やはりここは寒い

2017年01月31日 08時18分23秒 | 白州の四季
    朝7時、日の出の頃外気温-5℃ 寒いわ。最低は-7℃位だったのでは。
特に昨日は暖かかったからな。神奈川の20℃を感じる前に出発したのですが。温度差が凄い。

          

昨夜少し雪が舞ったようだ。うっすらと白い。左の写真、轍だできてるのわかりますか? 昨日入ってきた時、凍土(?)が融けてて軽い登りでアクセル踏むと、轍ができてしまう状態だったのです。こんなのは初めての経験だと思う。例年はジワジワ融け、じょじょに乾燥していってるんだろうな。要は昨日は白州も異常に暖かかったということだ。

   こんな寒い日はスープが一番。ジャガイモ、タマネギ、ニンジンにウィンナーを入れてコンソメ、塩、コショーで味つけ。スキレットでグツグツ。体が温まります。簡単なのがいい。

昼は10℃近くまで上がるらしい。明日朝は今朝よりも冷えるとか。春への過渡期が始まってるかな。
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「慣れ」怖い ?

2017年01月30日 19時30分29秒 | つれづれなるままに
今日白州に帰ってきた。寒い、がそれはあたりまえで逆に楽しむ方法を考えなきゃならんのだ。
今回は「トランプの1週間」を整理しようと新聞もたくさん持ってきた。そして読み始めたのだが、毒っ気が強くて即書きたくなった。(薄らぐ前に)

否定する想いが強いから「期待する」点を先に書いておく。
ごちゃごちゃにひっかきまわしてよ。地球上で淀んで、沈殿してる「悪」、「なぁなぁで済ませてる事」を見えるようにする、万民が「ヤバイかも」と気づく状況を作ってほしい。こんな人でもないと淀みが強くて櫂も動かん世の中だろうから。

でもこの人「マイナス面が多過ぎる」が今の印象。「グローバルって言えばなんでの良し」ってわけじゃない。逆に「グローバルを否定しても未来はない」のも真実じゃないですか? ここをどうバランスとって行くかが今地球上に生きてる80億の人間の義務だと思うのです。
まっここまで「グローバル」「協調」を否定するんでは「人が付いてこない」状況になるのが必然。

と考えるのだが、裏から見方を変えてみると、こういう政治に慣れていくのってやたら怖いことなんだと気づきました。
僕はヒットラーを知らない。でも人がそれに慣れて行って、いつの間にか「彼の世界」に生かされてたというのが歴史の事実じゃないだろうか。
「トランプの世界」が「当たり前」になるのはまずい。既に声を上げてる人達がいる。部外者のような日本人も「何なのか?」は見てなきゃいけない。
あるパターンの政治に慣れる危険という意味では我が「安倍君」だって似たり寄ったりで、これも「怖い」が連想されるんですが。
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自動車免許更新

2017年01月26日 10時12分43秒 | つれづれなるままに
昨日免許更新を済ませた。これまで5年間は「ゴールド」だったのに、「違反運転手」とされ、3年有効の免許に格下げされた。
「抵抗できない交通おまわりさんに2,3度お世話になった」のだからしょうがないか。
違反運転手だと更新時に2時間の講習を受けなきゃならん。その分当然費用もかさむ。さらに最寄りの警察で手続きできるものの、違反者講習は指定された場所(たぶん二俣川の試験場)でしか受けられない。警察では2度手間になる。ならば、1回で済み、その日に新免許を受け取れる試験場が簡潔。で朝から二俣川におもむいた。
試験場に行くことは「何かしらの悪を働いた」人が多いだろうから気まずい感じではあるが、その手続きの簡潔さ、流され方の完璧さは「業務の効率化」をひたすら考えてきた僕には実にすばらしいし、嬉しいことだ。あの薄汚い建物の中で、こうまでも効率的に大量の事務処理をこなしているというのは凄い。何十年も続けてる中で、改善活動を繰り返してきた結果だとみる。この点には歓心させられました。
一方で2時間の講習はちょっと困りもんですね。要は「あんたたちは違反者。違反するとこんな苦もあるんだよ。だから違反しないでね。」と教えるというか、「いじめ」ですね。中身の無い事無い事。教習のおじさんは「良くこれだけ覚えてるな」と感心するほどの「スラスラ喋り」を続ける。それでいて聞いてる違反者に「寝てると講習を受けなかったことになります」と注意を最初と中間でやった。あれでは寝るなって言うのが矛盾。
2時間終わって、新免許をもらった時思った疑問、違反運転手と無違反運転手の割合ってどうなってるんだろうか。7,8割は違反じゃないかと察するのだが、聞くと何か「おつり」が返ってきそうなので辞めた。
更新時から逆算して5年間で2度までの軽い違反なら「優良運転手」らしい。これから3年は大人しい運転を心がけよう。

最近捕まった状況(文句言いたいので ちきしょう)
 横断歩道前での一旦停止違反。ほとんど止まった状態までブレーキ。左右確認もした。まったく人がいない、右から車が来ない状況も確認して、アクセル、左折したら怖い顔のおまわりさんが僕をジッと見た。「止まってませんね」。 もうなにも言えない状況を察した。
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あれ あれ !

2017年01月22日 16時47分56秒 | オペラに挑戦
3/10の公演に向けて今日1回目の練習があった。
およよ、困った。 やっと覚えて、自信もって臨んだのに、「こっちのメロディーで歌いましょう」ときた。
「大地讃頌」のバスパートメロディーは4か所音の違う歌い方があるようで、僕はAタイプでしっかり覚えた。楽譜を確認すると、確かに上下ある。まっここで「Aで歌いましょう」といってくれれば問題無しだったんですが、あいにく「Bで」と言われてしまった。
まさに「およよ」ですよ。聞きまくって、脳味噌に染みつけて覚えたメロディーを「ハイ、変えて」といわれてもそんな簡単にできない年齢なんです。
これからBタイプの音源を探して、聞き込むのです。聞き込んで脳味噌に消しゴムをかけるのです。えらいこっちゃ。
どう違うかと言えば、4か所完全1オクターブ低い音で歌うのです。それだけなんですが、これがこれでなかなか難しいことなんですよ。

ところで、今回の公演では初めて歌う(たぶん全員が。僕は一昨年公演で歌ってる)イタリア語の歌があるので、今日はその詞の読みとメロディーを覚えることがほとんどだった。最後の30分だけ「大地讃頌」を練習したのだが、もう最初っから「じゃ皆さんでともかく歌ってみましょう」で始まった。「えっ?」ですよ。歌えちゃうんですよ 皆さん。「そんな歌知らない、聞いたこともない」というのは僕だけだったようです。「よかった練習しておいて」でした。ホッとした次に「今回はBで歌いましょう」といわれたからなおさらガックリだったんです。
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特例法は失礼

2017年01月20日 18時35分45秒 | 国を憂う
昨年の「お言葉」以来にわかに「退位」が議論され、政府では「有識者会議」を設け、近々この会議から答申が出されることとなった。大事な問題だと思う。僕の考えもまとめておこう。
僕は
 ・そもそも、皇室典範に「退位」の定義がないことが間違い。
 ・特例法で退位を容認するのは失礼。
 ・皇室典範に「退位」を定義してさしあげるのが筋。
 ・典範の改定が手続き面で時間がかかるというのであれば、その際は特例法もありか。
  ただし典範の改定期限を明示するのが礼儀。

昨年あの「お言葉」を聞いた時から「われわれ国民は『天皇といえども人だ』ということを考えずにきてしまった、サボってきた」と考えるようになった。「天皇」という名で人権の無い立場に置き、かつ定義の曖昧な「象徴」という仕事をお願いし続けてきた。現天皇がお1人でその「象徴」の中身を作ってこられたんだと理解した。
よって今回の「退位問題」を考えるにあたり、「戦後70数年、天皇および天皇家に多大な失礼をしてきてしまった」との反省を含まない方法は失礼であり、「失礼の上塗り」だと思うのです。
「とりあえず」的な特例法では反省の意が全く入ってません。「皇室典範」に「退位」の定義を設けてさしあげるのが国民としての正しい唯一の返答だと考えるのです。

われわれ庶民には「職業選択の自由」があり、「退職の自由」があります。天皇には両方無いのです。でも同じ人間です。せめて一方だけでも認めてあげていいじゃないですか。
もうちょっと中身で思うところを書けば、退位を決めるのは「天皇と、天皇家だけで決めればいい」としていただきたい。家業を息子に譲るのと同じでいいじゃないですか。天皇だからそれだけで「決まり」というわけにはいかんでしょうが、「いつ、だれに譲りたい」と言い出す自由、権利はあってもいいと考えるのです。
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ミラノ スカラ座を映画で堪能

2017年01月19日 08時03分09秒 | 映画・演劇鑑賞
今年最初の映画を観てきた。『ミラノ・スカラ座 魅惑の神殿』という映画だ。スカラ座の歴史映画ですね。だから何かストーリーがある映画じゃないです。そのかわり音楽界特にオペラ、バレー界での往年の有名人が大勢でてきました。
どうしてだが解りませんが、先日かみさんが妹さんと観たらしく、その際「この映画は(僕)向きの映画ね」となって推薦を受けたのです。

まず関心をもったのは「スカラ座のすばらしさ」。オペラ文化を感じさせる雰囲気あるホールですね。ここで歌える、踊れる、演奏できる そんな人こそ「氷山の一角」でしょう。もう殿堂ですね。いやいや決して「ここで歌ってみたい」なんて言わないですよ。あの壁部分にある個室でワインでも飲みながらオペラの鑑賞はしてみたいですね。行けそうにないのを行った気分にさせてくれるところがこの映画の狙い(?)

次は何と言っても、有名人の往年の姿。指揮者トスカニーニの姿は至宝だったかな。もう一つはあのパバロッティーの50年前の歌声。1967年にヴェルディのレクイエムを歌ってる声はよかった。10年ほど前の彼も「さすがだな」と聞いてるけど、50年前はたぶん20歳も若い頃、声に艶があったんだな。いい声と上手い技術。圧巻と言えばいいのかな。

これまでYoutubeでいろんなオペラ公演を鑑賞してるけど、今日の映画の中に知ってる公演の場面が3つ4つあった。(カヴァレリア、ボエーム等)それだけ貴重な公演、映像だということでしょうね。

楽しい話はまだまだたくさんあるんです。そりゃそうだ、あのスカラ座だからね。でも結局「中途半端」感が残ります。それなら1本の公演を観た方がいいかもと思いますね。知ってるアリアがでてきて乗り出しても途中で切れちゃうからね。こういう映画はいいかな。
そうそう新しく知ったいい歌。 ヴェルディのレクイエム、レクイエムらしくないレクイエム。全体を一度聞いてみたくなった。
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「大地讃頌」に思う

2017年01月18日 06時56分38秒 | オペラに挑戦
バスパートの練習音源をもう何回聞いただろうか。枯れつつある脳味噌にもシミのようにへばりついてきた。例のMy楽譜をみればほぼ完ぺきに歌えところまで来た。

ここまで進んで、改めてこの楽曲の音楽としての印象が整理されてもきた。
詞を詩として味わってみると、「僕の心情」かと思ういい詩ですね。「人は大地に生きるんだ。土を誉めよ、讃えよ。」と歌う。そうなんだよな、現代人が忘れてしまった素朴で一番大切な感情だよな。
この想いを力強いが繊細なメロディーにのせて淡々と繰り返す。作曲者佐藤 真の才能を感じる。

いい楽曲ですね。これまで67年の人生で触れることがなかったというのが不思議な感じです。我が子供達は中学、高校で教わったというのに。
(ここで「ひょっとして」と思いつき調べた。 やはりだった。 作られたのは昭和37年なんだ。 もう12歳で小学校を卒業したころではしょうがないか。)

もうひとつの気づき。 
「土」か「大地」を「誉めよ」か「讃えよ」を組み合わせて繰り返してる。次は土だっけ、大地だっけ? 誉めるんだっけ、讃えるんだっけ?が交錯するので「詞を覚えるのは難しそう」が第一印象だった。練習を続けてみると面白いことに気づいた。
「土(ツチ)」は2音、「大地」は3音、「誉めよ」は3音、「讃えよ」は4音。この1音の差が次の詞を連想させる手立てになることに気づき、驚いてもいる。メロディーが掴めてきたことも大きく関係してるのだろう。次に来るメロディーが浮かんでくると同時に、音符の数が連想できる。2音だなと連想できれば「土」でしょう。「誉める」「讃える」どっち?の瞬間に3音だなが連想できれば「誉める」ですよ。音楽は面白い。こんなことに初めて気付いた。
勉強するし、刺激あるな。いいもの好きなものは身に着くのも早い。
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ヒヨドリが柚を

2017年01月17日 06時58分28秒 | つれづれなるままに
      

昨年200個ほど収穫した柚の木。「またいつか欲しいとなるから、採らずにおいといて」と言うにで2,30個残しておいた。
今日ヒヨドリが2羽来てついばんでるではないか。いろいろ思う事がある。
まず、よくこんな酸っぱいものを食べるな? だ。 うん、違うかな。十分熟してて酸っぱ味がなくなってるんだろうか。とすると、やつらも知ってるってこと? 頭いいな。
次はこの時季食物が少ないんだろうなということ。ある意味かわいそうだな。まっこんな物でも餌になるんなら少々ならいいかとも思う。

そういえば2,3日前漬物にすべく白菜を4つに切って干しておいた時、その白菜をヒヨドリがついばんでいた。ついでに白菜の上にウンチ(木の実の種がいっぱいの)までしていってくれた。
共存共栄と行きたいところだが、そっちも少し考えていただかないとな。
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東欧オペラソリストコンサート中止

2017年01月16日 21時27分32秒 | オペラに挑戦
この2,3年 「ドナウの歌の力 コンサート」と題したオペラガラコンサートが神奈川県内で開かれてきました。
昨年夏のコンサートの際、「次回は2月に」とのアナウンスがあり、楽しみにしてました。
ところがその連絡がなく、こちらからメールを送って状況を知ろうと動きました。

さきほど以下の連絡があり、当分コンサートは中止せざるをえないとのことです。
このコンサートを楽しみにして待ってた私の友人たちにお知らせしておきます。

当コンサートを主催してた小樽在住の「長谷川洋行」さんが昨年11月事故でなくなられたそうです。
この2月のコンサートも中止せざるを得ませんとの知らせでした。
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防衛省の研究費制度

2017年01月15日 09時22分02秒 | 国を憂う
トランプ嵐が地球上吹き荒れてて、それ以外の話はどれも裏の裏に隠れてしまうような状況。でも大小の変動も起きてるわけで、トランプだけに注目してるわけにはいかない。
僕が注目してるのは防衛省が大学、国の研究機関に対して研究費を援助する制度の動向。
一昨年から制度化され、初年度は3億円の予算、昨年は6億円の予算で実施してきた。それが新年度予算要求で110億円を計上し、満額了解されたのだ。
財政危機のあおりで文科省からの交付金が減額され、研究費の捻出に困窮してる大学の研究室。そこへ「こういう研究をやってくれるならお金だしますよ」と餌を撒いてるわけでしょう。しかも新年度は膨大に増額する。
今の政府が日本をどういう国にしたいのか、国とはどうあるべきと考えてるかが透けて見えると思うのです。
「近隣諸国より強い国防力を保持してこそ国が成り立つ」「軍事力あっての国」「分立ではなく関与の体制」 そういうことなんでしょうね。
一概に否定するつもりはないですが、どこかの大学の校歌にある「学の独立」はどうなってしまうの? です。「純粋な研究」に権力が首をつっこむのは間違いでしょう。
好き勝手にやらせる「寛容さ」 それを忘れては「真の国力」は備わらないと考えます。安倍政権の姿勢にはやはり反対です。
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