城館ホテル・レルバッハはドイツで最も人口が多いノルトライン・ヴェストファーレン州の2大都市、ケルンとデュッセルドルフとで3角形を作る位置にあるベルギッシュ・グラッドバッハという小さな町に建つ。ケルンの郊外電車を終点で降りて約4kmのところにある、都市の喧騒から隔離されたようなところである。本来この地には1384年に初めて文献に現れる水城塞があった。数度にわたり所有者が代わった後、1900年にその水城塞は取り壊された。その2年前、すなわち1898年に水城塞の脇に英国風の領主の館が建てられ、それが町の文化財保護の対象になっている現在の城館である。このネオ・ルネッサンス調の城館は1961年から1987年まで某研究所として、そして1988年にはテレビドラマの舞台装置として使われ、大変な費用をつぎ込んだ復旧作業の後、1992年からは39の客室と13のスイートを備えるホテルとして営業している。広大な英国風庭園には水を高く吹き上げる噴水をもつ池があり、黒鳥やアヒルなどの鳥が遊ぶ。
庭園から城館を見る ・ 城館の全貌
入り口
中に入ると大きなシャンデリアがかかる吹き抜けのロビーの横にカフェがあり、そこからテラスに出られる。そこでお茶をしながら、ちょうどテラスの下の庭で始まろうとしている結婚式を見学する。関係ないながら、若い新郎新婦を祝福してあげようと思っていたが、どちらも60歳前後のカップルである。何回目の結婚なんだろうか。興醒めがして部屋に引き上げた。
ロビー ・ ロビーから上に行く階段
結婚式の様子
ホテルの内部は廊下が広く、数箇所に立派なソファーセットを置いている。心地よい雰囲気だ。
階段の踊り場
2階にある我々の部屋のドアを開けるとまず玄関の間で、ここには洋服戸棚だけがあり、もう1つドアを開けて寝室兼居間に入る。天井が高く全体的に薄紅及び薄茶色系のシットリと落ち着いた部屋で、絨毯が敷きつめられ、堅牢なつくりのセンスの良い家具が余裕をもって配置されている。古い風景画が1枚、花の絵が3枚、鳥の絵が1枚、そして卵の絵が3枚かかる。
我々の部屋 1 & 2
窓が大きくて明るいバスルームには広いシャワーと湯船があり、洗面台がダブルだ。器具も使いやすくて、化粧備品はペンハリガン製である。他のホテルでは普通白色なので、薄茶色のバスローヴと赤いスリッパが印象深い。
バスルーム
ミニバーの飲み物が無料であり、テーブルに果物と個人宛の挨拶カードを置いている。我々が予約していたグルメ・プランに含まれるシャンペンのサーヴィスがある。スタッフはみんなにこやかで愛想よく、しっかり仕事をしているという印象を受ける。さすがドイツで最高級レベルに属するホテルだ。
さて、夕食が楽しみである。付属のレストランは、2012年に2星に格下げされてしまったが、1998年から2011年までミシュランの3星評価を得ていた。
天井と壁がガラス張りでテーブルから裏庭の緑を望む。裏庭の隅にある石の建造物の一部はかつての水城塞の名残だろうか。スタッフのサーヴィスは早いし、きちんとしていて丁寧である。婦人がハンドバックを置くための台を、私のカメラのために足元に用意してくれる。
レストラン ・ 我々のテーブル
テーブルから見る外の景色 (裏庭)
さっそく4種類のパンと、それにつける少し塩が入ったフランス製バターとルコラ・クリームがでる。ルコラは青臭くて、バターの方が美味しい。
シェフが自筆のサインをしているグルメ・プランのメニューがテーブルに置いてある。
ソムリエが来た。
「ワインは何にしましょうか。」
「私たちはあまり飲めないので、このメニューに合うワインをグラスに一杯だけ下さい。」
「メニュー全体に合うワインはありません。それぞれの料理に合うワインを供しています。」
この台詞は正解かもしれないが、接客業をしているソムリエの答えとしては正しくないと思う。これまで、ここよりも評価が高いといわれるレストランでもグラスワインを注文したが、黙って、最適と思われるワインを持ってきた。私はあまり飲めないくせにイタリアの濃い赤ワインが好きなので、よく最初からそれを頼むのだが、異議を挟まれたことは無い。ハンブルクにある有名レストランのマネージャーが言っている、「お客様のいうことはすべて正しい、お客様の駄洒落は全部面白い、というのが接客の心がけです。」日本でいう、「お客様は神様です。」だ。
ソムリエとの会話は続く。
「しかし、私たちはワインを何杯も飲めないのです。」
「それではこうしましょう。まず、最初の料理に合うワインを持ってきます。それを飲んでしまった後でどうするか考えましょう。ノン・アルコールのワインもあることですし、、、、、、。」
「えっ、ノン・アルコールのワインって、そんなに沢山種類があるのですか。」
「はい、もちろんです。」
ということで、コースメニューが始まる。
突き出しはマッシュルームのクリームで、下にパリパリ・ライスを極薄に敷いている。それと赤と緑のパプリカ・ゼリーである。食材の味がしっかり出ていて、繊細で美味い。
2つ目の突き出しはエストラゴン(中央アジア原産のヨモギ属の野菜)がテーマということで、タラとリンゴと緑茶クリームとキャビア、海老、そして兎の背肉にそれぞれエストラゴン・クリームを組み合わせている。エストラゴンが少々青臭いが、全体としては悪くない味だ。
さて8品コースの最初は、マリネにした(酢・塩・サラダオイル・ワインに香味野菜や香辛料を加えた汁に漬けた)サバである。ウイキョウ、フサスグリ、そしてケフィア(発酵乳の一種)が付け合せ。我々の好みでは、まぁまぁといったところか。そしてソムリエお勧めのワインは、ここライン・ヘッセン地方のそれである。フレッシュでサッパリしていて美味い。
次も魚料理で、エイにブイヨン煮出し液をかけてある。緑と白の豆とタコの料理が少し。タコとイカの区別がつかないらしく、メニューには 〈イカ〉 と誤表記している。給仕が飲み物の注文を聞くので、私のワインの残りは妻に回して、
「ノン・アルコールのワインがあるとのことですが、、、、、」
「はい、ございます。お望みですか。」
と言って、何やら緑色の液体を持ってくる。
「これは、特に豆料理に合うように作った、豆の汁です。」
『えっ、ワインじゃないじゃないか。』と思ったけれど、もう抗議するのが面倒なのと、料理に合わせたノン・アルコールの飲み物というのにも興味があり、そのまま受け入れることにした。
この 〈豆の汁〉 であるが、青汁風で大変に不味く、料理に合う合わないの問題ではない。何だか詐欺に遭った気分である。
3品目は今が旬の白アスパラガスとそれを使ったプリン風の料理で、食材の味が良く出ている。横には北氷洋でとれた海老の料理がのる小皿と、マッシュルーム料理の小皿が並ぶ。どれも軽い料理で美味である。そしてこの料理に合うのは、冷たい昆布茶であるらしい。時々スーパーで見かける市販の壜詰めだ。
次は塩漬けにした子羊の舌。オドリコソウ(踊子草)に属する植物で作った液がかかり、コールラビ(キャベツの原種ケールの一変種)が付け合せてある。子羊の舌の味など全くしなくて、この食材である必然性を感じない。この料理と相性がいいのが、なんと、熱々の台湾産白茶だそうだ。
5品目のメイン料理は雄ノロジカの背肉の低温料理で、妻には絶妙な焼き具合に仕上がっているが、私には少し焼き足りない。しかし旨い。
横に並ぶ小皿の1つに内臓(肝臓と心臓)の刻み煮込みが入っている。私の好みではないし、繊細なメニューには味がどぎつ過ぎる、という点で妻と意見が一致した。飲み物はマルツ・ビールである。このビールはアルコール分が殆んど無く、栄養満点で、病気の時や妊婦の飲料に適しているといわれる。給仕は、甘みを抑えていて薬味が少し強いビールを選んだ、と言うが、所詮安っぽい市販の瓶詰めビールである。
次には、何だか順番が変な気がするが、これで口内をサッパリさせて欲しいと、ヤエムグラ属の植物のゼリーが出た。バターミルクの泡がかかり、2、3の果物が少し。サッパリしていて大変に美味しく感じた。飲み物は無い。
7番目はデザートで、サクランボの甘煮、チョコレート、桜花、ケシの実とサクランボのアイスクリーム。飲み物はもちろんサクランボ・ジュースだ。
最後に4種類のプラリーネが出たが部屋に持ち帰ることにして、別注文のエスプレッソで〆た。
コース全体としては料理が軽めで、一部、妻と私が 〈青汁系料理〉 と名付けたように、植物の青臭さが鼻についたが、結構美味しく食べられた。
ただ、鹿の内臓や子羊の舌など安価な食材が目立った。フォアグラやトリュフや帆立貝などの高級食材を使えば良いというものでもないが、何だか、出来るだけ原価を抑える努力をしているように感じられた。
最も頭にきたのは、ソムリエが、それぞれの料理に合うアルコール無しのワインがあると、でまかせを言ったことである。そして安っぽい出来合わせのノン・アルコール飲料を提供したことだ。ワインの中でもそれ自体の味と主張があって食事の伴侶にならないものがある。例えばアイス・ワインなどのデザートワインが典型的だ。ここで供されたノン・アルコールの飲み物はどれも、もともと食事の同伴飲料としてではなく、それだけで成り立つ特徴を持っていてそのまま楽しむためのものだから、とりわけ繊細な料理には合うはずが無いと思う。ここにも客に高い飲み物を注文させて収益を増やそうという意図を感じるのは、うがち過ぎだろうか。部屋につけてもらう勘定書きにサインをするとき、明細を説明するのはいいが、チップを書く欄をしっかりと指摘するのはいかがなものか。
我々の 〈アルコールはあまり飲めないので、コース全体にだいたい合いそうなグラスワインが欲しい。〉 という要望に応じなかったソムリエは、接客業者として失格だと思う。全体的にこのレストランは、客をレストランの都合に合わせようとしているように感じられる。なぜミシュラン3星から2星に落ちたのか我々には判らないが、私がミシュランの調査員だとしたら、上に述べた理由で低い評価を与えるであろう。
レストランを出る時、シェフが厨房から挨拶に出て来て握手をした。
「ぜひまた、いらっしゃって下さい。」
「はい、よろこんで。」
でも、我々はもう来ないだろう。
妻が言う、
「ここ、近いうちにつぶれるんちゃう?」
結婚式のイヴェントであろう、打ち上げ花火があり、客が夜遅くまで騒いでいた。
朝食はレストランとは別の部屋である。窓辺以外の席が少し暗いが、良い雰囲気だ。食物の質と量、スタッフの態度など、完璧に近いサーヴィスといえる。8時半に朝食を終えて部屋に帰る時点で他の宿泊客はまだ誰も来ていない。今日は日曜日なので皆ゆっくりしているのだろう。
朝食部屋 1 & 2
〔2012年5月〕〔2022年1月 加筆・修正〕