世界変動展望

私の日々思うことを書いたブログです。

研究不正を防ぐための罰則強化策について

2012-05-15 00:13:50 | 社会

以前に研究不正は究極的には研究者の業績を上げたいという欲望が原因だと述べた。捏造等を常習的に繰り返す研究者が明るみ出たことを考えても、業績向上のためには不正を続けて周りにどれだけ迷惑や損害を与えても厭わないという不正行為研究者の著しい倫理意識の欠如・人格破綻が原因の一つである。つまり、研究者個人に不正しない気にさせる対策が必要だ。

すぐ思いつくのは罰則の強化だ。しかし、私の知る限り捏造や改ざんを実行した研究者は多くの場合懲戒解雇になっている。罰則強化をしようにもすでに上限に達しており、重くしようがない。ただ、責任著者が監督責任をとらされる場合は長期の停職処分で済んでいることがあるので、これに関しても懲戒解雇にすべきだろう。東大分生研の加藤などの不正を見てもわかるように組織ぐるみで不正を行うケースは珍しくないので責任著者となるボスに不正を起こさせないためにも責任著者の罰則は厳しくすべきである。

あとは、研究費の凍結や論文の投稿禁止、学会の除名などの処分が考えられるが、これらは現在すでに行われているし、研究者を辞めた人にこのような制裁を科しても十分でないと思う。せいぜい氏名公表で名誉が下がるといった制裁措置が多少痛い程度だと思う。

不正に使った科研費などは研究者個人が利子をつけて返還するといった罰則もよいと思う。もともと不正に使った金を返すのは当たり前で一番悪いのは不正をした研究者なのだし、それが適切かもしれない。現状は研究機関が返還していると思う。ただ、何億円も使っていたら研究者個人に返還させたのでは返しきれないので、研究者だけに返還させると税金が戻ってこなくなる。そこで一次的には研究機関が返還し、求償権として研究機関が研究者個人に返還を求める制度にすればよいと思う。第三者に損害を与えた場合は研究機関に損害賠償請求が可能で、研究機関は1次的に賠償した金銭等を後に研究者に求償できる。民法で規定されている使用者責任の損害賠償(民法715条)だ。研究機関の内部規定ではこのような規定はないかもしれないが、研究機関や研究者に損害賠償させる法律はすでに整っている。研究費は大概何百万円、何千万円、時には何億円という単位だから最終的に全額返還しないといけないとしたら、大概の研究者は経済的にかなり追い詰められるだろう。破産する可能性も十分ある。これは非常にきついので抑止効果は結構期待できるのではないか。法律だけでなく内部規定でも明確に定めておくとより抑止効果は高くなる。

あと考えられるのは刑事責任の追及だ。現在のところ捏造や改ざんをした研究者を直接取り締まる刑罰法規はない。これだけ研究不正が続発しているのだから刑事罰を与える法律を作ってもいいと思う。私が知る法律の中で唯一捏造・改ざんを処罰できると思う法律は虚偽公文書作成罪・同行使罪(刑法156条、同158条1項)だ。これは公文書に虚偽の内容を記載することで成立する罪で、作成名義人の記載のある公文書(有印の公文書)の虚偽記載の場合は1年以上10年以下の懲役、作成名義人の記載のない公文書(無印の公文書)の虚偽記載の場合は3年以下の懲役又は20万円以下の罰金となる。印章の有る無しに関わらず、作成名義人が書かれていれば有印なので無印の虚偽公文書作成罪・同行使罪はほとんどなく、大概は有印の罪となる。

多少刑罰法規の名前を聞いたことのある人ならわかるかもしれないが、「私文書偽造罪(刑法159条)という罪があるじゃないか。これにも該当するんじゃないの?」と思うかもしれないが、この罪は法的には有形偽造(作成名義人の偽造)の罪で無形偽造(文章内容の偽造)は対象としないので、捏造・改ざんのように嘘の内容を記載しても成立しないのだ。法的に無形偽造を取り締まるのは私の知る限り虚偽公文書作成罪と虚偽診断書作成罪(刑法160条)くらいしかない。

さて、論文や口頭発表資料などに捏造や改ざんをしたデータを記載して発表したら、虚偽公文書作成罪・同行使罪に当たるのだろうか。現行の法律論を考えれば、みなし公務員([3])に該当する国公立大学の職員や国立研究所、日本学術振興会の特別研究員などが作成した論文等に捏造・改ざんデータを掲載したら同罪に該当する

まず国公立大学職員等が作成した論文や口頭発表資料が公文書なのかというと、判例の規範によれば公文書である。判例によれば公文書とは「公務所または公務員が,その名義で,その権限内において,所定の形式に従って作成すべき文書(大判明45.4.15)」とされ、簡単にいうと公務員等が自己名義で職務上作成した文章のこと。「所定の形式」となっているが、判例をみると厳格な形式が要求されているわけではなく少しでも形式らしきものがあれば広く「所定の形式」の要件は満たすようだ。公務員が職務上作成した私法上の契約書や事業報告書でも公文書に該当する。

国公立大学職員等が作成した論文等はみなし公務員が自己名義で職務上作成した文章なので「公文書」となる。無論、著者には論文等の作成権限があるし論文執筆は権限の範囲内の行為。そして捏造・改ざんは虚偽記載なのだから、虚偽公文書作成罪・同行使罪の構成要件を満たし、違法性・有責性も問題ないので同罪に当たる。

しかし、これは法律論に基づいた考察で現実の実務で捏造・改ざんが同罪で取り締まられるかはよくわからない。法的には処罰できると思うが、捏造・改ざんをして刑事罰が与えられたという事件は聞いたことがない。単に警察などが専門的なことがよくわからないので学術論文等の不正は刑事事件として取り扱ってこなかっただけかもしれないし、そもそも刑事告訴する人や機関がほとんどないのが現実だろう。

ただ、法律上は国公立大学職員等の論文等の捏造・改ざんなら同罪で刑事告発し有罪にすることは可能だと思う。例えば上原亜希子の事件は捏造やその故意の立証は誰でも明白にできるし裁判官にも十分納得してもらえるだろう。だからこそ捏造があったとして上原亜希子の請求は棄却されたのだ。同じことを刑事事件でやればいいだけだ。多少刑事の方が起訴段階で立証を強固にやらねばならないという違いはあるが。

そして法律上捏造・改ざんの刑事告発は誰でもできるし、告発があれば警察は捜査し送検する義務が発生する。虚偽公文書作成罪・同行使罪は親告罪([10])ではないので刑事訴訟法第239条1項により誰でも告発(被害者など告訴権者以外の第三者が犯罪の訴追を求めること)でき、告発があれば、犯罪捜査規範第63条1項により警察は告発を受理する義務があり、告発を受理したら、刑事訴訟法第189条2項により警察は捜査義務が発生し捜査しなければならず、刑事訴訟法第242条により捜査後速やかに証拠書類等を送検する義務がある[4][5][6][7]。

検察官が不起訴(起訴猶予含む)にしても、検察審査会法第2条2項、同第30条により告発者は不起訴処分への不服申し立てができ、検察審査会で認められれば強制起訴できる[8][9]。

法律上は論文等の捏造・改ざんを刑事告発可能で、強制的に警察に告発受理・捜査・送検させることができる。検察官が不起訴にしても強制起訴も可能。しかし、これはあくまで法律上の話で、告訴不受理問題を知っている読者はわかると思うが、警察などが論文捏造・改ざんで告発してもまず間違いなく受理しない。無論これは違法で、告発を受理しないのは彼らのやる気のなさが最大の原因だが、論文の捏造・改ざんなどは専門的でわからないとか刑事事件として扱った前例が皆無若しくはほとんどないため、通常刑事事件で扱うべき事項ではないと思っているのだろう。

警察に告発しても「あなたは被害者じゃないだろ。訴えるなんてできないんだよ。」「論文の捏造や改ざんなんて刑罰法規に抵触しないんだよ。」「仮に刑罰法規に抵触するとしても故意が立証できないんだよ。」とか様々な嘘の説明で告発者に告発を諦めさせようとするのが警察の常套手段。論文捏造等ではないが、例えば窃盗罪なんかで告発した場合はこんな嘘の説明で告発者を騙して、告発をやめさそうとすることはいくらでもある。上の説明をきちんと読んだ人ならわかるだろうが、これらの警察の説明が嘘だというのはわかるだろう。

まず、「あなたは被害者じゃないだろ。訴えるなんてできないんだよ。」という説明は法律上嘘なのは明白。刑事訴訟法第239条1項には「何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。」と明記されており、被害者じゃないと告発できないということはない。警察がいっていることが正しいのは名誉毀損罪などの親告罪だけ。告発したら受理・捜査義務が生じることも上で述べた。警察がこういう嘘をよく言うのは、彼らにやる気がなく職務怠慢をしていることが原因。表向きは「めんどくさいからやりたくありません。」と口が裂けてもいえないので、「捜査をすると被害者のプライバシー侵害とか人権侵害が不可避で、被害者が求めないのに捜査はできない」とかもっともらしい言い分けをする。しかし、法律上は親告罪でない限り被害者の意思とは関係なく告発があれば受理しなければならないし、捜査を尽くす義務が生じる。虚偽公文書作成罪は個人的法益に関する罪ではなく、公文書に対する公共の信頼を保護法益とする社会的法益及び国家的法益に関する罪なので、被害者は国民全体といってよく、「あなたは被害者じゃない」という警察の言い分けはそもそも妥当でない。大概の場合は警察のやる気のなさに起因する嘘の説明に過ぎない。

「論文の捏造や改ざんなんて刑罰法規に抵触しないんだよ。」というのも嘘で、上で説明したとおり法的には国公立大学職員の論文等なら虚偽公文書作成・同行使罪に該当する。単に警察が専門的なことはよくわからないので取り扱いたくないというだけ。

「仮に刑罰法規に抵触するとしても故意が立証できないんだよ。」というのも上原亜希子のような事件に関しては明らかにおかしい。故意が立証されているから不正が認定されているわけだ。上原亜希子の事件のように誰が見ても故意とわかるほど大量に捏造をやって裁判でも捏造が認定されたケースまで故意を立証できないという方が不合理。

いろいろ告発を受理しないための警察の抵抗は考えられる。こういう事例の告発を警察に受理させるには最初から骨が折れることを覚悟しなければならない。具体的にどうやれば告発を受理させられるかといえば、「刑事訴訟法第239条1項、犯罪捜査規範第63条1項により下記の事件の告発を受理願います。受理せず捜査をしなかった場合は、刑事訴訟法第239条1項、犯罪捜査規範第63条1項違反による違法行為を理由として国家賠償訴法第1条に基づき損害賠償を求める訴訟を提起します。」と記載した文章を証拠書類とともに内容証明郵便で警察署長宛に送りつける。

この時点で大概はしぶしぶ告発を受理し、捜査をする。なぜなら、警察は証拠が残る形で告訴・告発されることを嫌うからだ。先にも説明したとおり法律上は告発受理・捜査義務が生じるのでこれらを拒否することは違法。内容証明郵便の送付により告発をした客観的証拠が残っているので、受理を拒れば違法行為の証拠となり警察も不祥事になるので仕方なく告発を受理するのだ。

それでも告発を受理しなければ簡易裁判所に訴額1万円程度で国賠法に基づく損害賠償請求訴訟を起こす。これは最終手段だが、ここまでいけば裁判所が警察の違法行為を認定するので警察も告発を受理せざるを得ない。

このように最終的には論文捏造・改ざんで刑事事件化は可能。

捏造・改ざんは極めて背信的だし、悪質さを考えると有罪になっても全くおかしくない。捏造・改ざんといった不正を防ぐには研究者個人への罰則を強化する必要があり、現状の酷さを考えると懲戒解雇だけでは足りず刑事罰まで与える必要があると考える人がいるなら、一つの方法としてチャレンジしてみるのもいいかもしれない。

東大の加藤茂明や筑波大学の女性講師の事件などは刑事告発するのも法律上可能なので、罰則が足りないと思う人はチャレンジしてみるのもいいかもしれない。

ただ、先にも述べたように前例のないことで、刑事事件化するのはかなり難しいだろう。

参考
[1]刑法 第156条: 公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は文書若しくは図画を変造したときは、印章又は署名の有無により区別して、前2条の例による。
[2]刑法 第158条1項:第154条から前条までの文書若しくは図画を行使し、又は前条第1項の電磁的記録を公正証書の原本としての用に供した者は、その文書若しくは図画を偽造し、若しくは変造し、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は不実の記載若しくは記録をさせた者と同一の刑に処する
[3]みなし公務員:法的には国公立大学の職員や国立研究所、日本学術振興会の特別研究員などは法人化の影響で公務員ではない。しかし、特別法で刑罰法規の適用に関しては公務員とみなすという法律が存在し、公務員とみなされる。

例えば国立大学職員は国立大学法人法第19条により「国立大学法人の役員及び職員は、刑法 (明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用については、法令により公務に従事する職員とみなす。 」と規定されている。

[4]刑事訴訟法第239条1項 何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。
[5]犯罪捜査規範第63条1項 司法警察員たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、この節に定めるところにより、これを受理しなければならない。
[6]刑事訴訟法第189条2項 司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。
[7]刑事訴訟法第242条 司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。

[8]検察審査会法第2条  検察審査会は、左の事項を掌る。
一  検察官の公訴を提起しない処分の当否の審査に関する事項
二  検察事務の改善に関する建議又は勧告に関する事項

2  検察審査会は、告訴若しくは告発をした者、請求を待つて受理すべき事件についての請求をした者又は犯罪により害を被つた者(犯罪により害を被つた者が死 亡した場合においては、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹)の申立てがあるときは、前項第一号の審査を行わなければならない。

[9] 検察審査会法第30条 第二条第二項に掲げる者は、検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは、その検察官の属する検察庁の所在地を管轄する検察審 査会にその処分の当否の審査の申立てをすることができる。ただし、裁判所法第十六条第四号 に規定する事件並びに私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律 の規定に違反する罪に係る事件については、この限りでない。

[10]親告罪:告訴をしないと公訴を提起できない犯罪のこと。名誉毀損罪(刑法第230条)や器物損壊罪(刑法第261条)など。告訴とは犯罪被害者やそれに準じる者などが捜査機関に犯罪事実を申告し、犯人の訴追を求めること。捜査は公判のための準備活動であり、被疑者の身体確保や証拠収集・保全を行う。そのため公訴を提起できないなら捜査はする必要がないため告訴できないし、告訴がないと公訴が提起できないので告発も受理されない。



4 コメント

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データ改ざんに関して (匿名希望者)
2012-05-13 23:55:44
世界変動展望様

いつもブログ、拝見させて頂いております。
様々な角度からの物事の見方があると、改めて考えるようになりました。
突然、失礼致します。

私は法律は知らないことばかりです。でも、データ捏造・改ざんという行為に対する罰則に不思議に思うことがあります。

以前、ニュースで警察官が飲酒運転のとりしまりで、アルコール検査の値を改ざんし、飲酒運転の検挙率をあげていた、という報道がありました。

データの値を改ざんするという行為は、
警察官の飲酒運転取り締まりのアルコール検査の値だろうと、
研究者の実験データ値の改ざんだろうと、
自分の業績をあげる為や倫理観の欠如は、同じにみえるのです。
警察官にも、研究者にも、税金はつぎ込まれていますし。

警察官のデータ改ざんは社会的にも糾弾されるのに、
研究者のデータ改ざんは社会的に糾弾されません。不思議に思ってしまうのです。
こういった物事の比較や考え方は、飛躍しすぎでしょうか。
研究論文データの値は、世の中に対して、目にみえるような不利益がないから、処分に甘いのでしょうか。

すいません。
思った事を記載させて頂きました。

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回答 (世界変動展望 著者)
2012-05-14 01:08:31
>警察官のデータ改ざんは社会的にも糾弾されるのに、
研究者のデータ改ざんは社会的に糾弾されません。不思議に思ってしまうのです。
こういった物事の比較や考え方は、飛躍しすぎでしょうか。
研究論文データの値は、世の中に対して、目にみえるような不利益がないから、処分に甘いのでしょうか。

--
そういう比較や考え方は別に問題ないと思います。研究論文などの改ざんに刑事罰が与えられないのは世間があまり研究者の不正に関心がなく重大な犯罪だという認識が薄いという要因は確かにあるでしょう。

一方警察官は私見ですが研究者より市民にとって身近な存在のため彼らの不正には関心が集まりやすいのだと思います。犯罪を取り締まる側が不正をするというのは著しく信用を損なうのでその点でも注目を集めるのかもしれませんね。

警察官がアルコール検査の値を改ざんして調書に記載したら、本文で述べた虚偽公文書作成罪・同行使罪になります。

研究者が論文を改ざんするのも文章の読み手や一般市民の信頼を裏切ったり、嘘の成果発表で他人に害を与えるといった点では警察官の事例と本質的には同じだと思います。例えば追試をした研究者の時間やお金を無駄にさせたり、嘘の成果に起因する危ない臨床実験を実施してしまうといったとんでもないことも起きかねません。

そういうことは犯罪として取り締まらるべき悪質さを持っていると思います。私見では国公立大学等の研究者の論文や口頭発表資料の改ざんは虚偽公文書作成罪・同行使罪に該当するので犯罪として取り締まることは法律上可能だと思います。

ただ、先にも述べたとおり世間が研究者の不正に関心がないことや警察の怠慢や専門知識のなさのために刑事事件として取り締まられてないというのが実情なのでしょう。世間の意識改革が進めば刑事事件化も少しは容易になると思います。捏造や改ざんを直接処罰する刑罰法規ができてもいいと思います。
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ありがとうございます (匿名希望者)
2012-05-14 06:32:46
世界変動展望様

不正は許されない、認められないという、当たり前のことが、研究業界でも当たり前になればいい、と願わずにはいられません。

コメントに回答くださいまして、ありがとうございます。
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どうも (世界変動展望 著者)
2012-05-14 23:16:32
またきてください。
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