読書な日々

読書をはじめとする日々の雑感

『空蝉が鳴いている』

2022年11月22日 | 舞台芸術
山脇立嗣『空蝉が鳴いている』(劇団大阪、第89回本公演)

「今日は京都五山の送り火。銀行ATMの機械の前に高齢の老婆がヨタヨタとやってきた。操作に逡巡しつつ画面に触れてしまい「ATMで還付金は受け取れません」の機械音に驚く。

そしてやってきた銀行員にあれこれ尋問され、家族はいないのに、孫の子のためにお金を送りたいとウソを繰り返し、家族構成のことなどをよく知った支店長からあれこれ問いただされる。

結局、刑事がやってきて、舞台は警察署に移り、そこでも最初のうちはウソを繰り返していたが、ついに本当のことを吐露する。

このお婆さんが若き頃、空襲に遭って息子を亡くした。それが思い出され、母親からのネグレクトのために給食費を学校に持っていくことができない小学生が見ず知らずの家(お婆さん)に電話してきた、それを自分の子のように思ったお婆さんが教えられた銀行口座に1万2千円ほどのお金を振り込もうとしていたのだった。

この芝居は、最初はコメディー風の作りにして笑いを誘って作品世界に引き込み、だんだんとシリアスな世界に導くという王道を行っている。

前半のコメディー風の世界を名取由美子が、すっとぼけ婆さんの雰囲気をうまく出して作り上げた。後半のシリアスな世界はあゆみという人が一人芝居で奮闘していた。この二人に拍手を送りたい。

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『泣き虫先生』

2022年11月20日 | 作家ナ行
ねじめ正一『泣き虫先生』(新日本出版社、2022年)

かみさんがいつもトイレで読んでいる雑誌に、リーゼントでオールバックにした表紙絵とともに紹介が載っていて、面白そうだったので読んでみた。

ねじめ正一という人は直木賞作家でもあるし、有名無名のいろんな賞を取っているような人のようだが、まったく知らなかった。

野球少年たちの成長と詩を書くことが人生においてどんな意味を持っているかということをメインテーマにした小説で、自伝的要素なんかも絡めならが書いたのだろうなと思う。

小学校・中学校時代の野球少年が新任教師の泣き虫先生の導きで詩作をするようになっていくところは、清田の家庭事情や卓也の野球を続けることへの熱意の屈折などから、自然に描かれているように思う。

つまりこの前半部分はけっこう興味深く読んだのだが、後半になって、主人公たちが高校生になって以降の青春の悩みやそれを取り巻く泣き虫先生とか「チビカン」たちとの関わりになってくると、なんだか焦点が定まらない感じが漂っていて、今ひとつだった。

それと小中学校時代はまだ戦後復興期という感じがしていたのに、高校生以降はまるでつい最近の出来事のような描写の仕方に違和感を覚えた。

それとヘルマン・ヘッセの『車輪の下』の読書会。私もちょうど中3の夏休みにこれを読んだ(たぶん読書感想文の宿題だったのだろうと思う)。取ってつけたようなこの小説や読書会というのが、小中学校の時代背景が古い感じを抱かせたのだろう。

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『パリの日々』

2022年11月09日 | 評論
丸山直子・垂穂『パリの日々』(三修社、2020年)








言語学者の丸山圭三郎が1978年にフランス・パリに滞在したおりに、一緒に行って滞在した妻のエッセーの再刊。

丸山圭三郎といえば、一にも二にも『ソシュールの思想』(岩波書店、1981年)が素晴らしい。私は言語学が専門でもなかったが、当時の思想界を席巻していたポストモダンの祖であるソシュールの思想をわかりやすく、なおかつ問題点もふくめて解説した本として右に出るものはないと思う。

当時の丸山圭三郎は45歳。脂の乗り切った年代で、一年間パリに滞在したという。妻の直子の書いた文章は、まぁ私の当時のフランスとかパリの捉え方と同じ、つまりあこがれとしてのフランスという感じで、共感できるところがあちこちにある。

再刊にあたって読み返してみると食事の話しが多いと書いているが、食事はやはり日本とフランスでは大きな違いがあるので、旅行で数日いたのとは違って一年間滞在したら当然のことだろう。それに娘さんが入ったカトリックの私立学校の食事がフルコースなみの美味しさだというのは、以前テレビでみたフランスの保育園の食事がまさにそれだったので合点した。食を大事にする国民なのだ。

まぁその点は、以前ここにも取り上げた日本館館長の小林善彦さんや永見文雄さんの回想記があまり取り上げていないことなので、興味深く読んだ。

小林善彦さんのはこちら

永見文雄さんはこちら

私が初めて行ったのが1984年の夏。この頃はまだこのエッセーで書かれている雰囲気と同じだったが、2000年代の初めに数年間毎年のように行っていた頃には、適度の快適になっていたように思うが、ここ5年くらいはきな臭い事件が続発して、もう「憧れる」対象ではなくなったような気がする。

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『ロシアの星』

2022年11月06日 | 現代フランス小説
アンヌ=マリー・ルヴォル『ロシアの星』(集英社、2022年)

世界で初めて宇宙に飛んで地球を一周して降りてきたガガーリンをめぐる小説。

ガガーリンが地球に帰還したのが、1961年4月12日。ガガーリンをめぐるいろんな年の4月12日が描かれているが、やはり中心はガガーリンが帰還したときの、様子を描いた章だろう。

これを読んで初めて知ったのだが、上空7000メートルで宇宙船から座席ごと離脱してパラシュートで降りてきたのだそうだ。そんな上空からでも、宇宙船本体の落下地点からそんなに離れていなかったが、国際規格では宇宙船に乗ったまま地上に帰還しないと記録にならなかったそうで、ずっと秘密にされてきたという。

それにしても米ソ冷戦時代の産物であり、そのことやソ連の体制に起因したドロドロした出来事が満載の話しで、ガガーリンの不幸は、ちょうどイーストウッド監督の『父親たちの星条旗』が描いた米軍兵士たちの不幸(摺鉢山の頂上に到着し米国旗を掲げた写真に写っていたとされる兵士たちが、戦費債権のツアーに駆り出されてみんな精神を病んでいくという不幸)に重なって見えた。

偉大な行為も政治利用によって汚濁に飲まれてしまうんだなというのが、読後感だ。恐ろしい。

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