バイエルン州のレーゲンスブルクに講演をしに行くのに、いっきに走るのはしんどいので、ヴュルツブルクの東約40kmの所にあるノイゼス・アム・ザンド城館ホテルに一泊することにしました。この城館ホテルは本来の名前よりも〈ヴェルナーの城館ワイナリー兼ウェルネスホテル (レストラン付)〉という表記で知られています。
正面入り口 ・ 裏口
このお城の起源は15世紀にさかのぼります。同世紀の終わり頃にこの地方の領地所有者が建てて、16世紀の後半に別の人物に引き継がれました。さらに17世紀前半と18世紀前半にもその所有者が替わりました。19世紀の前半にはフランス皇帝ナポレオンとその妻マリア・ルイーズがここフランコニア (フランケン地方) のノイゼス・アム・ザンド城で休憩を取ったことが古文書に記されているとのことです。
そして20世紀の前半にヴェルナー家が城館と付属の土地を取得し、現在に至っています。
中庭の様子 1 & 2
中庭の様子 3 & 4
さて、ヴェルナー家はどこから来たのでしょう?
農家であるヴェルナー氏が某ワイナリーの娘と結婚したのですが、農業の他に第2の生計の柱を必要としたので、妻の実家のノウハウを使って20世紀の後半にブドウ栽培を始めました。現在のワイナリー経営者である息子のヴェルナー氏は同世紀の終わり頃に大学で醸造学を修めた後、南アフリカのワイナリーで経験を積んだそうです。そして彼は両親のもとでビジネスに関する知識を深め、21世紀に入ってから妻のサンドラと2人の息子と一緒に事業を引き継ぎました。
古いワイン樽 ・ ギャラリーの一角
ワイナリー経営については分かりましたが、どうやってホテル・レストラン業にたどり着いたのでしょう?
妻のサンドラ・ヴェルナーは正規の教育を受けたホテルマネージャーであり、すでに多くの専門的な経験を積んでいたため、城館施設をゲストに利用してもらうことに決めて城館ワイナリー兼ウェルネスホテルをオープンしました。そしてその後の数年間で客室とスイートルームの拡充、中庭のルネッサンス庭園、ギャラリーのある店舗にとどまらず、結婚式、お祝い、会議、企業イベントなどのためのホールを造ることにより、ホテルは絶えず拡張されて来たのです。
城館は現在バイエルン州記念碑保存局によって記念碑として認証されています。
中庭まで車を乗り入れて駐車し、レセプションがある建物の呼び鈴を鳴らすと、感じが良い経営者のヴェルナー夫人が別の建物から出て来ました。レセプションで鍵を渡してくれて私の部屋への行き方を教えてくれます。朝食の希望を訊き、朝食担当の息子に伝えておく、とのことです。
客室があるのは古い建物で、板張りの階段も床も歩くとギシギシと音を立てます。
私が予約した部屋はナポレオン・スイートです。前述のように、1812年5月にフランスの皇帝ナポレオンと妻マリア・ルイーズがここで昼食をとって休憩したとのことです。というのは、当時この地域を重要な街道が通っていて、ここの宿駅で馬などを代えたのだそうです。宿駅で使っていた石の柱がレストランの中にまだ残っており、見せてくれました。
宿駅の石柱 ・ レストランの一角
ヴェルナー氏とレストランのシェフの話によると、今はバイエルン州に属するフランケン地方ですがナポレオンが来るまでは独立しており、ナポレオンがフランケンをバイエルンに組み込んだとのことです。地理も、言葉も、人々の性格も、文化も違うのに、、、、、と不満そうに語りました。どうやらバイエルン人はフランケン人を下に見ているところがあって州議会にフランケン人の議員をなかなか送り込めない、と嘆いていました。
そうそう、ナポレオンといえば、この地方を通過した前年にライン河地方に来たらしく、以前私はナポレオンが宿泊した城館ホテルで彼が使ったベッドに寝たことがあります。詳しいことは別のブログ記事〔アウエル城〕をご参照ください。
部屋にかかる表札 ・ 4つの扉
居間 ・ 寝室
バルコニー ・ 周辺の景色
さて、私のナポレオン・スイートですが、部屋の扉を開けるとさらに4つ扉があります。手前から居間、バスルーム、トイレ、寝室です。居間は3つの窓からの光で溢れており、隣接する畑や森の素晴らしい景色を眺めることができます。鳥の声や鶏の鳴き声も聞こえ、質素な造りの部屋ですが結構落ちつけます。廊下を挟んでバルコニーもあります。
レストランと城塔 ・ 私のテーブル
夕食は中庭を横切ってレストランに行くシステムで、天気も良いし武漢コロナも心配ないようなので屋外のテーブルにしました。すぐ近くのテーブルではヴェルナー夫妻とシェフがくつろいでいます。周りには家族が一組とワインを買いに来たグループがやはり一組居るだけで、後は私だけの寂しい夕食です。シェフは私の注文を直接聞いて厨房に消え、ヴェルナー夫妻がたいへん家族的な、というか友達的なサーヴィスをしてくれます。田舎らしく蝿が来るのが少々難儀です。
大衆的なレストランだからでしょうか、パンとバターも突き出しも出ません。
赤ワインスープ
前菜として赤ワインスープを食べました。とろみのあるチョコレートみたいな色のスープで、パプリカ少しとクルトンがいっぱい入っていて、上にパセリとクリームがかかっています。全体的に少し酸っぱいけれども、ワインの香りがグッときて美味しい。
ヴェルナー夫人が容器を下げに来て、
「美味しかったですか?」
「はい。今までに経験したことのない味です。」
「それはそうでしょう。うちにしかない料理ですから。」
レストランでは全部の料理でその量を選べるようだし、他にもいろいろな要望を聞いてそれに対応してくれるとのことです。菜食主義とか子供用料理とか特殊なダイエットとか、、、、、、。前もって予約をしておけばキャンドルナイト・グルメディナーも出来るそうです。
鹿肉の煮込み with スライスしたゼンメルクネーデル ・ サラダ
私は主菜として〈鹿肉の煮込みの、スライスしたゼンメルクネーデル(ゆで団子)とサラダ添え〉の普通サイズを頼みました。鹿肉は小さいひと口大で食べ易く、臭みもなく結構。炒めマッシュルームが載っています。その横には脂っぽくマリネードしている何だか分からない、ちょっと酸っぱい茸のスライス3枚が添えてあります。ここのゼンメルクネーデルは珍しい供し方です。表面を焼いていてカリッとした食感が良く、私は丸のまま出てくる茹でただけのそれはあまり好きではないのですが、これは美味しく食べられます。ソースがこげ茶色でいかにも塩辛そうですがそんなことはなく、意外にも穏やかな優しい味です。かなりの量でしたが、シェフが仕事を終えてこちらが良く見える所でくつろいでいたから、残すのは悪いと思ったので何とか食べ終えました。かつ、
「美味しいですよ。」
と言ってあげました。
ありとあらゆる種類の生野菜が入っていてヤギのチーズが載るサラダは、ソースが穏やかに酸っぱいまろやかな味です。
ストロベリー‧ティラミス ・ エスプレッソ
デザートのストロベリー・ティラミスは小サイズを頼んだのにかなり大きい。これも優しく甘く、苺とソースが少し酸っぱい。甘過ぎなくて良かったのです。
食後のエスプレッソは普通でした。
ヴェルナー夫妻が周りをウロウロしていて、気さくにいろいろ話してくれました。
「こんな田舎でも武漢コロナによる規制はきびしく、商売にはかなりマイナスです。国からの援助が来るのがとにかく遅い。レストランとホテルは長い間閉めなければならなかったし、ワイン販売もだめ。なぜなら、うちはワインなどの製品をどこにも卸していないし、オンライン販売もちょぼちょぼ。うちのワイナリーに買いに来た人に直接売るのがメインなので、コロナで人の動きが止まったときはお手上げでした。私はコロナテストに関して懐疑的です。というのは、コロナに罹って高熱が4日続いているのに、4回テストして全部陰性。5回目でやっと陽性になりました。」
実は私も1週間高熱が続いて4キロも瘦せたのに、テストした時は陰性でした。ヴェルナー氏が何度もテストをしたのは、もしかして援助をもらうために陽性になる必要があったのかな? 知らんけど。
城塔の入り口 ・ 城塔の螺旋階段
朝食を食べるには、中庭を通って城塔を登り最上階から朝食場がある建物に入ります。一部の食べ物をすでにテーブルに並べてあり、一部はビュッフェという形式です。まあ、普通の朝食ですね。ヴェルナー夫妻の高校生ぐらいの息子が朴訥なサーヴィスをしてくれます。
朝食部屋 ・ 私の朝食
チェックアウトの時、息子に両親の事業を継ぐのか聞いてみました。彼は長い沈黙の後、いかにこの仕事が大変であるかをとうとうと述べた後で、
「まだ分かりません。でも、多分継がないでしょう。」
ここノイゼス・アム・ザンド城館ワイナリーでは通常の赤白ワインの他に、発泡ワイン、シェリー、ブランデー、フルーツブランデー、ウイスキー、バルサミコ、ブドウの種オイル、、、、と、幅広い製造と販売をしています。
この辺は田舎なので、ボーっとのんびりするのには良いけれども長期の滞在は退屈だと思います。
〔2022年7 月〕