こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

老人のつぶやき…!

2011年10月29日 | 第9章:愛
友人の愛娘がフィアンセを連れてやってくることになりました。
彼女は我が家が作りかけで(今もって完成途上ですが)、
かろうじて床板とガラス戸がはいった頃、両親と来たことがあります。
まだ内壁もなかったし水周りも不完全、青空トイレの頃で、彼女は中学生でした。

それで今週は客用布団に陽を当てたり、ガラス磨きしたり、
ストーブ周りの丁寧掃除など、忙しく動き回りながら、
こういうときの私にありがちな気億劫な感じより、
作業をこなしながら、心楽しさの方が勝っていることに気付きました。
これはどういう変化だろう?・・・思うに、
若い二人の新たな船出を寿ぐような心情が、どうも私の中にあるらしいのです。
それは個人の関係性を超えて、人間関係の原型が動いているような気もします。

老人と若者。もちろん私はまだ老人と呼べる歳ではないのですが、
若者を祝福するような感情が自然に湧いてくるのだから仕方ありません。
歳を重ねると、相応の体力の衰えや故障がでてくるものですが、
幸福曲線に向かってゆく感情生活の変化は喜ばしい変化です。

最近いよいよ文庫の活字が読み難くなって、老眼鏡を注文しました。
その眼鏡が届いた日に仔猫たちはやって来たので、
兄猫をローガン、通称ロン。妹の方はマヤの予言にちなんでマヤと名付けました。
さて若い二人は仔猫にどんな反応を示すでしょう。
少なくとも娘さんの方は猫を身近には育ってこなかったはず。
ロンとマヤを見て“猫観”が変わったなら、私がそうだったように、
人生がいっそう豊かになると思うのですが、どうでしょう。。。^^)
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仔猫がやって来た

2011年10月28日 | 第9章:愛
ハタカタ峠から仔猫の兄妹がやってきた。
隣町へ用事に行く途中見つけて、迷わず連れ帰ったのだけど、
昨日、時に適って~と書いた直後、出合った二匹の仔。
この数年の数ヶ月の出来事を振り返り、
こういうことってあるのだなあと、ふしぎを感じます。

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朝の習慣

2011年10月27日 | 五感と体感
腰痛が回復してきたので、朝のスワイショウを再開している。
駐車スペースの端っこ、東に谷を控えたその場所が、
朝の気功にぴったりなことを、最近発見した。
太極拳の24式も形を覚えたところまで、舞って(?)みる。
ヨガか気功か整体か。どれがよいのか迷いながらきて、
5,6年かかって、ようやく自分にしっくりくる場所と方法がみつかった。

心の環境を整える。体の環境を整える。
整えるところから一歩進んで、環境を築いてゆく。
ささやかではあるけれど、まだ一部の領域ではあるけれど、
自分で自分の環境を築いてゆく感じ、
気概のようなものが以前より出てきたかもしれない。
やっぱり、人それぞれ。“時に適って”出合うようにできている。
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悔いのない人生のために

2011年10月26日 | 螺旋状に上昇する意味
少し前になるけれど、スティーブ・ジョブズの自伝に寄せて、
精神科医がテレビでコメントしていた。
“ジョブズがジョブズを保つために、
彼自身、毎日、どんな努力をしていたのか。そこを(この本から)知りたい”と。
職業柄というか、らしいコメントだと思ったが、つまり
ジョブズがジョブズであるために日々どのように心を統合させていたのか。
彼がどのように心の環境を整えて心身と魂を統合させていたのか。
それを自伝から読み解きたいのだと、精神科医の言葉を私はそのように受け取った。

毎日、自分が自分であるために統合させる。
自分が自分であるために、日々自分自身を更新してゆく。
そうすればきっと、悔いのない人生が送れる。
悔いのない人生を送りたいのなら、
毎日毎日、自分を統合させてゆく努力が必要なのだな。。。

この当たり前のことを再確認したところで、
悔いのない人生のために、そろそろ今日を始動させることにしよう。
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先入観を越えて行く

2011年10月24日 | 無意識の世界
今日は居住区の可燃ごみの収集日。
朝早く林道を徒歩で往復してゴミ出ししてきました。
生活道路に使ってない方の林道を、車でなくトコトコト下って
家の疎らな村の集積場へ行くのは少し勇気がいります。
人と変わったことをすると村社会では奇異の目でみられる・・・
こんな先入観がありますが、これは成育史の体験だけでなく、
もっと以前、祖先の時代からの和を乱すべからずの深層も関係しているかもしれません。

ちょっとした思い込みや先入観を超えてゆく。
行動を制限している根強い思い込みを一つ一つ崩してゆく。
温存していても人生に支障がないとみえる小さな思い込みも、
積もり積もれば大きな障害物になるかもしれません。
思い込みを越えるための、往復5,000歩のゴミだし。まずはここから始めてみました。
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弛めば、変わる

2011年10月23日 | 五感と体感
気がかりなことが一つあると、そのことに囚われて
ずんずん深みに嵌って、世界がそれ一色になってしまう。
私にはそんな傾向があるので、人生で最も大事なことは、
“今目の前にあるものとの体験を深めること。”と定義しておくと
それを思い出すことで、ストレス曲線から脱出できるのですね。

この間の雨降りの日には、FMラジオの音楽に専心しながら、
肩に力が入って、固まっている感覚にはっとしました。
気が付けば、弛めることができます。

気がかりの現実は変わらないのに、身体が弛むと、
問題に埋没することなく、問題の外に立って、
冷静に見つめ考える余裕がでるから不思議です。

さて腰の痛みは消えませんが、痛みの感じは少し変化しています。
そもそもの原因は無理な姿勢をとったことですが、
心と体のためには、肩の力を抜くこと、
弛める事がとても大事なことを、今回は身をもって理解しました。
しっかり記憶しておきたい。忘れないようにしたいと思います。

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腰痛をきっかけに…

2011年10月21日 | 意識と知覚
一週間ぐらい前から、これまでにない腰痛を経験中です。
ちょっと無理をした、あの姿勢がいけなかったのかと心当たりがありますが、
腰痛を告げると、友人二人からストレスが原因では?と言われました。
ときに心的ストレスが腰痛の原因になることは知られるところですが、
深い抑圧があるため、簡単には自覚できないことが多いようです。

言われてみればこのところの“気がかり”が遠因しているかもしれない・・・
確かに心的ストレスが多少、今の腰痛に関係している可能性はあります。
症状にでるほど心のバランスが崩れているとしたら、
意識できない原因探索に躍起になるよりは、心の環境を整える意味で、
自分は何のために生きているのか・人生で何を大切にしたいのか?を、
あらためて思索、意識してみるのが大事なことのように思います。

自分にとって人生でいちばん大事なことは?

腰痛と気がかりを抱えながらそんなことを呟いていると、傍らで聞いていた人が、
<人生でいちばん大事なことは、森羅万象に深く感じ入ること。
人と、風と、草花と、動物と、音楽と・・・日々出合うもの、
体験をどれだけ深めることができるか。いいなあ・・・愛おしいなあと、
しみじみ感じ入ること。>これが全てと言い切りました。

体験を深めるとは体験を表層で終わらせることなく魂まで深める、
魂をふるわせることを言おうとしているのでしょうか。
その言葉がすっと胸に落ちたので、あっさり採用することにして、
今日は雨降りでもあるので、動くのは必要最低限にとどめ、
体験を深めることに意識を集中してみようと思います。

痛みの辛さよりも、腰痛を何かのきっかけにしたい。
その程度の痛みで済んでいる幸いを思いつつ、専心してみようと思うのです。

(120-24)
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自己受容のプロセス

2011年10月07日 | 螺旋状に上昇する意味
講習会には若い女性を中心に応募が殺到するという、
こんまりさんこと近藤麻理恵さんの整理術に人が引き付けられるのは、
過剰に持ちすぎている物の処分と整理が、そのまま
自分自身と向き合う、自己受容のプロセスになっているからだと思います。
少し前に、その整理術のノウハウをテレビでじっくり見させていただき、
単なる整理術の枠を超えている。リバウンドがないのも頷けると感心しました。

自己受容。人生のゴールを意識しだして、私が向かおうとしているのは、
自己受容のプロセスにスパートをかけるということかと思うのですが、
完全なる自己受容は、生きている限りはありえないにしてもです。。。

エリクソンの人格形成論を意識して生きていると、
子供時代の出来事が思い出されてきます。
学齢期~思春期にかかる前あたりの、これまで気にも留めていなかったような、
小さな出来事の感情体験のあれこれが浮かび上がってきて、
意識化と同時に肯定的に当時の自分を受容することが、ごく自然に起こる感じです。

成長期を振り返り、人格形成において不足していると自分で気になるものは
大人になってからでも、今に即した形で補える。
その確信が、無意識の意識化を推し進めているのかもしれません。
かしこまって思索するわけでなく、日常生活で手を動かしながら、
ふとした折に、無意識の意識化がごく自然に軽やかに起こるようです。

人格形成でなんとなく気になる時期があるのなら、エリクソンの理論を使って、
今に即した形でいろいろな角度から考えてみるのは、案外楽しいものです。
私の場合なら、目的志向性、自発性、技能、勤勉性、
もうしばらく、これらを意識して生きてみたいと思っているのです。
(*エリクソンの人格形成論:生き甲斐の心理学p.139参照)

(120-23)
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生きる能力を意識化するとき

2011年10月05日 | 螺旋状に上昇する意味
このところ・・・
人生もラストスパートに入ってきている…という実感があります。
スパートの期間はどのくらいか、長いのか短いのか、
それは分かりませんが、とにかく時間には限りがあるのだから、
人生の課題をどんどんこなしてゆかなければ。そんな感じがでてきました。

漠然と考えていた、自分の最後の時のことを、
これまでより少し具体的に想像してみる・・・
自分の死によって周囲に起こりうる状況を、
具体的に考えてみるなど以前はなかったことですが、
最期に思いを馳せつつ、人生にラストスパートをかけだしたわけです。

そうはいってもマナジリに力を入れて生きだしたわけではもちろんなくて、
人生の課題にはエリクソンの人格形成論を思う浮かべ、楽しく取り組んでいるのです。

希望・信頼、意思力、目的指向性・自発性、技能・勤勉性、忠誠心、愛・・・
人は生きる上で必要な能力不足を、大人になっても補ってゆくことは可能です。
私の場合なら前々から気になっていた“自発性問題”が解消されてきて、
人生に身が入ってきた(実が入ってきた?)と感じる日々・・・以前に比べて、
心と体の中心線がしゃんと真っ直ぐになった感じがしています。

エリクソンの人格形成論によれば自発性の次にくるのは勤勉性ですが、
現在の自分に即した形で勤勉性を捉えて、いろいろ考えてみるのが楽しいのです。
たとえば家事能力をいっそう(?)磨いて日々の雑事に勤しむことも、
勉強会の内容をよりよいものに高めてゆく努力だって勤勉性に繋がってゆくでしょう。

自発性による行動が増えたせいか座っている時間が減りました。
加齢による目の疲れやすさも加わって読書や書く時間も減ってしまいましたが、
秋の深まりとともに少しずつ机上の時間も増やしたいなと、考える今日この頃です。
(*エリクソンの人格形成論:生き甲斐の心理学p.139参照)

(120-22)
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