収容制限があった時に真っ先に席を確保したので、結果二列目になってしまった。だから最終日には一列目を再購入した。しかし、この制作の内容を考えると、指揮が見えない席で視線が指揮者から解放される価値はある。どうしても気になる所を、舞台に集中できるので、個人的な依怙贔屓に無しに舞台を判断できるかもしれない。どうしても耳は奈落の音に行ってしまうだろうが、ドイツ語のニュアンスを楽しめるようならば、またテロップを読むことが可能ならば、一回目としてはとても為になる。
Einführung zu »Maskerade« von Carl Nielsen
肝心の「鼻」のロンドンでのバリーコスキー演出も観た。音楽はメッツマッハ―で、流石に再演のロジェストヴィンスキーとは異なるが、そもそも英語上演なので本物とは何もかも異なる。但し、作曲家の横にいてふてぶされたような顔をしていたロジェストヴィンスキーとは大分楽譜の読みが異なる。そうこうしているとミュンヘンからメールが入った。沢山のリンクの一つにどうも総稽古の音らしいものが流れていた。ユロウスキーの指揮にも期待したいが、演出のセレブニコフに話などを聞くと結構期待できる。
Shostakovich - The Nose - Rozhdestvensky
Dmitri Shostakovich - The Nose
Schostakowitsch: Die Nase (deutsch, Dresden, Joachim Herz)
早速「マゼッパ」のTV収録を流してみた。二幕まで観て、可也のメロドラマ構成だと分かった。しかしレチタティーボなど大幅に切り裂いて更に適当に繋げている公演なのであまり参考にならない。それでも全体のドラマテュルギーは舞台の演技もあってざっくり掴める。但し音楽的な意思は明白であって、正確に演奏すればとても精妙なところが沢山ある。そして言葉の拍節やシラブルなど可也柔軟に動かないと不自然になりそうで、ロシアでレパートリーにしているような人でないと難しいだろうと思った。
«Мазепа» П.И. Чайковский / "Mazeppa" P. I. Tchaikovsky