こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

観て・聴いて・楽しんで

2009年01月31日 | 五感と体感
停滞気味のときは、本に向う時間が増える。定番の本を取り出して、内面の生活を充実させようとする。私にはそんな傾向がありますが、今回はそこに“積極的に観る、聴く”が入ってきているのが、我ながら興味深く、おもしろいと感じます。

どちらかといえば散漫に見て聞いていたものが、能動的に観て、聴くような感じがでてきている。好きな画集を開いたり、お気に入りの動画を見ながら、時間は僅かでも、これまでより濃い時間を過ごしていることに気がつきました。

こころの充実を思考に偏って図ってきたところから、五感を働かせて好きなものを味わう方へ意識が向くようになったとしたら、これは思考と感情のバランスからみても、なかなかよい傾向かもしれません。

もうしばらくは失速した分、余ったエネルギーを、観て、聴いて楽しむことに向けてみて、その次に何がでてくるのか。なんだかとっても楽しみです。

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希望の失速

2009年01月29日 | 意識と知覚
わたしが“評価されること”を意識するともなく意識した最初の体験は、母子関係だったはずで、どうやら私は、幼児~少女~青年期、成人してからも、人生の節目節目で、母の不要な評価を脱ぎ捨てながら生きてきたようです。

人生の時々に、父母や兄姉、先生や友人と変化しても、評価が気になる人はいつも、わたしにとって“大事な存在”だったことは確かでしょう。

“評価に縛られていた”という気付きは、ちょっと立ち止まり、歩みの見直しをせよという合図のような気がします。不要な評価を脱ぎ捨てるたびに穏やかな母娘関係が育ってきたのと同じように、今は、より成熟した関係のために必要な時を過ごしているのだと感じます。

見方によっては停滞と見えてしまうかもしれませんが、本人としては、ふつふつと希望が音を立てているようなプロセスの中にいるということもあるのですね。。。

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エアポケット

2009年01月27日 | 意識と知覚
人は誰しも、誰かの評価を意識するともなく意識して、気にするともなく気にしながら生きているものですが、“誰の評価を気にするのか?”を間違うと、たぶん悔いだらけの人生を生きるハメになります。

先に“こころの友と対話する価値”を考えながら、自分がある人の評価をけっこう気にしながら生きてきたことに、ハタと気がつきました。その人の評価を気にして、かってに不自由になっていた・・・あまりに長い間、それを当然のように生きてきてしまったことに気付いて、ギョッとしました。実はまだ進行形、ギョッとしている最中なんですが。

自己信頼がしっかりしていて、自分自身と深く繋がることが何より重要であることを知る人。私が評価を気にする価値があるのは、更に<私が私自身と深く繋がることが、何より重要であると考えてくれる人>でなければなりません。そのように感じられる人だけが、私が評価を気にしてもよい人なのです。

問題は相手にあるのでなく、すべて私の意識と知覚の問題なのですが、あまりに長く強力に思い込んできたことが砕け散り、今はエアポケットに入ってしまったような気分です。

しかし体勢を立て直し、新たな方向へ進むべく準備するための“幸いな失速”。これは間違いないと思っています。

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こころの友と対話する価値

2009年01月25日 | 意識と知覚
直感に従ってみたのはよいけれど、“ほんとうに、これでよかったのだろうか”と不安がモクモク湧いてくることがあります。

迷い出して大いに悩んで、最終的には直感に従ってよかったのだと決着するのだから、迷い悩む時間は無駄もいいところです。

不安になるのは大抵、むかしの失敗体験が頭をもたげて来たときです。

今のわたしの状況は、むかしとは違う。当時のこころの環境は最悪で、ストレスの只中にいながら、その自覚さえなかったけれど、今のこころは当時とは全く違っているはず。でも不安になると、その判別さえつかなくなってくるものです。

そこで、わたしは友に頼みました。“もし、わたしの行動がヘンだと思ったら指摘してね”。

自己信頼がしっかりしている友は、貴重な存在です。友は、自身と深く繋がることが何より重要であることを知っているし、それを生き抜いています。

この友は、身近にいるかもしれないし、遠くに住む人かもしれない。神話や物語の人物ということもあるかもしれません。憧れる具体的な人物像とこころで対話する習慣は、必ず自己信頼を強めてくれるでしょう。

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雪の朝に

2009年01月24日 | 五感と体感
pcの前に座ることの多い日が続き、さすがに体の方が “動いて下さい~”とうったえだしました。昨日は寒波に備えた買出しのついでに、ちょっと街を歩いてこようと決めました。マーケットの駐車場から城址方面に細道を上り、旧市街を途中用をたしながら一巡りするコース。

僅かながら心身の偏りも回復した体感に、今朝は気力も回復。今日の予定を思い、台所の窓から夜明け前の雪景色を“あーきれい”とうっとり眺めた次の瞬間、愕然としました。“水が出ない、、”

厳しい寒さの予想を知りながら、夕べは水道の凍結のことは全然思い浮かびませんでした。

よりによって夕べにかぎって、洗い物もそのまま。ほどよい体の疲れで、こんなにも一杯のワインが美味しくなるのかと、感動しながら眠ってしまったのでした。

寒気、薪の燃える音、時を刻む壁掛け時計、微かに響いてくるラジオ、そして空腹感・・・そろそろ台所は暖まってきたころです、もう一度、水道管に熱湯をかけてみることにしましょう。

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楽しいことから始めよう

2009年01月22日 | 意識と知覚
上手に(気持ちよく)自分の気持ちや感情を伝えたいと、いつも思います。<わたしとあなたの関係>で、好意や共感の気持ちを伝えるときにこそ細やかに配慮する。タイミングと表現の程度、感情表現の微妙なさじ加減を大事にしたいものです。

肯定的で明るい感情だからといって、思いの丈を全開で伝えてばかりいては成熟した関係は育たないようです。個性の美を認め合い、伸ばしあうような関係は、肯定的な感情の伝達もまた、抑制の効いた気持ちのよい関係だと思うのです。

自分の正直な気持ちを伝える訓練は、まず<わたしとあなたの関係>で、相手に好意を上手に伝えることを、意識してみたらどうでしょう。

考えてみれば、これは基本中の基本の訓練かもしれません。母に抱かれた赤ちゃんの私が、母の愛情(好意)を映し返す事からすべては始まった、これがコミュニケーションの最初だったわけですから。。。

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繕いながら、寛いで

2009年01月20日 | 五感と体感
“繕いながら つくって 寛いでいる” 某デパートの広告ポスター。確か作家になる前の林真理子さんが世に出るきっかけになったコピーでした。若い頃、電車の中かホームかで、この言葉を印象深く見た憶えがあります。

今月に入って、ブログに限らず、書くことに相当の時間をかけていますが、期限を意識して書かざるを得ない状況に追い込むことで、そうしなければ見えにくかった自分の素の部分、指向性、志向性が表れてくるようでもあり、面白いと思っています。苦し、楽しいというところですがストレスに追い込むことで、見えてくることはあるようです。

しかし、ストレス過剰に陥らないようにすること。心身のバランスを保つことを、これまで以上に意識するようにもなりました。

本日は、久しぶりにお裁縫箱を取り出しましたが、針を動かすことは適度な息抜きになります。急ぎでない繕い物や再生アイディアのある衣類を、いつも箱に待機させて、その中の昔々の伯母の羽織を解いた絹布。それでクッションカヴァーを仕立てることにしました。梅の花の意匠も今頃の手仕事にピッタリで、こころが弾みます。運針のリズムに呼吸を合わせ、当分は楽しめそうです。

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出会う人の数だけ

2009年01月18日 | 第9章:愛
人生で出会う人の数だけ、出会った意味があると思っているので、“出会った意味を生きる”ことは、人生の大事なテーマです。

傾聴されることで安堵するという貴重な体験をもたらしてくれた方に、私が感謝の気持ちを伝えたのは一年以上経ってからでした。そのとき喜びと感動の便りが一往復しただけで、その後の消息を知ることはないのですが、これから先、私がその方との暖かな交流を忘れることはないし、相手の方もきっと同じだと思います。これで思い残すこと無し。出会いの意味を十分生きたからです(思い出しさえすれば、時空を超えて現在進行形です)。

湧いてくる想いを、いつ、どのように伝えるのか。考えるともなく考えて、自問自答して決定を下すわけですが、大事にしたい関係ほど注意深く熟考するところは、若き日に恋に悩んだあの感じと大差はないかもしれません。そして伝わったときの感動も…!

湧いてくる想いを、いつ、どのように、どのくらい伝えるべきか、または伝えないかを吟味しても、相手によっては熟考の甲斐も無く伝わらず、悲しい気持ちになることはあります。しかしそれも含めて全ては進行中、“出会った意味を生きるため”のプロセスを、日々楽しみたいと思います。

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どうせ悩むなら

2009年01月16日 | 未整理
悩みは、いつも気付きをもたらしてくれる。悩むたびに私は、自分の中の問題点に気付かされてきたように思います。どうせ悩むなら実のある悩みにしたいもの。これを「転んでもただでは起きない」と表現する人もいますが、どうせ転ぶなら何か実のあるものを掴んで、すっくと立ち上がるというところなのでしょう。

人間関係でヘトヘトになっているとき、その悩みを書き綴りました。誰かに悩みを話す、書くという行為だけでも気持ちは楽になるものですが、何の批判も評価も加えずに傾聴されるという、カウンセリングの応答の威力に、そのとき初めて触れました。共感の言葉。たった一語で、そのとき全身の力が抜けるような安堵を覚えたことは、忘れられません。

そのようにして生まれた信頼関係。安心して語れる場所を得たことで、自分一人では気付くことができなかった日々の理想や感情というものが、次第に意識化されてきました。

悩みはきっかけに過ぎないのかもしれません。人生を実りあるものにしてくれる気付きは、悩みとともにやってくる、そんな印象があります。人生に、“悩みを活かしてゆく方法”を、私は生き甲斐の心理学から学んできたように思います。

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訓練は楽しく

2009年01月14日 | 未整理
自己表現は大事です。上手く自分を表現できないとストレスを感じますし、悪くすると、こころが病気になります。人生では“上手くゆかなくなること”は、間々あるもの。日頃から意識的に訓練しておけば、人生の大波小波を気持ちよく乗り切ってゆけそうです。

振り返れば、自己表現が上手く出来なくなってストレスも極みに達しているのに、そのような自覚もないところから、私の学びはスタートしたのでした。

自己表現には訓練がいるのだということ。そして訓練には各々の状況と段階に応じ、その人に適したメニューというものがあるように思います。そいう意味では、ブログを書くことは、今の私に適した、自己を伝達する訓練ともいえますし、最近は定期的に更新するという新たな課題が加わって、以前より修行の意味あいは強くなったように思います。

自己表現をする楽しさ。自己を伝達する喜びを知ったなら、人生はきっと輝きだします。なぜなら、自己を表現したくてたまらない生きもの、それが人間だから。

言葉によって自己を表現すること。学び始めた頃から今に至るまで、歩んできた道のりをしばらく書いてみようと思います。

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