森見登美彦『太陽の塔』(新潮社、2003年)
第15回ファンタジーノベル大賞を受賞した作品だそうである。
「太陽の塔」というから、どこかの新興宗教のありがたい人生訓かとおもいきや、なんのことはない万博のときに作られた岡本太郎の太陽の塔のことだった。しかもこの小説のなかで太陽の塔がいったいどのような意味を付与されているのかと考えてみれば、これもまたたんに主人公森本がほれた水尾という女性がたいそう気に入ってしまったというだけの話に過ぎない。
しかも作品の肝心かなめの部分は、はっきりいって、世の中をはすに構えてみている高等遊民のお遊びといったところか。ちょうど、漱石の『猫』のように。両者の違いは、漱石の『猫』には社会批判文明批判があったが、こちらはまったくのお遊びにすぎないということだ。むかしは、というか、私たちが若かりしころは高校生のころにこういった遊びにふけっていたものだが、今どきの高校生は受験勉強に忙しくてとてもこんなことをやっている暇がないから、大学に入って一定の時間と恋愛ごっこをするだけの精神的余裕ができてからやるようになったのだろう。
こういった高等遊民のお遊びは、漱石の『猫』に端を発し、その後旧制高校のいわゆるバンカラ精神として受け継がれ、人生のどうでもいいことをことさらに大げさな哲学的大問題ででもあるかのように真摯に考察する態度に表れることになる。もちろんその風貌は「弊衣破帽」である。ぼろぼろの学生帽にぼろぼろの学生服をまとって、虚飾華美を追い求める世間を睥睨して背を向ける精神である。
これがもっとも健全に発露されたのが戦中および戦後直後の旧制高校の最後の世代である。北杜夫が「マンボウ青春記」で描いたような若者群像である。着るものも食べるものもないから、いやがおうでも「弊衣破帽」にせざるをえなかった時代である。そういった時代には武士は食わねど高楊枝で、腹が減っても哲学的考察を捨てるわけにはいかないのが高等遊民たちである。
そうして流れが70年代の安保崩れの世代に広まった。それが私の高校時代である。日本文学に耽溺し、自らも小説などを書き、北杜夫に送ったところ、簡単な書評のようなものがきたのには驚いた。たしかに自分でもどこかに書いていたようにミミズがはったような字であったが、そのときの感動はいまだに忘れられない。そのときの手紙はどこにいったのか思い出せないが。
したがってこの小説もそうした流れを汲む高等遊民のお遊びごとであって、こんなものは私たちのようなかつてのそれが「ほほー、われわれの係累が脈々と根を張っておったか、まだ死に絶えていなかったとはなー」などと昔を懐かしみつつ読むようなものであって、いやしくもファンタジーノベル大賞などと祭り上げられて世人の関心の前にさらされるべきものではない。
だがこの小説のカバー絵はじつにいい。まさにファンタジーノベルにふさわしいイラストだと言ってもいい。このイラストに電車が描かれているのはたぶん叡山電車であろう。叡山電車はとてもファンタジーとは呼べないようなこの小説の中で唯一ファンタジーの要素をもっている。その叡山電車が真夜中の京都のはずれを走っているのを主人公は追いかけるし、それにのって、ちょうど『千と千尋の神隠し』でてくる電車と同じように、主人公を異界に連れ運んだりもする。
というわけで、かつての係累としては複雑な思いで読んだようなしだいである。
第15回ファンタジーノベル大賞を受賞した作品だそうである。
「太陽の塔」というから、どこかの新興宗教のありがたい人生訓かとおもいきや、なんのことはない万博のときに作られた岡本太郎の太陽の塔のことだった。しかもこの小説のなかで太陽の塔がいったいどのような意味を付与されているのかと考えてみれば、これもまたたんに主人公森本がほれた水尾という女性がたいそう気に入ってしまったというだけの話に過ぎない。
しかも作品の肝心かなめの部分は、はっきりいって、世の中をはすに構えてみている高等遊民のお遊びといったところか。ちょうど、漱石の『猫』のように。両者の違いは、漱石の『猫』には社会批判文明批判があったが、こちらはまったくのお遊びにすぎないということだ。むかしは、というか、私たちが若かりしころは高校生のころにこういった遊びにふけっていたものだが、今どきの高校生は受験勉強に忙しくてとてもこんなことをやっている暇がないから、大学に入って一定の時間と恋愛ごっこをするだけの精神的余裕ができてからやるようになったのだろう。
こういった高等遊民のお遊びは、漱石の『猫』に端を発し、その後旧制高校のいわゆるバンカラ精神として受け継がれ、人生のどうでもいいことをことさらに大げさな哲学的大問題ででもあるかのように真摯に考察する態度に表れることになる。もちろんその風貌は「弊衣破帽」である。ぼろぼろの学生帽にぼろぼろの学生服をまとって、虚飾華美を追い求める世間を睥睨して背を向ける精神である。
これがもっとも健全に発露されたのが戦中および戦後直後の旧制高校の最後の世代である。北杜夫が「マンボウ青春記」で描いたような若者群像である。着るものも食べるものもないから、いやがおうでも「弊衣破帽」にせざるをえなかった時代である。そういった時代には武士は食わねど高楊枝で、腹が減っても哲学的考察を捨てるわけにはいかないのが高等遊民たちである。
そうして流れが70年代の安保崩れの世代に広まった。それが私の高校時代である。日本文学に耽溺し、自らも小説などを書き、北杜夫に送ったところ、簡単な書評のようなものがきたのには驚いた。たしかに自分でもどこかに書いていたようにミミズがはったような字であったが、そのときの感動はいまだに忘れられない。そのときの手紙はどこにいったのか思い出せないが。
したがってこの小説もそうした流れを汲む高等遊民のお遊びごとであって、こんなものは私たちのようなかつてのそれが「ほほー、われわれの係累が脈々と根を張っておったか、まだ死に絶えていなかったとはなー」などと昔を懐かしみつつ読むようなものであって、いやしくもファンタジーノベル大賞などと祭り上げられて世人の関心の前にさらされるべきものではない。
だがこの小説のカバー絵はじつにいい。まさにファンタジーノベルにふさわしいイラストだと言ってもいい。このイラストに電車が描かれているのはたぶん叡山電車であろう。叡山電車はとてもファンタジーとは呼べないようなこの小説の中で唯一ファンタジーの要素をもっている。その叡山電車が真夜中の京都のはずれを走っているのを主人公は追いかけるし、それにのって、ちょうど『千と千尋の神隠し』でてくる電車と同じように、主人公を異界に連れ運んだりもする。
というわけで、かつての係累としては複雑な思いで読んだようなしだいである。