柘植久慶『太平天国戦記』(PHP研究所)を読む。
「太平天国の乱」を扱った小説としては陳舜臣の『太平天国』がありますが、
この作品は太平天国の絶頂期から終焉までを日本の武士の視点で描いています。
幕末の武士が異国で大活躍する、というストーリーは、
「ウォルター・ソード」こと堀田大和之助が登場する
『ゴールド・ラッシュ』『地獄のレンジャーズ』『マクシミリアンの傭兵』の
三部作ですでに描かれています
この作品の主人公は紀州藩士・蜂田十兵衛。
十兵衛は家老の密命を受けて単身清国に乗り込み、
孫権偉と名乗って反乱軍に潜り込みます。
太平天国の内部対立に嫌気がさした十兵衛は清国軍に帰順。
一転、政府軍の一員として太平天国の鎮圧に乗り出します。
太平天国が天京(南京)を首都として勢力を固め、
内部での権力争いの起きる時期からストーリーは始まるので、
太平天国の乱の全体像を知ることにはなりません。
作中でも語られていますが、南京攻略後に北京へ進撃せず
長江流域を版図として固めてしまったために、
内部の権力闘争に力を注いで自壊する様子が描かれます。
有能な人材を抱えながらも内部の腐敗で生かすことができず、
主人公も含めた離脱者を出して衰退してゆく太平天国。
天王・洪秀全が死に、後継者の少年・洪天貴福も死に、
もはや残党としか言いようのない勢力となって滅んでいきます。
残念ながら堀田大和之助シリーズのような、
フィクションの主人公が史実の裏側で大活躍する冒険活劇ではありません。
あまりカタルシスのある展開ではありませんが、
柘植氏の趣味でもあるコインのウンチクも組み込まれており、
「大組織の自壊」の様子を冷徹な視点で述べた内容です。
内向きになり自己保存に救急とする組織の崩壊。
その教訓を伝える作品でした。
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