花と緑を追いかけて

山を愛し、花を愛し、旅と
映画とパソコンと、好奇心も
いっぱいの主婦の日記です

第三回「鎌倉八十八カ所お寺巡り」(その2)

2021年01月24日 | 鎌倉散策
この日曜日は雪の朝を迎える気持ちで目覚めましたが
ベッドから起き上がりカーテン開けたら冷たい雨が降っていて、、、
暖かかった先週から、チラホラ咲き出した我が家の庭の「梅」が震えているようでした。



実家が二世帯住宅に建て替えた時に、我が家に持ってきた古木です。
毎年このブログで紹介していますが、1月20日頃から咲き出すのは珍しい・・・



一昨年の秋に夫の後輩に剪定していただきましたが、その後は私と息子が自己流で枝を切りました。
今年は蕾がたくさん付いていて楽しみです

近くの鎌倉のお寺の梅も見たいと思い、今月末にワンゲルで歩く予定の「鎌倉お寺巡り」の
第5回目を楽しみにしていましたが、緊急事態宣言で中止になりました


第三回「鎌倉八十八カ所お寺巡り」(その2)(11月28日)
去年の1月から始まったこの企画、2月の2回目を歩いて、次の3月から新型コロナにより長い間中止

11月末にようやく3回目が再開されたところでした
予定通りなら昨年中に88カ所全部が終わっているはずです。

怠け者の私の更新も遅くなり、やっと再開なった第3回目の(その2)を記しました
先月の12月14日にUPしている(その1)の続きです。

㉗休場山「等覚寺」(高野山真言宗)
手広地域の「青蓮寺」と「泉光院」をお参りした後、20分歩いて梶原地区にやってきました。



等覚寺の応永年間の創建、開山は秀恵僧都。
山号「休場山」は、梶原景時が休んだ地であるからと伝わります。



梶原氏は、桓武平氏の血をひく坂東八平氏の一つ鎌倉氏の一族。
頼朝の片腕となった人物です。



境内には、新田義貞の鎌倉攻めで死んだ武士の供養塔がある。



茅葺きの山門は薬医門です。

㉘霊松山「大慶寺」(臨済宗円覚寺派)
等覚寺から歩いて5~6分の大慶寺は、大休正念(仏源禅師)の開山と伝えられ
九代執権北条貞時の十三回忌供養には83人の僧が参加したといわれるほど壮大な寺院で
塔頭も五つあったといわれています。



室町期には関東十刹に列せられたが、戦国時代に荒廃し、上杉謙信が鎌倉に乱入した際には
本尊を円覚寺に移したものの、円覚寺の大火で焼失してしまったとか


赤く色付きだした木々の中階段を登って行きます振り返って見た風情ある茅葺の山門

現在の大慶寺は、塔頭の一つ「方外庵」が残ったものです。



開山は大休正念(仏源禅師)、本尊は釈迦如来
創建は弘安年間(1278~1287) この時の開山は日照上人

㉙天照山薬王院「東光寺」(高野山真言宗)
歩いて10分の当寺は、鎌倉市寺分に在り
もと手広青蓮寺の末寺であったが、現在は高野山宝寿院の末寺。

永享3年(1431)に高野山慈眼院の霊範法印が隠居所とし、中興したと伝えられています。



現在、本尊は不動明王であるが、もともとの本尊は不明。
また、開基、開山、宗派も不明となっているようです。



「相模国準四国八十八ヶ所第十三番札所」とされ、境内にお大師様が安置されています。


このお大師様の周りを廻れば御利益があるらしい・・・何人かのお仲間が時計回りに廻っていました



入り口に並ぶ赤い旗と、お地蔵様の紅いエプロンはフォト的には外せませんね。

時計を見ると11時45分、お腹も空きました。
1か月前にも行った寺分の「鎌倉中央公園」で昼食です。



途中このような標識がありました。
寺分(てらぶん)は工匠が住んでいた場所のようです。

住宅街の中の広い公園に向かって、私たちは坂を登って行きました。


                  

前回も記しましたが、真冬の寒さの中での朝6時半からのラジオ体操と散歩は血圧にも悪く、
目下の私の体調も「冷えが要注意!」なので中止して、、、

富士山の見える日の午前中に30~40分の撮影に出かけてるだけで
相変わらず私の巣ごもり状態は続いています



先週の後半は気温が上がり、富士山が見えない日が続きました。
挙句に土日は冷たい雨

運動不足解消のために、ユーチューブでのラジオ体操を朝食前と、夜の入浴前の2回
生協の宅配で購入した猫背改善用のベルトを付けてやっています。



昼食前は前回紹介したTVのエクササイズと、上の画像の器具を使ってのトレーニング
でも、やはり一人では淋しい

写真の断捨離を始めたご近所仲間のK子さんを見習って、私も始めたが
思い出に浸ることが多くて中々進まない・・・

早く以前の生活に戻れますようにと、切に願っています

コメント (16)
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富士山と私の自主的巣ごもり生活

2021年01月16日 | 日常の日記
令和3年が明けて半月が過ぎました。
元旦に息子一家と時間を共にして以来、私の自主的2週間の巣ごもり生活も無事に終了です。



その間、夫の一周忌にOL時代の友人から贈られた鉢植えの胡蝶蘭が1輪咲き出しました
あと4輪の蕾も膨らんでいます。楽しみ楽しみ

リビングの東南のコーナー出窓には新春の明るい陽の光が注がれ、暖房の暖かさも加わって
ラン類には居心地の良い場所なのでしょう。
他の4鉢のシンピジュームの蕾も膨らんでいます

取りあえず私も息子一家も皆無事ですが、私はメンタル的には少々危ない



広い公園で2~3m離れてのラジオ体操と朝の散歩は、運動不足解消のためにも
巣ごもり中でも続けるつもりで、1月3・4・5日と参加しました。

朝6時20分に家を出る時はほんのり空が白み始める程度でまだ暗く、公園を歩く頃は「朝ぼらけ」
15分間のラジオ体操が終わると東の空が茜色に染まりだします。



いつも一緒に参加しているご近所のFさんは血圧が高くて寒い時期はパスとの事・・・
体操後一人で3800歩のコースを歩いていましたが、私も何だか頭がクラクラしだして
血圧が心配になり、1月6日以後はラジオ体操に参加していません。

「医療崩壊」が叫ばれている今、脳梗塞などで救急車を呼んでもタライ回しにされそうですものね。
ユーチューブの画像を視ながら、家で1人でラジオ体操をしています

1月10日の富士山撮影散歩
散歩はお日様が昇った8時半過ぎに、大きなカメラを抱えて出かけます。
冬の晴れ間は我が住宅地から富士山が見えますから、おのずと富士山撮影が主になりますね。



今年のお正月は過去に覚えがないくらい、本当に雪が少ない富士山でした。



頂上付近に薄い雲が・・・



わが住宅地から見る富士山は、右手に大山を主とする丹沢の山々と
左手に金時山から始まる箱根連山を従え、露払いのごとくに仰げます。

1月14日の雨の後の富士山
1月12日に久しぶりに雨が降り、寒波が一段落して暖かくなりました。
富士山の雪は増えているに違いないと、翌々日に大きなカメラを抱えて散歩に出ました。



10日と比べると雪は増えていましたが、真冬に見る例年の白い富士山とはやはり違います。
気温も上がって、ボヤけた写真しか撮れませんでした



孫娘が通う学校が見える里山の方まで歩きました。
52段の階段を登ると背中に汗が・・・



丹沢の山々にも所々に雪が見えましたが
南風が強くて4月の暖かさになった今日16日には消えてしまった事でしょう。



富士山の左側の箱根連山です。
この日の歩きは6000歩弱、運動不足は否めません

家に戻り、9:55から15分間、TBSテレビでやっている音楽に合わせてのトレーニング
「レッツ!美バディー」を視ながらちょっと激しく動いて、再び汗をかきました。


今週の楽曲は「モーニング娘」♪この日はお腹のお肉撃退・背中運動・美脚作り運動です

時間に遅れても、見逃し配信の「ティーバー」で都合の良い時でもOKです。

午後からは友人とライン電話で1時間以上もお喋りしたり、TVを視たり音楽を聴いたりして過ごしました。
コロナ関係の話題、特にひっ迫する医療現場の実態をTVで視たときは
落ち込む事も多々ありましたわ。

こうして私の自主的巣ごもりの2週間は終わりましたが、1月7日に「緊急事態宣言」が
首都圏の一都三県に出されましたので、私の生活は変わりません。



実家から持ってきた茶花の「侘助」が12月から咲いています。
4月から5月に出された一回目の「緊急事態宣言」時と違い、寒くて庭仕事をする気になれません。

今回の2週間の巣ごもり中に会ったのは、生協の宅配のお兄さん(約1分)2回
散歩がてら、一回だけ買い物に寄った「コンビニ」の会計のお兄さん(約1分半)

富士山撮影中に二言三言話した、通りすがりのオジさん2人とオバさん1人
その帰路、孫と散歩していた自治会役員した時の副会長さん(男)とは5分ほどの立ち話
全員マスクはしていましたね。



一番話したのは暮れに引っ越してきたお隣の30代の若い奥様(小3・小1・幼児3人のママ)
いつも明るく元気に挨拶してくれて、ゴミの事やらいろいろ聞かれるので親切に教えた私

息子も休日ごとにやってきて、頼んだ買い物などを届けてくれたり
重い物の移動などをしてくれるが、我が家に入るのは15分程度・・・



畑も冬野菜の収穫ばかりで、作業は殆どなし
趣味の会もワンゲルも次々に中止になった。

孫の学校のコロナ騒ぎもあったりしたが、年末までは一人での生活も「気楽!」と思っていた私
新年に入ってからの感染爆発で、病院のベッドにも空きがない現状に恐ろしい思いをしている

こんな生活いつまで続くのだろうか
アルバムを整理しながら、活動的に動きまわっていた頃を懐かしみ
一人ぼっちで身動きできない今の生活を嘆いた。

一見ノンビリ・まったり暮らしているように見えるけど、マインドは不安でボロボロ
ストレスと冷えからか?夫を突然亡くして6キロ痩せた時に患った病が再発してしまった

今年のこのブログには、先月まで歩いていた「鎌倉八十八カ所お寺巡り」と同時に
懐かしい「思い出旅行記」もUPしていこうと思います。

コメント (14)
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令和三年の我が家のお正月

2021年01月08日 | 日常の日記


松の内も終わり、遅まきながらの新年のご挨拶です。
コロナ禍の中で迎えた令和3年の三ガ日はお天気にも恵まれました



大雪に見舞われた雪国の皆様には申し訳ないような気持ちですが・・・
11月と12月が暖かかったので、我が家の庭のキズイセンと、出窓に並べたシンピジュームが
昨年の12月中旬から咲き出し、良いお正月飾りとなりました



11月上旬から色付き始めていた千両には二カ所に大きな網をかけていたので
どうにか鳥さんから守ることができ、お花に添えて活けたら部屋の中が華やかになりました

庭に千両がない息子宅は勿論、ご近所仲間のFさんとプリンさん宅にも年末に配りましたよ



実は年末にお兄ちゃん孫が學校のコロナ騒ぎに巻き込まれ、「濃厚接触者」という事で
PCR検査を受けました
「陰性」の結果報告を受けるまでの5日間、私はお正月の準備をする気になれませんでした



結果が出た年末ギリギリの30日にお正月飾りをし、ようやく煮物や紅白ナマスを作り
生協から取り寄せたお節料理を重箱に詰めました。

悩みに悩んで・・・
昨年と同じように息子一家と「夫のお墓参りと我が家での新年会」を実行することにしたのです。

鎌倉のお寺に「お墓参り」&隣の神社で初詣(令和3年元旦)
元旦のAM10時半出発、息子の運転する車で15分・・・
夫が好きだったビールと、我が家の庭の千両と対の仏花を持って夫が眠るお墓があるお寺に到着です



このお寺には3週間前の12/12にワンゲルで訪ねています。
その際、ワンゲル仲間の14人が我が家のお墓に参ってくれました。
夫もさぞかしビックリした事でしょう・・・



お墓の斜面を登ると富士山と丹沢の山々が見えてきます。
ワンゲルで来た時は残念ながら見えませんでしたが
令和3年の元旦はピカピカお天気で良く見えました

お隣の熊野神社で初詣
30分かけて息子一家と墓石を磨き、お花を活けてお線香を添え手を合わせて
富士山を撮影してから、お寺の隣にある「熊野神社」にお参りしました。



素朴な大船地域の「鎮守様」という風情です。



例年ならピィ~ヒャラと、お正月らしい子供たちの奏でる鳴り物があるのですが
今年は静かな境内でした。



おミカンとおつまみ、紙コップに注いだお神酒を頂き、広い駐車場に置いた車に乗って
前々日に慌てて頼んだ回転寿司のお店に寄ってから我が家に戻りました。

例年なら私は大船駅に送ってもらって、茅ヶ崎経由で相模の国の一之宮「寒川神社」に出向き
神棚用のお札を求めて初詣に行くのですが、1時間待ちの混雑を思い後日に延ばしました



我が家で息子一家と新年会
2014年8月、突然夫を亡くした私は一人で越年する淋しさに耐えらえず
息子一家が合宿に行ったその年の大晦日は夫の姉が泊りがけで来てくれたこちらで紹介しています。

2015年から2018年の4年間は泊りがけで息子宅に行き、皆でトランプをしたりで越年しました。



こちらは息子宅で迎えた2018年元旦朝の息子宅での食卓です。
4年間、大晦日用のカニと重箱に詰めた簡単なお節料理と、お屠蘇持参で行きました。
(今年は回し飲みをするお屠蘇の儀式は無しです。私一人で嗜みました)

翌年の2019年の暮れは高校受験生のお兄ちゃん孫が大晦日も元旦も塾という事で私も遠慮しましたよ。
夫を亡くして足掛け6年、私も淋しさは薄れ一人での越年も気楽と思えるようになっていましたね。
今回の越年も同じように一人での淋しさも感じずに過ごしました



コロナ禍の今年の新年会は私のお節料理もお嫁ちゃんが持参したお節料理も
殆どの品々に楊枝とスプーンを付けての作戦です。

各人にアルコール消毒薬を浸したおしぼりも準備しました。



夫の転勤で札幌生活を4年過ごした我が家、カニの美味しさに目覚めいつの頃からか?
お正月には欠かせない存在になり、今年も12月初めに通販で築地のお店に申し込みました。

息子がカニ奉行&鍋奉行になり、、、お寿司もじか箸はやめて取り箸を用意しました

今年のカニは3000円も高いのに、ビックリするほど小ぶり
容器の発泡スチロールが二回り小さくて驚きましたわ。



毎年、奈菜ちゃんが飼っている黒芝「小太郎君」も参加です。
ローストビーフは孫と犬との争奪戦でアッと言う間に無くなった

息子一家から少し離れて私は庭に近い手前に座り、30分に一回は庭に通じるドァーを全開にして
換気に気を付けました。

ごく普通の高校生がある日突然家庭内感染者になりうる、現在の首都圏の市中感染状況に驚かされ
社会生活をしている息子夫婦も妹孫ももしかしたら無症状感染者かも知れません

70代の私は自分が感染するのもリスクがあり怖いけど、うつす側になったら多くの人に迷惑かける事を実感し
私はこの日(元旦)から二週間、自主的に巣ごもりを宣言しました。



お嫁ちゃん持参のお節料理とお雑煮で、私は1月5日まで美食を楽しみ・・・
週に一回配達してもらっている生協の品々で冷蔵庫は満杯、混んだスーパーに行かずに済みます。

昨日の七草粥も畑のスズナ(カブ)スズシロ(大根)、ホウレンソウに小松・春菊
サニーレタスと白菜で七草揃いました。



戸外でのラジオ体操と一人での朝の散歩は引き続き続けていますから
足りないものは公園近くの2店のコンビニで調達できます。一ヶ月近くは大丈夫

頭の活性化のために、毎日友人達とライン電話やリモートで最低1時間は話すようにしています。

おりしも昨日、首都圏一都三県に2回目の「緊急事態宣言」が出ましたね。
東京都の感染者は2500人近く、神奈川も常に2番目に多い感染者数(今日1/8は800人以上です)

飲食店や遊技場の夜八時まで時短要請と、サラリーマンのテレワークを促すのが主であり、、、
前回よりとても緩い緊急事態宣言で、果たして効果は?と疑問です。

私自身の過去の生活を思い出しても、夜8時過ぎまで繁華街で過ごす事は年に2~3回で
この一年は全くなし
人との接触に注意し今まで通りの生活を過ごす所存です。

一人での生活にも慣れました。
お友達の皆様も元気でいて下さい。笑って会える日が来ることを信じています。



コメント (10)
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