こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

ストレスをバネにして

2011年03月31日 | 無意識の世界
山で暮らすなら、草刈機を使いこなせるようにならなければ。
決心して使い出した高速回転の草刈機ですが、
何年経ってもいまだ怖々、コチコチになって作業しています。

薪ストーブの暖かさは格別で、湯を沸かし鍋をのせることもできて、
実用的なストーブは山暮らしの頼もしい相棒ですが、
一冬の薪の確保と準備には、半端でない労力が要ります。
これまで、薪小屋から室内に運び入れる以外は人任せでしたが、
今年はじめて斧とハンマーの薪割りが私の担当になりました。

山の日常・・・作業道具の使い方など、飲み込みがよい方ではありません。
野山の暮らしを志向するわりには道具の扱いが下手で、
あまり好きでもないので下手の横好きともいえません。
山で暮らしたいのに、そこで暮らす能力が欠けているのだから、
実は理想と現実のギャップは、ものすごく大きいものがあります。

ギャップは大きいけれど、環境に相応しい能力を身に付けたい。
山暮らしへの強い願望と意思がストレスを乗り越える力になっています。

「有機体は、一つの基本的な傾向と渇望(striving)をもっている。
すなわち、体験している有機体を現実化し、維持し、強化することである。」

ロジャーズの19の命題④

望む方向さえ見つけだせれば、自己実現に向かってストレスもなんのその、
有機体(人間も動物も植物も…)は、それは逞しい力を発揮するのですね。

(119-5)
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身体感覚を研ぎ澄ます・・・

2011年03月29日 | 五感と体感
心の仕組みを学び、成育史を自己分析して自分の傾向を理解する。
私が私になる過程を生きるのに、自己分析に時間を費やしてきたところから、
最近は、身体感覚からの自己理解へシフトしてきています。
ここ数年、身体的なアプローチで自分に合うものを探してきましたが、
ようやく、しっくりくると思える「気功」にめぐり合いました。

気功によって、身体感覚を研ぎ澄ますことで私が私になる過程を生きる・・・
人生の大事な要素として、日々の練功(気功の動作をすること)が加わりました。

「有機体は、一つの体制化された全体 として、 この現象の場に反応する」
 ロジャーズの19の命題③

さて猫という有機体は身近にいると、“現象の場に”対する反応がわかり易くて、
心身が強張りがちな私にとって、見習うべきお手本のような存在でした。
一年前、飼猫が突然いなくなってから、猫が示してくれていた、
のびのびと素直に自らの要求を生きる特性を、いよいよ私が生きなければなあ・・・。
悔いのない人生のために、大事な課題を残されたような気がしました。

失ってみて、思う以上に心の安定に猫の存在が大きかったことにも気付きます。
気功による身体感覚の鍛錬は、今ではしなやかで自然体の愛猫の思い出と共に、
私が私になる過程/悔いのない人生に欠かせないものになってきています。

(119-4)
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どんな世界が実在している?

2011年03月27日 | 無意識の世界
どちらかというと人の集まりに出掛けるのが億劫な方です。
もちろん集まりの内容によって程度は違いますが、
人の中にいると緊張する傾向は、子供の頃から変わりません。

人の集まりに出向くのが億劫である。これは一つの特徴にすぎないのだけど、
成長するにつれて、そういう特徴はよくない、引っ込み思案はよくない。
否定的な自己概念が強まってくると、本当は感じている億劫さとか、
集まりに参加することの緊張感を、部分的に抑圧するようになります。

現実との関わり方において抑圧することでバランスをとる・・・
これは一概にわるいとはいえませんが、抑圧の怖いところは、
長く続くと、対象に対する本当の感情ががわからなくなるところにあります。
自分で自分の感情がわからなくなってしまうので現実吟味がおかしくなります。

子供の頃、嫌でたまらなかったのに出掛けてみたら意外に楽しかった。
夏休みの花火大会の思い出ですが、「嫌だ」を自覚していたから、
楽しかったという感情が対比として鮮やかに印象付けられました。

現実はそんなに嫌なものでも怖いものでもなかったと認識されるためには、
感情は抑圧されることなく「嫌だ」が意識されている必要があります。
なぜなら本音の感情体験の積み重ねだけが、世界は(人々との交流は)、
楽しいことや有意義な時間もあるという実感を根付かせてくれるからです。

「有機体は、場に対して、その場が経験され知覚されるままのものに、反応する。
この知覚の場は、個人にとって実在(reality)なのである。」
ロジャーズ19の命題②
この場/世界が私を楽しませ成長させてくれるものとして実在するために、
感情を抑圧することなく、きちんと意識化したいものだと思います。

(119-3)
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一日のはじまり

2011年03月23日 | 五感と体感
悩んでいるのは私なのだから、私が私の問題を解決する。
この意識を推進するために、私の感情と身体感覚を大事することを心がけています。
個体の強化というか、“生きている私”をくっきりさせることが重要だと思うのです。

それには気持ちよい五感を意識して知覚することも大事でしょう。
感覚的な好き・嫌い、怖い・怖くないが意識できることも大事ですし、
湧いてくる感情を肯定的に解釈してゆく知恵も必要だと思います。

朝の目覚めのトーンがなんとなく精彩を欠いている・・・そんな今は、
とりあえず身体感覚に意識を向けて、起床する。
起床したら練功(気功の決まった動作)をする。
朝のスタートに心身を調えることが大事な日課ですが、
身体感覚から平安感を得て一日を始める、この方法に助けられています。

「個人はすべて、自分が中心であるところの、
      絶え間なく変化している経験の世界に存在する」
ロジャーズの19の命題の第一番目にもあるように、
私が生きているのだから、私の感情、身体感覚から出発する以外、
存在しようがないし、世界は始まりようがないのですね。

(119-2)
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個性の美への、道しるべ

2011年03月22日 | 愛とゆるし
遠方の年上の友人から近況の電話がありました。
ときおりの電話では、共通の友人Aさんの話が必ずでますが、
Aさんに対するストレスが高じると、私と話がしたくなるのかもしれません。
今日は話を聴きながら、あらら…AさんとBさんの関係とよく似たことが
今の私にも起こっているということだとハタと思い至ります。

私にとって同じくらい長い知り合いで一緒に食卓を囲んだことも数知れず、
それぞれの性格を熟知していますが、直感的、本能的に行動するAさんに対して、
綿密な予定をたてて思考が優先しているBさんと、二人は対照的な性格です。
いつも食事が進むにつれて打ち解けた、遠慮のない会話が弾みますが、
BさんはときどきAさんの容赦ない評価的発言にズキンときてしまうのです。

客観的にみていると、個性の違いが上手くかみ合わない。
Bさんの言う通り、相性が合わない関係なのかもしれませんが、
理由はどうあれ悩んでいるのはBさんなのだから、Bさんが変わるほかないのです。

ストレスに強いAさんと、そうでもないBさん、
相手のバサッと切り捨てるような評価的発言にズキンとくるところに、
Bさんと今の自分を重ねているので、なおさらそう思うのですが、
ズキンときている方が変わるほかないのです。

Aさんのあり様と個性は、Bさんを個性の美に導く道しるべのような気がします。
抵抗あるものがあるからこそ、その抵抗に打ち勝ち生き抜くために
Bさんの個性を発揮する状況が生まれているのだと思います。
ストレスに強くなるチャンスが布置しているのだから、これを逃す手はありません。

ストレスに強いということは生命力の強さにも繋がるのだから、
今の状況は、相手の自己信頼の強さにに匹敵するほどの自己信頼と、
ストレスに強い自己を養う、好機到来と捉えたいと思うのです。

(119-1)
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目覚めの感情を見つめる

2011年03月20日 | 無意識の世界
夜にどんなに不安定な状態で床についても、
朝の目覚めのときには前日の憂鬱が一掃されて安定感を感ずる・・・
時間とともに思考がざわざわ騒ぎ出すことはあっても、とりあえず、
目覚めの第一感情は平安感というのが、平素の私の傾向でした。

ところが今朝は違って、目覚めの憂鬱とはこういう感じなのかと、
あらためて平常ではない心の環境を意識しました。

日課も予定していたことも、すべて取止めにしてしまいたい誘惑にかられますが、
もし予定していたことを取止めにしたら憂鬱が定着してしまうかもしれない・・・
それはまずいので、すぐに起き出さずにじっくり感情を見つめてみることにします。

そのまま30分ぐらい自問自答で過ごしたでしょうか。
まず暗い感情の原因が一つではないことに気付きます。
憂鬱のもとにある不安感をそれぞれ自問している内に、暗い感情は随分と薄まり
予定をこなす元気が湧いてきたところで起床しました。

このところの私は平素よりストレス曲線の感情を丁寧に扱っているかもしれません。
自己防衛で暗い感情が今以上進まぬように気をつけているのでしょう。
現状では若干の身体症状(食欲不振)は仕方ないとしても、
不安感~怒り~身体症状~抑鬱感~錯乱と段階的に進むストレス曲線の、
抑鬱から先には進まぬように注意したいと思うのです。

(118-3)
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こころを調える

2011年03月18日 | 五感と体感
平時の安穏から底なしの不安感へ、天災を境にわたしの心の環境は激変しました。
思考と感情のバランスをとるためには、列島を覆う大きな不安感から、
意識して、自分を切り離す必要があるようです。

自分の手に負えない不安感に同一化している内は何も始まりませんが、
自分の身の丈にあった不安感を意識しだすとき、心は安定してくるのでした。
わたしの場合は結果的には、夕べさめざめと泣いたことが突破口になりました。
泣いて泣いて感情を発露したとき、現実を受け容れることができたのだと思います。

平時の安定は激変しても、季節はめぐってきます。
今朝は久しぶりに霜の庭にでました。ミツマタが満開、
豊後梅は遅くまだ蕾だと朝のメールで被災地の友に伝えると、
後で、思いがけず庭の紅梅の写メを送ってきてくれました。
ほっとする瞬間を共有できたことが嬉しくて飛び上がってしまいました。

手に負える不安感と向き合いながら、心のバランスを保つこと、
相手に必要なものを届けたいのなら、自身の心を調えるのが先決であることを
天災の後の友人たちとの対話の中で、このことの大切さに益々気付かされるのです。

(118-2)
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きちんと生きる

2011年03月17日 | 意識と知覚
一昨日、東京から戻りました。
先週の今日上京して滞在二日目に、地震に遭いました。
友人宅から予約していたホテルへ移動しようと、駅に向かう路上でしたが、
揺れの激しさから交通機関の不通が予測できたので、
そのまま駅には向かわず友人のアパートに引き返しました。

帰宅難民に混じって一夜を過ごし、落ち合う約束をしていた姉の安否に気をもんだり、
緊迫した首都の空気を感じながら、まる一日外出せずにホテルで過ごした日もありました。
その間、被災地の友の無事に安堵したり、新しい大切な出会いもあり、
はらはらしながら予定をなんとかこなして、山の家に帰ってきたのでした。

空港で長い時間を過ごしながら、家に戻ったら、
為すべきは、いつもの日常を“きちんと生きること”だと思いました。
過剰な情報に巻き込まれることなく、祈りつつ、きちんと生活すること。
心は染み出すので、どんなに遠く離れていても、
私の在り様が、被災者の心にも影響を及ぼすと信じています。

思考は統合されても心身の方がなんとなく落ち着かず、
不安定な自分を意識してしまうのですが、日常生活をきちんと生きるためには、
感情が思考についてゆけるように、何に不安を感じているのか、
不安感の種類をきちんと整理する必要がありそうです。

(118-1)

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小さな達成感

2011年03月09日 | 五感と体感
時間に余裕がない中、味噌仕込みを終えてほっとしています。
冬に逆戻りした気候のおかげで、大豆を薪ストーブで煮ることができました。
レンジよりも、豆の芯まで柔らかく煮えます。
大きすぎたり小さすぎたり、あり合わせの容器で不自由していたのを、
今年は味噌専用の瓶を、商店街の陶磁器店で手に入れておきました。
仕込みを始めて7,8年経ちますが、味噌づくりに対して愛着がでてきたようです。

これまでで一番、思考と感情が一致して、毎回、微かに漂っていた、
義務感のようなものが、今年の仕込み作業では皆無でした。

やりたいことと、やるべきことが一致していることの幸い。
ささやかな達成感でも、こういう小さなこと、日常のささやかな喜びが、
案外大事で、人生の豊かさの大事なエッセンスになっていくのだと思います。
(117-4)
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シンプルな、食の喜び

2011年03月08日 | 五感と体感
食事の摂り方は、折々の自分の心のありようを
案外、正確に映し出しているように思います。
何を食べるか、内容も大事ですがが、なんといっても
いちばん大事にしたいのは、「どのように食べるか」なのだと、
最近になって、しみじみ思うようになりました。

「どのように食べるか」が、いちばん大事だと意識していると、
毎回の食事の準備で、時々おちいりがちだった、
面倒くさいとか、義務感を強く感ずることがないのです。
時間がなくて簡単な手抜き料理になったとしても、
乏しい内容を豊かな気持ちで頂く・・・以前より、
食べることをシンプルに、素直に喜んでいる感じです。

楽しく、感謝していただく。喜んでいただく。
食べることは、生きることの基本です。
生きることの基本に喜びの核ができれば、
なんとなく生活全般に、生きる張り合いがでてくるのですね。

どのように食べるか? 実は私にとって答えは明快で、
出先で空腹を満たすだけのときでも、安易なスナックの類でも、
心と魂と体にとっての幸せを、いつも意識したいと思っているのです。

(117-3)
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