このところ古城ホテルで美味しい食事にめぐり会っていないので食に力を入れていそうなところを探してみると、アウトバーンを2時間ほど西南西に走ったところにある中規模の学生都市ミュンスターの郊外に古城ホテル・ヴィルキングへーゲがあり、インターネットのホームページにレストランのチームを紹介している。
それによるとシェフは若い頃このホテルのレストランで修行をし、2年前にその当時の師匠が亡くなった後、跡を継ぐように帰って来たようだ。その間スペインをはじめ内外のレストランで腕を磨き、中でもすぐ近くのオスナブリュックという町にあるミシュラン2つ星にいたことが彼の〈売り〉であるようだ。さらに副料理長はデュッセルドルフの1つ星で、そしてパティシエ長は複数の星付きレストランで修行をしたことがあるらしい。
日本でも、どこそこで修行をした、という話はコックの勲章のように語られるが、その修行の内容を知らなければあまり価値はないと思う。たとえばパリの有名レストランに極東の若い男が2、3年いてもフレンチの神髄を教えてくれるはずはなく、せいぜい野菜を刻んだり肉を切り分けたりするのに終始するだけであろう。もちろん、これは何の根拠もない私の偏見である。
ともあれ私は西洋料理に関してはミシュランの評価を一応の目安にしているので、もしかしたら美味しい食事が、、、、と、かすかな期待を持ってこのホテルに来たのである。
堀に囲まれ思いのほかこじんまりとしているヴィルキングへーゲ水城館は、古文書によると1311年、日本では鎌倉時代の末期に建造された水城砦にその元を発する。そして16世紀の中頃城館に建て替えられ、1719年にはバロック・スタイルに改築されたそうだ。ずっと貴族の田舎の所領であったが20世紀中頃にゴルフ場を持つホテル・レストラン に変更され、その3年後に火災にみまわれた。再建後も伝統的な城館の特徴は維持されたそうである。1970年には隣接する農舎もホテルに組み込まれて客室に改築された。この部分はそれから20年後、宿泊客の高い要求に答えるべく部屋数を減らして、新しい構想で贅沢感のある客室とスイートルームに改装された。ヴィンネッケン家の3世代にわたる家族経営で、個人的な雰囲気とサーヴィスをモットーとしているそうだ。
水城館 1 & 2
水城館 3
レセプションは母屋にあり、エントランスの隣の部屋は豪華なサロンである。
サロン
私はスイートルームのシングルユースを予約していたので、かつての農舎にまわされた。
かつての農舎
こちらの建物のエントランスは超モダンで、白をバックに紫のランの鉢植えと紫色が目立つ座場が映える。ここに果物とビスケットを宿泊客が自由に取れるようにしてあるが、良いホテルでは各客室に置いているのが普通なので、ここは少々手抜きの感がある。
エントランス ・ 廊下
部屋に入るとまず居間で、ルーム・パヒュームのかすかな香りがただよい、紫色のソファーセットが眼を引く。 壁と調度は水色と白で統一しているが、調度は安っぽい。カーテンの代わりに引き戸にしているのが面白いけれども、私はカーテンのほうが暖かみがあっていいと思う。小さな戸棚の中に冷蔵庫をはめ込んであり、窓の下はすぐ堀で、その向こうはゴルフ場になっている。
私のスイートルーム 1 & 2
次の間はダブルベッドのある寝室で、色彩も設えも居間と同じである。かつては2部屋だったのをぶち抜いたのか、テレビと電話機がそれぞれ居間と寝室にある。
私のスイートルーム 3 & 4
寝室の奥が極薄のベージュ色で統一した広いバスルームで、特大バスタブ、特大シャワー、ビデ、便器、ダブルの洗面台がある。アメニティー・グッズの質と種類は標準的だが、スリッパとバスローヴがあるのはうれしい。
バスルーム
スイートといってもシンプルで豪華な感じはしないが、とにかく窓が大きく全部広々としていて住み心地抜群である。ただシャワーのノズル掛けと風呂栓、それに窓の取っ手などが〈軽く壊れている〉。つまり、壊れてはいるが使うのに影響なし。
レストランは城館にある。古い絵、シャンデリア、テーブル上のローソクとグラスに浮かぶ切花、そして銀食器が落ち着いた雰囲気をかもし出している。音楽が流れていなくて静かなのもいい。
レストラン
黒スーツに蝶ネクタイできめた数人の男女のサーヴィス係がいるが、何だかとりすましているようで愛想がない。料理の説明が少ないか全くないし、水を注いでくれない。勢いとリズムがない、楽しく仕事をしている感じがしない、、、、の、無い無い尽くしである。もしかしたら仕事環境をめぐって雇用者と意見の対立でもあるのではないか、と心配してあげたくなる。
まず黒と白のパンと、ありきたりなバターと塩とオリーヴオイルが出てきた。パンは切ったあと長く置いてあったのだろうか、固いし不味い。美食への期待が揺らぐ。
8品の〈グルメ・メニュー〉がスープとチーズ盛り合わせを省いて6品に出来るので、そうしてもらう。
突き出しは小さなグラスの底に濃い紅茶、その上にカボチャクリーム、その上にヨーグルトゼリーとライスクラッカー。非凡な組み合わせであるが美味しい。
驚いたことに突き出しがもうひとつ出る。まるで高級レストランみたいではないか。タコのカルパッチョのゼリー固め、煮たアンズ、バニラアイス、そして棒状のクラッカーにイカスミ・マヨネーズを点々と載せてある。うーん、旨い。蛸とイカ墨を使うとは、なかなかやるなー。また美食への期待が膨らんできた。
1品目: アーティチョーク(食用アザミ)のクリームを敷いた上に、生の帆立貝の薄切りとスライスした冬トリュフを並べている。横にアイスクリーム、ライスクラッカー、そしてマメ科の植物の若芽(食用)。非常に美味しくて、思わず、パンで皿をゴシゴシこすって舐めるように食べてしまった。
2品目: ノルウェー産のタラで、当地ではスクライという白身魚の切り身の生暖かいマリネに、レムラード(マヨネーズに香辛料などを加えたソース)をかけてある。添えてあるのはレタスクリーム、赤カブクリーム、タコ煎餅風の赤いクラッカー、煮たキュウリと赤カブ、マヨネーズ、クラッシュゆで卵(白身と黄身を別々に)。何となく信号色になっていて色彩豊かだ。全体的に薄味でたいへんに美味である。
3品目: 生姜の甘煮の上にパイナップルのシャーベット。生姜は強い味だがシャーベットが淡く酸っぱくてさわやかだ。
4品目: 子羊の首肉で、ソースはトマトの煮出し汁。付け合せはサイコロ大に切った茹でポテト、煮たナス、刻みサラダ菜、そしてパリパリのライスクラッカーである。肉の焼き具合も私の好みで満足満足。
5品目: あれあれ、テーブル上にナイフとフォークがなくなっているのに料理を持ってきたなー。どうするんだろう。・・・・気がついて、あわてて隣のテーブルからそれを持ってくる。
軽く茹でて表面を焼いたと思われる牛肉のヌガーソースかけ。(ヌガー: 果実片やクルミなどを混ぜた飴)付け合せは、Puy産のレンズマメ。Puyとは世界で最も美味しいレンズマメが採れるといわれるフランスの村Le Puyである。他にネギとニンジンの煮たのん、ジャガイモのピューレ、ノヂィシャが皿に載る。不味くはないがヌガーソースがなんとも甘すぎる。甘味が好みの私でさえ甘すぎると思うのだから、妻だったら文句タラタラだろう。妻といえば、今頃日本で美味しい和食を堪能しているだろうなぁー。
6品目: 今がシーズンのカボチャのプリンとゼリーをメインに、赤カブシャーベット、ココナッツクリーム、ゴマのクロカント(カラメル糖とゴマで作った糖菓)、そしてザクロ。軽くてたいへん結構である。
食後のエスプレッソにひと口お菓子が3つ付いている。
2晩目はア・ラ・カルトで注文する。突き出しの2品が昨晩と同じなのは仕方がないだろう。
前菜は子牛のカルパッチョで、胡椒、チャービル、エストラゴンなど、いろいろな香辛料が入ったソースがかかっている。同じ皿に載るのは少々青臭いマメ科の植物の若芽(食用)、魚のすり身ゼリー、生エビのすり身のゼリー巻き、緑色のパン切れ。少し薄いが繊細でたいへん満足のいく味だ。
メインディッシュは天然物ヒラメである。焼いた切り身に泡立てバターソースをかけてある。添えてあるのはニンジンの薄切り、メキャベツ、サイコロ状ポテト。面白いのは皿の半分に半渇きのイカスミ・ソースがへばりついていることと、ブイヨンのシャーベットだ。時間が経つにつれてブイヨンの味が強くなってくる仕掛けである。旨い。魚肉はプリプリで食感がいいし盛り付けもすばらしい。
デザートは栗入りのウィスキー・タルト(ケーキの一種)とバーボン・バニラ・ムース。他に金柑の皮とマロンの煮たのん、板チョコ、チョコソース、チョコカステラがついている。そして、何と、小さな金箔3枚を散らしてある。これは西洋料理では例外的なことなのだが、どこで金箔を添えることを学んだのだろうか。
ここの料理は味はさることながら、盛り付けの際に色彩の鮮やかさとその配分を考えているし、全体的に量が少ない。芸術品といえると思う。テーブル1回転を目安に予約を受け付けているし、料理をお盆に載せて必ず2人で持ってくるなど、星付きレストランのノウハウをもっている。サーヴィス・スタッフの仕事ぶりがイマイチだが、料理に関しては私の偏見と独断でミシュラン1つ星半レベルではないかと思う。
朝食は城館の地下で。地下と言っても幅広い絨毯敷きの豪華な階段で、下りていくと広いサロン風の部屋がいくつもある。そこで待っていたのは4星ホテルにふさわしい充実した内容のビュッフェである。
朝食部屋 ・ ビュッフェ
が、、、、、
「すみません。サモワールの水が冷たいのですが、、、。」
「はぁ? そうですか。」
「朝食に来るのが早すぎたんでしょうか。」
写真を撮るために私はいつも他の客が来る前に朝食に行く。
「そんなことはないんですが、、、、。あっ、見てください。コンセントをさしていません。」
と、原因を見つけて得意げに言う。
『おいおい、ここは謝るのが先でしょう。』と思うが、この国ではこれが普通で、私は気を悪くすることもない。
このヴィルキングへーゲ水城館は半世紀以上前から営業ということで長いからか、すべてルーティーン化しているため接客の心構えが少々たるんでいる感じで、部屋に小さな欠陥があるし、レストラン部門にも欠けた食器などの軽い欠点がある。でも住み心地がいいし食事が美味しいのでまた来ようかな。それまでに開業当時はあったであろう輝きと活き活き感を取り戻してくれたらうれしいのが、、、、。
〔2013年10月〕〔2022年6月 加筆・修正〕