読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『火口に立つ。』

2024年02月15日 | 日々の雑感
松本薫『火口に立つ。』(小説「生田長江」を出版する会、2024年)

鳥取県西部で活躍する小説家の松本薫さんの最新作である。今回は鳥取県の根雨の出身の生田長江が題材になっている。生田長江は1882年生まれで1936年に亡くなっている。

翻訳家としてはニーチェを本格的に日本に紹介したということになっているし、文芸評論家でもあり、とくに当時活発になってきていた女性思想家や文筆家たちを支援して、女性思想雑誌の『青鞜』の創刊にも一役買ったらしい。

この小説は、同じく根雨(根雨の北にある貝原という村)の出身である南原律という女性を創作して、彼女の視点から生田長江や彼の家族やその周辺の人々や明治から大正へ、そして昭和へと変わっていく東京を描き出している。

生田長江の思想や妻の藤尾、娘のまり子との日々、一時期書生をしていた生田春月や佐藤春夫の言動、度々生田長江の家に相談に来ていた平塚らいてうをはじめとする女性作家・思想家・活動家たちの姿があまりに生き生きと描かれているので、たいへんな筆力だと感心するほかない。まるで彼ら・彼女らが目の前で生きているかのようだ。

もちろん著者が造形した南原律や、「リバティ食堂」を共同経営するようになったイチも、たんなる狂言回しではなくて、一人の人間として生きているというくらいに描かれている。

それに著者は鳥取県の出身だが学生時代から教員時代も含めて10年くらい東京やその近くに住んだことがあるようだが、地理感がいいのか、この時代の東京も鮮やかに描かれている。

そして何よりも、生田長江が生きた時代の雰囲気が手に取るように見えてくるくらいわかりやすく描かれている。それはたんに事件を列挙するだけのことではなくて、生田長江が変化する様子を時代の動きにからませて描き出しているからだろうし、それをある時には批判する律の考えをとおして描き出しているからでもあるのだろう。

鳥取県の地元小説というだけで終わらせたくない秀逸な作品だ。







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