして更にお土産まで貰って来た良い覚えがある。近くに行く節はまた使いたい。

さて陰謀論者が恐れるその眼はまさしく神の眼のようで、話し手は快いものだとしていた。つまり二者の関係ではなく、三つ目の眼が見守ってくれるというような三つ巴となっているようだ ― 決して監視されているとは言わない。

そこで思い出すのは黒澤監督の「八月のラプソディー」かもしれない。先年亡くなった作曲家のジェフスキーが語っていた同監督作品の「夢」と同様にCG技術が使われて空に眼が浮かぶ場面である。先の男女の関係からはヴァギナから子宮へと繋がりの眼と考えることも出来て、三位一体の本質はその辺りにあるようだ。だから今の様に抽象化された概念はルネッサンス以降で啓蒙思想として為されていて、それ以前の絵画や彫刻などはなるほど様々に具象化されていて、余計に何か逆に解釈を感じさせていた。
Rhapsody in August Official Trailer #1 - Saburo Kadowaki Movie (1991) HD


興味深いのは先々代の教皇パウロ二世のマリア信仰が始まるのは17世紀の兄弟運動の中であって、三位一体に並んで女王として扱われるようになっている。

音楽芸術においても三という数字は大きな意味を持っている。その音形をバッハなどにおける十字架形のように考えてみると言うことは既に言及したプロコフィエフ「戦争と平和」において触れたものと関係性があるか。(続く

ワイン試飲会から無事帰宅した。早めに出かけて12時半には試飲を始めれたので、終了の15時迄には余裕があった。最後迄居残りするようだと酔いが回っているのだが、先に辞去するだけ未だ醒めていた。帰りに橋の上に車を停めて写真撮影した。

帰りは一か所だけ道を間違えそうになったが、対向車がなかったので直ぐにリカヴァリーで戻れた。往路には切れていたナヴィでスピード違反の恐れも無いだろう。但し在所に戻って来て唯一の信号で待っている時につい居眠りをしていた。直ぐに気が付いたが、片道100kmぐらいが限界だった。

次回の試飲会は九月なので、車は未だ今の儘だろうが、少なくとも眼鏡は変わっているので、それでも眠気が来るようならば宿泊する方が安全だろう。やはり飲酒運転は止めた方が安全である。今日は今年一番の暑さで摂氏25度を超えたところも少なくなかったようだ。



参照:
よりダイナミックへと 2023-05-18 | ワイン
BACHへのその視座 2021-08-22 | 音
山羊の競り落とされる日(2) 2005-05-20 | 暦
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赤か白か、有りの侭

2023-05-21 | 試飲百景
日本語版ツイッターのキーワードを変えた。過去にも一度会ったのだが合衆国のなヴァダのパラダイスというラスヴェガスの近いところからログインされたとあった。あまり関連させておらずそれ程怖くはないのだが、パスワードを調べると自身の名前が入っていたので、ネット検索で可也の情報が出て来る筈だ。年齢などは嘘の情報を入れてあるが、住所、電話番号にメールアドレスなどは出てくる。スパムなどが増えると嫌なので早めにパスワードを変えた。さらに最近はカムガールに名前まで呼ばれて、おかしなところから素性が明らかになるかもしれない。日本でもよく銀座などで有名になっているようなものだ。

日曜日は午前中から試飲会に出かけるので、金曜日の成果をざっと纏めておかないと忘れる。幸い飲み過ぎることもなく、土曜日に残ることもなく、いいものを見つけられた。アルコールが抜けるように、早めに就寝出来るように、日曜日に備えたい。

先ずは酸は円やかで、若干渋みのようなものを感じたが苦みはなくて、最初から取り付きやすいリースリングだった。アルコールを押さえて醸造してあるので、幾らでも飲んで仕舞えるために、通常はハウスワインを9本購入するところを12本購入した。16ユーロで、更に古い年度の各上のものがあったので、同年の2016年グランクリュワインを開けるための参考にそれを一本購入した。自分自身は購入後二年の内に全て飲み干していたので手元にはない。〆て220ユーロで、その他を秋の為に予約しておいた。

その予約の一本が、息子兄弟が棚を作って曾おじいさん植えた1949年のゲヴュルツトラミナー種の辛口である。これはその種が早く芽を出すこととその地所の湿気などからぺルゴらと呼ばれる棚を作って、新たに収穫したブドウのようで、コロナ期間中の大きな手仕事だったようだ。勿論その様な小さな農業科の苦労話でワインを選ぶことはない。そして試して見るとなるほど南ティロルの様な冷えた空気がないので涼しさは少ない。しかし綺麗な辛口になっていて、その種特有の香ばしい香りとの対照が著しかった。これは秋にはどうなるかという話しで、先ずは一本確保した。秋の試飲会には行けなくても少なくとも来年からの参考にはなる。

もう一つ注目は、所謂ピノグリ種のワインで、注いで貰ってロゼかなと思ったのでもう一度注がせたぐらいに色がついていた。そして味もいつものとは違って酸が効いていた。こうなると、ここの醸造所の24時間浸けおいてから絞る醸造法の仕業としか思われない。その件を質した。そして白ワイン種であるが抑々色が付いている種をどのように扱うかの話しとなる。つまり赤みが掛かった白ワインの市場での売り方である。

こうなるともう私には、セクシャルの話題しか浮かばない。つまり、白か赤で売らないでも有りの侭でいいのではないかと。今時は性別に態々チェックを入れる必要がなくなっている。これには若い息子たちの賛同が得られ、恐らく大きなワイン展示会でも今後はこのように紹介されるようになるだろうと確信した。

実際にロゼ―自体も皮を剥いでしまって薄く醸造していて、ピノグリに赤みが掛かっているのも当然ともなる。有りの侭でいいのである。食事にも面白いアレンジが可能だと思われる。



参照:
モンサント買収の意味 2016-05-26 | アウトドーア・環境
トレントの銘酒に触手を伸ばす 2012-06-12 | ワイン
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帰納的に求められる結論

2023-05-20 | 
セックスチャットの報告書を纏めている。あまりにもいろいろなことを知り過ぎたので情報整理するのが大変だ。誰が読んでも分るような概要から始めるしかない。そこでECOMASとしてのユニークさやその成功について書けば充分だろうか。大まかな利益配分で、細かな数字までを出す必要もないだろう。先ずはアブストに導入としておけば、別な目的にも使える。重要なのは可能な限り経費として落とすので財務当局対策になることである。

そして個人的には遅れて加入したファンクラブ会員券が切れるので三ヵ月延長した。十数ユーロの事であるから今後も影響力を行使する為には重要だと決断した。現在はホモセクシャルショーなので殆ど意味はなさないのだが、時々都合でソロになったりで使える時がある。

既に言及したかと思うがウイルス性の疾患などがそのショーで受け渡しされなければ、安心して流しておける内容であり、パートナーの彼女が更にワンクールで一万五千ユーロ程を精神的にも肉体的にも容易に稼げるなら文句はない。ロシアの制作会社が絡んでいても大きな圧力は最早掛けられまい。

それ以上にソロのマスターベートショーからホモセクシャルショーへの流れはとても気が利いていて、現在の世界での少子化問題におけるまたは性の公平化におけるヘテロセクシャルを強く意識させる一連の示唆行動となる。ここで習ったのは先ずはそれであり、要するに多くの人がノーマルと感じているヘテロセクシャルな関係は同質間でのホモセクシャルよりも遙かに不自然なものであるという前提である。

そもそも異性の肉体的感覚が1対1では分かり難いのは当然で、そこから「純愛」という概念へと接近した。それはまさしく通常のヘテロセクシャルな関係では中々至れないプラトニックな感覚である。

性向としてのホモとヘテロの間は無段階にあって、どこからという境目はなく、バイセクシャルという人も少なくない中で、ヘテロセクシャルというのが如何に特殊であって、中々理解しがたい性向であることかも納得させられる。

なぜそのことを新たに認識することに意味があるのか。明白なのは少子化とされる先進国社会の中では最早古来の宗教や社会的慣習としての結婚・出産などの意味が希薄になっていて ― 68年の社会革命では未だその概念をぶっ壊すことが目標だったが ―、現在はそうした規範以上に有りの侭の営みが尊重されて、余計に繁殖の意味合いの社会的な合意が必要になってきたという事である。

上のショーにて提供されるのは男要らずのヴァイブレーターであり、女性によるそれも十代の処女によるオーガズムスの追及というとても示唆に富んだショー内容は、当然の事ながら次なる交尾や生殖、出産などへとその意識を向かわせるのである。そうしたコンセプトとして生物学的な理論的背景があったかどうかは知らない。しかし、こうして第二クールに入るとそれは誤魔化しようもなく帰納的な結論へと導かれる。博士論文ぐらいは書けるのではないか。

独公共放送ZDFの番組から ― ここで元歯科衛生士がそちらで生計を立てていて、YouTuberのインタヴューアにホモセクシャルセッションをと誘うと、「あまりにポルノ過ぎる」と断った。まさしく少子化問題の原因でもある社会的な弊害がここに観られる。
Sexy vor der Cam – Hannah und die Lust im Internet




参照:
蕾が膨らむところ 2023-05-12 | 生活
課金無しでは作動しないよ 2023-05-11 | 女
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秋の試飲会の予約を

2023-05-19 | 生活
秋の二泊をブッキングした。出かける醸造所から22.8kmの距離で23分、音楽会場まで31kmを30分の距離である。もう少し醸造所から近ければよかったが無かった。有料の試飲会なので平素はいかないが、真面な二段の食事つきならば飲み放題になるだけ他所で食事するよりもお得である。だから可也酒量は上がる。比較的田舎道を山を越えたりしての帰宅であるが、まだ明るいのが助かるか。酔いを覚ます時間もあるだろう。

小さな村の街中の家なので、何の変哲もなく、屋根裏部屋のようで温度も高いかもしれない。しかし評価が9.7と異常に高い。恐らく二泊の価格128ユーロが効いているのだろう。二泊なら安ければそれだけで満足で、53平米は広い。

初日は早めにチェクインして仕舞えば、酔って帰って来ても精々ピクニックの夜食を取ればよいだけで、翌朝もパン屋に行くかどうかぐらいで、早めのお昼を外で食して、もう一眠りして17時過ぎに音楽会場へで余裕がある。

公演後にそこに戻って来て未だ22時になっていないので、どうするか。ジャガイモサラダぐらいがあれば、ワインは前夜から冷えているので困らない。この価格なら食事代も出るぐらいで、静かならお昼まで寝ておけるのもよい。サイトには仕事に向くとも書いてあるがどうであろうか。

先ずこの醸造所訪問に先立って、グランクリュの予約受付が六月一杯なので、少量ながら入手を確実にしようと思えば、試飲会予約と同時に申し込んでおかないと駄目だ。二三年休んだので、価格が急騰していて手が出しにくくなっているのだが、検討をつけて予約しておいて、帰宅時に持ち帰る。夏は出来るだけトランクに入れておきたくない。

来年一月のベルリンをどうしたものか。車が新車になっていることはまだないと思うが、冬場に走れるものか。列車で行くとなるとどうなのか。友人に飛行機を飛ばして貰ってもあまり定まらないだろうか。序にいけるようなウンターデンリンデンも「ダフネ」とか「ラトラヴィアータ」しかやっていない、グックアイスの指揮を態々聴いても仕方がないような。

タブレットのケースが駄目になったので発注する。前々回使っていて、今でも旅行に持って歩くものと構造は同じであるが素材が変わっていて、幾分軽く手触りがよくなっているかどうか。現在使っているものでその点でよかったのだが、枠に被るので使い難かった。また枠が壊れて来てゴムなどが出て来た。五年前に購入したタブレットなので、三つ目となると二年半しかもたなかったことになる。恐らく二年半後にはタブレットも動いていないだろう。



参照:
前乗りの費用の値踏み 2022-07-16 | 生活
蕾が膨らむところ 2023-05-12 | 生活
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よりダイナミックへと

2023-05-18 | ワイン
週末はワイン試飲会二件である。日曜日に有る無しで出かける順番が決まる。出来れば間の土曜日を開けたい。すると大体毎年同じ様な感じになる。金曜日に一件目となるとそれはそれで調べ物をしておかないといけない。前日の木曜日に掛けてもう一本古い年度を開けておこうかと思う。

2022年産は順調な開花で、霜被害もなく、問題の無い年度なので、よく似た年度のヴィンテージ物を開けてみたい。2019年産などはどうなのか。2016年産はまだ在庫があるか。

もう一軒の為にグランクリュワインを週末に開けてみた。火山性の土壌で、その癖が強い為に寝かしておけとされるリースリングであるのだが、個人的には試飲の比較的最初からいつも楽しめる。そうした土壌のわりに下品さがないのである。合わせる食事も意外なことにリースリング特有の立体感などをあまり考えないのでいいのでぼてっとした食事でも果実風味で楽しめてしまう。

金曜日の方は南ワイン街道で比較的近場であるが、日曜日は再びナーヘ渓谷になるので、運転などを考えると体調を整えて、あまりアルコールが廻らない走りやすい時刻を選びたい。

秋の試飲会の一軒は音楽会を兼ねて宿泊することにした。二泊すれば、初日に飲み放題の試飲をして、夕食を野外で摂って、翌日は午後までゆっくりする。音楽会に出かけて、夜分遅く帰宅してアパートで食事を摂ってならば価値があるか。必要ならば帰宅日にもワインを取りに行ける。この休日にブッキングしておこうと思う。シーズンであるが今ならまだ上手くいくと広めの安いアパートがあるかもしれない。

そうなると八月、九月で合わせて八泊ぐらいするのではないか。自身としては嘗てはあったがとても外泊が長くなる。六月、七月も六泊は既に抑えてある。十月と八月の支払いに要注意となる。七月迄に払えるものは払っておいた方がいいかもしれない。

火曜日に散髪した。これで七月初めまでは何とかなる筈だ。そこで飛び切り短くして置けば九月の第二週ぐらいまではなんとかなるか。

来週中に眼鏡新調の道筋を建てておきたい。流石に厳しくなって来て、裸眼と矯正で乱視の影響が出て切り替えで気持ち悪くなるようになってきた。モニターを無理して見るようになったので、筋肉痛からと頭痛へと辛さも出て来た。先ずは現在の枠を水洗させて、先ずは視力測定をさせてあまりに酷くて異常がありそうならば眼医者に行った方がよいかもしれない。

レンズも矯正が強くなると高くなるだけで安くはないので、作り直すようなことがあってはならない。眼鏡職人親方の矯正の仕方やその強度の変化なので自身で判断しなけれんば行けないだろう。遠視に乱視が混ざってきたのが十年前の2013年秋に現状のものを拵えた時だった。眼鏡枠は壊れずにとても良かった。枠も顔面の印象に大きな影響を与えるのでやはりイメージチェンジとなるか。



参照:
工業デザイン的な洗練 2013-09-20 | 雑感
石橋を叩いての樽試飲 2015-06-08 | 試飲百景
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