Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

索引 2020年11月

2020-11-30 | Weblog-Index


求められる新たな指針 2020-11-30 | マスメディア批評
イタリアからのマティネ中継 2020-11-29 | 雑感
毎日が航空機墜落事故 2020-11-28 | 生活
催し物の緩和も大きな要素 2020-11-27 | 歴史・時事
九月のドイツよりも悪い 2020-11-26 | マスメディア批評
低死亡率という悪質デマ 2020-11-25 | 雑感
交代勤務の人への思い 2020-11-24 | 雑感
年内の買い物を整理 2020-11-23 | 生活
改訂版イタリア交響曲 2020-11-22 | 文化一般
歯を食いしばって耐える 2020-11-21 | 女
続きそうな無観客演奏会 2020-11-20 | 雑感
中期戦のロックダウン 2020-11-19 | 女
スーパーで必死になる 2020-11-18 | 女
ポジティヴ移民サーヒン? 2020-11-17 | 雑感
その口で語るな、芸術文化を 2020-11-16 | マスメディア批評
スターリングラード交響曲 2020-11-15 | 音
隔離と田園性の叙述法 2020-11-14 | 文化一般
言い得て妙な表現方法 2020-11-13 | 雑感
来夏には全て正常化予定 2020-11-12 | 雑感
バッテリーチェック 2020-11-11 | 暦
あとは辛抱だけでは 2020-11-10 | 歴史・時事
「音楽の都」の現代音楽祭 2020-11-09 | 女
新年遅くまで次々と 2020-11-08 | 暦
胸がきゅんとなる 2020-11-07 | 女  
新年から必要な厚着 2020-11-06 | 暦
響くやり場のない怒り 2020-11-05 | 音
知らされていない情報 2020-11-04 | テクニック
深刻に受けとめられる 2020-11-03 | 文化一般
聖像破壊者と伝統回帰者 2020-11-02 | 文化一般
ロックダウン前最後の演奏 2020-11-01 | 音
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

求められる新たな指針

2020-11-30 | マスメディア批評
おかしな記事が出ていた。春に行われた管弦楽のアエロゾール実験を改めて扱うニュース記事だ。意味が分からなかった。なぜならば舞台上での間隔はPCR検査などで縮まってきていて、今月初めには無観客ながらもショスタコーヴィチの第八交響曲が高らかに鳴っていたからだ。総勢74名のベルリナーフィルハーモニカーの演奏は二月のツアー以来の響きだった。だから今後はロックダウンで観客はいないながらもある程度の大きな編成での演奏は可能になると思っていた。

しかし、先週の南ドイツ新聞を読むと事情はやはり違っていた。確かに肯定的に書かれるように、管楽器でのエアロゾールの影響はフルート以外は殆どないとされて、現行の3mx2mから1.5mと他の楽器群と同じように間隔を縮めても良いことになった。しかしフルートに要求されたのは前に3m、横に2mで、あの5月1日のヨーロッパコンサートの中継風景を思い起こせた。

今回の報道がなぜなされたかは分かった。8月末にキリル・ペトレンコが代表して舞台上での楽器間の間隔の縮小を要求したことに対しての科学的な実験を吟味しての当局の正式な回答が出されたからである。当局とは、楽団員などの労災などを指定する局でもあり、労働の安全を規定するもので、なぜベルリナーフィルハーモニカーがオーストリアのザルツブルクにおいてもヴィーナーとは異なって距離感を開けて演奏した理由がその労働規定、保険規定にあるからだった。その規定に反して演奏することはできない。

勿論管楽器のみならずエアロゾールの起き難そうな弦楽器陣がその1.5m間隔から寄り添って演奏することは可能であろう。しかしPCR検査で陰性とされながらでもヴィーナーフィルハーモニカーのような感覚で演奏して感染者が出た場合は保険が下りない。ヴィーンでの実験の様に1m以内でも何も起きらないとされたのとは大きな相違がある。麻疹ほどエアロゾール感染はしないというのは参考になる。

南ドイツ新聞には、BR交響楽団の対応と結論が記載されている。それによると、短中期的には室内管弦楽へと集中して、大編成での演奏は当分できないという事だ。ベルリナーフィルハーモニカーが求めていたのは必ずしも大編成構成でのプログラムの可能性では無くて、合奏上に距離間の問題だったが、編成を小さくしてもあまりよれないという事になって大きな問題であろう。

ベルリンの大学病院シャリティのおかしな専門家などを使って、会場を埋める事と同時に上の要求を出した結果、前者はマスク着用の義務とベルリンでの感染増加という結果でフィルハーモニーでは殆ど実施されることなく大失敗の結果となった。そして後者は期待していた1m以上への言及もPCR検査等での免除も無かったようだ。管楽器を横に詰めれるということぐらいか。幾ら詰めても今度は弦が舞台に乗らないのではないか?折角段階的に間隔を詰めて来たのに元の木阿弥にはならないか。

少なくとも客席に関しては最早春から秋への進展はコロナ終焉まで求めようがないと思う。あるとすれば新年10日以降のロックアウトが財政的に続けられないとしての新コンセプトでの感染拡大の容認だろう。その時にはワクチン接種の成果で決してICUベット使用率が基準値を超えないことが必要になるだろう。

メルケル首相は最後の最大の決断としていることから感染拡大の容認を疾病の拡大とはしないことを基本とするだろうが、どこまで早く必要な人に接種がなされていくかとの競争である。

客席に関しては、感染の拡大を容認することでしか収容率を上げることは不可能になった。公共交通機関を不要不急で使わない様に、スーパーなどでの定員を絞るようにの規制はマスクなどの誤魔化しでは到底感染を防げないことが分かっているからであり、新たなコンセプトと数理的な基準作りでしか社会も経済も耐えられなくなってきている。



参照:
Im Nebel, Helmut Mauró, SZ vom 25.11.2020
ドイツの研究者が発表「クラシックコンサートに於けるウィルス感染は、コントロール可能」、宗次ホール
合唱するための必要条件 2020-07-15 | 文化一般
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

イタリアからのマティネ中継

2020-11-29 | 雑感
明朝は冷え込みそうだ。零下三度ほどの予定で、放射冷却が厳しくなる。

日曜日は朝からムーティ指揮のレヴァンナの楽団での無観客マティネー中継があった。ザルツブルクの時も映像は観たと思うが、今回の方が一月の感じに似ていた。もっぱらマエストロの身体の調子に関心がある。年初めまで気が付かなかったのだがこの指揮者の良い悪いは全てその身体の切れだけだと改めて思った。それだけでなくなんと跳んでいた。背筋が伸びて体幹が確りしているときのこの人の指揮は、その音楽は素晴らしい。まだ八十歳にはなっていないのだが、延ばした髪の豊富さとまだ白髪だけになっておらず、年初めの時よりも顔に張りがある。日本デビューの時の30歳代の覇気を彷彿とさせる。

一月にも二年前のそれとは打って変わった指揮振りと音楽の若々しさに歓喜したのだが、今回はシカゴに渡れないものだからイタリアで充実した生活を送っているのを想像させる。今から考えるとやはり更年期で二年ほど前は底だったのだと思う。楽譜を捲る視線を観察していてもまだ眼も良さそうで、とても若々しい。オンデマンドでも高音質で聴けそうなので、先週の演奏も聴いてみよう。

ニュルムベルクのコンサートホール新建設が凍結されたのは知っていたが、モデルをルツェルンのkklにしていたとは知らなかった。所謂シューボックス型で見本よりも少し小さめに1500人程度にする予定だった様だ。音響芸術的にはトレンドであり、60㎞離れたバムベルクの古い形のワインヤードとは一線を画せる筈だったのだろう。

しかしその街の規模以上にそこをホームとするフィルハーモニカーや座付管弦楽団を考えるとそこまで贅沢の出来るものだったかとも思われる。例え州立歌劇場には話題のヨアンナ・マリヴィッツが監督としていて、まだ暫くは活躍するだろうが、せめてバムベルクほどに話題にならなければあまり人が集まってこない。

ここワイン街道からは、260㎞ほどで二時間半で行けるので、ルツェルンよりは近く、ルクセムブルクよりは遠い。いいホールになれば、海外からの管弦楽団の招いて公演すれば日帰りで出かける価値はある。その場合も1500人入場となればやはり経済的に中々難しいだろう。ドイツのあれ程の街では難しい。

ルツェルンなどの入場料も高く、強いスイスフランケンであるからこそ成り立つ贅沢というものもあるので、素人さんの街ではとても難しい。ベルリンでもシューボックス型の大きめの新ホールは切望されるが容易ではない。

ドイツでは先ずはミュンヘンの新コンサートハウスの完成と出来を待つしかないだろうか。



参照:
感興豊かな躍動性 2020-01-18 | 音
コロナ死者の為のミサ曲 2020-09-06 | マスメディア批評

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

毎日が航空機墜落事故

2020-11-28 | 生活
日の出が8時前だった。7時20分から夜明けだ。銀行に行く用事があったので20分には出た。既にドイツェバンクは店仕舞いになっていたので、其処に車を停めて、コメルツバンクへ走った。聞いていたようにそこも閉店だった。仕方がないので初めて郵便局まで走って現金を下ろした。今後は何処に駐車するかなどを考えなければいけないが、こうして早朝ならば問題が無いであろう。

走る準備をしているので街一画ぐらいは移動が速い。パン屋に向かうと丁度いいぐらいの込み方でそのまま三人目として入れた。寒いと暇で並んでいる人は少ない。外気温は摂氏零度だった。最初は曇っていて放射冷却が無くなった分2度まで上がっていると思ったが、山の方に上がると下がっていた。駐車場に着いたのは8時前だったので既に2台が停まっていた。暗いうちから動き始めたようだった。走ってくるお兄さんもいたのでやはり物好きいるものだ。

兎に角霧が掛かっていて寒いので身体が動かない。視界も効かないのでどこを走っているのかもわからなくなった。峠に着くと駐車していた車の老人夫婦などが犬を連れて反対側から上がって来たところだった。あまり見かけない顔に見えたが、霧が深くて明るくなかったので良くは見えなかった。帰りに寄る肉屋での買い物などを考えていた。いつものライヴァルの婆さんにもすれ違った。

NASの掃除は残りが929GBまで場所を空けたが、まだ消せるものを確認した。最初に設置した時に古いHDDからそこにうつしたファイル類で、そのHDDは壊れていないので、必要なファイルだけを纏めておいて、其の侭NASに移植しておく必要が無い事に気がついた。それならば普段は接続されていないそうした幾らかのスペースにファイルをうつしておいて更なるコピーとしておいても悪くはないと思った。92GBほどの空に音楽ファイルでも入れておこう。その他のドキュメントとかはどれだけ多くても僅かな容量しかいらないのでどこにでもセーフティーコピーを保管しておける。しかしメディア類は容量が大きいのでそれなりに場所を選ぶ。それらを消去出来たら再び残り1TBとなるだろう。それだけあると最低100本のオペラや音楽は収納可能となるので、月8本としても一方で整理しながら一年間は何とかなるだろう。

就寝前に気になっていたTVシリーズ刑事コロムボ「どの古いポルトも嵐の中」若しくは「赤ワインは血より濃いし」を観た。記憶にあったように、ワイナリーの親仁が犯人で、キャリフォルニアのワイン作りが舞台になっている。アメリカのそれは分からないもののそうした裏側が分かる玄人の視線で観れるのでそれなりに面白かった。細かなことを言えば色々とあるのだが、殺される弟のフェラーリへの意識とワイナリーのニューヨークの競売で購入したワインなどが並列されているのがいい描き方だった。今年は試飲会に出かけることは無かったのだが、趣味で購入する人も皆同じように愛着を持っている感じが良く表れていて、そもそも殺人の動機がそこから導かれていて、とても納得がいく。昔最初に観た時は分からなかったがそうした拘りのようなものが全く異常には思われなくなってしまったのだ。

そうなのかなと思ったのは、ロス郊外の地下室で簡単にそこまで室温が上がるのが、空調が無ければ駄目なのか?少なくともボルドーぐらいでは全くそのようなことは無いからだ。それ程気象変化の大きいところなのだろうか。サンフランシスコぐらいならそこまでには至らない気がするが。

オーストリアは死亡者増加が止まらない。既に感染者数では11月12日の一日9600人を頂点に降下しているが、死亡者増加は医療崩壊などが無くても通常三週間ほど遅れて死亡する。12月第一週ぐらいに山になるだろうか。既に一日132人で十万人中32人死亡と、毎日大型旅客機が墜落しているようなものと言われる。

更にとても恥さらしなことに、EUがスキー禁止を訴えたものだから、閉鎖すればEU分担金から被害分を支払えとまるでやくざのようなことを声明する。ノイヤースコンツェルト同様に好き勝手にスキー場を開けて、死傷者を増やせばいいのだ。金がないとなるとこのような態度を取るようになるのかと情けない。

ザクセン州の劇場が二月一杯まで閉鎖することにした。これはドイツ内で囁かれるようにクリスマスまでで年明けから再び開けてというようなことではもう劇場などがもたないという事に対応している。同様に判断を最初からしたのは私立のバーデンバーデンの祝祭劇場で短期に開けたり閉めたりで余計に疲弊するという事だった。やはりそこの支配人スタムパ氏の発言の様に復活祭に向けて仕切り直しが最も正しい道なのだろう。年明けも感染度からすると当分観客は入れられない。



参照:
催し物の緩和も大きな要素 2020-11-27 | 歴史・時事
九月のドイツよりも悪い 2020-11-27 | マスメディア批評
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

催し物の緩和も大きな要素

2020-11-27 | 歴史・時事
事件ものの話しから「刑事コロムボ」を観た。指揮者が登場するものの記憶があったので、コンダクターで検索すると出て来た。題して「黒のエテュード」であった。ショパンの曲がそこにあるが、その自殺の動機とか何とかよりも、指揮者像の描き方とか謎解きの方があまりにも安易な感じで面白くなかった。交響団指揮者というとやはりもう少し期待してしまうからだろう。表層的な人間にしてももう少し賢そうな言動を待つのだが、このシリーズの他の知的殺人者に比較しても物足りない。ロケ地のハリウッドボウルの指揮者なんてその程度にしか思われていないのだろうと察した。一番印象に残ったシーンは、金満家の娘の奥さんが指揮者の旦那がピアニストの女の番号を空暗示しているのに気が付いた瞬間の表情である。当時よく出ていたブライス・ダナーというブロンドの細面の大きな青い目の表情である。

京大の八割おじさんの話しが面白い。現在の日本の状態を解析して、第二波から第三波が続けてやってきていると称している。つまり第二波以降も緩和が進んで一挙に来たという形になるらしい。これで分かるのは夏以降ウォチャーを続けている隣国オーストリアの状況である。

まさしく欧州では数限られる第二波が夏の間にやって来ていた国である。理由は、オペラやヴィーナーフィルハーモニカー、ザルツブルク音楽祭に代表される春から夏の緩和の延長に真夏の波があったのにも拘らず、9月、10月と引き締めることも無く第三波の頂点が第二波と干渉して大波となっている。

具体的にはリンツやヴィーンでの夏季の帰国者の感染とされたものと実はザルツブルガーカムマーグラートでの感染源は異なりそうで、後者の方は8月中旬以降は可也制圧されていたように思われる。実際にザルツブルクが第三波に呑まれたのは大分後で、その谷部から結婚式などで大発生していた。第三波の特徴が都市型であるとすれば、根強く残っていた種が潜み続けていたのかもしれない。

同様な例はドイツの場合それ程みられなくて、ワイン街道のここでも八月初めは指数が1を割って零に近づいていた。しかし零にはならなかった。その後10以下で推移して、クラスター潰しが出来なくなったのは、勤め先のルートヴィヒスハーフェンなどで突発的に上昇するようになってから徐々に郊外へと広がって行った。現在のスパイヤーが363と連邦上位にあるのはそれゆえである。多くの人がBASFなどから電車で通っている。

何処の国もヴァカンスシーズンで撲滅などとは考えなかったのだが、クラスター潰しが出来なくなったところと出来たところの差はついたであろう。一般的にコッホ研究所の指数50というのは追跡調査が出来なくなる数字を示していて、実際はその前に設定した25から50へは数日も掛からなかったところが多い。

日本も大都市の東京や大阪また北海道などは既に25を超える勢いで、日本全土でも11を超えている。ドイツの場合はそこから50を超えるまでに5週間、オーストリアの場合は3週間ほどで、その間に華々しくザルツブルク音楽祭が開催されて、オペラの新演出公演がなされていた。さて日本はこれから年末までにどこまで行くのか、とても注目される。

八割おじさんが言うように催し物などの緩和も大きな要素であることは最早否定しようがない。音楽祭で感染者が出たとかでないとかは殆ど関係が無いことで、実際には感染はそうやって広がって行っている。そして死者の数も増えていく。

個人的にも寒さの加減か再び胸がスカスカするようになってきた。時々喉の奥がむかむかして血の気が喉の奥から出てくる。恐らくコロナがうろついているのだと思う。全身症状はそれほど悪くはないのだが、このスカスカ感は特有のもので気持ちが悪い。



参照:
プファルツ風ポテトサラダ 2020-08-13 | 料理
音楽会マスク着用様々 2020-09-20 | 雑感

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

九月のドイツよりも悪い

2020-11-26 | マスメディア批評
朝起きできなかった。典型的な11月の天候で一日中暗かった。仕方がないので昼にお勤めの一っ走りをした。パン屋に寄ったら通常は売り切れているクロワッサンなどがあったので、如何に人出が無いかが分かった。天気のせいだ。その代り沢沿いの道には有閑爺婆が結構いた。

12月からは商店での入場規制が再び起こりそうだ。スーパーは再びワゴンを強制させて、必要ならば規制すれば事足りる。最近の研究によればスーパーでの空気感染が可成りあるという事で、全く驚かない。コロナの感染はそういう所でも起きる。しかし、発覚するのはクラスターとしてのパーティーとか家族なので、あまり話題にならなかった。美術館とか音楽会も自身の経験からすれば発覚しないだけで大分発生していると思われる。

その事から走りながら考えていたのは、日本は新感染者指数が既に10になっているようだが、ドイツではいつその数字に至ったか。調べてみると9月7日だった。但し当時の陽性率は僅か0.87%で日本のそれとは比較にならないほど低かった。その当時のドイツでの規制は、音楽会なども四分の一も入れていなかった。フランクフルトでオクサーナ・リニヴの公演を聴いたのが丁度その頃だ。当時のフランクフルトもあまり高い数字は出していなかった。因みにオーストリアは既に指数24、スイス28だった。

これから分かるように12月に東京で演奏会とかそれも第九とかというのは完全に地獄の道を歩んでいるとしか思われない。ヴィーンでも客席に関してはそこまでやっていなかった筈だ。スイスは逸早くスキー場を開けるとしているが、音楽会でのマスク着用と共に新たな道を歩んだスイスはある程度の死亡者を出すことは既に試算されていて国民が容認しているので、スェーデンよりもその施策はハッキリしてしているかに見える。要するにマスクはアリバイとして使われている。

先日の無観客デビュー演奏会での指揮者オクサーナ・リニヴへの批評記事が南ドイツ新聞に出ている。何故最もいま世界で引っ張りだこの女性指揮者か?と話を進めている。「タランテラ」では無観客であることを忘れさせたが、モーツァルトではまだ最初堅かったとしている。他の批評では、劇場で振っていた時のような正確さを追い求めたものでは無かったとして、アウフタクトを大きく振って独奏者にやらせていたともあった。そして二曲目の「イタリア」に入って解放されて時局柄いい中継になったとしている。残響が多かったヘラクレスザールよりも家庭では若干シャープに鳴ったとしている。このストリーミングが予想に反して熱狂的だったのはリニヴのお蔭だとしている。

リニヴは、微笑みを絶やすことなく音楽に音楽家に距離を置く、自らは全てを曝け出す時にもである。自らの憚りの無いエゴの演奏とはしない。柔軟なテムピで、楽しい旋律の中にも痛みを、透明さを目指しつつ、その中に繊細な影の秘密を、深淵を、悲劇を伝えるとしている。

更にその前に中継されたヴィーンモデルンからの放送を振り返って、人間のカタストロフをエレガントに縫い合わせるスペシャリストであり、ライヴストリーミングでの感嘆度を見事だと絶賛している。他の批評では「イタリア」でのその指揮の動きと出てくる音との差を指摘して、平常化したらもう一度招聘されるべきとしていた。

ミュンヘン辺りの玄人筋の評には楽団内部からの声も反映されているだろうが、大分評価は定まって来ている感じで、この二つの評を読む限り、比較的早く後任として決まるのではないかと思われる。



参照:
Im Lavastrom, Reinhard J. Brembeck, SZ vom 24.11.2020
改訂版イタリア交響曲 2020-11-22 | 文化一般
歯を食いしばって耐える 2020-11-21 | 女
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

低死亡率という悪質デマ

2020-11-25 | 雑感
水曜日に12月20日までの施策が決まる。12月5日からより厳しくなるという事だ。多くの州はマスクを戸外で着けさせることに集約されるようだ。夏ではなく冬なので決して悪くはないだろう。特に危険層に本格的な防御マスクを配るので徹底してやって貰いたい。もう問題はその層の人がワクチン接種まで生き延びることでしかないと思う。

それ以外では殆どの州がクリスマス休みを前へと先行させて学校をクリスマスに向けて長めに休ませることにある。それによって生徒の接触をクリスマス前に減らして年寄りへの感染を減らしていくという事らしい。これはクリスマス云々の家庭行事よりも社会全体としての感染を抑えるには最も効果があると思う。12月後半に二週間だけでも年明けに必ず効果が出る。

そのクリスマス年越しだが。特に年越しの花火を禁止する州が多いというので、これもとても安全だと思う。兎に角年越しパーティーを禁止ぐらいでいい。12月の後半も感染が下がらない様ならばそのようにすれば効果があると思う。

水曜日にSPDの各州知事陣は、コロナ保険互助金を税金に課そうと提案するらしい。東独援助でもう御免だ。そもそもコロナなどは健康な市民にとってはただの風邪である。それを弱者保護の為に出来る限りのことをしてきたのであるが、それ以上に金まで巻き取ろうというのはお門違い。只なことは幾らでも可能な限り協力するが、強制的に金をとろうというのは看過できない。

さてこちらの関心は12月からの無観客公演がどうなるかである。購入してある券は無いので、先ずは回収の方に集中できる。但し同時に来年の注文などがどんどんと続いてきて、その中には不確かなものも多い。

東京でも感染が広がっていて、暮れには第九まで演奏しようとする催し物が発売されている。都内で毎日500人の新感染者が陽性率10%以内で見つかる状態で、人口を一千万人として指数35となる。既に25から30に至っていることは確実で、二週間もすれば50になることも不思議ではない。ざっと計算しても千人の会場に一人の陽性者がいるような状況になる。ロベルトコッホ研究所では50を過ぎることで危険地帯に認定される。そのような状況で医療崩壊の危険性が予想される時点でになればロックダウンとなる。

日本ではいまだに死亡率が低いというデマが流布しているようだ。その最大の原因は現在までの検査数が一桁少なくて、その陽性者からの死亡数が十万人中過小であることにあった。更にノーベル医学賞受賞者らが非科学的なBCG仮説などを流布したものだから、市井の人達はそれを信じ込んでしまった。

ポンプキン大学の集計によると現在の日本全体での陽性者は十万人中109人(実数137.694人)陽性でその中で2人(実数1.972人)が死亡である。これを現在第二波の渦中にあるドイツの比較的最初から感染が広がっていて第二波で死亡率が大きく増加した医療システムの世界有数のラインラントプファルツ州と比較する。前者が976人(実数39.969人)と9倍程である。つまり、死亡者も18人いても良い、小数点以下を四捨五入としても13.5人となる。しかし実際は11人(実数452人)。第二波が始まる二月前までは6人だった。

即ちラインラントプファルツ州よりも日本の方が明らかに陽性者中の死亡率は高い。これでも日本は死亡率が低いというお呪いが流布している。つまり現在の日本は新感染者指数においてもまだ12となっているのだが、PCR検査で掘り起こせば直ぐに東京や大阪の様に30を超えて数週間以内に50を超えて世界の危険地域にリストアップされる可能性が強い。つまり母数も増えるが死亡数も増える。

実は医療システムが完備している自慢だったオーストリアは二月前までは死亡比率は7で、西欧でもトップクラスと豪語していた。しかしその後の施策の失敗と無策から今は既に30と五倍に達している。日本も短期間で五倍になる、若しくは医療崩壊が始まれば一桁上がる可能性すらあり得る。



参照:
切り捨てる腐ったキュウリ 2020-04-07 | SNS・BLOG研究
続きそうな無観客演奏会 2020-11-20 | 雑感

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

交代勤務の人への思い

2020-11-24 | 雑感
小雨が降っていて湿度が高かった。それでも気温が摂氏7度とかあるのでショーツでも寒くは無かった。慣れると恐ろしい。冬山での様に身体が寒さに慣れている。

指数が100を割るところが増えて来た。地元はまだ112で超えているが、二週間もすれば切れるかもしれない。クリスマス直前に全国平均50を割るように試算しているようだが、それは可能かもしれない。来月中旬には各地でワクチンの注射が始まっている。約束の時刻にセンターに出かけて、15分以内で一回目が終るらしい。兎に角必要な人は早めに済まして欲しい。

調査によるとドイツでは絶対接種を受けるという人が35%ほどで、アメリカの30%よりは少し高く、フランスの21%よりは大分高い。その他の大多数の人にとってはコロナはただの風邪なので自然減少してくれば誰も接種などはしないであろう。来夏に気にすること自体が億劫になる筈だ。新春に目星がついてくれればよいと思う。

オーストリアもロックアウトの影響は数字に出てきているようで、医療崩壊へと大きくは動いていないが、効果までは出ていないのだろう。その一方でスキーシーズンを期待する向きもまだあって、来月にでもなんとかしようという圧力が首相官邸に強く働いているようだ。まるであの五月の蛮行に等しい。そして肝心の検査による陽性率は20%を超え続けている。それが何を示すかというと感染が把握できていないという事で、全国民抗原検査へと動いている事情がハッキリする。所謂お手上げで、神のみぞ知る態勢へと進んでいるに過ぎない。大阪府とオーストリアの人口規模が同じ程度なので、そこで何が起こっているかは想像可能だろう。

一方バロセロナでは、ロックダウンから解放された劇場などが再開して、五割入場で公演が八カ月ぶりに行われるという。まだワクチンの手配も進んでいないようなところで、無駄に命を捨てるような施策であるが、上のオーストリアなども何かをやらかしそうで恐ろしい。

メルケル首相は首相としての最後の最大の判断として指数50に拘りそうであるが、クリスマス前の判断が最後の見せ場となりそうだ。物理を学んだものであるから数理的なモデルを描けるように専門家に指示していると思われるが、そして新年からの道筋をどのように付けて来るのか注目される。

水曜日に行われる全国TV会議に備えて、ラインラントプファルツ州トライヤー知事は、「平素は出会えない交代勤務の人などにクリスマスにおいては配慮したい」と語った。州としては、一家族に最大子供を除いて十人までのお客さんに制限したいとした。

政治的なメッセージは如何にしろ、その時までにどのような数字になっているかなど科学的な思考の方が重要であろう。



参照:
決して一人にはしません! 2020-03-14 | 女
あとは辛抱だけでは 2020-11-10 | 歴史・時事
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

年内の買い物を整理

2020-11-23 | 生活
電子メールをサンダーバードから打てなくなった。テレコムから連絡が来ていたが詳しく読んでいなかった。やはりメーラーでの発信規制が掛かっていた。解放するようにネットフォームで申請しておいた。直ぐに解けるだろう。

幾つかのパスワードを変えて、PCの無料のお薦めスパイプログラムを何回か回した。真実は分からないが乗っ取られていた可能性はある。簡単に姓名などを使っていたから全く知らない人でも入れたのかもしれない。これで何とか週末のお勤めは済んだ。ほっとした。

幸いこのところはメールでのコレスポンデンスも量が限られているのでメーラーを使わなくても簡単に書けるものしかなかったので困らなかったが、保存するためにはやはりサンダーバードなので管理しないとどうしようもない。

序でにNASも整理しだしたので、何とか年が越せるだろう。あとはノートブックが壊れないかどうかだけで、時々ヴィジュアルカードが不調になる。但しモニターの方はなんともないのでハードの問題かもしれない。

年内に発注するものとしては、歯ブラシと事務用A4用紙を千枚ほど、その他は車の不凍液を注文するぐらいか。スキー場とかに行かなければ、零下20度までは必要ないだろう。60度までのリットルで購入しておいて、必要な時に注入しておけばよいか。この冬は何回ぐらい遠出をするのだろう。

ケルンの方から電話が掛かって来ていたが用事が無いので出ていなかった。籠り部屋でショスタコーヴィッチの音を出している時につい出てしまうと、知らない声の男だった。ガチャ切りはしないが、同地のティケットセンターだった。WDR交響楽団の定期公演の払い戻しで催促しようと思っていた件で、メールで口座番号を教えていた筈だが、その確認だった。直ぐにでも支払うと言っていたが、もう一度確認してみよう。大した額ではなかったが、何回も長い間電話していた筈だ。これが片付けばあとは、11月のアルテオパーに返済要求だ。

フォアアールベルクの交響楽団は先週新たなコンサート開催延長を発表した。12月の始めには催し物などは許可されないのはドイツも同じであるが、オーストリアとなると更なる急激な状況の悪化が危惧されている。よって新たな日程を組んでも徒労に終わる。そこで来年の春に組むようにしたという。それは構わないのだが、キリル・ペトレンコは同マーラー作曲交響曲9番をミュンヘンで2月20日に振る予定になっているので、その前は難しくなる。その後は5月13日からベルリンとライプチッヒで振る。可能性があるとすれば2月末から3月初めになるだろうか。そもそも2月の予定が怪しい。1月は無観客演奏会で、最初のビシュコフ指揮の復活祭と同様のプログラムは後半がドヴォルザークの7番に替えられた。新たなプログラムが発表されるまで全く分からなくなってきた。一つ可能性が増えたのは、12月初めの無観客演奏会中継だろう。ジルフェスタ―コンツェルトも無観客でしか有り得なくなってきた。



参照:
若い女の園の寝椅子 2020-03-04 | 女
新年遅くまで次々と 2020-11-08 | 暦
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

改訂版イタリア交響曲

2020-11-22 | 文化一般
零度の寒気の中を運動したので疲れたようだ。夕方早くザウワークラウトと温めた細いソーセージなどを食して、料理リ―スリングを引っ掛けてビールを一缶開けたら起きていられなくなった。二時間以上寝た。薄い酔いも醒めた。

NASが一杯になって一割未満になったのでPCの表示が赤色の警告になった。文字通り後無いという事で、先ずはそこに入っている映像ヴィデオの数々を外付けUSBハードディスクに移すことにした。3Tあるのでそれ一杯にうつせば、NASの8Tx2に四割程の余裕が生じる。オーディオも大きなファイルにしているが、流石に数Gを超えるものは少ない。ヴィデオはDLしたMP4でもオペラなので5Gを超えるものがある。それだけのものだから購入すれば結構な価格になる。スペースを使ってでも置いておきたい。殆どは趣味のバロックオペラで、CDではあれだけ流していても念願の舞台映像を見る時間が殆どない。時間がある時にマニュアルで選ってうつして行こう。

承前)オクサーナ・リニヴBR交響楽団デビュー演奏会のプログラムをDLした。そこには今回演奏されたメンデルスゾーンのイタリア交響曲の改訂版についての記述は限られている。但し、指揮者本人がインタヴューで今回偶々「聴いた」と語っていた、その改訂版での録音は2001年になって初めて発売されていたと書いてあった。兎に角、それ以降に出た録音を彼女は聴いたことになる。プログラムを決めるに際して指揮者が急遽新録音を聴いたというのは珍しい話しで、多くの指揮者はそのように素直には語らない。少なくとも出版社の読み物などを読んで知っていた顔をするのが普通だろう。この素直さにも好感を抱いた。男性の見栄っ張りと女性のそれとの違いかもしれない。それでも彼女は指揮者はカリスマ性があってのものと考えているようで、そのカリスマ性も虚勢とは全く正反対のものであり得る。

さてその改訂版は、1833年5月13日にロンドンで初演されて好評を得たのにも拘らず、指揮をしていた本人だけが不満で修正して行ったマヌュスクリプトで、現行版は初演の原典版らしい。DLした通常の楽譜を見ながら聴いていたので直ぐに分かったが、二楽章のアンダンテがどんどんと和声的に色付けされていって、対旋律の管楽器が書き加えられている。初演の時に評判が良かったのも実はこのアンダンテの様で、所謂メンデルスゾーンの「テキストの無いの歌」のようなものに全く異なる情緒が付けられている。この辺りの歌い口とかグラデーションの付け方がこの女流の音楽の最も魅力的なところでありキリル・ペトレンコには求めようもないしなやかさだ ― 似ているのは彼女がサポートしているバレンボイムの音楽でウンターデンリンデンの音楽監督に成るのだろうか。

序でに、ラディオ番組の二曲目のバムベルクでの指揮の「三角帽子」にもあったが、この女流が振るとまるでおちょぼ口の女性が吹いているようなあまり息を吹きこまない管楽器などが聞こえて面白い。通常はいい事と思われないそうした音色とか呼吸感が、コンセルトヘボーのホルン首席カティー・ウーリーなどにも共通するものが新たな音楽表現ともなり得る。スポーツでもあるように女性の動きを見るともはや男のごつごつとした動きからそうしたしなやかな方向へと移ることが理想に思えるのとよく似ている。三楽章のホルンのトリオにおいてもそのような吹かせ方をしている。フランクフルトの室内楽版「清教徒」の指揮でも確認したのだが、そうした色合いと精妙さとクライマックスで、ここ「イタリア」では四楽章におけるサルタレッロのリズム感などのコントラストとして上手に活かす。歌声に付けるとかの特級技術よりもこの女流はコンサート向きであると感じたのはまさにそこである。

ここでもバロックの対位法的な扱いと二楽章の殆どマーラーの世界に近い円熟のロマンへの流れは明らかに19世紀後半のものであり、当時の出版やの判断としてその手前の原典版で止めておいたというのもとても良く分かる判断だ。交響楽団演奏会に求められる感動とはそうした裏付けがあるものでなければいけない。二百年のそうした流れを想起させない演奏会などは態々出向く価値も無い催し物であり、大交響楽団に必要な公的資金の援助というものが必須とする文化事業の核心である。(終わり)



参照:
21世紀の機能和声の響き 2020-01-26 | 音
メンデルスゾーンの響き 2019-11-16 | 音
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歯を食いしばって耐える

2020-11-21 | 
この冬一番の冷えだった。車の外気温も零度以上とはならなかった。霜が降りていたが、それほど寒くは無かった。他の人もそうらしい。どうも珍しく乾いて、無風だったからだろう。逆に身体の中の温まりを感じた。午後になって晴れ上がって、逆に放射冷却か寒く感じるようになった。

予想以上に夜明けが遅くなって、7時42分とかになって初めて夜明けなので、パン屋に入った時も30分前だった。一人だけ外で二十秒ほど待ったが、中から出て行くおばさんが招き入れてくれた。ネックウォーマで耳まで隠せるので気持ちいい。手袋はしていなかったが、森では手袋をしてネックウォーマーを外した。汗を掻くからだ。

帰りに肉屋に寄ろうとすると向こうから片足スクーターでウォーマーで赤いマスクした男が先に入った。それでも他に誰もいなかったので直ぐに入れたので外で待つことは無かった。自然状況が悪いと人が集まらないことも学んだ。既に8時40分ほどになっていた。

金曜日のミュンヘンからの中継はとても良かった。同地の放送交響楽団にデビューする女流指揮者オクサーナ・リニヴの無観客演奏会の生中継である。

先ずは、今年初めの歌劇場でのバルトークの管弦楽の協奏曲から「イントレロット」が流されて、既に記事にもなっていたインタヴューがバイエルン放送協会のライポルト氏によって流された。この辺りが強い応援団になっていることは間違いない。その内容がまた記事よりも遥かに辛辣だった。女性の進出という事での問いかけに対して、充分に辛い体験をしたという事で、あまりにも酷いクルト・マズーアのマスタークラス参加の経験が語られた。他の男性たちが見下す中で、マズーア自身が「どうせまともに扱われないのに何がしたいんだ」と侮辱したことで、本当ならばホールを後にしたかったが歯を食いしばってそこに留まった事をして、今日ならば公言することなど許されないと、笑いを吐きながら語るだけに余計にその感情の強さを感じた。

今回の登場は、折から発表されるバイロイト音楽祭初の女性指揮者に合わせた様で、交響楽団から「神々の黄昏」組曲指揮での打診があったので、ヴァークナーで断る訳にもいかなかったのだったのが、コロナで急遽代わりのプログラムを求められたようだ。その後紆余曲折があったことは追跡していて知っていたのだが、最終的にはメンデルスゾーンのイタリア交響曲の前にモーツァルトの協奏的交響曲をもって来た。

他の記事にもあるように、故指揮者ヤンソンスの後任を選ぶ客演のデビューでのプログラムの意味は沢山あったと思う。協奏的交響曲は、ズビン・メータなども得意としているレパートリーで、その曲をイスラエルフィルハーモニカ―の演奏で聴いた記憶が強い。なぜこの曲を選んだかについても本人が語っていたが、明らかにこの曲を以ってこの楽団を裸にしてしまった感があった。

技術的にも幾らでも高みを目指せる楽曲だと思うが、またこのコロナの制限の中で交響楽団は最大級の努力をしていたと思う。如何に今迄のヤンソンス体制とは異なるかがハッキリする指揮であり、技術面のみならず音色的なことを含めて、2025年の新ホール杮落しまでにものにしていかなければいけないことがあからさまになるようだった。

後任の指揮者がデビューという事になれば、最初からその道筋を示しておくのが正しい。どうも州政府の政治家らは二流の楽団の為にホールを作るつもりはないという事で、放送交響楽団も一流であることが求められているようだ。しかし、素人が言うほどに容易ではなく、五年でどこまでグレードアップできるかという事になる。実績からすれば超一流指揮者が後任と思うのかもしれないが、既に好評のラトルやヴェルサーメストやネゼセガンなどの一流が任を受ける可能性はないために、人気も博して同時に管弦楽団をステップアップさせてくれる指導者が後任に相応しいという事になるのだろう。

その能力は、ある程度分かっていても、どのようなコンサート活動をしていくかについては未知であったそのヴェールを脱いだのは、二曲目のメンデルスゾーンの演奏指揮だった。これはキリル・ペトレンコ指揮のメンデルスゾーンよりも重要かもしれないと思った。(続く



参照:
続きそうな無観客演奏会 2020-11-20 | 雑感
中期戦のロックダウン 2020-11-19 | 女
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

続きそうな無観客演奏会

2020-11-20 | 雑感
12月からのロックダウンの案に気になったものがある。学校での感染が広がっていて、安全領域ではなくなっていることに関しては当然だ。しかし交通公共機関を使用するなという案はとても瞠目に値する。マスクなどをしてもその感染は防げないことは始めから分かっていたのだが、最早乗ることの危険を謳っているので、既に多くの感染が確認されているという事になる。

初期のころもバスや列車などでの感染が危惧されて最初にマスク着用とされたが、日本のラッシュアワーなどでもそれほど問題に成らなかったことから訝られていた。春にも一車両当たりの感染者数からその危険性は予想していたが、今からすると数ミルぐらいしかなかったことが分かる。それに比較すれば場所によれば数パーセントに至っているところもあり、百人いれば感染させる可能性のある乗客が必ずいる計算になる。そうなるとマスクなどは役に立たない。

今後の催し物などの事を考えるととても深刻な事象である。最初のロックダウン時とはそのウイルスの伝播の地理的範囲が明らかに異なり、ドイツにおいてもスキー場やその観光客の少ない飛騨市ドイツでは感染が限られていた。それをしてBCG接種による防御などというのがノーベル医学賞受賞者などからも発言され、あまりにも非科学的なデマに失笑したのである。しかし今やそれを否定する以上にそこまで感染が回ってしまった。そのようなドレスデンやライプチッヒでも広く感染していて、更にAfDなどのコロナ陰謀説グループが馬鹿なデモンストレーションなどをして大変なことになっている。

ライプチッヒは来年5月にマーラーフェスティヴァルが開かれて、そこでベルリナーフィルハーモニカーも交響曲九番を演奏することになっている。指揮者キリル・ペトレンコにとっては、計画では10月にフォア―アールベルクの交響楽団で最初に振って、二度目は2月にミュンヘンで座付管弦楽団と、三度目に手兵のベルリナーフィルハーモニカーとなっていた。

そして一回目は10月から11月に延期されてそれもロックアウトで中止、三回目の12月延期の計画すらも目処が立たない。そしてミュンヘンでの二度目の2月も注文を受け付けたが、実際に配券と集金までは現状では出来ないと思う。先ず収容人員が定まらない。張り出し舞台上の問題が無くなったとしても収容人員は五分の一どころか、百人収容が難しくなってきている。最初から百人で売ることは出来ないだろうから、どうしようも無いと思う。

2021年5月になれば、多くの必要な人にはワクチンが接種されている筈なので、春の天候と共に自然消滅して行く可能性が強い。その前の復活祭とかがどうなるか。3月はまだまだ厳しいと思う。可成りアップアップの状況がしばらく続くと思う。

今晩の無観客演奏会に関してオクサーナ・リニヴがいいことを語っている。

「無観客の演奏会場を無人の教会に祈りを求めて立ち入る心理状況と比較する。」

そこでは「ただ一人の空間で深く自身の思いに、耳を澄まして」と拍手も不要な祝祭も効果も無く、演奏家たちは、「音楽によって感情を語らせる」欲求に全てを傾けることが出来ると、そのように語っている。

この女性は、流石に42歳だけのことはあって、とても賢く、演奏会前にとても重要なことをとても効果的に語っている。演奏される協奏曲は、彼女が主催しているフェスティヴァルのザビエーモーツァルトの父親アマデウス作であり、ズビン・メータなども得意としている曲である。二曲目のメンデルスゾーンもアシスタントをしていたキリル・ペトレンコが取り上げているメンデルスゾーンの名曲で、いい演奏が聴けるのと期待している。



参照:
中期戦のロックダウン 2020-11-19 | 女
通信社のインタヴュー記事 2020-10-01 | 女
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中期戦のロックダウン

2020-11-19 | 
電子メーラーが使えなくなっている。理由はスパムメール発生源になっていたからだが、サンダーバードでアーカイヴするようにしているので、遠くない内に使えるようにならないと困る。

感染症防止法が許可されてデモなどがどんどんと潰されている。この時期にデモする方が尋常ではないのだが、弾圧されていることには間違いがない。感染症予防処置に対してのデモはただ人迷惑な限りで、感染を広げているに過ぎない。

今回の11月からのロックダウンライトは、メルケルの談話によると、軽度にすることで長く続けられるというように考えられたという。実際の効果も薄いが少なくとも上昇にブレーキが掛かったことは間違いが無く、医療崩壊への余裕があったからこそ可能となった施策であった。

バイエルンの定宿にしているようなミュンヘンの郊外では医療資本が弱くICUが一床も余っていない地域が続出しているが、街まで搬送すれば間に合う。そのような状況から期限の終わりに再び延長されることは必至であり、そのように計画されていた。

目標値指数十万人中50人に至るにはそれどころかクリスマス前にも後にも至らないであろう。順当に考えて元旦まで延長されて大晦日のどんちゃん騒ぎを避けることが優先されると思う。

そのような状況が想定されるので、少なくとも催し物は年明けもそれも一月は再開は難しいかもしれない。春になってワクチンの効果と患者数から数理的に目標値が設定されてからであり、今夏以上に厳しくなる。

ベルリンのフィルハーモニーなどは千人体制で発売してしまっていたので、未だに売っているようだが、これも返金作業などの仕事のみを増やしているに過ぎない。他の主催者なども発売時期を遅らせていたが、来週ぐらいから改めて仕込み直しが始まるのだろう。その点はバーデンバーデンの祝祭劇場は賢かった。

明日もミュンヘンのヘラクレスザールからBR交響楽団の無観客演奏が中継されるが、観客を入れてのものは春までは厳しいだろう。特にこの楽団は、次期の指揮者選定もあるので様々な人が登場する。特別注目されるのは、明日のオクサーナ・リニヴのデビューである。通常であれば出かけることも考えたのだが、直ぐに減員されたホールは完売となっていて、その注目度はピカイチである。ミュンヘンでアシスタントをしていて更に名演を披露したことから当然でもあろうが、本格的な交響楽団指揮では九月のフィルハーモニに続いて二回目となっている。

モーツァルトのシムフォニーコンツェルタンテとメンデルスゾーンの「イタリア」である。その前番組として名演の劇場で指揮したバルトークの管弦楽団の為の協奏曲とライポルト氏とのインタヴューが流れる。音楽的な傾向は分かっているので、この交響楽団とどの程度までの名演が可能かが注目される。ラディオ放送のみならず映像もネット中継されるために見逃せない。ライポルト氏だけでなく、恐らく局内でもとても期待が大きいと思うが、どこまで楽団をもって行けるのか?比較対照はサイモン・ラトル指揮のそれになるだろうか。本当に良ければ後任に決まってしまう可能性も決して低くはない。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スーパーで必死になる

2020-11-18 | 
買い物に行って慌てた。先ずはビールの空き缶を返す器械の中に放り込んで17ユーロほどの金券を獲得した。数として67缶だった。その作業を手早くして、車に乗り込んで、スーパーの反対側に回って買い物をする。駐車した時にと隣の車に急かされてその金券を見失っていたようだ。

より多くの買い物を済ませてレジに行こうとしたら、金券が無い。どこにもない。仕方がないので預けて車に戻って、方々を調べるが見つからない。再度スーパーに戻って手提げ袋を見るが見付からない。店の床を見ても落ちていない。店のおばさんが一度通ったところを戻って見たらというので歩いて戻るが落ちていない。

折角の金券でその価格でビールを飲んでいたかと思うと高くなる。そして月末の決算にそれを見込んでいたので余計に悔しい。椅子も前後に動かして調べたが見つからない。最後に反対側に回って助手席の椅子を動かすと下に紙が落ちていた。助かった。10分近く探したのだろうか。

見つけたと喜んでレジに並ぶと違ういつものおばさんが見つけたと尋ねた。どこにと聞かれた。レジ周辺で既に話題になっていたようだ。高が厳密には16ユーロ75セントなのだが、結構必死になった。

一つにはマスクをすることで、息苦しさもあって、ゆったりと買い物をするという事も無くなっている。更に眼鏡が曇るとなると、もう落ち着かない。

日曜日に放送されたショスタコーヴィッチのピアノ協奏曲一番を聴いた。演奏者のトラムペットソロを受け持ったゼリーナ・オットにリツイートして貰った。だからピアノを受け持ったトリフォノフも独自の表現を繰り広げていたが、トラムぺットの方が興味深かった。女性とは知らなかったが、前回放送で聴いたユジャワンの演奏とは大分異なっていて、ビシュコフ指揮チェコフィルの伴奏と共に中々微妙な合わせ方になっていた。

トラムペット自体はそれほど張る音ではなく、音量を抑えめにその音楽の微妙な表情やその唇を想像させるような柔らかな音が特徴で、ミュンヘンのコンクールで初めての女性の優勝者だけのことはある。

ヴィーンの手前のクレムスの人の様で、一度ワインの買い付けに出向いたことがあるので懐かしい。ドナウを産湯に使いなのだが、ワインの街の人の感じがなんとなく分かる。どのような活動が今後あるかとは思うが、こちら界隈でも予定が大分入っているので生で聴く機会も遠からずあるだろう。



参照:
陽の当る女、影の無い男 2019-03-13 | 女
グラスに見るワインの特性 2005-04-28 | ワイン

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ポジティヴ移民サーヒン?

2020-11-17 | 雑感
ネックウォーマーを初めて使った。寒くは無かったが曇天で摂氏11度ぐらいで弱い風があったので試した。頭の上から被らなければいけないのが異なる。眼鏡を外そうかどうか考える。一度頭を通せばその儘で鼻まで隠してみる。都合がよく、息もし易い。

パン屋に行くとやはり視線が集まる。全然いない訳ではないだろうが、スカーフやバンダナは見たことがあるが、季節がらもあってネックウォーマーの方はあまり目に付かないからだろう。これで見せたから近所で真似する人も増えると思う。

ネックウェーマーはスポーツでも使っている人はそれほど多くないと思う。見たことがあるのは山スキーなどでゲレンデでもそれほど多くはない。自分自身はなぜか今まで使ったことが無かった。理由は嘗ての素材ではごそごそして目出帽と同じで気持ち悪かったからだ。ポリエステルが夏も快適であるのを知っているので、冬も気持ちよく使える。そして生地が薄く、暖かく、軽く邪魔にならない。

スカーフと比較すると唇に密着するので喋り難い。空気は抜けるので眼鏡は曇らない。取り外しが無く、上に上げるだけなので装着が早い。問題は、汗かいた後にどうするかだが、生地が生地で洗濯を前提としているのでどんどん汚せばよいと思った。

夏の間に購入しておいてよかったと思う。素手の若干価格が上がって8ユーロを超えている。売り切れるかと思ったが、未だにアマゾンチョイスになって好評発売中である。

ウグール・サーヒンの記事を幾つか読んだ。コロナワクチンを開発したマインツのビオンテクノ代表者だ。ケルンのフォード社のガストアルバイターの倅で、四歳からドイツにいる。奥さんもトルコ出身の外科医の娘でホムブルク大学病院で知り合って、共同で作った最初の会社ガニーメットを日本の製薬会社アステラスに高値で売り抜けて、癌研究者と創立したビオンテクには奥さんと一緒に自転車で今も通っているらしい。春にはまだ中共の会社と協調していたところをファイザーのギリシャ人社長と組むようになたっという。製造と販路をそれによって確立した。

この移民の活躍に関して放送でインド系の人がエッセイを語っている。ドイツにおけるこうした移民を背景にした人の扱いに関してである。端的に言えば現実には、こうした外国人の名前では、通常以上に努力しないことには正当に評価されないとか、今回のサーヒンを特別に扱う事自体がおかしいだとかの考え方をエッセイしている。

ドイツの現行移民法には大きな問題があって反対運動を続けている訳であるが、ある程度の時間が必要で、今日明日にどうにかなる訳ではない。日本の音楽の友社やそこに蠢くドイツに遊学したりする「知識人」などはそのような事には全く無知蒙昧である。ドイツの社会においても余程事情が分かっていないと現行法のどこが問題なのかに気が付いていない。だから、キリル・ペトレンコをポジティヴ移民という彼らにとっては、ウグール・サーヒンはポジティヴ移民に違いない。まあ、どちらにせよ程度の低いネガティヴな土人に高尚な文化芸術を語れるのだろうか。



参照:
その口で語るな、芸術文化を 2020-11-17 | マスメディア批評
あとは辛抱だけでは 2020-11-10 | 歴史・時事
「ポジティヴな難民」の意味 2019-10-23 | マスメディア批評

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする